脳のなかの天使

  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
3.89
  • (24)
  • (26)
  • (28)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 460
感想 : 39
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (451ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041101049

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 著者は医者として臨床のバックグラウンドがあり、ローテクで済む「スモール・サイエンス」が好みだと語る。おかげで一般読者にも分かりやすい本が書けるのだろう。様々な症例から、健常な人間を見ていては分からない、人間の意識・情動・認知のメカニズムの姿がボンヤリとながら見えてくる。

    著者の手法は還元主義的だ。脳全体での複雑なフィードバックお存在はもちろん否定しないが、脳はさまざまな機能の集合体であり、それらの機能は脳内の別々の場所に局在していることを明らかにしている。主観的には、ヒトはひとつの意識の元に統一された存在だが、実はさまざまな脳内機能のパッチワーク的存在とも言えるのだ。脳が局所的に機能不全になった患者の症例がそのことを物語る。

    半昏睡状態で目の前にいる自分の父親を認識できない患者が、なぜか隣の部屋から父親が電話をかけてくると、にわかに意識を取り戻して父親をそれと認識して会話する!このように、なんともミステリアスな症例が数多く取り上げられている。

    ・幻肢と可塑的な脳
     著者の十八番。治療法にまでつなげている。

    ・見ることと知ることと
     視覚のプロセスはもっとも研究が進んでいる。30ほどの視覚野の働きが組み合わさっていることが分かっている。ホムンクルス誤謬。

    ・うるさい色とホッとな娘−共感覚
     なんだか芸術家っぽくてオシャレな共感覚。

    ・文明を作ったニューロン
     ミラーニューロンについてはまだ詳しいことは分からないが、模倣による学習や社会的知能だけでなく、自意識もミラーニューロンが生み出したのではないかと。

    ・スティーヴンはどこに 自閉症の謎
     自閉症はミラーニューロンの障害なのではないかと。

    ・片言の力−言語の進化
     ブーバ-キキ現象。一種の共感覚が言語の原型を作ったのではないかと。

    ・美と脳−美的感性の誕生
    ・アートフル・ブレイン-普遍的法則
     美を感じる9つの法則。かなり自由に論を進めていて楽しめる。

    ・魂をもつ類人猿−内観はどのようにして進化したか


    大胆な仮説も疲労してくれて、発展途上の学問の面白さが伝わる一冊。

  • 脳のなかの天使

  • 2013年刊。著者は米国カリフォルニア大学サンディエゴ校脳認知センター所長兼教授。


     「脳のなかの幽霊」他の著作を有する著者による追加報告・続編的趣きの書である。
     幻肢や幻視、共感覚、あるいはサヴァン症候群を含む自閉性スペクトラム障害(ミラー・ニューロン障害仮説に立脚)に関しては、前著にも書かれていたと思うし、本書がその繰り返し側面を持つ印象はある。
     しかし、本書はそれに付加して、ホモ・サピエンスの言語能力の生物学的進化に関する仮説、美的感覚と脳(チラリズムへの高い関心度。ただし男女問わずらしい)。アートと脳。そして自意識の問題へと筆を進めていく。
     そういう意味で、前著を既読済みであれば、4章までは読み飛ばしでいいだろう。


     しかし5章以下はなかなか読み応えがある。
     本著者の特徴は、認知心理学的なものよりも、現実の脳疾患の患者が見せる特有性を踏まえ、当該認知機構他の脳内の局所性を可及的に分析しようとする態度である。
     そしてそれは脳内の非侵襲的測定技術が亢進したことに鑑みても、有意な分析手法となっているといえそうだ。

     この中で興味深いのは言語の進化である。
     確かに、本書では具体的にこれという箇所を特定しているわけではない。
     しかし、まず進化における外適応(他目的で進化したものが別目的にも利用される)を前提とし、人間の言語の特徴的な部分として、抽象化能力=2つ以上のものを、類似するものとして結びつける力(語と内的心象との結合が可能になる)、入れ子構造(再帰性能力)等に求め(本文では他の要素も提示)、それを脳の機能的な局所性の分析(疾病者を含む)から、前者は下頭頂小葉(IPL)の中の「角回」であると。
     後者=入れ子構造の理解をヒトの道具製作の特徴(複合道具)を踏まえ、ブローカー野の近縁領域にあると見、これらの混成が言語の爆発的進化を招来したという。


