- Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041108550
作品紹介・あらすじ
小学校最後の年を過ごした島で、葉は真以に出会った。からかいから救ってくれたことを機に真以に心を寄せる葉だったが、ある日真以は島に逃げ込んだ受刑者の男と一緒に島から逃げ出し、姿を消してしまう。裏切られたと感じた葉は母に連れられ東京へ戻るが、大人になって会社で日々受けるハラスメントに身も心も限界を迎える中、ある陶芸工房のHPで再び真以を見つける。たまらず会いに行った葉は、真以があの事件で深く傷ついていることを知り――。女であることに縛られ傷つきながら、女になりゆく体を抱えた2人の少女。大人になった彼女たちが選んだ道とは。
感想・レビュー・書評
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『こちら側とあちら側。仕切りも壁もないのに、見えない線で隔てられていて、おまえはそっちだとあちら側の声の大きいやつらに決められている』。
派閥、グループ…、思えば人というものはどうして、どんな場面においても区分けをしたがるのでしょうか?もちろん人には主義・主張があります。自分と同じ考え方をする人たちと一緒にいたい、行動したい、そんな風に考える気持ちが間違っているものではないでしょう。その結果が区分けを生むと考えれば、その行為にも結果にも疑問の余地などないのかもしれません。主義・主張と言ったある意味後天的なものを基準にする区分けはまだ意味がわかります。
しかし、人種や出自、そして性別といったある意味先天的なことを基準に区分けというものが存在するとしたら、その根拠はどこにあるのでしょうか?私たち人間の社会は男性と女性から成り立っています。生物学的な側面から出産をする女性と、そのきっかけに関与するだけの男性という役割はありますが、その存在自体に区分けは本来ないはずです。ただ、この国では男尊女卑といった考え方に未だ支配されて世の中が動いている現実があると思います。世界経済フォーラムが2021年3月に発表した”ジェンダー・ギャップ指数”でこの国はG7最低はおろか、世界ランキング120位と、男女格差が存在することがハッキリと指摘もされました。SDGsが叫ばれるようになった現代社会において、その数値の低さからこの国にどこまでも潜在する男尊女卑の意識が未だ変わらない現実が世界的にも悪い意味で注目されてもいます。
そんなこの国で女性が生きていくのはまさしく日々戦いと言えるのだと思います。
『これってセクハラになるのかな。やりにくいね、女性は』
悪気という感覚さえなくごく当たり前の会話としてオフィスに男尊女卑の感覚が存在してしまうこの国の日常。
さて、ここにそんな男尊女卑という考え方の存在に幼い頃から違和感を感じつつ大人になって今を生きる一人の女性が主人公となる物語があります。『息が苦しかった。きりきりと胸が痛い… こういう痛みが孤独というのだと体で知った』という苦しい時代を生きて大人になったその女性。そんな女性は大人社会の中でも『こちら側とあちら側』と線引きされる世の中に苦しんでいます。そんな女性がかつての友人と再開することによって”自分のやり方”ということの大切さに気づく瞬間を見るこの作品。それは、そんな女性の気づきの中に、ジェンダーギャップが色濃く残るこの国に生きる意味を感じる物語です。
『特急電車に揺られながら夢をみていた』と『かたわらの窓に』海を臨むシートに一人座るのは主人公の桑田葉(くわた よう)。そんな葉は『母の生まれ育った島で祖父母と暮らさねばならな』いこれからのことを思います。『小学校最後の年に転校をすることに』なった葉は、『三ヶ月だけと』約束してくれた母のことを思います。そして、『電車を降りると』、『葉ちゃん』『ようきた、ようきた』と祖母が迎えてくれました。『こっちの高速船じゃ』とフェリーに乗った葉は、船室の外へと出ましたが、揺れによろめき携帯電話を落としてしまいます。そんな時『手を差しだしてきた』一人の少女と目が合いました。