七帝柔道記

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
4.42
  • (120)
  • (61)
  • (23)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 503
感想 : 98
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (580ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041103425

作品紹介・あらすじ

「七帝柔道」という寝技中心の柔道に憧れ、二浪の末、北海道大学に入学した。しかし、柔道部はかつて誇った栄光から遠ざかり、大会でも最下位を続けるどん底の状態だった。他の一般学生が恋に趣味に大学生活を満喫するなか、ひたすら寝技だけをこなす毎日。偏差値だけで生きてきた頭でっかちの少年たちが、プライドをずたずたに破壊され、「強さ」という新たな世界で己の限界に挑んでいく。悩み、苦しみ、悲しみ、泣き、そして笑う。唯一の支えは、共に闘う仲間たちだった。地獄のような極限の練習に耐えながら、少年たちは少しずつ青年へと成長していく-。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 私の苦手なもの、嫌いなものが、これでもか!のてんこ盛り。旧制高校的バンカラぶり、男同士の絆、圧倒的な「力」の誇示、極限までの肉体的鍛錬、汗、涙、ヨダレ、女は添え物的扱い、いやもう数え上げればキリがない。

    ああ、それなのにそれなのに、どうしてこんなに面白いの?! 冒頭からその世界に引きずり込まれ、熱気立ちのぼる筆致に圧倒されて、六百ページ近くを一気に読んでしまった。全くなんでこんなに惹きつけられるのか?

    七帝戦は知っていたが、それが柔道から始まったもので、しかもその柔道が講道館柔道とは違うルールで戦われているのは知らなかった。「寝技の京大」というのを聞いたことがあるように思うが、しかしまあ、それがここまで壮絶なものだったとは。著者自身の北大での四年間を下敷きにして描かれる、高専柔道の姿がまずは驚きである。

    大学生活の一切を柔道に捧げ、汗と涙にまみれ、絞め技に失神し、怪我を繰り返し、精神的にもとことん追い込まれながらボロボロになるまで練習する、その目標は、スポーツ紙の小さな記事にさえならない七帝戦である。払う犠牲の大きさとあまりに釣り合わない。しかし、彼らはそこにすべてをかける。

    なぜ? どうしてそこまで自分を追い詰めるのか? 著者は答を提示しない。二年目の七帝戦で終わるラストにカタルシスはない。おそらく続きが書かれるのだろうが、そこにもきっとないだろう。これはスポーツ小説として異色だ。定型外のそのはみ出し方が、心をとらえて放さない迫力を生んでいる。

    いや本当に、こういう「限界まで追い詰めることでむき出しの人間性をさらけ出しあう」という関わり合い方は、私の日常からも、愛する世界からも、極北にある。それでも、ここに出てくる人たちの何と魅力的なことか。特に、直情的でわがままな竜澤(主人公増田の親友となっていく、その描写がとてもいい)、熊のような風貌の和泉先輩が強く印象に残った。少ししか出てこないが、峠君という線の細い青年(彼は柔道部員ではない)が優しく描かれていて、それもこの物語を荒々しさから救っているように思った。

    北大を中心とする札幌の街の描写が美しく、物語に奥行きと情感を与えている。主人公が「北大は札幌の街に抱かれている」と思う場面があるが、まさにその通りだ。人口百五十万もの大都市が、森が茂り川の流れる北大キャンパスを中心とするかのように広がる。おおらかな北の大地が学生たちを包み込んでいる。雪に覆われる長い長い冬の厳しさ、美しさが、妥協のない物語によく似合っている。

    心に残る場面はいろいろあるが、増田と竜澤が北二十四条の交差点で柔道部東征歌を歌うところが好きだ。「通行人たちは遠巻きにして見ていたが、歌い終わると笑顔で拍手してくれた」 なんだか泣けてくる。

  • 落ちるまで締める、腕が折られるまでタップしない。
    何でそんなことするのか、柔術十年やっている自分からすると、これだけでかなりの狂気の沙汰であって、少しばかりの嫌悪感すら最初にあった。

    高専柔道よろしく次第に引き込まれるようにぐいぐい読んで、最後は自分も落とされた。

    めちゃくちゃ面白い。

    柔道を通して、苦しみながら、もがきながら、七帝柔道で勝つことだけを目標に日々を過ごし、どんどん魅力的になっていく男たち。

    入院中に彼が今までの自分を回顧したり仲間や先輩に思いを馳せたりするシーンは特に素晴らしかった。試合のシーンも素晴らしい。何気ない札幌の町や北大の様子を描くシーンも、どれも素晴らしかった。

