ヤンキー化する日本 (角川oneテーマ21)

著者 :
  • KADOKAWA/角川書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041107416

作品紹介・あらすじ

気合いとノリ、母性に絆、バッドセンス。日本人は急激にヤンキー化している!現代日本に巣くうヤンキー性を村上隆、溝口敦、與那覇潤、デーブ・スペクター、海猫沢めろん、隈研吾と徹底対論!

感想・レビュー・書評

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  • 本書から読んでも十分楽しめるが、『世界が土曜の夜の夢なら』から読んだ方がより楽しめる。
    様々な立場の方との対談を通じて紡ぎ出される知の発露。特に「ヤンキーと国家」「ヤンキーと新歌舞伎座」の教養主義的な遣り取りに知的好奇心をくすぐられた。

    「偽善か偽悪かという違いがあるだけで、僕らはつい偽悪のほうを信頼してしまいがちである」
    「考えない者には、感じることすらできない」
    「日本は「盆栽文化」なんですよ。完成したプロはお呼びじゃない。未熟なアマチュアがだんだん変なふうに育っていくのを愛でるという」

  • 世代論の延長にある文化論に基づく社会論であり、その根拠となるような統計的データや学術的考察、さらには他の学問(特に社会学、経済学)の参照もないまったく独自の「文化論」ないし「日本人論」を臆面も出すことができるのはある意味では貴重ではあるかもしれない。少なくともこの本における「ヤンキー」をめぐる議論を見る限りでは、最初に「ヤンキー化」なる独自の規定が存在し、そこからいろいろなことがつなげて論じられているが、結局のところ独りよがりな概念の弄びでしかないだろう。また「日本人は逃れることができない」「日本人は多かれ少なかれヤンキーの要素がある」式の物言いや、昨今の(筆者が好まない)政治的状況を絡めて劣化言説を弄する様も、完全に不毛な「日本人論」そのものでしかない。

  • ヤンキー的な価値観を美とする、ヤンキー遺伝子が日本人には備わっている。
    そのため底辺は最底辺にならず、ヤンキーの中に吸収されていくことで連帯が生まれ、ヤンキー的な誇りをもって生きることができる。ゆえにこの国の治安は崩れない。日本の治安の良さはヤンキー文化が支えている。
    という理論ですが、スケールがでかすぎて最高ですね。そうかもしれないよ。

  • 『ヤンキー化する日本』
    2023年3月14日読了

    本書は、はじめに著者・斎藤環氏のよくまとまった論説があり、
    アート、建築、日本近代史など様々な専門を持つ人々との対談が中心をなす。

    特に、著者の「なぜ今、ヤンキーを語るのか」という論説が、ヤンキー文化を簡潔にまとめており大変わかりやすい。(斎藤氏には『世界が土曜の夜なら』というヤンキー・テイストを分析した著書がある。わたしは未読のため想像になるのだが、この論説はこの本がもとになっているだろう。)

    本書では「日本社会そのものがヤンキー的な価値観に基づいて、その大半が構築されている」としている。妙に説得力があるのは、きっとわたしにもヤンキー的な価値観が内包されており、身近な経験として思い当たる節があるからだ。

    学生時代には「気合主義」に基づくスローガンを掲げ、体育祭では「(みんなのために)がんばれ」と応援していた。テレビなどのマスメディアでは、論理的で整然としたインテリよりも、地頭がよくてコミュ力の高いヤンキーの方が目立っているだろう。

    著書が書かれた当時の日本社会を分析する上でも、現在を生きる自分自身を知る上でも、納得する部分が多く大変興味深い内容だった。

  • 新書というサイズなので
    仕方がなかったのでしょうが
    もう少し突っ込んだ
    お話を聞きたかったなぁ
    が どうしてもしてしまいます

    個人的には
    最近「建築家走る!」を読んだこともあり、
    隈研吾さんとのお話が秀逸でした。

  • 丸山眞男が古事記に見出した「 つぎつぎになりゆくいきほひ」を、ヤンキー文化の本質としてこう言いかえている。
    「気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」。
    ヤンキーとは何かを定型化しようとしているが、個々の対談はとても面白い。
    誰もが素晴らしい言語感覚で定型化していく様子が本当に楽しい。
    個人的には隈研吾氏の建築の世界を語る言葉がとても好きだ。

