記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞 (ノンフィクション単行本)

著者 :
  • KADOKAWA/角川書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041107348

作品紹介・あらすじ

その時、記者たちは、なぜ海に向かったのか――。東日本大震災で存続の危機に立った福島民友新聞。『死の淵を見た男』著者、門田隆将があの未曾有の危機に直面した記者たちの真実の姿と心情を描く。

感想・レビュー・書評

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  • 「紙齢をつなぐ」という言葉を初めて聞きました。
    記者魂とか聞きますが、新聞記者という人たちはこんなにも新聞に命がけで向き合っているものかと大変驚きました。
    記事を創る人、紙面を創る人、印刷する人、配達する人まで一丸となって「情報を届けなくてはならない」という執念にはすさまじいものを感じます。そして日本人ならではという気もします。

    そしてこの中には東電の幹部も登場しますが、同じ地域に暮らしていたもの同士と言うことを考えるとここに芽生えてしまった大きな埋めようもない溝はなんて容赦ないのだろうとつくづく感じさせられます。

    ある人が喪われた記者にしてあげる、ある行為のシーンを読んだ時、涙が止まりませんでした。きっとあの地震で亡くなられた一人ひとりに大切な人生の物語があっただろうにと思うと言葉に出来ない思いで胸がふさがります。

    自分を責めることはない、と多くの人の言うように私もこの自分を責めている記者さんには言ってあげたい。
    でもこの記者さんがどうしても自分を責めてしまう気持ちも止めたくても止められないものなのでしょう。ただ、自分と家族を大切に生きて欲しいです。そしてこういう人が記者という仕事をしているということを覚えておきたいと思います。

    消防士や警察官など人を守る仕事をしている人には自己犠牲がつき物のようにドラマなどでも表現されますが、
    現職の方から聞きましたが、そういうスペシャリストこそ自分の命を最優先に考えなければより多くの人は救えないものだと叩き込まれるそうです。それはやはり技術や手段があるからです。

    自己犠牲は尊い。誰でも出来ることではありません。でも自分の命を投げ出しても救いたいという自分のことも、誰かが命を投げ出してでも救いたいと思ってくれているかもしれません。命の比較はできないってそういうことだと思います。気持ちとしてはあっても誰かを救うために死んでもいい命などあるわけがありません。
    こんなやりきれないことが起きてしまうのは人間の力及ばない領域としか言えないようにも思います。

    巻頭に写真が数枚ありますが、読後見直すと一段と胸に迫るものがあります。よくぞ撮ったな、と思います。
    福島民報と福島民友を目にする機会がありますが、これからは一段と真摯な気持ちで紙面に目を通したいと思います。

  • 東日本大震災、津波と放射能の現場で、福島民友新聞の記者達がどんな行動をしたのか?津波を撮るために、海に向かった若手ホープ記者・熊田さんは、どんな思いで現場に出向き、そして命を失ったのか?
    生きる側も亡くなった側も紙一重だったのは間違いない。せつく辛い気持ちを、ノンフィクション作家の門田さんが拾い上げて、丁寧にまとめあげている。
    誰がいい、悪い、とかではなく、そこにあった当たり前の生活を失った地域の人々と新聞記者たちを丹念に描いてくれます。
    関係者の思いがこもった、2011年3月12日の福島民友新聞が読みたくなりました。

  • 2023年正月用の図書として準備

    2011年3月11日午後2時46分に東北地方沖の太平洋海底を震源とする東日本大震災が発生する。

    福島民友新聞の記者たちは震災状況と津波の取材のため奔走する。
    一方、福島民友新聞本社では停電と通信障害に襲われる中、紙齢を絶やさぬよう紙面作りに取り組む。
    東京の読売新聞の助けも借り、災害の最中でも印刷、配布に成功している。

    10年以上が過ぎ忘れがちな、震災当日の混乱と人々の証言が印象的だった。

  • あの日、自分が「冷蔵庫や食器棚が倒れていたらどうしよう」と半ベソかきながら自転車で家に帰っている間に沢山の命が失われていたことを恥ずかしく思います。自らも被災された記者の方が職務を全うしようとしていた姿に職業人のプライドを感じました。

  • 東日本大震災のその時とその後。福島民友新聞の記者たちが、地震・津波・原発事故と格闘したノンフィクション。
    通信手段が遮断されたり、停電で紙面を編集することができないなど、震災翌日の新聞が出せないかもしれないという非常事態に陥っていた。そんな中でも、命の危険を冒しても現場へ赴き取材を続けた記者たちの使命感は、どこからくるのだろう?

