父と私の桜尾通り商店街 (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 835
感想 : 72
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041118962

作品紹介・あらすじ

店を畳む決意をしたパン屋の父と私。引退後の計画も立てていたのに、最後の営業が予想外の評判を呼んでしまい――。日常から外れていく不穏とユーモア。今村ワールド全開の作品集!

感想・レビュー・書評

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  • かっちゃん、
    ゲップしてごらん…


    結局、ナミちゃんとナミちゃんのお母さんは何だったのだろうか。

    最後、「ゲフゥッ」とかっちゃんではなく、お母さんがゲップした時、私は
    え?かっちゃんじゃないの?お母さんが?
    と思った。
    そして、
    そのとき、
    あることに気がついた。
     私はかっちゃんにゲップして欲しかったんだ…
     かっちゃんのゲップを待っていたんだ…

    鳥肌がたった。



    この本は短編集で、上の文章は「冬の夜」という話。
    「冬の夜」はこの文庫にしか載っていない。
    そして、この本には今村夏子のインタビューも載っていた。

    今村夏子のインタビューでは、
    短編一つ一つの作品について
    話しているのだが、なぜか
    「冬の夜」だけ載っていない。

    今村夏子はいつも、
    あのような少し切ない物語を
    書きたいわけではない。
    書いているうちに
    段々あのようになってしまう
    と話していた。


    「せとのママの誕生日」には、
    あんな思いがこめられていたなんて…
    彼女達は、ママのことをあんな風に
    思っていたんだ…
    面白すぎる…



    かっちゃん、
    ゲップしてごらん…

  • 些細なことから思わずエスカレートしすぎる、危うい女性たちを描いた短編集。
    どのお話も現実にありそうなシチュエーションで始まるのですが、話は思わぬ方向に進んでいきます。
    出てくる人たちの言動に意表を突かれ、笑いを誘われ、そしてその純粋さに切なくもなります。

    「スナックせと」で働いていた女の子たちが、ママの誕生日に集まる話「せとのママの誕生日」は、「こちらあみ子」に収められていた「ピクニック」を思い出させてくれます。

    「モグラハウスの扉」や、「父と私の桜尾通り商店街」は小学生の子どもたちが出てくるせいか、無邪気さが一段と増して、異様な雰囲気も漂っています。

    「冬の夜」では、産婦人科の病室でカーテン一枚を隔てた、顔も見えず会話だけが聞こえる隣同士で、お互い勝手に想像をめぐらしているという場面があって、今村さんらしい視点だなと思いました。

    今村さんの作品を読むのは3作目なのですが、読めば読むほど愛着が湧いてくるのです。
    本当に不思議な作家さんです。

  • 一般常識とされている感覚からずれた主人公たちの純粋な行動が、危うい均衡を失って、世間から残酷な仕打ちを受ける一瞬が書かれている作品集という印象。
    どの作品も、じわじわと鈍い痛みを与えてくる。
    けど、主人公たちのちょっと歪んだ世界観では、どの作品もハッピーエンドともいえるのかな、せめてそうであってほしい。

    主人公の行動と周りの反応の落差が大きくて、ショックが大きかったのは「白いセーター」「父と私の桜尾通り商店街」。
    登場全員の気持ちが一方通行な「ルルちゃん」のぼんやり不気味な感じが好き。
    「ひょうたんの精」のコメディと切なさが紙一重な感じも好き(「ピクニック」に似た構造なのかな?)。

  • 少し不器用であっても、ひたすら一生懸命な人に感じる魅力って、人を惹きつけるんだと思うとやっぱり少しホッとする自分がいる…

    7つの短編集。
    表題作の、焼きたてのコッペパンで作るサンドウィッチが美味しそう。

  • ヒィーっと心の声を上げつつ、もう一回読んでみたくなるほどに、謎スパイスが効いている。

    「父と私の桜尾通り商店街」
    商店街というコミュニティにいて、そこから外れたパン屋さん親子。
    小さい頃から店にネズミが出るといじめられ続けた「私」は、父が店をようやく閉め、故郷に帰ろうとすることに、確かに安堵したはずだった。
    その最後に、出会ってしまったお客さん。
    彼女が「誰」であっても、「美味しい」と〝分かってくれた〟そのことが「私」を変えた。
    実は敵だったとか、ライバルだったとか、そんな概念よりも強固な〝お客さん〟という聖域に向けて、ひたすら新種のサンドイッチを作り続ける「私」が奇異に映るのは何故なんだろうか。