そして島へと着いた葉は祖父母の家へと着きます。そこに『みかんやレモンを育ててい』る祖父が『軽トラックで帰ってき』ました。『二人とも、父と母のことは話さ』ないかわりに『地図をひろげて、島や私の通う学校の説明をしてく』れます。『自分たちの島のことは、島とつけずに「香口(こうぐち)」と呼ぶ二人。そんな二人は『寄合という月に一度の集まり』へと葉を連れて出かけました。『おや、松戸さんとこの』、『あら、かわいい。名前は?』と注目される葉。そんな中『台所に近いところで子供たちがかたまりになって』いるのを見つけた祖母は『まぜてもらうんじゃ』と言って離れて行きました。『東京からきたんじゃろ』、『そのパーカーかわええのう』と口々に話しかけてきた子供たち。そんな中、『同じ長テーブルの離れたところに、船で会った女の子』の姿を見つけますが、『まわりの女の子たち』は『彼女がいないような顔をしてい』ます。そんな時『母が夜に電話すると言っていた』ことを思い出し携帯電話を『テーブルの下でそっと見る』も『携帯電話、持っとる!』と子供たちの間でざわめきがひろがりました。そして、『イエー、ゲット!』と一人の男の子が携帯電話を取り上げ逃げていきます。『どうしよう、どうしようと考える』葉の前を『髪をなびかせて女の子がテーブルを走っていく』のが見えました。そして、携帯電話を持って逃げた男の子は、その女の子に『襟首を摑まれ、引き起こされ、平手をはられ』た後、『火がついたように泣きはじめ』騒ぎとなりました。そんな中『土間のほうへ走り抜けていった』女の子の姿を見た葉は急いで後を追いかけます。『待って!』と叫ぶ葉に立ち止まった女の子は『これ』と携帯電話を差し出します。『葉。桑田葉』と自己紹介する葉に、『桐生真以(きりゅう まい)。じいちゃんは平蔵』と返す女の子。そんな運命の出会いから始まった葉と真以の島での生活が描かれていきます。
〈第一部 海〉と〈第二部 陸(おか)〉という対照的な存在が対になるかのように二部構成にされたこの作品。そんな作品はお見事と言って良いほどに二つの異なる場面が描かれていきます。主人公は一貫して桑野(二部では”松戸”に改姓”)葉が努めますが、〈第一部〉では『小学校最後の年に』訳ありで祖父母が暮らす島へと転校してくる姿が描かれるところから物語が始まります。しかし、そんな島の光景はどこか現代ではないような違和感のある光景が描かれていきます。そんな中に時代を特定する表現が幾つか登場します。一つは『本州から四国まで島と島をつなげる新しい橋のことだとわかった。もうすぐ開通するようだった』というものです。本州四国連絡橋は三本あり、1988年、1998年、1999年にそれぞれ開通していますが、本文中に携帯電話の話題が出てくることから後二者に搾られます。また、『沖縄出身の女の子四人組のダンスグループが紅白歌合戦で踊った』と登場するのは90年代後半に人気を博した”SPEED”のことと思われます。そんな彼女たちが紅白に出場したのは1997年、1998年です。以上から絞るとこの物語が1998年の話であることが推測できます。
1998年という時代、私もこの世に生きていましたが、この作品に描かれる島の閉塞感には驚くべきものがあります。島に着いた小学六年の葉がすぐに感じたワンシーン。それが『寄合という月に一度の集まり』でした。『二つの畳の部屋がつなが』る広間に座る島の人たち。しかし、『奥の神棚がある部屋には男の人しかいない』というその部屋に『女の人が入って』も『座らず、皿やコップやビール瓶を置いてはすぐに戻ってくる』という光景がありました。それを『部屋と部屋とのあいだに、見えない線が引かれているみたいだった』と感じとる小学六年の葉。この光景に象徴される男尊女卑の存在を感覚として意識していく葉。この作品では、その後も初潮を迎えた葉の動揺の中で『島という閉鎖環境で、顔見知りの商店に生理用ナプキンを買いにいくのもひどく恥ずかしかった』と女性という性を否が応でも意識する中に生きていく姿が描かれます。