    見舞いに来た友人がスイカを持ってきて、「スイカを食え、スイカを。精をつけろ。夢精しない程度に精をつけろ」という言葉がけっこうツボでした。
    いつかどこかで使わせてもらいます。

  • スポーツ小説、青春小説の傑作。
    「木村政彦はなぜ力動山を殺さなかったか」の増田俊成の私小説的スポーツノンフィクションである。

    練習量が全てを決する寝技主体の大学団体柔道「七帝柔道」。
    新歓。合宿。脱落する者と残る者。強い者と弱い者。七帝大学最下位脱却を目指して、青春の全てを捧げる北大柔道部の部員達・・・ラストの七帝戦直後の七帝柔道へ思いを先輩から後輩へと繋ぐ主将の交代シーンは本当に感動的。ここまでではなかったとしても、部活をやったことのある者であれば、胸がつまるシーンがたくさんある。

    出てくる部員やOB、彼らを応援する人達の1人1人が等価に魅力的で、愛をもって書かれているな、と思っていたら、さもありなん。登場人物はほぼ実名で実在のエピソードのようだ。著者の七帝柔道と仲間への熱い思いに圧倒される一冊である。「続」もあるらしい。本当に楽しみ。

    *なお、著者は、本書は、井上靖の高専柔道へ捧げた自らの青春を綴った自伝的小説「北の海」の続編であると述べており、本書でも重要な役割を果たしている。「北の海」は、「しろばんば」「夏草冬涛 」「北の海」の自伝三部作(「あすなろ物語」を入れると4部作か)の1つで、自分の中学時代の愛読書である。当時、何度読んだことか。もう一度、改めて、読み返してみようと思う。
    *ネットで読める著者の北大柔道部の後輩達に対する鎮魂歌「VTJ前夜の中井祐樹」の記事も素晴らしい。続編はここに繋がるらしい。

  • ★敗者の熱さ★寝技ばかりで待てもなしの特殊な高専柔道。血を吐くような練習をひたすら繰り返す日々、わざわざ北大にやってきた一風変わった先輩や同僚との熱いつながり。にもかかわらず、旧7帝大で最も弱く、警官や五輪を目指すような猛者には全く歯が立たない。そんな弱い者たちの熱すぎる思いが迫ってくる。

    ほかの大学のOBになぜこんな厳しい柔道を続けたのかと個人的に聞いたとき、「練習が辛すぎて辞めることを考えるのも面倒だった」と言われた。この本を読むまで、正直なところ当時のことは忘れていた、とも。社会に出ると離れてしまうものだろうが、今でも引きずっている著者はすごい。

    もうひとりの主役ともいえる、退部を暗示されるニヒルな強者、沢田のその後が、ゴングに載っていてしびれた。基本的に実名で登場しているなかで彼は仮名で、その後、札幌で塾講師をしながら紆余曲折して北大医学部に入りなおして医師になったという。まさに北大柔道部らしさが現在までつながっている。

  • 井上靖さんの北大柔道部での話を元に描いた自伝的小説「北の海」に対する作者のオマージュ。
    七帝戦に挑むまでの、1年半を描く。

    寝技乱取を描くシーンが中盤にしばらく続くが、この辺がすごく息苦しい。大学生という自由な時代を、自らの意志のみで極限までの苦しい練習を続ける体育会の学生に払う尊敬の念を、改めて思い出させてくれる。
    印象的なのが、「途中で辞めないで、絶対良かったと思う。頑張れ」という上級生の言葉。本当にそうだろうなと思う。近年、逃げ出すことに主眼を置いた自己啓発本なんかも出ていたけど、私は反対。逃げてしまっては、何も残らないと思っている。

    作者自身は、この後、4年間柔道部で頑張り続けて、そこから水産系の勉強に取り組むはずだったみたいだけど、結局4年で北大を中退してしまっている。むしろ、この七帝柔道記の後の主人公、というか作者の心境などがより気になってしまった。

    体育会同士の交流、先輩との交流などがまぶしい。
    表紙の写真の柔道着も、作者は既に40代となっているのに、実際にその頃の縁を通じ借りたものらしい。まだ置いているという事実にも感動するし、絆がまだ存在していることにも感じるものがある。