    記者の中には、津波で命を落とした人もいた。
    原発取材を通して、東電社員と懇意になっている記者もいた。
    地元に密着しているから、より心が痛み、地元のこれからを憂う。
    毎日当たり前のように届くと思い込んでいる新聞。けれど、未曾有の災害が起こった、全く当たり前ではない日にも、新聞は発刊し配達された。
    胸が熱くなる。

  • 職場で東日本大震災に見舞われた男性は、カーラジオから
    流れる津波への警戒のニュースを聞きながら自宅へと急いで
    いた。

    自宅まで数百メートルまで来たところで、男性の車に向か
    って何かを言っている青年の姿が目に留まった。何を言っ
    ているのか分からない。しかし、青年は両手を交差させて
    「来るな」と合図を送る。

    次の瞬間、その背後に光るものが見えた。巨大な津波だった。

    青年は地元紙・福島民友新聞の若い記者だ。

    自らも被災し、本社の自家発電さえも稼働しなくなり、
    明治から100年以上続いた新聞発行の危機を迎えた福島
    民友新聞の闘いを描く。著者2冊目の東日本大震災関連の
    ノンフィクションである。

    河北新報の闘いを綴った作品でもそうだったが、本書でも
    打ちのめされた。

    地震、津波、そして原発事故。次々と襲う過酷な状況のなか、
    記者たちは福島の現実を記録し、読者の元に届けるという
    使命を果たそうとする。

    それは記者たちだけではない。製作の現場もそうだし、
    新聞販売店もそうなのだ。被災者でありながら、翌日の
    新聞を配達する為に、販売店に駆けつける人がいたのだ。

    新聞記者は記録者だ。あの日、津波の取材の為に海へと
    向かった。

    ある記者は孫を抱え必死に走って来るおじいさんの背後
    に迫る津波を目にして、海へと向かっていた車をバック
    させて逃れた。だが、後悔とトラウマが残った。

    どうしてあのふたりを助けられなかったのか。自分が
    カメラへ手を伸ばした一瞬がなければ、ふたりを助け、
    一緒に逃げることが出来たのではないか…と。

    そして、自宅へ向かっていた男性に「来るな」と合図を
    送った青年記者・熊田由貴夫は、津波に飲まれ帰らぬ
    人となった。24歳。将来を期待された記者だった。

    最後の数十ページは泣けて、泣けて仕方がなかった。
    熊田記者の遺体は4月2日に発見された。そして、自分
    が助けられたかもしれない二つの命のことを、重い
    十字架として背負った記者の心情の吐露が辛すぎる。

    余談だが、他の作品にでも熊田記者のことを読んだのを
    思い出した。彼の「来るな」という合図で命を救われた
    男性は、今でも熊田記者の写真を肌身離さず持っている
    という。

    「僕らは、ペンとカメラしか持ってないんです」。悔恨
    を抱え、今でも苦しんでいる記者が著者に語った言葉が
    切ない。

  • 途中までパラパラと読んだ。何のために書いた本なのだろう?新聞社へのよいしょ本なのか。大地震や大津波がくれば地獄絵図になる、ただそれを書いただけ。新聞なんか毎日発刊されなくても誰も困らないだろう。おまけに原発爆発の記載がきれいごと。これは天災ではなく金儲けを企む人間の悪意が起こした事件。しかも当事者の東京電力は、周辺住民に事態を知らせる前に自分たち家族だけ逃すという卑劣な行為をとった。それらの社員の口座に億単位の大金を振り込んだ上で。こんな本を読んで感動などというおめでたいことを言える人生を送りたかった。

  • 東日本大震災における福島民友新聞の記者たちの記録。特に、津波の犠牲になった相双支社の熊田由貴生記者(24)の物語を縦軸に、浜通りにいた記者たちがどう取材に立ち向かったかを描いている。この手のノンフィクションは新聞記者自身によって記されることは多いが、外部ライターが書くケースは貴重なのではないか。多少演出過多な描写もあるが、仲間を失った悲しさ、目の前で津波に飲まれた老人と孫を助けられなかった葛藤、新聞が発行できなくなるかもしれない焦りなどが伝わってくる。旧知の東電原発所長と再会して記者がお互い涙を流す場面や、毎日新聞の若手、神保記者に届いた母親からの「生きていてくれてありがとう」というメールなど、読ませどころも多かった。

  •  震災直後の福島民友を追ったノンフィクション。

     こういう本を読むと震災直後の混乱を自分達がすっかり忘れてることに気づかされる。
     福島民友は震災直後の3月12日にも朝刊を出して紙齢(しれい)を欠くことを防いだわけだが、それは記者だけでなく配達の人など多くの人の意思があってのことだ。
     人を助け津波で亡くなった若い記者。思わずカメラを手にとって救助が遅れたと自分を責める記者。そういった記者達も強く印象に残ったが、私が一番印象に残ったのは福島第一原子力発電所の所長と民友の記者が会見で目が合った時に二人共号泣した場面だ。原発の人達はその地域の人達でもあるのだ。その事実の重みをひしひしと感じた。

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著者プロフィール

作家、ジャーナリスト。1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒業後、新潮社入社。『週刊新潮』編集部記者、デスク、次長、副部長を経て2008年独立。『この命、義に捧ぐ─台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、後に角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。主な著書に『死の淵を見た男─吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫)、『日本、遥かなり─エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」』(PHP研究所)、『なぜ君は絶望と闘えたのか─本村洋の3300日』(新潮文庫)、『甲子園への遺言』(講談社文庫)、『汝、ふたつの故国に殉ず』(KADOKAWA)、『疫病2020』『新聞という病』(ともに産経新聞出版)、『新・階級闘争論』(ワック)など。

「2022年 『“安倍後”を襲う日本という病 マスコミと警察の劣化、極まれり!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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