     さらに興味深いのは自意識の叙述だが、かかる説明・仮説、つまり脳の機能の混成・複合的作用と、その帰結が齎す仮説に説得力を付与するのは、具体的かつ豊富に提示される脳の疾病の説明部分だ。
     表面的な認知心理学とは一味も二味も違う上、骨という脳の機能性を捨象した分析とも違う。
     また比較対照を霊長類だけに求めることで、進化の道筋を全く想起できない弊害からも解放される。これは特筆してよかろう。

     脳の機能的な特異さを感得できるばかりか、容易に解けない人間の進化、さらには自意識という哲学領域にも踏み込む本書。読み応えのある内容なのは確かである。

  • (2014/07/05追記)
    図書館から借り直してもう一度読んだ。今から30年以上も前のこと、当時大学の哲学科にいた知り合いが、心理学は自然科学ではないと言っていた。心理学が扱っている問題は、自然科学の手法では解明できないという趣旨だったと思う。この本を読んで、今では心理学の問題どころか伝統的に哲学が扱ってきた問題すら、自然科学の研究対象なのだと思った。本の主題とはあまり関係がないが、インテリジェント・デザインの「理論」を進化論と同等に扱うことを求める主張について、「それは、イギリスの科学者で社会批評家のリチャード・ドーキンスがくり返し指摘しているように、太陽が地球のまわりをまわっているという考えを同等にあつかうのとほとんど同じである。」と述べている文章(第4章「文明をつくったニューロン」、172ページ)を読んで、まったくそのとおりだと思った。それにしても、リチャード・ドーキンスは、いつから社会批評家になったのだろう。本文の結びにある「科学者として、私はダーウィン、グールド、ピンカー、ドーキンスと一体である。インテリジェント・デザインを――少なくとも、この語句に、たいていの人がもたせるであろう意味とはちがうインテリジェント・デザインを――擁護する人たちには我慢がならない。陣痛のさなかにある女性や、白血病の病棟で死にかけている子どもを身近で見たことのある人ならだれでも、世界が私たちのために特別にあつらえられたなどと信じることはできないだろう。しかし私たちは人間として、謙虚に受け入れなくてはならない――たとえ私たちが、脳や、それがつくりだす宇宙をどれほど深く理解しようとも、究極の起源という問題はつねに私たちに残されるであろうということを。」(「エピローグ」、410ページ)という文章が印象に残った。2013年6月9日付け読売新聞書評欄の「ビタミンBook」で脳研究者の池谷裕二氏が紹介していた本。

  • ・ラマチャンドラン博士の著書を読んだのは2回目。前は[ http://booklog.jp/item/1/4042982115 ]。基本姿勢は同じだが、本書の方が後に書かれただけあって、より自由に仮説を膨らませている印象。
    ・脳と体がどのように繋がっているか。動作や感覚、情動までもが絶え間ないフィードバックで微修正を繰り返しながら動いている。妄想やオカルトと見なされるような様々な症状が、認知の繊細なメカニズムの故障によるものという仮定に基づき説明されていく。
    ・人を見た時の脳の中では、それが誰か同定する情報のルートと、対象への情動が呼び起こされるルートが異なっている。後者だけ破壊されたのがカプグラ症候群。家族を偽物だと主張するようになる。
    ・天才的な画才を持つ自閉症患者が、治療により社会性を獲得するとともに画才を失ったというエピソード。障害「にも関わらず」才能があるのではなく、障害「ゆえに」才能があるのだとしたら、才能というものに対する考え方もずいぶん異なってきそう。
    ・人の意識や心といわれるものは、実はモジュールによって成立しているのかもしれない。こういう考え方は一見艶消しかもしれないが、そんな精妙きわまるモジュールの存在は充分驚異だし神秘。

