いるいないみらい (1) (角川文庫)

  • KADOKAWA (2022年4月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784041124444

作品紹介・あらすじ

結婚して3年、35歳の知佳は智宏と2人暮らし。産休に入る同僚を横目に、結婚しているだけで幸せじゃないか、とメロンパンの欠片をコーヒーで飲みくだす日々だ。不妊治療を経て無事に出産した妹を見舞った夜、智宏から「赤ちゃん、欲しくない?」と問われた知佳は、咄嗟に答えられず……(「1DKとメロンパン」)。既婚、未婚、離婚、妊活、子供嫌い……すべての家族の在り様に注ぐ温かな眼差しに満ちた5つの物語。解説・渡辺ペコ

感想・レビュー・書評

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  • 『不妊治療なんてどっか自分の心を押し殺さなきゃできないもんだよ』

    2022年から『不妊治療』の保険適用が始まり、同年の治療者数が37万人を超えたという報道がありました。『妊活』という言葉があるように、子どもは欲しいと思ってすぐに持てるものではありません。『不妊治療専門のクリニック』に通い、夫と妻、それぞれの身体が調べ上げられてもいきます。そんな先に、

     『どこにも問題はないって!』

    と、一方が満面の笑みを浮かべたとしたら、もう一方の側には厳しい現実を目にする可能性が高まります。『子どもを持つ』ということは決して容易なものではない、『不妊治療』をされる方の数がその厳しい現実を指し示してもいます。

    さてここに、”子どもがいてもいなくても、毎日を懸命に生きるすべての人”に向けて書かれた一冊の物語があります。「いるいないみらい」という書名の奥深さに感じ入るこの作品。そんな作品に収録された五つの物語にさまざまな思いが去来するこの作品。そしてそれは、『子どもを持つ』ということの意味に思いを馳せる物語です。

    『ほら、堀さんもグラス持って』と『右隣に座っていた同僚に促され』『上司の合図で』『グラスを合わせ』たのは主人公の堀知佳(ほり ちか)。『もうすぐ産休に入る田辺さん』のおなかが『ずいぶんと大きく』なったのを見る知佳は『今年に入って産休に入るのは』三人目という『出産ラッシュ』に沸く会社のことを思います。『今夜の女性メンバーは、私と田辺さん以外は皆、未婚者だ』と所属している業務部のことを思う知佳。『お先でーす』と飲み直す面々から離れた知佳は『あー私、ほんとうに結婚できてよかったな、と心のなかで思』います。
    場面は変わり、翌朝『歯磨きをしている』ところに、『ううっ、寒い寒い』と言いながら夫の智宏が帰ってきました。『子羊堂』と書かれた『茶色いパン屋の袋』を手渡され『え、え、買えたの!メロンパン?』と興奮する知佳に『一時間も並んじゃった』と答える智宏。『土日は毎週行列ができるほどの人気』というお店の人気商品である『メロンパン』にありついた知佳は、『友人の結婚式の二次会で』、知佳が食事を美味しそうに食べることに智宏が興味を持ってくれたことがきっかけで繋がった過去を思い出します。そして、『三十二歳で出会って三カ月で結婚したいと言われ、これを逃したらあとがない、と思っ』た先の今を思う知佳。
    再度場面は変わり、『妹の佳奈が里帰り出産をしに帰ってきたのだから会いに来なさい』と実家に呼ばれた知佳は、なんでも急かす母親のペースに早々に辟易します。『母の次の目標は私の妊娠』と思う知佳。そんな知佳は佳奈と二人になった場面で『実はなかなかできなくてさ、不妊治療大変だったんだよ』、『子ども産むならさあ、早くしたほうがいいよ』と言われます。『すぐに四十だよ。あと五年しかないんだよ。私だって三十一で不妊治療始めて、子どもできたの二年後だよ』と続ける佳奈は『智宏さんは欲しがってるかもしれないじゃん』と続けます。そんな佳奈の言葉に『がんがん来るなあ』と思う知佳は、『年齢が上に行けば行くほど不妊治療のお金もかかるんだよ』という佳奈の言葉に『智宏の年収』のことを思います。『正直に言ったら母は腰を抜かすだろう。智宏の年収は私の半分ほどなのだ』と思う知佳は、『子どもを持たない人生だって私は選ぶことができるのだ。どちらかと言うと、今はそっちの気持ちのほうが強』いとも思います。
    三度場面は変わり、母子同室の佳奈を病院に訪ねた知佳と智宏。『真剣な表情で赤んぼうを見つめている』智宏を見て知佳は複雑な思いを抱きます。そして、家に帰りテーブルで夕食を食べ始めた中に『子ども、欲しいな。僕』と呟く智宏。『ああ。そう言うんじゃないかと思っていた。今日生まれたての赤んぼうを見て、子どもが欲しいなんてそれじゃおもちゃを欲しがる子どもといっしょだ』と思う知佳に、『知佳ちゃんの子ども欲しい』と『箸を置いてまっすぐな目で言う』智宏は、『僕、赤ちゃん生まれたら、どんなことでもやるし、できると思うし』と続けます。そんな智宏に知佳は…と続く冒頭の短編〈1DKとメロンパン〉。年齢的なリミットを感じながらも目の前の現実との間で思い悩む主人公の姿を見る好編でした。