    誰かのために、一生懸命何かを生み出すこと。
    それによって、廃れたお店が復活を遂げること。
    素敵なドラマだ。
    その誰かが「ライバルのパン屋の店主」であり、「単に商店街にあるもう一つのパン屋に偵察に来ただけ」であるという、強烈なディスコミュニケーションが生じていること以外は。

    この果てしないズレをしっかりと匂わせながら、どの作品の主人公も、そのズレを増幅させる方向に意識を集中させていく。

    よく考えてみたら、何かに惜し気もなくハマる姿って、誰しもどこか奇異なのだろう。
    そして、そんな世界に浸っている人間を、「見ている側」はどこか自分が主流ぶったような、呆れや笑いを浮かべている。
    気持ちの悪い合わせ鏡のように。

    「白いセーター」「ルルちゃん」
    「ひょうたんの精」「せとのままの誕生日」
    「冬の夜」「モグラハウスの扉」

  • 今村夏子「父と私の桜尾通り商店街」書評 切なく輝く 悪意に傷ついた心|好書好日
    https://book.asahi.com/article/12326558

    今村さんにきいたこと――今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』文庫巻末解説【解説:瀧井朝世】 | カドブン
    https://kadobun.jp/reviews/entry-45242.html

    「父と私の桜尾通り商店街」 今村 夏子[角川文庫] - KADOKAWA
    https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000367/

  • 今村夏子を読むのは4冊目。
    単行本は2019年刊行。
    2022年の文庫化に際して「冬の夜」を追加。
    単行本のカバーイラストが美麗だが、文庫版も面白いな。
    本には初出が書かれていないので、wikipediaからコピペしておく。

    全部読み終えて共通しているなと感じたのは、時間の経過があるから短編にも係わらず厚みがあるな、と。
    また寓話的な話もあるので、なおさら時間経過を導入して、ありそうな話にしたのかな、と。
    以前の作品がどうだったか精緻に振り返りはしないけれど。

    ■白いセーター  文学ムック『たべるのがおそい』vol.3 2017年 ★
    冒頭数行読んで、あーどこかで読んだな、と思い出した。
    よく憶えていたなという意味ではなく、その後の展開をぼんやりとしか憶えていない自分への戒めとしてメモしておく。
    「たべるのがおそい」に収録されていたのを2017年に読んだのだった。
    ラストの境地に至るまでの細部がもう、辛くて辛くて。
    100円均一で買ったあれを見てくれただろうかという一文が利く。

    ■ルルちゃん  『文芸カドカワ』2017年12月号
    不用意に自分のことを喋ってしまうことって、ある。しかも普段になく、熱く。
    後に反省するのだが、その瞬間だけは、相手に全幅の信頼を置いていたような気がする。
    その無根拠な信頼を、後々思い出してゾッとしたりすることもある。
    そこまで計算していないのかもしれないが、登場する女性3人が鏡像関係のようになっていて、繰り返していくんだな、と。

    ■ひょうたんの精  『文芸カドカワ』2017年10月号
    これは不思議な話だ……。
    わたしがなるみ先輩について語るのに対して、後輩が( )内でツッコミを入れてくるのにもかかわらず、気にせず語るわたしの姿、がむしろ、どうにも怖いというか。

    ■せとのママの誕生日  『早稲田文学』増刊女性号
    寓話度が高い本作品中でも最も……まるでグリム童話にでもありそうな。
    しかし、マッシュルームとかカリフォルニアレーズンとか細部が笑えて、やがて恐し。
    これこれ、今村夏子はこれよ、とにんまりしてしまう。

    ■冬の夜  『文芸カドカワ』2017年8月号 ※文庫化の際に収録
    不穏度半端ない。

    ■モグラハウスの扉  単行本書き下ろし
    ズレた中年女性モノ、と思いきや、語り手自身もまたやはりどこかズレていて、「一緒に行きます」と言うが、さて彼女らの駆ける先の未来はどんなものか……。
    少し前に王谷晶「完璧じゃない、あたしたち」を読んだ。
    全っ然ベクトルが異なる作品なので並べて論じる人もいないだろうと思うが、本作、仄か~にシスターフッドものと言えなくもない、しかし今村夏子がシスターフッドを取り入れたらこんなに変になるという一例かもしれない。

