- 本 ・本 (584ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041103425
作品紹介・あらすじ
七帝柔道に憧れ、北海道大学柔道部に入部。個性あふれる同期や先輩たちに囲まれ、厳しい練習をこなしていくが……話題作『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者が描く圧巻の自伝的青春小説。
感想・レビュー・書評
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私の苦手なもの、嫌いなものが、これでもか!のてんこ盛り。旧制高校的バンカラぶり、男同士の絆、圧倒的な「力」の誇示、極限までの肉体的鍛錬、汗、涙、ヨダレ、女は添え物的扱い、いやもう数え上げればキリがない。
ああ、それなのにそれなのに、どうしてこんなに面白いの?! 冒頭からその世界に引きずり込まれ、熱気立ちのぼる筆致に圧倒されて、六百ページ近くを一気に読んでしまった。全くなんでこんなに惹きつけられるのか?
七帝戦は知っていたが、それが柔道から始まったもので、しかもその柔道が講道館柔道とは違うルールで戦われているのは知らなかった。「寝技の京大」というのを聞いたことがあるように思うが、しかしまあ、それがここまで壮絶なものだったとは。著者自身の北大での四年間を下敷きにして描かれる、高専柔道の姿がまずは驚きである。
大学生活の一切を柔道に捧げ、汗と涙にまみれ、絞め技に失神し、怪我を繰り返し、精神的にもとことん追い込まれながらボロボロになるまで練習する、その目標は、スポーツ紙の小さな記事にさえならない七帝戦である。払う犠牲の大きさとあまりに釣り合わない。しかし、彼らはそこにすべてをかける。
なぜ? どうしてそこまで自分を追い詰めるのか? 著者は答を提示しない。二年目の七帝戦で終わるラストにカタルシスはない。おそらく続きが書かれるのだろうが、そこにもきっとないだろう。これはスポーツ小説として異色だ。定型外のそのはみ出し方が、心をとらえて放さない迫力を生んでいる。
いや本当に、こういう「限界まで追い詰めることでむき出しの人間性をさらけ出しあう」という関わり合い方は、私の日常からも、愛する世界からも、極北にある。それでも、ここに出てくる人たちの何と魅力的なことか。特に、直情的でわがままな竜澤(主人公増田の親友となっていく、その描写がとてもいい)、熊のような風貌の和泉先輩が強く印象に残った。少ししか出てこないが、峠君という線の細い青年(彼は柔道部員ではない)が優しく描かれていて、それもこの物語を荒々しさから救っているように思った。
北大を中心とする札幌の街の描写が美しく、物語に奥行きと情感を与えている。主人公が「北大は札幌の街に抱かれている」と思う場面があるが、まさにその通りだ。人口百五十万もの大都市が、森が茂り川の流れる北大キャンパスを中心とするかのように広がる。おおらかな北の大地が学生たちを包み込んでいる。雪に覆われる長い長い冬の厳しさ、美しさが、妥協のない物語によく似合っている。
心に残る場面はいろいろあるが、増田と竜澤が北二十四条の交差点で柔道部東征歌を歌うところが好きだ。「通行人たちは遠巻きにして見ていたが、歌い終わると笑顔で拍手してくれた」 なんだか泣けてくる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
落ちるまで締める、腕が折られるまでタップしない。
何でそんなことするのか、柔術十年やっている自分からすると、これだけでかなりの狂気の沙汰であって、少しばかりの嫌悪感すら最初にあった。
高専柔道よろしく次第に引き込まれるようにぐいぐい読んで、最後は自分も落とされた。
めちゃくちゃ面白い。
柔道を通して、苦しみながら、もがきながら、七帝柔道で勝つことだけを目標に日々を過ごし、どんどん魅力的になっていく男たち。
入院中に彼が今までの自分を回顧したり仲間や先輩に思いを馳せたりするシーンは特に素晴らしかった。試合のシーンも素晴らしい。何気ない札幌の町や北大の様子を描くシーンも、どれも素晴らしかった。
見舞いに来た友人がスイカを持ってきて、「スイカを食え、スイカを。精をつけろ。夢精しない程度に精をつけろ」という言葉がけっこうツボでした。
いつかどこかで使わせてもらいます。 -
スポーツ小説、青春小説の傑作。
「木村政彦はなぜ力動山を殺さなかったか」の増田俊成の私小説的スポーツノンフィクションである。
練習量が全てを決する寝技主体の大学団体柔道「七帝柔道」。
新歓。合宿。脱落する者と残る者。強い者と弱い者。七帝大学最下位脱却を目指して、青春の全てを捧げる北大柔道部の部員達・・・ラストの七帝戦直後の七帝柔道へ思いを先輩から後輩へと繋ぐ主将の交代シーンは本当に感動的。ここまでではなかったとしても、部活をやったことのある者であれば、胸がつまるシーンがたくさんある。
出てくる部員やOB、彼らを応援する人達の1人1人が等価に魅力的で、愛をもって書かれているな、と思っていたら、さもありなん。登場人物はほぼ実名で実在のエピソードのようだ。著者の七帝柔道と仲間への熱い思いに圧倒される一冊である。「続」もあるらしい。本当に楽しみ。
*なお、著者は、本書は、井上靖の高専柔道へ捧げた自らの青春を綴った自伝的小説「北の海」の続編であると述べており、本書でも重要な役割を果たしている。「北の海」は、「しろばんば」「夏草冬涛 」「北の海」の自伝三部作(「あすなろ物語」を入れると4部作か)の1つで、自分の中学時代の愛読書である。当時、何度読んだことか。もう一度、改めて、読み返してみようと思う。
*ネットで読める著者の北大柔道部の後輩達に対する鎮魂歌「VTJ前夜の中井祐樹」の記事も素晴らしい。続編はここに繋がるらしい。 -