一方で真以という存在はそんな男尊女卑の空気感の中に立ち向かう象徴の一つとして葉の心の支えになってもいきます。しかし、真以との関係性に心委ねる葉の平穏は、『まさか、脱獄犯』と島に受刑者が逃げ込み真以と共にいなくなってしまう急展開により終わりを告げます。物語の舞台となる時期は異なりますが、2018年に松山刑務所から受刑者が脱走するとう事件がリアル世界に起こっています。『広い世界ではなく、閉じられたところに行くのはどうしてなんだろう』と取材旅行で思ったという千早茜さん。そんな千早さんはこの松山刑務所の事件が『島をモチーフにしたきっかけともなった』と語られます。そんな事件を背景に〈第一部 海〉で語られる幼少時代の葉の物語は終わりを告げますが、『ぼおーと大きな音が橋を揺らした。橋の下を黒っぽい大きな船が通っていくところだった。欄干にとまっていた海鳥が白い羽をはばたかせて飛びたった』と言った表現の数々含め章題の『海』という文字が強く印象づけられた章でもあったように思います。
そんな物語は〈第二部 陸〉に入って『企画会議がある日はいつも吐き気が止まらない』という大人になり、母方の苗字に名前を変えた松戸葉の姿が描かれていきます。『社名を告げるとたいていの人には驚かれる』という大手企業で『この部署で総合職の女性は私しかいない』という会社員としての今を生きる葉。しかし、そんな葉の目の前にあったのは『私はハラスメントを受けているのだ。心身ともに脅かされている。私は自分が理不尽に加害されている人間なのだと、認めたくなかった。でも、鏡に映る、怯えて逃げようとしている女はまさしく弱い被害者の姿だった』と会社組織の中でセクハラ、パワハラに怯える日々を生きる葉の姿でした。幼い頃に女性という性が置かれた現状を身をもって体験してきた葉。そんな葉は大人になっても『女ばかりが「違う」というデメリットを引き受けている』という現実に対峙していきます。そんな葉が描かれる第二部の鬱屈さは、島社会という大半の人にとっては縁遠い、どこかイメージの中のドラマの世界と違って、多くの読者にとってリアルに感じられる物語だと思います。〈第一部 海〉の年齢、年代、そして『入社して十年』という表現から〈第二部 陸〉で描かれる世界はこの作品が発表された2018年というまさしく現代社会に相当する時代の物語です。そんな中に『ぽんと肩に手を置かれて鳥肌がたった』、『これってセクハラになるのかな。やりにくいね、女性は』と語るなど絵に描いたようなセクハラを当たり前の日常に繰り返す梶原部長の姿は、流石にデフォルメされすぎに感じないわけではありません。しかし、この国の男尊女卑のある意味での奥深さを考えると、まだまだこのような会社組織はこの国に存在するのかもしれないとも感じます。そんな大人になっても女性という性を引き続きマイナス感情の中に感じ続ける葉は『人は大きな声をだして好きに振るまえる側と、人の顔色を窺って立ちまわる側に分かれている。そして、今までの人生で、前者はたいていの場合、男性だった』と世の中をある意味達観して見てもいきます。そんな中、まさかの真以との再会が葉の人生にまた一つ転機を生んでいきます。
『幸せかって訊いてくる人は、たいてい、幸せじゃない』と語る真以。そんな真以は『幸せのことを考えるのは不幸なとき。現状を変えたいけど、どうにもならないとき。だから、同じような人を探す』とも語ります。葉が今を不幸に感じている状況は容易に解決するものではありません。この作品の結末にはある意味でスカッとさせられる展開が用意されているのは事実ですが、一方で『勧善懲悪が書けたら、すごく楽だと思いました。けれど現実でも、この上司みたいな人は反省もしないし、きっと罰も当たらない』と千早さんが語る通り、残念ながら世の中は理不尽さに満ち溢れています。会社組織に属する人間は”屈辱を売ってナンボ”とよく言われます。私は男性なので、葉が味わったような被害は受けずに今日までを生きてきました。しかし、理不尽さの中で生きのびなければならないという点は同じです。それは、このレビューを読んでくださっているあなたも同じことでしょう。