    “既婚、未婚、離婚、妊活、子供嫌い…すべての家族の在り様に注ぐ温かな眼差しに満ちた5つの物語”と内容紹介にうたわれるこの作品。こちらに背を向けた小さな子どもが暖かな光に包まれているかのような表紙がとても印象的です。そして、そんな作品には「いるいないみらい」とひらがな八文字のわかるようでわからない書名が付けられています。一方で、本の帯にはこんな言葉が大きく記されています。”赤ちゃん、欲しくない?”、”…欲しくない”。なんとも意味深な会話の切り取りではありますが、この作品は家族のかたちというものを考える中で、避けることのできない話題でもある、『子どもを持つ』ことについて、さまざまなシチュエーションからその意味を描いていきます。

    このレビューを読んでくださっている方の属性はマチマチだと思います。性別、年齢がまず異なりますし、ご自身が育ってきた環境にだっておおきな違いがあると思います。年齢が上がれば上がるほどに結婚すれば子どもというものは当然に持つものという価値観の中に染まっていく一方で、年齢が下がれば下がるほどにそれはひとつの選択肢だという価値観に変わってもいきます。この作品では、そういった価値観のぶつかり合いは元より、子どもが欲しいと願っても必ずしも叶うものではないという現実を見る物語まで、実に多種多様な家族の苦悩を見せてくれます。この作品は基本的には関連性を持たない五つの短編から構成された短編集となっています。まずはそのうちの三つをご紹介しましょう。

     ・〈無花果のレジデンス〉: 『二年前、僕は二歳下の波恵と結婚した』というのは主人公の宮地睦生。『好きだから、ずっといっしょにいたいから』という理由で一緒になった二人ですが、『波恵が「子どもが欲しい」と言ったあの日から』『子ども、という存在が』『重苦しいものになっ』た睦生。『僕は三十三、波恵は三十一』という中に『まだ、少し、早くないか?』と言うも『女の人は年齢と共に卵子も老化していく』と返す波恵の言葉の先に『タイミング法』をスタートさせた二人。しかし、状況が芳しくない中『不妊治療専門のクリニック』へ出かけた波恵は『どこにも問題はないってー』と『満面の笑みを浮かべ』ます。『だとするなら、もしかしてこの僕に原因が?』と疑念に苛まれていく睦生…。

     ・〈私は子どもが大嫌い〉: 『恋人はいない。結婚はしていない。もちろん子どももいない』と思うのは『今月、三十六になった』『独り身のアラフォー』茂斗子。一階に住み『二階から上をワンルームにして人に貸して』いるという『四階建ての建物』の『四階、角部屋に住んで』いる茂斗子は『一日一回は顔を見せてよ』と言われていることもあり、仕事帰りに『両親の住居で夕食を食べるようにして』います。『二人とも、もう八十を超えている』と年の離れた両親に『おやすみなさい』と言い部屋へ帰った茂斗子は、『手作りアクセサリー』の趣味に没頭し『十二時近い』という時間に気づきます。そんな時『玄関ドアの向こうで子どもの泣くような声が』します。『単身者しか入居していない』のにと不審に思う茂斗子…。

