月 (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 306
感想 : 19
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041111505

作品紹介・あらすじ

障がい者施設のベッドに“かたまり”として存在するきーちゃん。施設の職員で極端な浄化思想に染まっていくさとくん。二人の果てなき思惟が日本に横たわる悪意と狂気を鋭く射貫く。文学史を塗り替えた傑作!

感想・レビュー・書評

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  • 読後のスッキリしない気持ち。内容に対してじゃなくて、自分の無関心を晒され炙られ終わることへのスッキリしなさがすごい。

    障がい者施設殺傷事件の起きる少し前から発生時を被害者の視点から描いた本作。語り手の重度障害者のきーちゃんの独白(きーちゃんは言葉を発せず、目が見えなく上下肢も動かない)で話が進んでいく。

    その話のなかで障がい者という存在がいかに不可視化されているか、障がい者の社会的な位置づけが不確かでぞんざいなものかというのが感じられる。マジョリティの都合で可視不可視が決められてしまうなか、事件や特集のときだけ意見して普段は素知らぬフリをしていることへの指摘。終盤を読んでいてそこが心を抉られました。
    考えすぎも良くないけど、考えずに風通しが良いことばかりしてるのもダメだなと感じる読後感。自分の無関心さと偽善を抉る1冊でした。

  • 映像を見る勇気はないけれど、やっぱり気になって手にしたこの本。なんでこんなに読むのが苦痛な本を読んでるんだろうって、思いが頭の中をぐるぐる…

    何にも知らないで、綺麗事言って、良い人ぶってるだけなんじゃないの?

    って、突きつけられてる気がする…。

    植松死刑囚が描いた絵を思い出す。あの絵を見た時、狂気の沙汰だ…一線を超えた人の絵だ…とふと思った。なにが彼を、その一線へと追いやってしまったんだろう…。

    夜寝る前に読む本じゃなかった…。
    けど、読むべき一冊だと思う。

  • もし、その人が自分で動くこともできず、言葉も発せず、自分の意思をこちらにわかる形で示すことが出来ず、こちらの声掛けにも反応を見せなかったら、その人にだって心はある、と信じられる人はどれだけいるだろうか。

    この話は、主人公きーちゃんの長い独白から始まる。実際に触れて、見て、経験することの出来ない人の、頭の中だけの思考。そこには既成概念も常識も道徳や自制心もない。聞こえてくる音や声、身近にあるものの気配だけで、感じて考える。だけど、心の中の風景は、驚くほど豊かだ。それは、温かいとか愛おしいとか慈しみなどとはほど遠いけれど。
    当然のことながら、彼女には自分が「在る」ことに意義が見いだせない。
    きーちゃんは、元職員の、他の職員とちょっと違うさとくんをずっと見ていた。そしてさとくんはその真面目さゆえに、ある考えに囚われていく。

    さとくんには悪意はない。それでも入所者様たちを一人でも多く殺すことが正しいことだ、と感じる、その気持ちを、それまでのきーちゃんの思考に揉みくちゃにされた私の頭が割と素直に受け入れてしまった。この人たちは心もなく意思もない、「ただ在る」ことに何らかの意味があるのか、と。
    もちろん、さとくんのやったことは間違いだった。心のないものは存在しなくても良いという信念で行動したけれど、きーちゃんという、間違いなく心を持った入所者も手に掛けたのだから。きーちゃん以外の入所者にだって心はあったかもしれない。外から見えないだけで。。でも、きーちゃんも無を望んでいたのだ。・・・・

    何をもって人とみなすのか、「存在」するということは何なのか。私が当然と思ってきた、常識というものが揺らぐような、重い、重い話だった。でも、読むべき本だと思う。

  • 語り手が障害を持っている主人公きーちゃんであるというのが新しい。きーちゃんの考えが淡々と述べられ、最初は読みづらさがあったがきーちゃんが考えているコト、きーちゃんのさとくんへの想いがしっかり頭に入り込んで終盤にかけての展開は息を呑んだ。
    多くの人に一度は読んで重度身体障害者、施設スタッフの現状を考える作業をしてほしいと思った。

