渋沢栄一とドラッカー 未来創造の方法論

著者 :
  • KADOKAWA
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感想 : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041109113

作品紹介・あらすじ

第1章 渋沢栄一とドラッカーの未来創造
渋沢栄一をたたえたドラッカー
渋沢栄一とドラッカーはなぜ未来を創造できたのか
渋沢栄一の未来創造の方法論と偉業の本質
<コラム>渋沢栄一とドラッカーはよく似ている

第2章 ドラッカーに学ぶ未来創造の考え方と方法論
2-1 物事の本質がわかれば何をすべきかが見えてくる
<コラム>意味ある変化をもたらすために知識を使う
2-2 未来創造の方法論
<コラム>「無我夢中」がイノベーションと成果をもたらす
2-3 未来創造のための実践
<コラム>愛国心ではなく市民権として「この国のために」生きる


第3章 渋沢栄一が紙幣の顔になることの意味
明治初期と同じくらいの大きな変化の時代
産業人が社会の代表的存在になった
再びintegrity of character
<コラム>知識社会の代表としての「教育ある人間」

第4章 附章(日本人の根底に流れる考え方)
<コラム>人間「自由」であるべきことの本当の意

感想・レビュー・書評

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  • 渋沢栄一とドラッカーの共通項は「広い視野、高い視点で物事を見極めていた」という点!
    やはり本質を見極めることが大事!
    経営に活かす!

  • ○目的
    名著である論語と算盤」とドラッカー氏の経営論を掛け合わせたような本で、タイトルから惹かれた。経営の本質をまた違う書籍で読めたらありがたい。なお、この著者は財務三表を非常にわかりやすくまとめていた方なので、本書も読みやすいことを期待する。

    ○感想

  • 【印象に残った話】
    ・渋沢栄一は、以下のような人物であった
     ・武蔵国(現在の埼玉県深谷市)で豪農の家に生まれた
     ・当時武蔵国を領有していた一橋家の家臣として成果をあげた
     ・第十五代将軍になった一橋慶喜の弟、徳川昭武のパリ万博行きに同行し、当時日本になかった銀行や株式会社にふれた
     ・日本初の近代銀行である第一帝国銀行の設立を皮切りに、その後500に及ぶ会社の設立にかかわった
    ・ドラッカーは、以下のような人物であった
     ・1909年にオーストリアでユダヤ系の家庭に生まれた
     ・21歳のとき、フランクフルト大学において国際法に関する論文で博士号を取得
     ・ロンドンに移り銀行に就職
     ・1949年には、ニューヨーク大学のマネジメント研究科の教授に就任
     ・以降数々の経営関連の論文を発表し、世界中の企業の組織改革に影響を与えた
    ・二人の共通点は以下の通り
     ・広い視野、高い視点で物事を見極めていた
     ・本質を見極めていた
     ・誰もやっていない新しい道を進むことを決意した
    【考えたこと】
    ・偉大な人物の偉業の背景には、人生における大きな転機が影響している
     ・パリ万博行きに同行し、当時日本になかった銀行や株式会社にふれたことで産業を起こすことに惹かれた渋沢栄一
     ・第一次世界大戦後で職が見つからないオーストリアを離れ、ドイツで働くことで企業経営に惹かれたドラッカー

  • これからは環境が変わり時代が変わることを、予見している。

    道徳とビジネスのバランスが大切である。

    今、自分がやっていることは、何の意味があるのか、考えるきっかけにも、なりそうだ。

  • 神道。教祖も啓経典もない。そこかしこに神が宿る八百万の神。神社には鏡がある。すべての答えは自分の中にあるから自分の心と向き合いなさいという宗教。なんでもOK、来るもの拒まず。
    仏教。

  • 話題の人物だったので何となく借りてみた。未来創造の方法についていくつか書かれていたが自分の今の状況にヒントとなるものもいくつかあった。とりあえず実践してしてなんぼだな。

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著者プロフィール

1961年、岡山県生まれ。東北大学工学部卒業。神戸製鋼所勤務を経て、96年、クレアモント大学ピーター・ドラッカー経営大学院でMBAを取得。2001年、ボナ・ヴィータ・コーポレーションを設立。

「2020年 『渋沢栄一とドラッカー 未来創造の方法論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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