- Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041101452
作品紹介・あらすじ
時は明治。徳島の貧しい葉煙草農家に生まれた少年・音三郎の運命を変えたのは、電気との出会いだった。朝から晩まで一家総出で働けども、食べられるのは麦飯だけ。暮らし向きがよくなる兆しはいっこうにない。機械の力を借りれば、この重労働が軽減されるに違いない。みなの暮らしを楽にしたい――。「電気は必ず世を変える」という確信を胸に、少年は大阪へ渡る決心をする。
感想・レビュー・書評
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人は、衣食住を忘れてしまうくらいに熱中してしまう事があり、且つそれを極めるに十分な才能が自分の中に眠っていると気付いた時、追い求める足を緩める事が出来るんだろうか。
明治の世、煙草葉農家の三男坊に生まれたトザは、兄弟の中でも抜きん出た要領の良さを自覚しつつも、家業である農作業に勤しむ。
ふとしたきっかけで町へ出稼ぎに出る事になり、最初は純朴だった彼も、最先端の技術がもたらす新しい世界に囲まれる内に、まるで熱病のような彼自身の中にある科学への情熱に、少しずつ身を焦がされてゆく。
最初は素直で微笑ましいトザを応援していた読者が、少しずつ得体の知れない違和感を感じはじめたところで、下巻へ。 -
徳島出身、煙草農家の三男、機械、電気に魅せられ自分の行く道を模索している青年音三郎。明治から大正、まだまだ簡単に情報が入ってくる時代ではない。世相への嗅覚を鋭くし、いかに能動的に動けるか。何かを成し得ている男はだいたい貪欲だ。音三郎は少し違う。完全に研究者。好きなことだけずっと考えていたい。彼には驚くほどの出会い運がある。だから研究に没頭していても、向こうから出会いがやってくる。最高に幸運な男だ。上巻ではまだ何も成功していない。準備段階。下巻ではどのように抜け出していくのか。とても楽しみ。トザ、やったれ。
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近代日本の黎明期、徳島の寒村に育った音三郎は、実家に心残しながらも ”機械” の魅力に惹かれて池田のタバコ工場で職工見習いとして働き始める。
やがて音三郎は先輩職工に誘われて大阪の工場へ。
大阪工業会のドンに見出されて、転職。
技術開発に携わりたいという夢が現実のものとなっていく...
とスジをまとめると、明治大正の立身出世のエエ話、のようである。
が、このフィクション、
日本経済界の後ろぐらさを 音三郎という人物を中心に描き出した強烈な皮肉である。
平成の世に繰り返された、東電原発事故や、それに関わった "エリート”達の不誠実さ。あるいは、小保方事件とその隠蔽、亡くなったキーマンなどをあれもこれも思い起こさせる。
音三郎は、よく言えば、集中力がある技術屋だろうが、自分の好きなこと以外に関心を払わない、コンプレックスが強く嫉妬深いのに他人を見下している、器のちっちゃーい男だ。
まさに失敗を認めることができない、ごめんなさいがいえない、日本の”エリート”層を映した存在。
上巻最後に出てくる実験の大きな失敗と、それに対する無反省は、人間らしい気骨?哲学?のない技術が、どれほど人を傷つけるかを予感させる。
下巻へGO -
日本の産業革命時代を舞台にした機械に取り憑かれた少年のビルディングスロマン。上巻で主人公の音三郎は日清戦争、日露戦争を挟んで、明治から大正へ、四国から大阪へ、歯車から電気へ、突き進みます。そのエネルギーは「物狂い」と言われた、機械の仕組みを理解したい、という情熱と欲望。それは日本の近代が工業化していく時の先端科学技術への恋愛感情とシンクロしているのだと思います。だから本書は小学校も出ていない少年の成長物語というだけではなく日本の産業の成長物語であり、社会の成長物語てもあります。ただし、単純に成長礼賛といかない不安も感じます。この後来る二つの世界大戦を知っているからなのか、主人公の純粋なメカニズムラブが狂気をはらんでいるからなのか、下巻も楽しみです。重苦しいけどページめくる手が止まらない不思議な小説。
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木内昇が紡ぐ歴史の中に埋もれた物語には、いつもひたむきな人が登場する。その不器用さに多少の歯痒さを感じながらも、読むうちにいつの間にか主人公の目線と同化して、歴史のうねる波間を漂うことになるのが常だ。この「火炎の人」も、主人公である音三郎の真面目さと天賦の才の徐々に開花する様を追いながら、やはり同じような感慨を覚える。
しかしその印象は、主人公の向上心が少しずつ常軌を逸するにつれ変化する。自身の功績のためではなく探究心に突き動かされていた筈の向上心が、他人を蹴落としてまで這い上がろうとする野心へと変わっていく。その変化は丁度、二分冊の上巻から下巻へ映るところで、際立って起こる。実験を手伝って負傷した者より自らの成果が台無しにならぬようにすることに執着し、やがて出自を偽ってより高い地位を得るべく奔走する。はたと、これは芥川龍之介の蜘蛛の糸をなぞらえた物語なのだな、と気付く。
己の欲望にまるで気付かないかのような性格の音三郎の前に開けた自分の才で切り拓ける道。給金のほとんどを家族の仕送りに充てながらも新しいことに触れられる喜びで満たされていた筈の思いは、やがて己の向上心にのみ執着するように変わっていく。カンダタのように一本の蜘蛛の糸にすがるように、己の道を進もうとする主人公の背中にべったりと張り付きすがる、産みの親と思しき人物。大震災に乗じて切ったかに見えた縁は、まるでカンダタの背後から迫ってくる亡霊たちのようにしつこくどこまでも追ってくる。それを振り切ろうと非道な言葉を吐けばどうなるか。
最終章において起こる語り手の交代は、予想されていたとはいえ、悲劇的な結末を決定づける効果が大きく、まるで映画の中で流れる音楽が物語の顛末を告げるような印象を残す。歴史は未来から見た必然によって解釈されるべきではないし個々の歴史を単に束ねたものでもないと、木内昇を読むたびにしみじみと思うものなのだが、これ程までに大きな流れの中に沈んでゆく人物を描かれると、その思いも乱される。個は全体の中において飽くまでも要素でしかないのか、と。市井の人々に焦点を当ててきたこれまでの木内昇とは、やや趣きを逸にする作品だと思う。 -
私が心酔する作家木内昇、彼女の魅力のひとつはまるでその時代に生きていてそれを見聞きしたかのように描く精緻を極めた筆力。
そして本作では明治から昭和初期の一人の技術者を取り上げるのだが専門的な知識を交えながら葛藤する心の描写はどれだけ取材を重ねようが出来るものではなく何かが憑依した?とも思える程のリアリティはこの人の真骨頂。
物語としてはどてらい男(古っ)のエンジニア版かと思いきやそうでなくページを捲るたびに「漂砂のうたう」に代表される時流の悪魔に翻弄されて行く主人公。
いままでの作品になかった重苦しさを纏いながら下巻へ -
技術者の生き様が見れた
自分の開発を進めるが故に変わって行く主人公
最後は友に殺され少しかわいそうだった