    本中に紹介されるお店は実際のお店らしく、その一軒、みねちゃんの閉店の事を作者がブログで書いてあるんだけど、この本の中にも出てくる和泉先輩からの連絡で知ったらしい。長く続く友情に、すごく憧れを感じた。作者さん達は、もちろん過ごすことのできなかった学生生活もあるのは確かだけれど、誰しもが簡単にすごせるわけではない貴重な学生期間を過ごせたのは確かなこと。

  • カンノヨウセイ恐〜。和泉さんかっこいいです。惚れます。

  • 「学問だってスポーツだって同じだ。他のあらゆることだって同じだ。たまたま与えられた環境や、天から貰った才能なんて誇るものでもなんでもない。大切なのは、いま目の前にあることに真摯に向き合うことなのだ。自分がいまもっているもので真摯に向き合うことなのだ。」
    とても淡々とした文章で書かれているのに、心に熱さや冷たさや痛みが伝わってくる。
    私が柔道と思っていたのは、世界中で行われている講道館柔道で、戦前の高専柔道からの伝統を受け継ぐ七帝柔道というものがあると、この本を読んで知った。
    非常に心に残る作品。

  • 筆者こと主人公は「七帝柔道」という寝技中心の柔道に憧れ二浪の末にその一角を占める北海道大学に入学した。そこから物語ははじまります。『寝技中心の柔道』に己の全てを賭ける男たちの青春を描いた小説です。

    実をいうと僕は、大学時代に1度だけ、七帝戦、もしくは七大柔道大会というものを見たことがあるんです。ここで行われる柔道は、講道館ルールと呼ばれるオリンピック等で見られるものではなく、現在で似た様なものはブラジリアン柔術のように(ルーツが同じだから当然といえば当然)ひたすら寝技で戦うというもので、さらにいうなれば関節を極められてもギブアップはせず、締め技が入れば落ちる(意識を失って気絶する)という本当に壮絶な試合であったことを思い出します。

    僕が見ていたときは女子の試合があり、彼女等も必死になって試合をしていたことを本書を読みながら思い出しました。確か、そのときは記憶によると主催校だった北海道大学が優勝し、選手はもちろんのこと、OBとおぼしき年配の男性も男泣きに泣いていたことを思い出しました。さらに僕は、物語の舞台である北海道大学のキャンパスおよび北大の界隈は様々な業者として北大キャンパス内に入って仕事をし、さらには精神的な彷徨を重ね続けた場所であるために、読みながら書かれている地名や北大の学部。さらにはキャンパス内の施設や彼等が酒を酌み交わしたり、食事をしたりしていた店も『あぁ、あそこか』と思いながら、あの無為を極めた歳月はこの小説を理解するためにあったのかと、そんなことを錯覚しながら最後まで読んでおりました。

    この小説は旧帝国大学系大学のひとつといわれる北海道大学を舞台にそこで華やかなキャンパスライフをすべてかなぐり捨てて『高専柔道』と呼ばれる特殊な柔道の流れをくむ『七帝柔道(もしくは七大柔道)』に明け暮れる若者たちを描いた青春群像劇となっております。最初の話に戻るかもしれませんが、ですので、これを読みながらきっと僕は試合会場で現在はOBとなったであろう本書に出てくる学生たちの誰かとすれ違ったことがあったのではあるまいか?そんなことを考えておりました(ここでは名前を伏せますがDVDまでリリースしている師範の一人とはすれ違っています。)

    主人公こと筆者は名古屋での高校時代に、寝技で相手を圧倒し続ける名大選手の柔道を見て、『大学に入ったらこの柔道をやろう』と青雲の志を持って2浪の末に北海道大学に入学します。読み始めて『だったら地元の名大や京大、阪大でもできたのになぜ流れ流れて北大へ?』という疑問があったのですが、地元を離れて暮らしたかったと書かれていて、納得がいきました。先に入学していた高校の同級生である鷹山氏に柔道をやめたことを筆者は打ち明けられます。しかし『柔道をやるためにここにきた』という決意のもと、入学式にも出ない。授業にもほとんど顔を出さないというバンカラな学生生活を送りながら、柔道部の門をたたくことになります。