     ・〈金木犀のベランダ〉: この町で『パン屋を始めて八年になる』というのは夫の栄太郎とともに四十三歳になった主人公の繭子。『私は両親の顔を知らない』という繭子は『生まれてすぐ乳児院の前に捨てられ』『十八まで施設のなかで』育ちました。『製菓専門学校』を卒業し、勤めたパン屋で同い年の栄太郎と知り合った繭子は三十三歳で結婚しました。三十五歳で独立して出した店は、幸いにもブログで人気になります。『作っているパンは、自分の子どものようなもの』と思う繭子。そんなある日の閉店後、『そろそろ…』と栄太郎が話しかけてきました。『子どもがいてもよくないだろうか』、『自然に子どもができることを待ってみない?』と言う栄太郎。そして別の日、一人の男の子が店にやってきて…。

    三つの物語をご紹介しました。〈無花果…〉と〈金木犀…〉の主人公たちはいずれも結婚して子どもがいない夫婦が主人公となります。共通点は、日々それなりに平穏な暮らしの中に夫が『子ども』の話を切り出すところから物語が動き出します。しかし、辿る物語は全く異なる様相を見せていきます。それに対して〈私は子どもが…〉の主人公は独身女性です。両親が所有する『ワンルーム』タイプの建物に一人暮らしています。短編タイトルの通り、子どもが嫌いという主人公は子どものことを『地雷』とまで思っています。そんな彼女があることがきっかけで子どもと接する瞬間が訪れるというのがこの短編です。三つの短編とも共通なのが『子ども』の存在が物語を大きく動かしていくというところです。

    そんな物語は、最初から最後まで子どもという存在をさまざまな境遇にある人たちがどのように捉えていくかを描き出していきます。物語では奇数章が女性、偶数章が男性が主人公を務めます。そんな物語で注目されるのが年齢です。主人公たちの年齢はいずれも三十代から五十代という設定をとります。このことが『子どもを持つ』ということについて、”タイムリミット”を突きつける中に、こんな絶妙な言葉で表現されてもいきます。

     『ぴんと張ったロープの上。その上でバランスをとっているみたいに。右に転べば、子どもを持つ人生。左に転べば子どものいない人生。今ならどっちにも転べるけれど、女性が子どもを持つ人生を選ぶにははっきりと期限がある』。

    『子どもを持つ』ということは、少なくとも現代社会においては、持つ、持たないの二者の選択を強いられるものだと思います。二人の生活が平穏にある中にあってこの二者択一は、選ぶことができるという今の世の中だからこその悩みとなって夫婦に突きつけられてくるものとも言えます。そこには、夫婦それぞれの価値観の違いが顔を出します。お互いを好き同士で結婚に至ったとしても、夫婦の価値観の相違はさまざまなところで顔を出すものです。それを話し合って乗り越えていく、これも夫婦だと思いますが、『子どもを持つ』ということはそう簡単にはそのすり合わせができるものでもないでしょうし、また、この作品でも取り上げられていく『不妊』という問題もあります。

     『不妊治療なんてどっか自分の心を押し殺さなきゃできないもんだよ』

    なかなかに厳しい現実に苦しめられている方がたくさんいらっしゃるのが実際のところだと思います。

     『自分の体の見えないところが、見えないものが、人よりも少しだけ劣っているということに、どうして自分はひどく傷ついているのだろう』。

    そんな辛い思いの先には『子どもを持つ』ということが誰にでも容易くできるようなことでもない現実も突きつけられます。この作品で描かれていく『いる』、『いない』というそれぞれの選択の先にそれぞれの『みらい』を思う主人公たち。その一方で『いる』『みらい』を思っても必ずしもそれが叶うわけでもないという現実。そして、望まぬ妊娠により『いる』『みらい』が訪れた先の苦悩。『子どもを持つ』ということに光を当てていくこの作品。そこには、『子どもを持つ』ことを選択できる余地がある現代社会だからこその人々の深い苦悩を見る物語が描かれていました。

     『母や佳奈は当然、私が子どもを持つだろうという前提で話をしているけれど、子どもを持たない人生だって私は選ぶことができるのだ』。

    『いる』『みらい』と『いない』『みらい』の間で葛藤を繰り返し、『いる』『みらい』をなんとか手繰り寄せ、それを現実のものとすべくも苦悩する夫婦の姿など、『子どもを持つ』ことに光を当てるこの作品。そこには、五つの短編それぞれの視点から『子どもを持つ』先の未来に思いを馳せる主人公たちの姿が描かれていました。男性、女性それぞれに主人公の内面の葛藤に思いを馳せるこの作品。『子作りを始めてから、僕と波恵との間でセックスの意味が変わったように、生理の意味も変わってしまった』と『子どもを持つ』ことの大変さを思いもするこの作品。