  • 『どうしてみんなEXILEが好きなのか』『どこの町でもよさこいソーラン』『LINE大人気とスクールカースト』『ラーメン屋は作務衣でポエム』『地元LOVE、母性、ファンシー。コミュ力、保守志向、現実的ー。』
    そう、これらは帯紙に書かれている宣伝文句。分かる。非常に分かる。ただ『浜崎あゆみ』が入ってないぞ、まだまだヤンキーが分かってないなあこの筆者。
    筆者曰く、ヤンキーとはバッドセンスな装いや美学と、「気合い」や「絆」といった理念のもと、家族や仲間を大切にするという一種の倫理観とかアマルガム的に融合したひとつの“文化”であると。
    分かる。非常に分かりやすい。ヤンキーは『絆』好きだよなあ、地元のお祭りも大好きだし、ただこの点については『マイルドヤンキー』と言う言葉を生んだ原田曜平氏著『ヤンキー経済学』の方が面白い。こんな感じの軽いヤンキーdisり本を期待してたんですが、何ですかこの筆者様。イデオロギー臭プンプンで、全ては安倍総理が悪いらしいです。本当にありがとうございました。
    私が思うヤンキーとはセンスなんですよ、センス。このセンスをもっと深く探求して欲しかったなあ。手首や首に数珠してるオッサンゴルファーのヤンキー指数の高さ、40過ぎて時間が止まったような茶髪、最高の親友!とか言ってSNSで一緒に呑んでる写真をアップする偏差値低めの奴とか、期待したのはそこなんですよ!安西先生!!自民党批判はどうでもいいです。

    とは言え、基本各著名人とのヤンキーをテーマにした対談で、タイトルとズレは有りながら面白く読めた本ではないでしょうか。
    結構勉強になる事も有りましたし、まあ、そんな本としてはいいんじゃないでしょうか。
    左巻きの人にはお勧めです。

  • 保守派イデオロギーへの憎しみにあふれた文章。安倍晋三や維新の会を批判するが、左派系勢力、例えば共産党や旧民主党系には言及しない。典型的なパヨク本であったのが残念。題材は良いのでイデオロギーを抜きにして書いて欲しかった。

  • 対談は與那覇潤、溝口敦、デーブ・スペクターを読んだ。興味深い分析だが、ヤンキーの定義が感覚的で、しっくりしない感もある。小泉政権が用いた「B層」とどう関係するかも興味ある。

    著者は、ヤンキーをバッドセンスな装いや美学と、気合や絆といった理念の下に家族や仲間を大切にするという倫理観が融合した文化と定義する。コミュニケーションが巧みで、キャラが立っている。

    気合を入れれば限界を超えられるという発想は、戦争では「大和魂があれば資源がなくても勝てる」という根性主義につながった。気合で勝てるなら兵站のことなど考える必要がない。インパール作戦では、10万人の歩兵が武器や食料の補給もないまま敵地へと送り込まれ、7万人の兵士が飢えと病に倒れた。太平洋戦争での戦没者の60%は餓死者だった。家族のため、仲間のため、お国のために入れる気合いは、個人を集団主義に引き寄せる匿名的意志が潜んでいる。

    気合い主義のルーツは陽明学にある。中国の宋朝以来、知性主義である朱子学の思想が科挙によるインテリ支配を支えたが、陽明学はそのアンチとして明朝の末期に台頭した(小島毅「近代日本の陽明学」)。

    ヤンキー文化は、生存戦略に最適化されており、治安や秩序維持のための意義が大きく、政治的には保守に親和性が高い。思春期に芽生えた反社会性はヤンキー文化に吸収され、絆と仲間と伝統を大切にする保守として成熟する。日本では、集団的現象がしばしばヤンキー化して、反知性主義的な行動主義が支配し始める。

    ポエムは、知識や論理とは無関係に依拠すべき肯定的感情をもたらしてくれるため、ヤンキーは好む。

  • 非常に面白かった。
    読みながら撮ったメモ(iPhoneでページを撮影しているので"撮"の字で正しい)でいっぱいになってしまったほどに。

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    本書の内容を端的に表したのは、あとがきのこの一文だろう。
    <blockquote>ヤンキーを論ずると、どうしても「日本人論」になってしまう。僕にはそれが不本意だった。その内容いかんにかかわらず、あらゆる日本人論は、つまるところ「日本特殊論」というナルシシズムに通じてしまうのだから。
    しかし、本書ではあえて日本人論として読まれることもじさない、という姿勢をとっている。別に心境の変化があったというわけではないが、今回は単純に「わかりやすさ」を重視したということでもある。(p.250)</blockquote>
    たしかにこの本は「わかりやすい」。しかし、その「わかりやすさ」は直ぐに役立つ実利的なモノであるだとか、各章ごとにまとめがあり何が結論か書いてあるといった類のものではない。「ヤンキー化する日本」というテーマについて、特殊論というナルシシズムに陥るかも知れないというおそれをすてて突き進むという「わかりやすさ」だ。