特に女性の方であれば、世界の中でも男尊女卑が未だに根強く残るこの国を生きていく中での苦労はさらに大きなものがあると思います。そんな中でこの作品のことを『見えない線を引かれ、勝手にひと括りにされてしまうことへの戦いの物語』だと語る千早さん。『戦い方もいろいろあって、声を上げるということだけが戦いではないと思う。我が道を作り、自分の人生を歩いていくと表明するのもひとつの戦い方ではないか』と続ける千早さん。しかし、それはなかなかに茨の道であることには違いありません。この作品は〈第一部 海〉で幼い葉が疑問に思ったことの数々に対する答えを〈第二部 陸〉で示していく、そんな風に両者が対になった物語でもあります。子供と大人、島と都会、そして二十年という時の流れの先と後。しかし、その一方で『こちら側とあちら側。仕切りも壁もないのに、見えない線で隔てられていて、おまえはそっちだとあちら側の声の大きいやつらに決められている』というこの国の基本的なありように大した変化はなく未だに大きく横たわり女性を苦しめ続けている現実があります。そんな物語に『でも、知らない。そんな線など越えられる』と思い、願う主人公・葉の成長を見る物語。この作品はそんな一人の女性の気づきの瞬間を見る物語だったのかもしれません。
『こちら側とあちら側。仕切りも壁もないのに、見えない線で隔てられて』いるという現実に苦しむ葉。そんな葉が二十年の時を経た真以との再会を通じて一つの答えを見出していく様を見るこの作品。「ひきなみ」という書名に『波のようにすぐに消えてしまっても、残っている跡がいっぱい続けばいいというささやかな希望を託し』たとおっしゃる千早さんの思いを強く感じるこの作品。島の暮らしを見事に映し取った〈第一部 海〉の印象的な描写と、千早さんらしい細やかな内面描写の数々に思わず時を忘れて読み耽ってしまった素晴らしい作品だと思いました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ヒリヒリと痛みを感じる物語でした。
閉鎖的な島で出逢った二人の少女。少女特有の恋心にも似た大好きな友だちに対する思い。あの子だけは私の気持ちを理解してくれるだろう‥‥いや誰にも私の気持ちは分かるわけはない‥‥お互い唯一無二の存在のはずなのにすれ違ってしまう心。
そういった少女の心の描写が実に上手い。海の色や波の表現もとても美しくて、スーッと物語の中に入っていけました。
大人になり再会する二人。都会で働いても閉鎖的な島でも女性であるというだけでハラスメントを受ける。どのページを捲ってもそんなヒリヒリした物語だったけれど、少女から大人の女性への成長を見ることができてとてもいいお話でした。-
こっとんさん
おお、ストレートな力強いですか。初めて言われました。私自身、おそらく真逆に近いひねくれ者なので、嬉しいです。
人それぞれ、...こっとんさん
おお、ストレートな力強いですか。初めて言われました。私自身、おそらく真逆に近いひねくれ者なので、嬉しいです。
人それぞれ、いろんな見方があるのですね。ありがとうございます( ̄∇ ̄)2021/09/05 -
こっとんさん、お久しぶりぶりです。
私もようやくこの作品を読むことができました。お書きになられている通り、”ヒリヒリと痛みを感じる物語”だと...こっとんさん、お久しぶりぶりです。
私もようやくこの作品を読むことができました。お書きになられている通り、”ヒリヒリと痛みを感じる物語”だと思いました。閉塞感のある島の情景以上に、都会であってもハラスメントによる痛みに耐えていく葉の物語。”我が道を作り、自分の人生を歩いていくと表明するのもひとつの戦い方”とおっしゃる千早さんの強い思いを感じた作品だったと思います。千早さんの作品を読むのも、この「ひきなみ」で四冊目となりましたが、さらに好きになりました。
こっとんさんとは、本棚で重なる作品も多々あり、次の新しい作家さん選びで参考にさせていただいています。ありがとうございます。2022/04/30 -
さてさてさん、お久しぶりです。
この作品、私大好きです!