  • 自分の専門以外の部分は一回読んだだけでは、全然分からなかった。

  • 脳の中の幽霊等も非常に面白く私の思想に大きな影響を与えたが、この著作は一際面白いものだと思った。今回の中心的なテーマはミラー・ニューロンや共感覚であり、それを軸にするような形で人間の起源、自己の正体に迫っていくようなものだった。一部は文系の私にとっては難解に感じるような本格的神経科学に踏み込んでいたが、概ねの内容は専門的知識を持たない人間でも十分に理解できるように構成されていたと思う。次の著作が出てもまた読みたい。
    しかし、今回煽り文句として「人間に取って美とは何なのか?」というものが大きかったと思うのだが、その点についての言及が、美というもの、芸術というものを中心的なテーマとして追及している私からすると割合的にも、深度的にも物足りない部分があった。
    そもそも芸術の領分というのは技術の進歩による理系学問の発展、伸長に対する文系学問最後の砦だと考えている私にとって、これはある意味では喜ぶべき事実なのかもしれない。これだけ明瞭に、斬新に事象や概念について神経科学的なアプローチで切り込んでいるラマチャンドラン氏の手をもってしても、還元主義的アプローチでは(少なくとも現時点では)芸術の領域にはまだ踏み込むことが許されていないという解釈もできるからだ。最も原始的で直観的な美の原動力を説明づけることが出来たとしても、重層的に塗り重ねられた歴史と文化と社会構造の複雑な体系であるところの芸術の本質というのは未だにサンクチュアリとして残されている。いずれ数百年、数千年先になればそれすらもすべてがあらわになってしまう時が来るのかもしれないが、少なくとも私がまだ人文科学的アプローチで研究している領域が残されているという点、そしてその中で神経科学的、還元主義的アプローチとの学際的研究を行うことが現代までの芸術研究をもう一歩先に進める可能性を持っていることを確認できたことはこの本を読んだことの意味として大きなものだと思う。

  • 脳についてわかっていること、わかっていないことを知るためには非常に良い一冊であると思う。

    古来より人間の脳について、行動について、そして人間そのものについては科学の対象ではなく哲学の対象であった。
    しかし、近年、侵襲式、非侵襲式のDeviceが開発され、脳の血流を観測することによって脳そして人間とは何かというテーマについて科学的なメスが入れられるようになった。
    この方法を使うと、脳の場所毎の機能がなんとなくわかり、言語を司る脳の場所や数学的思考力を司る場所もなんとなくわかってきたらしい。と同時にわからないことも同じくらい増えたのだが。。。

    脳科学が成し得た偉業の一つは、ミラーニューロンの発券であると思う。
    人間はなぜ他人を思いやることができるのか、そして自分が他人と違うのはなぜか、という哲学的なテーマに対する科学的な説明を与えてくれる。
    見ず知らずの者が頭を掻いていたら、無意識にこの人は頭が痒いのだろうかと推察し、同時に自分も頭を掻いたような感覚になるのだという。
    (ちなみに、右手を事故で失った人も、他人が右腕を掻いていたら自分の右腕を掻いている感覚になるのだという。)

    脳の科学的な理解というのは非常に難しい。なぜならば、対象が人間であるからである。
    再現性が乏しく、また同じ実験を構築しようとしてもその時時でその人間の感情が異なり、かつ外部の環境を排除できない。
    これを避ける一番の方法は、事故や先天的に脳の一部の機能が失われている人を対象として実験をすればよいのであろうが、それほど被験者が多くないということと、人道的な理由もあるのだろうか。

    この分野の包括的な理解はまだまだ先になりそうであるが、読み物としては面白い。
    とくに、脳の一部の機能が失われている人の事例は興味深い

  • 『脳の中の幽霊』以降の知見を踏まえたまとめ。共感や自由意志の起源について興味深い考察。

  • 原題『The Tell-Tale Brain』。進化の著しい脳神経科学という分野において、もはや古典の風格すらある『脳のなかの幽霊』の主題を現代的にアップデートした内容。今回は文化の形成や言語能力といった人間らしさを成り立たたせる要素により接近しており、中でもメタファーを共感覚の一種として考える視点やミラーニューロンと芸術の関係性についての考察はとても刺激的。言語の起源についてもチョムスキーやピンカーの学説を踏まえながら、それを実証的に説明していくその知性溢れる語り口はとても腑に落ちて、しかも楽しいのだ。

全39件中 11 - 20件を表示

V・S・ラマチャンドランの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×