    そもそも「ヤンキーは自らを語らない」(海猫沢めろん)からヤンキーがこの本を手に取ることもないのだろうけれど、非ヤンキー=インテリ(とするあたりが本書のわかりやすさの一端)へのナルシシズムという罠もこの本にはあるかもしれない。

    この本は序論で述べた「日本人のヤンキー気質」について述べたあと、村上隆やデーブ・スペクターといった各分野で一家言ある人と対談をすることによって、様々な面で"ヤンキー的気質がある"ことを検証していくという構成になっている。

    <img src="http://i.ytimg.com/vi/sR3ma4BIafA/maxresdefault.jpg" alt="ヤンキー" width=300 height=300>


    ヤンキーとは
    <blockquote>バッドセンスな装いや美学と、「気合」や「絆」といった理念のもt,家族や仲間を大切にするという一種の倫理観とがアマルガム的に融合した一つの"文化"(P.9)</blockquote>を指す。
    ヤンキーの美学の特徴は「気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」(P.18)というところにある。<blockquote>冷静な施策や分析よりも、意気込みや姿勢を重視するスタイル(P.18)</blockquote>
    だから、相田みつを的なポエムと相性が良い。ポエムは知識や論理とは無関係に、依拠すべき公的的感情をもたらしてくれるし、ポエムは強力な共感を生み出す装置だからだ。

    <blockquote>Believe In 鳥肌。鳥肌が立つほどの感動なんて、めったに出会えるもんじゃない。(中略)偉い人の言葉なんかより、自分が心底震えたことのほうが、はるかに本当であり、嘘がないよな。だから大きな選択を迫れれた時、オレは、自分の鳥肌を信じている</blockquote>

    著者である斉藤環も舌を巻くほどに見事にヤンキー的規範が凝縮されたラインだ。
    言葉や論理よりも自分の皮膚感覚を信じる(なおかつ、それを表す言葉が日本語的に間違っている!)。"Don't Think,Feel It."(ブルース・リー)という言葉の都合の良い解釈。
    思想的な一貫性は重視せず、勢いだけの感情論。自分たちの感性を肯定するために、知性を批判する(反知性主義、反教養主義)。スクール・カーストなどでも考えるやつ、理屈を言うやつはキモいとされて、空気が読めるかどうかだけがコミュニケーション能力とされる。そこにはディベート能力やロジカル・シンキングは必要とされていない。


    <blockquote>いまは、承認欲求が非常に肥大化していて、自己実現より上になってしまっているんじゃないかという感じがするんです。(P.60)</blockquote>


    著者は村上隆との対談に於いてこう述べている。

    明治以降の作られた伝統云々というのもあるけれど、元々日本は中国から伝わった文化を自分たちのものとして"伝統"にしてしまう伝統がある。
    そしてヤンキーが重んじているのは本来の意味の伝統ではなく、フェイクの伝統であると指摘する。それは捏造されたものでも良い。ラーメン店の主人が作務衣を来て、毛筆でメニューを書き、薀蓄を述べるのはよく見る風景だが、これなぞはまさにフェイクの伝統である。

    また、キャロル、横浜銀蝿、ダウンタウンブギウギバンドからBOOWYからヴィジュアル系まで面々と続く日本のロックに関してもフェイクの伝統だと言えるだろう。それの最新系が氣志團でありエグザイルなのだろう。

    <img src="http://no4ko4.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/carolfirst.png" alt="ヤンキー" width=300 height=300>


    <blockquote>音楽の話しついでに、デーブ・スペクターの日本の音楽の聴き方についての発言は興味深く読めた。
    音楽聞いている時、日本の女の子はなんで泣くの? お金払ってなくって、不思議な現象でしょう。(P.117)</blockquote>
    これに限らずデーブの指摘は一面的すぎるし、この例でいうと"お金払って泣く"のはアメリカ人だって、ヨーロッパ人だってそういうこともあると思う(でなければ、欧米の映画に涙をさそうような大作映画は成りたたない)。

    がしかし、日本のヤンキー的気質は音楽の持つメロディやリズム、グルーヴといった音楽そのものより、歌詞の内容であったりだとかミュージシャン、歌い手が持っている物語への"共感"をあまりにも偏って嗜好しているとは言えるだろう。


    <blockquote>
    日本においては集団的現象がしばしばヤンキー化する。
    つまり、半ばは必然的に、反知性主義的な行動主義が現場を支配し始めるのだ。日本に近代的な個人主義や公共意識がなかなか定着しない最大の障壁はここにある。(P.28)</blockquote>