    私は実際に重度身体障害者の方に会ったこともなければ介助をしたことがあるわけでもない。
    テレビの中で施設の方が介助をしてるのを見たとしてもテレビで映せる綺麗な部分を一部分だけ。実際には想像もできないような神経が削られる出来事、場面がたくさんあるのだろう。
    その事実が人格や考え方を変えてしまうこともあるとは思う。
    しかしどの命にも優劣はなく天秤にはかけてはいけない。これは当たり前。
    問題と思ったのはこの重度身体障害者の介助をしているスタッフの心のケアがしっかり出来ているのか。さとくんのように現実を目の当たりにして心が壊れる瞬間が生まれてはいけない。あの事件が起こった容疑者側の背景にも目を向けたい。
    日常的に入居者への虐待が行われてしまっている施設もあると言われてる今、しっかりとその根本に目を向けなければならない。互いが対等であり人としてあり続けるためには尊重が必要。その尊重を作るにはまず施設スタッフの気持ちに寄り添った働き方を作らなければならないのだと感じた。

  • 相模原障害施設やまゆり園で起こった障害者殺傷事件をモデルとした物語。
    身動きも出来ない「きーちゃん」は思う事だけは出来る。
    そのきーちゃんの別人格「あかぎあかえ」や犯人の「さとちゃん」の思いで構成されていく。
    非常に読みにくいが、その読みにくい文章で障害者の思い、障害者に対する思いを表現しているのだろう。
    最後の数ページはさとちゃんが事件を起こしている時の思い。
    「こころ」があるか無いかで殺すか殺さないか決めていく。実際の犯人は話せるか話せないかで決めていったらしい。
    自分や家族が重い障害を抱えてない事に安堵する自分を見つめ直す作品でした。

  • 不快感以外、何も残らない読後だった。

    こうした小説を書きたいなら、何も、津久井やまゆり園事件を題材にしなくてもいいではないか?

    作者の筆力の無さと、人間性を疑う。

    自分が、植松聖が身勝手な殺人で、植松に共感できないし許せないというのも、あるが。

    犯人を美化しすぎだろう。いくらなんでも。

    「ゆで卵」「もの食う人々」の、鬼気迫るが、グイグイ読ませて良い読後感さえ与える才能はとっくに枯れたのか。

  • ただただ圧倒されてしまう。しかし絶対に読まなければならない。現代に全ての日本人が読むべき最も重要な作品。

  • ドグラ・マグラを読んでいるような気分になった。
    誰が本当に存在するのかが読み取れず、非常に難解だった。

  • 映画を観終わってから気になって仕方がなかった。
    正直言って読みにくい。
    『きーちゃん』の目線。でも目は見えない。もちろん浮遊も出来ない。
    そういう所から語られてる思いで話が進んでいく。
    『さとくん』が登場するといくらか読みやすく感じるものの、犯行の最中であろうストーリーの『音』と表記されている部分に震える。
    『月』というのはそういう意味もあるのかと。
    読み終わり思うことは、
    攻撃的でありながら寄り添っている著者なのだなということと、
    私は薄っぺらい言葉も出ない異常さも感じない『無』なのだろう

    こんな読後はなかなかない





  • 語り手のとりとめのない想念が延々繰り返され、現実と想像の区別も曖昧。くどいと感じることもあるが、読み手の倫理観や正義観を揺さぶるような鋭い言葉でドキッとさせられた。
    終盤の犯行に及ぶ描写は息を呑む。

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著者プロフィール

小説家、ジャーナリスト、詩人。元共同通信記者。宮城県石巻市出身。宮城県石巻高等学校を卒業後、早稲田大学第二文学部社会専修へ進学。同学を卒業後、共同通信社に入社し、北京、ハノイなどで特派員を務めた。北京特派員として派遣されていた1979年には『近代化を進める中国に関する報道』で新聞協会賞を受賞。1991年、外信部次長を務めながら書き上げた『自動起床装置』を発表し第105回芥川賞を受賞。

「2022年 『女声合唱とピアノのための 風』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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