千早茜さんの作品は私はまだこの一冊しか読んでいないのですが、さてさてさんは四冊目な...さてさてさん、お久しぶりです。
この作品、私大好きです!
千早茜さんの作品は私はまだこの一冊しか読んでいないのですが、さてさてさんは四冊目なのですね!
そして、さてさてさんの本棚の作家さんのなんてバラエティに富んでいることか!
私の方が100倍、さてさてさんの本棚を参考にさせていただいてます。
これからも何卒何卒よろしくお願いしますね!2022/04/30
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小学6年生の時、父親の体調のせいで両親と別れて、祖父母と暮らす事になった・桑田葉。
祖父母は、瀬戸内の「香口島」に住んでいる。
未だ男尊女卑が根付いている、小さな島は、葉には、住みにくい場所だった。
その島で、葉は、桐生真以という友人を得た。
ところが、島に潜伏していた、脱獄犯の男と、真以は、誰にも告げず、島を出て行ってしまった。
傷心を抱え、東京に戻り、大人になった葉は、パワハラ上司からの、執拗な嫌がらせに、身も心も、ズタズタになっていた。
そんな時、真以に似た人をネットで見つけた。
生きていくのは、そんなに辛い事なのか。
ぬるま湯人生に、どっぷり浸かっている私には、どうしても、理解できない。 -
親の都合で祖父母の住む島で生活することになった葉…自分にない強さや信念を持つ真以と出会い友情を深めることになる…。ある日島に逃げ込んだ脱獄囚ともに、葉に何も告げぬまま真以は島を出ていってしまう…。葉も失意のうちに島を後にすることになった…。
時は流れ、大人になった葉は絶えることなく続く職場でのハラスメントに苦しんでいた…。偶然真以の所在を知り、いても立ってもいられず真以に会いに行く…。
葉と真以の友情…ひと言で言えば簡単だけれど、そこには真以の過去と葉の現在…女性である為が故の生きにくさが根底にあったのですね。葉と真以、ふたりだから抗えるんだと感じました。闘わなくてもいい、自分らしく生きればいい…ラストの情景も本当によかったです!あと、読み終えてから見るこの装丁…すごく好きです。 -
港での、ひりひりした夏の日差しを感じた。
強い潮風にさらされ、髪がぱさぱさになっていくあの感じ。
私はこれを知っている。
葉と同じ経験をしたはずはないのに、そう思った。
千早茜さんの本を読むのは『透明な夜の香り』に続いて2冊目。
感情を静かに表現するのが巧みな作家さんだなと思った。冒頭の描写から引き込まれた。
島という独特な閉塞感。
外部出身者が感じる疎外感。
親の愛情を感じられない孤独。
主人公の葉に大いに気持ちを重ねた。
小中学生のあのころ、群れずに孤高を貫き、多くを語らない真以のような女の子は、強くて、ミステリアスで、憧れだった。
葉にとって、無言で助けてくれた真以はヒーローのようだった。真以がいればほかはどうだってよかった。
2人だけの秘密を作り、心を通わせていると思っていたはずの真以は、ある日突然、「脱獄犯」の男とともに姿を消す。
それから月日が経ち、30代になった葉は、
都会の「会社」という名の島で同じように疎外感や孤独に苛まれ、体調を崩しがちになっていた。
あのころの経験は、真以との出会いはもはや夢だったと思いつつも、それでも心のどこかで、真以の存在を求めていた。
そんなころに、真以の居所を見つけ出す。
ずっと裏切られてきたと感じてきた葉は、10年以上越しに、真以の空白の過去に触れる。あのときの真意を知る。
真以が最後まで、恋焦がれていたままの、かっこいいままの真以でよかった。ほっとした。
そして葉も、自分の殻を破れて良かった。
変わらない絆の強さに救われた。
1人、そう、たった1人でも心の支えとなるような存在がいれば、強く生きる糧になるのだ。 -
読み終わって、日本ってこんなに陰湿な国だったのかと愕然たる思いをいたしました。まあ、部長のキャラなどは少々誇張しているようにも思えたけれど、それでも、それでも。決して笑い事で済む話ではないし、全く笑えなかった。
慰安婦問題も、小さなコミュニティの因習めいた雰囲気もそうだけど、なぜ、同じ人間同士で、責める側と責められる側に分かれなければならないのか? そして、本来の被害者まで後者にさせられるのは?