    『子どもを持つ』という言葉に何かしら感じるところのあるすべての方に是非手に取っていただきたい、そんな作品でした。

    • よっぴーさん
      さてさてさん
      フォロー、いいねをありがとうございます。
      これからもよろしくお願いします。
      この本を読んで、妊活をしている自分としては凄くリア...
      さてさてさん
      フォロー、いいねをありがとうございます。
      これからもよろしくお願いします。
      この本を読んで、妊活をしている自分としては凄くリアルな感じがして、タイミング法や不妊治療、体外受精など夫婦でお医者さんから色々聞いていて、この小説は参考になりました。

      色々な家族がいて、子供がいるか、いないかはどちらとも正解、不正解ではなくて、どちらもが夫婦にとって大切な選択で、その選択で2人で進んで行くことが大切なんだと思いました。

      1番良かった作品は、無花果の作品です。
      結末では、2人で子供を迎える準備をして終わる所が良かったと思います。
      2024/06/23
    • さてさてさん
      よっぴーさん、こんにちは!
      こちらこそありがとうございます。
      このさくひん、まずは表紙がとても印象的に感じました。単行本からも随分と変化...
      よっぴーさん、こんにちは!
      こちらこそありがとうございます。
      このさくひん、まずは表紙がとても印象的に感じました。単行本からも随分と変化させてきたように思いますし、個人的にはこちらの方が作品にあっていると思いました。
      妊活をされていらっしゃる方は私の同僚にもいますが、この本に描かれていく内容とても参考になりました。妊活をしている人もそうでない人も含めて多くの方に読んでいただきたい作品だと思いました。色々な家族のかたちがある現代社会。とても良く描かれた作品だと思いました。
      2024/06/24
  • 子供がいる未来か、いない未来か。
    手探りで選択しつつある夫婦の形。
    5編の家族。

    解説は渡辺ペコさん。渡辺さんのコミックも「1122」「にこたま」等、いつも夫婦の形を考えさせる素敵な作品が多い。
    窪さんと渡辺さんは、テーマが似ているのかなと思う。
    “子を生す、持つ”
    “家族を作る”
    ご自身も答えを探しながら書いている。
    しかも まだ納得も理解もしていないとのこと。

    短編ですが、5編とも、子供を持つことに対してしっかり考える。子供だけが、人生の糧でないことも考える。すれ違う気持ちも大切にする。
    そして、それぞれの家族のみらいを読者に委ねる。
    ただね、こんなに考えちゃったら、家族を持つ事が不安になってしまいそうではあるねえ。

  • さまざまな境遇を懸命に生きる人たちの短編集。
    子どもがいる未来いない未来。結婚するしない、子どもを望む望まない、妊娠するしない、子どもを好む好まない。
    どんな道を選んでも幸せならそれでいい、いろんな家族のかたちがあっていい、そういう著者の前提があるように感じられたからかな、迷ったり悩んだりしながら懸命に生きる主人公たちの姿に、心がヒリヒリしながらも、希望を信じて読み進めていくことができた。
    たとえ自分が望んでも叶わないことだってある。それでも、幸せになる道はあるのだと思えたし、幸せになってほしいと心から願った。

  • 窪美澄さん、お久し振りの10冊目(アンソロジーを除く)。

    子どもがいない夫婦の話が3つに、養父母と暮らし続ける独身女性の話と子どもを幼くして亡くし妻にも先立たれた初老の男性の話がひとつずつ。
    いずれも子どもや家族が「いるみらい」への思いが今の生活に揺らぎを与えるお話。

    世間並みの年齢で結婚して深い考えもなく子づくりをして苦労するもなく子を授かった者からすると、妊活(第2話)や養子縁組(第5話)の話は読んでいるのが場違いな感じがするほどに読み進めるのがきつい話だったが、どちらの話も人生の先輩たる女性の言葉で物語が良い方向で落ち着くところに救われた。
    残る話も主人公の胸の内の不穏さにはやるせなさを感じたが、それぞれにこれからの行く先に光が灯るような結末には人の営みに対する作者の肯定的な思いを感じたところ。

  • 子どもがいる未来といない未来、妊活するかしないか、さらには、養子縁組みするかしないか、いろんな家族の形がある中で悩んだり支えあったりする人たちを描く短編集。夫婦のあり方、家族のあり方を考えさせられる。