    ■父と私の桜尾通り商店街  『文芸カドカワ』2016年9月号
    正直このタイトルを見て、あー今村夏子も山田太一路線に行ったのかと少し落胆したが、杞憂だった。
    本作は、寂しい、辛い、疎外感たっぷり、なのにユーモラスで、ユーモラスなのに危うい、まごうことなき今村作品だった。
    語り手の辛辣さがいちいち面白い。
    届けられない「さくらお通信」をごみ置き場で拾って読み込む姿勢が、本当は人が好き/本当は人が嫌い、で揺れているようで、それが劇的に奏功する終盤……大変技巧的だ。
    「私だけでも大丈夫ー?」と大きな声を上げた彼女は、そして商店街のあの人やこの人やは、いったいどうなったんだろう……闇「たまこマーケット」。

  • 今村夏子さんの作品を初めて読みます。
    不思議な世界観。私にとって『せとのママの誕生日』は一番難解でした。
    巻末のインタビューを読むと作品への理解は深まりますが…
    分かりやすい面白さはないけれど、他の作品ももう少し読んでみたいなというのが現時点の感想。

  • 「父と私の桜尾通り商店街」については、単行本を持っているので文庫化されたこの本を買おうか迷っていたのだが、単行本には収録されていない「冬の夜」という話が文庫本には収録してあったので迷わず購入。この一冊の中では、「ひょうたんの精」「父と私の桜尾通り商店街」が好き。今村夏子さんの小説は、いつも行動の読めない何かに手を引っ張られて今まで考えたこともなかった景色のある場所へ連れていかれるような気持ちになる。そして独特な雰囲気の物語、やっぱり、すごく好き。なぜだろう、いつも、どの話も、ものすごいスピードで読まされてしまう。今村夏子さんの新刊はなかなか出ないのでゆっくり読みたいのに、いつもあっという間に読んでしまう。だから何度も読んでいる。この読ませる力、本当にすごいなぁといつも思う。文庫化に伴って収録されたという「冬の夜」、この話を通して今村夏子さんは何を伝えたかったのだろうか…。どんな話だったのかを、一度読んだだけでは、理解出来ていないように思う。ただその雰囲気だけは、なんだか怖いような、何というのか…楽しいとか、面白いという雰囲気ではない、なにかものすごく怖い何かが隠れているような気がしてしまう、そんな感じがした。何度か読んでいったらまた変わってくるだろうか。また何度も読んで、そしていろんな方の感想を読んでみて、自分なりに噛み砕いていきたい物語だった。

  • 今村夏子さんっぽい、優しい文章なのに何かゾワっとする短編集。巻末のインタビューにもある通り、一生懸命なのにズレている人達の物語は何だか痛々しくヒヤヒヤするが、何だか惹きつけられる。

    自分自身が一生懸命でも何か周りとはズレてる事が多かったからなよかな?それともこういうずれてる感覚は程度の差こそあれみんなに普遍的に存在する感覚なのだろうか。

    「白いセーター」ではちょっとしたズレが重なってどんどん大きくなっていく流れにハラハラして最後は物悲しい。「ルルちゃん」も登場人物が微妙に怖いし「ひょうたんの精」は不思議なファンタジー。「せとのママの誕生日」はこの短編集で一番の不気味な物語。愛なのか復讐をなのか曖昧な誕生日の祝い方が滑稽でもあり怖くもある。

    一番のお気に入りは表題作かな。やる気のなかった娘が変なタイミングでやる気を出していく様が一見健気ながら何とも自分勝手。最後はどうなったのか…

    全体的に今村夏子さんのテイストに溢れていてとても面白かった!「あひる」や「むらさきのスカートの女」で興味を持たれた方は是非。

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著者プロフィール

1980年、広島県生まれ。2010年「あたらしい娘」で第26回太宰治賞を受賞しデビュー。「こちらあみ子」と改題し、同作と新作中編「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』で2011年に第24回三島由紀夫賞を受賞。2017年『あひる』で第5回河合隼雄物語賞、『星の子』で第39回野間文芸新人賞、2019年『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞。他の著書に『父と私の桜尾通り商店街』『木になった亜沙』がある。

「2022年 『とんこつQ&A』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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