被害者がどんな気持ちでしていたのかって、完璧には分からなくても、想像して慮ることだってできるはずなのに。皆、自分の中の怒りや悲しみのはけ口を捜すのに必死なのか、そのぶつけ方を間違っているのかもしれない。そう思うと、主人公のひとり「葉」の考え方の気付きには、すごく共感しました。
また、そうした気付きを教えてくれたのが、もうひとりの主人公「真以」で、私は、このふたりの育む友情が、この物語でいちばん印象に残りました。
葉にとっては、手のひらも足のサイズも同じだけど、自分や周りとは異なる視点をもっている真以に、かけがえのないものを感じるのだが、ちょっとした遊び心が災いして、お互い離れ離れになってしまう。やがて大人になり、再会はするが・・・
そうした時に、本来言いたかったこと、伝えたかったことが上手く切り出せないもどかしさは、分かる気がする。言えばいいじゃん、と当事者でない立場でなら思うかもしれないが、大切に思ってるからこそ踏み出せない怖さや、実は心の中で相手を気遣うあまり、お互いに勘違いしてしまう、人間の奥ゆかしさ等で、実際にやり取りをしていないのに、そうしたかのように決めつけてしまった点もあるわけです。
そうした状況の中で、葉は様々な苦しみに苛まれている。おそらく男性恐怖症もあるように感じたのだが、祖父も父もお兄さんも部長も、葉が関わる男って皆しょうもない。お兄さんの場合はセンチメンタルなんて表現が当てはまるのだろうか? いやいや、違うと思う。結局、自分の中で消化できない物事を無関係の人にぶつけているのは、上記の人たちと同じで、この作品ではこうした人たちへの強い批判が印象的です。男性ばかり責めて、女性優位だと思う方もいるかもしれませんが、営業部の「西村」のような男性も登場しているので、違うと思います。
そして、葉は自分が勝手に悪い方へと思い込むことで、楽な方に逃げようとしていた事に気付き、逃げずに真以としっかり向き合うんだという強い思いが、おそらく初めて、周りの状況も省みず、自分の事だけを考えて邁進する姿に、ちょうど幼い頃、テーブルの上を疾走していった真以の姿が重なって見えました。こういう姿に私はすごく生を感じる。本能に近い感覚で動く姿に、生きてる、ことを。
正直、私は楽な方に逃げてるとは思わなかった。後になって、ああすれば良かったというのは、おそらく誰もが経験することだと思うし、葉が真以の母をきれいだと言ったときの、真以の心の中の感謝の気持ちは、事実、葉が真以を救ったことに、その時点でなっていたのだから。人の善意が信じられなくなる気持ちは、私の心にも刺さりました。そうなることもあるよね。それでも、それでも、人の可能性。人間は見た目だけでは分からない、複雑な一面を持つ存在であることを、再実感しました。
表紙の絵が好き。読み終わった後に見ると、大きく印象が変わる。タイトルの「ひきなみ」は、海の白い波の道で、どこへでも自由に行ける。かけがえのないもののために、しっかり向き合うこと。その結果がどうあれ、それでも自分は自分なんだということを決して忘れない。自由には辛さも伴うだろう。それでも生きたいと思わせるもの・・・好みもあるかもしれないが、葉と真以、二人の女性の友情物語として、新たなランドマークになる作品なのは、間違いないと思います。
ちなみに、この作品は「こっとん」さんの感想を読んで興味を惹かれ、出会うことができました。こっとんさん、ありがとうございます。-
たださん、はじめまして。
私もこの作品を読ませていただきました。“葉と真以、二人の女性の友情物語”とおっしゃるところ、同感です。幼い頃のある...たださん、はじめまして。
私もこの作品を読ませていただきました。“葉と真以、二人の女性の友情物語”とおっしゃるところ、同感です。幼い頃のある意味運命の出会いを経て、大人になってこれまた運命の再会を経た二人。それぞれがそれぞれに幼い頃の先の姿を見せる大人な時代の物語が今度こそ未来を感じさせる終わり方で良かったなと思います。