    そこで展開されるのはひたすら延々と寝技ばかりを繰り返す光景と道場全体を包む異様なまでの熱気でした。同期と共に入部し、先輩たちにメチャクチャなまでに押さえ込まれ、関節技を極められ、締められては落とされる…。そんな日々の中で彼と共に入った同期は次々と去っていくのです。筆者を鍛えた主将の金澤氏は勉強もすさまじい努力を重ね、国家公務員一種キャリア試験をパスし、建設省に入省するのです。この顛末を読むとあまりの壮絶な展開にため息が出ました。

    1年目の七帝戦は惨敗に終わり、OBたちもほとんど来ない中、男泣きに泣く部員たち、これは読んでいて胸が詰まりました。そこで後任の主将に任命されたのは和泉唯信氏という広島出身の男でした。和泉体制になってから柔道部の練習はさらに過酷を極めます。満身創痍で寝技の練習を限界までするのはもちろんのこと、さらには道警の特錬という柔道エリートたちのいるところへ行っての出稽古をはじめ、北海道の柔道で有名な大学や高校の柔道部を招いて稽古をする場面は呼んでいて涙が出そうになりました。

    彼等に叩きつけられ、極められ、締め落とされながらも徐々に自分の強さを実感する筆者こと主人公たち、それに加えてウエイトトレーニングなどの過酷な練習メニューを黙々とこなしていくのです。そんな中で迎えた2年目の七大戦を迎えることになります。そこでのくじ引きで対戦相手となった阪大の態度に業を煮やした和泉氏をはじめとする北大メンバー。阪大に敗れ、それでも一縷の望みをかけて挑んだ敗者復活戦の対東大戦。最下位を脱出するために壮絶な覚悟を持って試合に臨むも立ち技主体の彼らに寝技で敗れるという悲劇的な結末に。またしても去年と同じ結果になってしまったことに筆者同様、『努力は報われないのか…。』と読みかけのページを閉じて天を仰いでしまいました。

    本書はテーマとなっている七大柔道のように、われわれ読者をぐいぐいと物語世界にひきこみ(七大柔道の寝技に引き込むテクニック)一気に読み進めることのできる青春群像劇の極北であることを、ここに確信いたしました。

  • 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』に続いて、今度は作者増田俊也の北大柔道部時代を描いた自伝的小説だ。これがやたらに面白い。遠征費を得るため文化祭用にでっち上げた「焼きそば研究会」なるサークルなどの爆笑エピソードが随所に散りばめられているが、そうしたエピソードの中通奏低音のように響くのは、汗臭さと熱気が立ち上る練習の描写である。本書を読みながら、読者はさながら自分が北大の柔道場に紛れ込んでしまったかのような練習の苦しさと、過剰なまでの友情でつながれた部員たちと時間をともにできる喜びを感じるだろう。増田俊也は苦しさと喜びを描くのがうまいなあと思った。

  • 増田俊也の自伝的青春小説。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』にも登場した七帝柔道にのめり込んで行く北大生の増田。学生時代に一つの事に打ち込むことの素晴らしさ、恐いものなど無かった懐かしい青春時代を思い出す。

    講道館柔道とは全く別の道を歩む七帝柔道とはこれほど厳しいものだとは知らなかった。立ち技中心の講道館柔道に対して七帝柔道は寝技中心。スポーツ化した講道館柔道に逆らうかのように七帝柔道は武術、武道としての道を進み、現代でも生き残っていることに驚いた。

    前作の『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』とこの作品を読むと、こういう作品を書く増田俊也が本来の姿で、『シャトゥーン ヒグマの森』などは手慰みに過ぎなかったのかと思う。

    『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』と合わせて本書を読むとさらに面白味が増す。さらに楽しみたい方には夢枕獏の『東天の獅子』をお勧めする。いずれも同じ系譜の作品で格闘技好きにはたまらない。

全98件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1965年生まれ。小説家。北海道大学中退後、新聞記者になり、 第5回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞して2007 年『シャトゥーン ヒグマの森』(宝島社)でデビュー。2012年、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)で第43回 大宅壮一ノンフィクション賞と第11回新潮ドキュメント賞をダブル 受賞。他の著書に『七帝柔道記』(KADOKAWA)、『木村政彦 外伝』(イースト・プレス)、『北海タイムス物語』(新潮社) などがある。

「2022年 『猿と人間』 で使われていた紹介文から引用しています。」

増田俊也の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×