    歴史学者の與那覇潤は"戦後政治史は「官僚派と党人派」という言い方を良くするが、これは「インテリ派とヤンキー派」ではないか"と言う。
    そして"この政治界各区の二十年間は、オタク系知識人が何とかインテリ的な方向へ日本を引っ張ろうとした期間でもあった"と思うと続ける(P.142)。

    そういったヤンキー派の代表格が橋下徹であり安倍晋三だ(ついでいえば小泉純一郎は両方の要素を持ちつつヤンキー派に結局は軸を置いた)。
    真の問題はネオリベ性でなくヤンキー性にある。ネオリベとヤンキーの最大の違いはヤンキー文化には個人主義が完全に欠落しているという点にある。

    ネオリベ性は基本的に(良くも悪くも)父性的である。最後は自分から独立させて切り離すという個人主義が根底にある。これに対してヤンキーは「厳しい母性」であると著者は解く。保護的なのだがスパルタ的でもある。

    <blockquote>母性的だからこそ気合だとかアゲアゲとか、身体性に依拠する。ヤンキーにとって真実を担保してくれるものは常に行動であり、行動を可能にしてくれる「夢見る身体」なんです。(P.148)</blockquote>

    この構ってくるような"厳しい母性"こそが自分の頭で考えたい(インテリ)にとって、一番生きづらいという指摘は目から鱗が落ちるような思いだった。そして、ヤンキー的な人間にはこれがいちばん心優しいのだということも。
    阿部謹也が指摘した「世間」もこういう「厳しい母性」ということだろうし、同調圧力とか空気を読むというのは、「自分に合した人は優しく受け入れる」ということでもあるから、体育教師の生活指導みたいなものを(内容はなんであれ)受け入れられる人には心地よいだろう。

    <blockquote>
    <b>與那覇</b> たとえば江藤淳は『近代以前』という評論で、徳川初期の日本の知識人は天下国家に秩序をもたらす治者の言葉、つまり父性的なものとして儒学を身に着けていったと書く反面で、その日本儒教では和歌の情緒と折衷しやすいこの陽明学系の成分が、中国より濃い目に出たとも指摘している、そこが案外、ヤンキー化するインテリの原点だったのかもしれませんね(笑)。
    <b>斉藤</b> 今回、対談をさせてもらって感じましたが、日本におけるいろいろな問題はヤンキーという人種の歴史意識の無さから生まれている気がしますね。
    <b>與那覇</b>山本七平と丸山真男でもう一つ共有するのが、まさに日本人の思考法における歴史意識の欠如でした。山本風に言うと日本にはキリスト教のような終末論がないし、丸山龍に言えば日本人は世の中の変化を「勢い」としてしか把握しないから、<B><u>自分の行為を遠い将来の視点から振り返って、歴史の中に位置づけるという感性が育たない。</u></B>(P.175,176)</blockquote>

    引用が長くなってしまったが、まさにここだろう。著者は更にオタクとヤンキーを対比して歴史的感性(元ネタや作品相互の関係などなど)がある前者と後者のような分け方をするが、今日日はどちらにも歴史的感性は抜け落ちてしまっていると思う。オタクに引き寄せて言うならば、アーカイヴも新作も全てフラットにYouTubeで見られるし、歴史も語られ過ぎている。オタクというのは"インテリ"の一派ではなく、ヤンキー的感性の顕れであるといえるだろう。
    岡田斗司夫がオタクのキングと呼ぶに相応しい人間かどうかはさておいて、岡田の病的なセックス依存と女性蔑視はヤンキー的感性を拗らせたものだと捉えられる。


    良くも悪くも関心領域が親密圏止まり。だから、安倍晋三にしても好戦的というわけでもなく、安倍晋三には適切な歴史的認識もなければ、まっとうな国際感覚もあるわけではない。だから"好戦的"であるというよりも仲間内でいい顔をしたい、憲法を変えた内閣総理大臣という称号が欲しい程度の矮小さなのだろう。

    また、ヤンキー性は保守にもつながる。
    建築家の隈研吾によるとこの”ヤンキー性”は和風建築などにも息づいているのでだそうだ。なるほど、言われてみれば金屏風などの金ピカ具合はヤンキー趣味だ。つまり、これは日本人のDNAとも呼べるかもな。

    長い不況で"いまがよければいい"という思いと80年代後半のバブルが忘れられないという憧憬がアマルガム的に綯い交ぜになって、こういうヤンキー的風潮が根付いたのかなとふと思う。

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著者プロフィール

斎藤環(さいとう・たまき) 精神科医。筑波大学医学医療系社会精神保健学・教授。オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)共同代表。著書に『社会的ひきこもり』『生き延びるためのラカン』『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』『コロナ・アンビバレンスの憂鬱』ほか多数。

「2023年 『みんなの宗教2世問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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