たださんのレビューを読ませていただいて、私には浮かばなかった視点、考え方が多々あり、とても参考になりました。ありがとうございます。
思いの丈がとても伝わってくるレビューだと思いました。2022/04/30 -
さてさてさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
私のレビューに、思いの丈を見出していただいたこと、とても嬉しく思います。
...さてさてさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
私のレビューに、思いの丈を見出していただいたこと、とても嬉しく思います。
さてさてさんの、『未来を感じさせる』という表現、とても素敵だなあと思いました。
私の場合、この作品にもの凄く自分の気持ちが入り込んだ記憶がありまして、どこまでいっても光が見えず、何も変わらない不安感に囚われるようで怖かったのですが、それでも人って、どんな状況であっても、本当に望みたいものを無心で取りに行く瞬間があるのだなと気付き、それが自分の人生の未来にも反映されるかもしれないと、勇気をいただいた作品でした。
さてさてさんのコメントで、改めて、そうした大切な思いに気付かせていただき、ありがとうございます(^_^)2022/04/30 -
たださん、ありがとうございます。
お書きいただいた『それでも人って、どんな状況であっても、本当に望みたいものを無心で取りに行く瞬間がある』...たださん、ありがとうございます。
お書きいただいた『それでも人って、どんな状況であっても、本当に望みたいものを無心で取りに行く瞬間がある』という点、この作品で千早さんが描こうとされた強い思いなのだと思います。それを強く感じるからこそ気持ちが持っていかれる物語だと私も思います。第一部と第二部で舞台こそ違っていますが、『こちら側とあちら側。仕切りも壁もないのに、見えない線で隔てられて』いるという現実を前に、千早さんの思いは一貫しているのだと思います。強いメッセージ性にも惹かれるこの作品、改めて強く印象に残る作品だったと思いました。
こちらこそありがとうございます。2022/04/30
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親の都合で祖父母の住む瀬戸内の島にそれぞれ預けられた葉と真以。
小さな島は閉塞的で、昔からの男尊女卑の風潮が根深く残る。
そんな島に馴染めない2人は次第に距離を縮めていく。
2部構成のお話。
1部は子どもの頃の話。
2部は大人になった2人の話。
友情のお話でもあり、女性蔑視に対して問題提起された話でもあった。
子どもは関係ないのに親の仕事や家系で決めつけられたり色目で見られたり。
小さな島は噂話もすぐ回り、子どもまでもが大人の話を聞いて心ない言葉をあびせてくる。
なんか読んでて嫌〜な気分になった。
葉のお爺ちゃんが特に嫌いだった←俺様タイプ
そして2部に出てくる部長も最低だった!←失脚してしまえ
そして何よりも他人に依存しがちな葉にもモヤモヤしてしまったのだけど、最後、ようやく自分の力で切り開いていく姿が頼もしかった。
ヒリヒリ系だけど、読後は良かったです♬
この2人がこの先幸せであるといいな〜♡
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以前、人口が少なく高齢の島こそ、人権同和問題で溢れかえっていると聞いたことがあった。まさにこの物語のことだと感じた。外からは平和そうに見える土地も、中に入ってみないと分からないことばかり。
数年前に、尾道沖にある島で起きた事件を思い出しました。
2021,8/5-6
著者プロフィール
千早茜の作品





