アンブレイカブル

著者 :
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 381
感想 : 67
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041109410

作品紹介・あらすじ

1925年、治安維持法成立。太平洋戦争の足音が響くなか、罪状捏造に走る官憲と、信念を貫く男たちとの闘いが始まった……。

『蟹工船』の取材と執筆に熱中するプロレタリア文学の旗手・小林多喜二。
反社会的、非国民的思想犯として当局にマークされる反戦川柳作家・鶴彬(つる・あきら)。
同業他社の知人たちに不可思議な失踪が続き、怯える編集者・和田喜太郎。
不遇にありながら、天才的な論考を発表し続ける、稀代の哲学者・三木清。

法の贄(にえ)となりながら、男たちは己の信念を貫いた。

感想・レビュー・書評

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  • 表題の意味は複雑だ。unbreakableは一般的には「壊せない」を意味する。しかし用法としては「壊すのが困難な(困難だが不可能ではない)」という使い方をするらしい。更に著者は最終行、ある人物の呟きを借りて「敗れざる者」と表現している。これは沢木孝太郎のルポの題名にもなったが「才能に恵まれながらも栄光をつかむことのできなかった」者たちという意味で使われたらしい。

    だとしたら、小林多喜二や鶴彬、戦時下の「改造」や「中央公論社」の編集者たち、その他特高警察によって逮捕され、拷問や劣悪な環境で死んでいった千数百名の(三木清含む)「アカ」たちを、著者はそのように「顕彰」したかったのだろう。今更ながら。

    小林多喜二を主人公にした小説は多数ある。特高による犠牲者の物語もよく聞く。しかし、川柳作家・鶴彬や特高による冤罪・横浜事件、哲学者・三木清に焦点が当てられた小説は初めて読んだ。四つの物語を通して出てくる、特高の「クロサキ」という人物を黒子として今回描いたのは、昭和の戦中の暗黒時代そのものだったと思う。副題をつけたならば、もっとわかりやすかった。「それだとあからさまです」と言って編集者が反対したのかもしれない。例えば‥‥「治安維持法物語」。うん、やっぱりダサい、止めた方がいい。

    著者は前著「大平洋食堂」で近代日本社会主義の勃興期と大逆事件(1910年)前夜を描いた。本書で、そこから一挙に20年だけとんで、そして1945年までの15年間の最悪の時代を描いた。こう書くと、なんと短い間なのか。まるまる人の一生の半分の期間ではないか?日本の自由と民主主義は、そんなにも急速に悪化したというわけだ。

    著者の問題意識は明らかだ。著者は岩波書店「図書9月号」に「アンブレイカブル」を引き合いに出してこう書いている。
    ‥‥治安維持法の最大の問題点は、本法が変革を禁じる「国体」の概念が曖昧だったことだといわれる。曖昧な法律用語に現実が抵触しないようどうするのか、具体的な方策は現場の裁量に丸投げされた。「適当に処置せよ」というわけだ。上から「テキトーにショチせよ」と言われた現場はたまらない。何をどこまで取り締まるべきか?上の顔色を必要以上に窺う者が必ず出てきて、彼らはほぼ100%やり過ぎる。最近では佐川宣寿元理財局長がそうだ。(8p)‥‥

    過去のことじゃない。今この瞬間にも、この国のそこかしこで起きている事態だ。

    治安維持法に唯一反対していた代議士・山宣が右翼に刺殺されたのも、当夜「たまたま」特高が山本宣治を尾行していなかったからだ。クロサキは殺したのは特高の指示ではないという。労働者の谷は嘯く。「現場の連中が勝手に忖度してやりすぎた。よくあることだべ」(54p)

    「京大はじまって以来の秀才」三木清が治安維持法で捕まり、獄中死する運命を知りながら、クロサキは「どうせアカの連中だ。わざと殺したんじゃなけりゃ、どこからも文句は出ない。いつものことだ」とつぶやく。(261p)

    三木清は終戦後1ヶ月以上経過した昭和20年9月26日、豊多摩刑務所拘置所内の劣悪な環境の中で死んでいるのを発見された。

    2021年9月26日読了

  • 深く刺さります。
    「太平洋食堂」に続く特高と言論思想の自由との間の理不尽な攻防といった内容でしょうか。
    歴史の授業でもあまり詳しく習ってこなかったため精神が削られますが、忘れてはいけないことだと思います。
    今の時代、公に取り締まられなくても、息苦しい様子はありますがそんなのは比にならないくらいの時代だったのかなぁと思います。

    早くジョーカーゲームの続きが読みたいです。

  • 第二次世界大戦の頃の日本の空気を吸い込んでしまった様な気持ちになる。でも、吐いた息が今の空気と似ている事に気付いたときが一番恐ろしい。

    この本の中に出てくるインテリは、政治家や政府機関に不信感を持ってはいるが、あまりにも荒唐無稽、御都合主義なやり方に呆れるばかりで関わりたくもないと思っている。

    その事を後悔したときには、後の祭りだ。

    しばらく読んでいると『アンブレイカブル』という言葉の説明が出てくる。ああ、そういう人の事を書きたかったのかと思う。そういう人が日本には必要だと思う。

    しかし、実際に日本を動かしているのは真逆の人達だ。平和も戦争も虐殺者になるのも簡単だ。一瞬だ。頭の中に芯がない人達が大量に自動的に動いて時代の流れが決まる。大きな流れになってから止めようとしても止まらない。
    一度大きな失敗をして、そこから学び直してイチから創り直すしかない程に。