★敗者の熱さ★寝技ばかりで待てもなしの特殊な高専柔道。血を吐くような練習をひたすら繰り返す日々、わざわざ北大にやってきた一風変わった先輩や同僚との熱いつながり。にもかかわらず、旧7帝大で最も弱く、警官や五輪を目指すような猛者には全く歯が立たない。そんな弱い者たちの熱すぎる思いが迫ってくる。
ほかの大学のOBになぜこんな厳しい柔道を続けたのかと個人的に聞いたとき、「練習が辛すぎて辞めることを考えるのも面倒だった」と言われた。この本を読むまで、正直なところ当時のことは忘れていた、とも。社会に出ると離れてしまうものだろうが、今でも引きずっている著者はすごい。
もうひとりの主役ともいえる、退部を暗示されるニヒルな強者、沢田のその後が、ゴングに載っていてしびれた。基本的に実名で登場しているなかで彼は仮名で、その後、札幌で塾講師をしながら紆余曲折して北大医学部に入りなおして医師になったという。まさに北大柔道部らしさが現在までつながっている。 -
井上靖さんの北大柔道部での話を元に描いた自伝的小説「北の海」に対する作者のオマージュ。
七帝戦に挑むまでの、1年半を描く。
寝技乱取を描くシーンが中盤にしばらく続くが、この辺がすごく息苦しい。大学生という自由な時代を、自らの意志のみで極限までの苦しい練習を続ける体育会の学生に払う尊敬の念を、改めて思い出させてくれる。
印象的なのが、「途中で辞めないで、絶対良かったと思う。頑張れ」という上級生の言葉。本当にそうだろうなと思う。近年、逃げ出すことに主眼を置いた自己啓発本なんかも出ていたけど、私は反対。逃げてしまっては、何も残らないと思っている。
作者自身は、この後、4年間柔道部で頑張り続けて、そこから水産系の勉強に取り組むはずだったみたいだけど、結局4年で北大を中退してしまっている。むしろ、この七帝柔道記の後の主人公、というか作者の心境などがより気になってしまった。
体育会同士の交流、先輩との交流などがまぶしい。
表紙の写真の柔道着も、作者は既に40代となっているのに、実際にその頃の縁を通じ借りたものらしい。まだ置いているという事実にも感動するし、絆がまだ存在していることにも感じるものがある。
本中に紹介されるお店は実際のお店らしく、その一軒、みねちゃんの閉店の事を作者がブログで書いてあるんだけど、この本の中にも出てくる和泉先輩からの連絡で知ったらしい。長く続く友情に、すごく憧れを感じた。作者さん達は、もちろん過ごすことのできなかった学生生活もあるのは確かだけれど、誰しもが簡単にすごせるわけではない貴重な学生期間を過ごせたのは確かなこと。 -
カンノヨウセイ恐〜。和泉さんかっこいいです。惚れます。
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「学問だってスポーツだって同じだ。他のあらゆることだって同じだ。たまたま与えられた環境や、天から貰った才能なんて誇るものでもなんでもない。大切なのは、いま目の前にあることに真摯に向き合うことなのだ。自分がいまもっているもので真摯に向き合うことなのだ。」
とても淡々とした文章で書かれているのに、心に熱さや冷たさや痛みが伝わってくる。
私が柔道と思っていたのは、世界中で行われている講道館柔道で、戦前の高専柔道からの伝統を受け継ぐ七帝柔道というものがあると、この本を読んで知った。
非常に心に残る作品。 -
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』に続いて、今度は作者増田俊也の北大柔道部時代を描いた自伝的小説だ。これがやたらに面白い。遠征費を得るため文化祭用にでっち上げた「焼きそば研究会」なるサークルなどの爆笑エピソードが随所に散りばめられているが、そうしたエピソードの中通奏低音のように響くのは、汗臭さと熱気が立ち上る練習の描写である。本書を読みながら、読者はさながら自分が北大の柔道場に紛れ込んでしまったかのような練習の苦しさと、過剰なまでの友情でつながれた部員たちと時間をともにできる喜びを感じるだろう。増田俊也は苦しさと喜びを描くのがうまいなあと思った。
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増田俊也の自伝的青春小説。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』にも登場した七帝柔道にのめり込んで行く北大生の増田。学生時代に一つの事に打ち込むことの素晴らしさ、恐いものなど無かった懐かしい青春時代を思い出す。
講道館柔道とは全く別の道を歩む七帝柔道とはこれほど厳しいものだとは知らなかった。立ち技中心の講道館柔道に対して七帝柔道は寝技中心。スポーツ化した講道館柔道に逆らうかのように七帝柔道は武術、武道としての道を進み、現代でも生き残っていることに驚いた。
前作の『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』とこの作品を読むと、こういう作品を書く増田俊也が本来の姿で、『シャトゥーン ヒグマの森』などは手慰みに過ぎなかったのかと思う。
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』と合わせて本書を読むとさらに面白味が増す。さらに楽しみたい方には夢枕獏の『東天の獅子』をお勧めする。いずれも同じ系譜の作品で格闘技好きにはたまらない。 -
読んで胸が熱くなる自分がいる一方、ここで礼賛される強烈な精神主義と全体主義への違和感、これらの思想の中で育った人材が官民の中枢に輩出され続ける状況に、強い警戒感を覚える。
著者プロフィール
増田俊也の作品