    そのチャンスは第二次世界大戦での敗戦だったはずだ。あの大きな犠牲は何だったのか。
    せめて成長した姿を見てもらうのが慰霊ではないのか。

    権力に楯突く側も、やり方に寄っては同罪だ。
    御都合主義な主張を繰り返さず、立ち止まってよく考えてから建設的な話を始めて欲しい。

    柳広司さんのいつもの文体で語られる。ミステリの要素もある。押し付けがましさも、過剰な嘆きもない。こういう表現をする人が増えて欲しい。

  • 治安維持法の犠牲となった「敗れざる者たち」の物語。国家の意に沿わない人間を処罰するようになっていった当時の時代背景を考えるとうすら寒くなってくる。そんな時代に自らの主張を通した人物たちを描く短編集。蟹工船の小林多喜二や哲学者の三木清など名前は知っているけど、という人物ばかりで勉強不足がバレる。この時代のことをもっと知らねばと思った。ストーリーとしては柳さんらしいスパイ要素のある「雲雀」や暗号ミステリの「虐殺」などバラエティに富んでいる。ラストの「矜持」で三木清が全体の主人公?でもあるクロサキに対し語る内容は現代にも通ずるものだと思った。

  • タイトルから勝手に現代もののハードボイルド系かと思って読み始めたら小林多喜二が出てきたので、並行して『一九二八年三月十五日』も読んでみた。
    小林多喜二、鶴彬、和田喜太郎、三木清など歴史上の文筆家が取り上げられながら各話が繋がって行くラスト。
    社会的には敗れ命失う事になった者たちでありながらも、今なお読み継がれ思想が繋がれている人々を"アンブレイカブル-敗れざるもの"と作者は評したのか。
    ミステリとしての色合いは薄いながらも、歴史舞台として好きだった。
    クロサキを捕らえて離さなかった三木清の思想。
    この本に描かれた景色を踏まえた上で、改めて三木清をもう一度読み直してみたいと思った。

  • リアルに怖いと思った。某局のアナウンサーが政治家に厳しい質問をした、とかの(うわさ)理由で更迭されたらしいこの国。過去に何も学んでないのかと恐怖がヒタヒタ押し寄せた。

  • 第二次世界大戦直前の日本の中でも『治安維持法』というものは現代を生きる人間にとって理解しがたい法律ではあったけれど、うっかり今、この国の行く先に不安を抱く時、射程内にその恐ろしさが直に伝わってはこないか……

    それこれ、うっかり一生懸命に読み込んでしまっての感想。楽しむ読書を経験した『ジョーカーゲーム』シリーズとはまた違って実在の人たち、東京大空襲の描写など真に迫ってきて、国を動かす力とは?というモノを考えてしまう。

  • 【収録作品】雲雀/叛徒/虐殺/矜恃
     いくつかの国がリアルタイムで行っている暴挙を思い起こすまでもなく、この国の中にある反知性主義の系譜を見る思いで読んだ。

  • これは過去の出来事ではない。今だ、今すぐそこにある闇だ。

    日本が少しずつ狂い始めていた時代。治安維持法によって国民総監視社会へと染まっていった時代。
    第一章の小林多喜二の段階では、まだ彼に毎週蟹工船の話をしていた二人の行動にニヤリとしながら読んでいられたが、少しずつページをめくる指先に震えるほどの恐怖を感じ始める。
    これを、自分が生まれるずっと前の、「過去の話」と割り切って読むことのできない恐怖。

    内務省の役人、いわゆる特高のクロサキがかかわってきた者たちの、人生と思想と、そして死。
    これが、こういう社会が、形を変えてもしかするとまたすでに始まっている、そう思わざるを得ない。
    これを読んで私たちは何を考えるか。考えることを放棄した時、すべてが終わる。

  • どんな時代にも世の流れに乗るものと、抗いながらもあるべき本質や自身の核を守る者が居る。お上に迎合しないモノはさぞ目障りだったことだろう。
    それが戦時下であれば尚更である。
    現代においても所謂「わきまえない」意見を言うものは標的にされがちなのだから。
    この時代に起きていた事を知る事、そして同じ轍を踏まぬ事。
    名もなきアンブレイカブルが堂々と意見を交わせる、いつもそんな世の中でありたい。

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著者プロフィール

一九六七年生まれ。二〇〇一年『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で第十二回朝日新人文学賞受賞。〇八年に刊行した『ジョーカー・ゲーム』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。他の著書に『象は忘れない』『風神雷神』『二度読んだ本を三度読む』『太平洋食堂』『アンブレイカブル』などがある。

「2022年 『はじまりの島』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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