    妊活がうまくいかないときに、どちらかが傷ついたり夫婦関係がギクシャクしたりすること、子どもが嫌いでも、堂々とそれを言うことは憚られる社会の空気、職場で産休・育休を取る人がいると、その周辺に業務負担がかかりがちだが、それについて不満を言えない会社の雰囲気、
    SNSでやたらと子どもの写真をアップする親も多いが、それにより静かに傷つく人もいることなど、共感することしきり。
    そんな微妙な問題を描きながらも、それを乗り越えるのもまた家族の力だと感じさせてくれる窪美澄さんのストーリーが絶妙。

  • 窪美澄さんの5つの短編集

    「こどもをもつかもたないか」ということに真っ直ぐに向かい合った物語で、それぞれの主人公なりの考え方や生き方が描かれていて、正解を導くことはなかった。ここには、生まれ生きていく中で、新しい命を成すかどうかは、誰でもない自分あるいは自分たちで決めて行くのだから・・・という作者の意志が強く感じられた。

    妊娠・出産といったテーマを多く描かれている窪美澄さんらしく、多様な場面や人物設定だった。どの物語でも主人公の意志が、ごく自然体で表現されていた。読み手は、きっと主人公達の何処かに気持ちを寄り添わせることが出来る作品だとも思う。「こどもをもつ」ことに否定も肯定もしない姿勢は、どんな生き方も尊重されているように感じた。

    奥ゆかしさを美しんできた日本人は、性に対する意識がまだまだ閉鎖的だと思う。結婚適齢期には敏感だが、妊娠適齢期には鈍感なのも、その影響があるように思えてならない。昨今の初婚年齢の高齢化による高齢出産、それによる妊婦・こどもへのリスク、また女性特有の疾患や夫婦で取組む不妊治療に対する知識の乏しさ。
    当事者になって初めて知るケースが余りに多く、男女平等が叫ばれる中、男性と肩を並べて社会に出て働いて来た女性達が嘆き悲しむ場面を、私も身近に幾つも見て来た。

    第5章 金木犀のベランダ
    作中の節子さん曰く
    「昔はね、ふたつも選べなかった。結婚と仕事、ふたつ手に入れることは難しいことだったの。今の人は結婚も、仕事も、子どもも、手に入れることができる。ほんとうにいい時代になった。」
    とあった。
    まさにその通りだと思う。

    今の時代はどちらも手に入れることが出来る選択肢があったとしても、その両方の表だけでなく裏も側面も知った上で、「こどもをもつかもたないか」ということに向き合うための知識と教養を培うことが大切だと思う。日本では学校教育の場でこの分野について教わることは僅少だ。受け身で待っていては手遅れになることも多い。
    本作を手にした方にとって、そこに向き合うための一助となるように・・・という作者の温かい願いを感じる作品だった。

  • 20-30代女性にぐさぐさ刺さる短編集。

    これは自分が思ってることでは?
    を見事に物語に文章に落とし込んでくれている。

    妊娠への焦りがあるうちは読むとキツイかもしれない。

  • いるいないみらい…窪美澄著 KADOKAWA 1400円 : 読売新聞オンライン(2019/8/4)
    https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20190803-OYT8T50122/

    【書評】『いるいないみらい』窪美澄著 - 産経ニュース(2019/9/15)
    https://www.sankei.com/article/20190915-CD63BHMH5NO5DBD2HPYTOS63WU/

    「子を生す・持つ」「家族をつくる」ことについて正面から扱った作品集――『いるいないみらい』窪 美澄 文庫巻末解説【解説:渡辺ペコ】 | カドブン
    https://kadobun.jp/reviews/entry-45931.html

    「いるいないみらい」 窪 美澄[角川文庫] - KADOKAWA
    https://www.kadokawa.co.jp/product/322112000463/



  • 子供がテーマの短編集。
    テーマがテーマなだけに、繊細なストーリーだけれど、私にはその繊細さが心地よく感じた。

    夫婦のあり方だったり、子供に対する考え方がそれぞれ違っていたり、ちょっと心の中に風が吹くみたいな話が多い。


    一番好きだな、と思ったのは、ラストの『金木犀のベランダ』。
    今にも金木犀の緩やかな香りやパンが焼ける甘い香りが漂ってきそうで本当に素敵。
    そして、繭子と栄太郎の穏やかな夫婦の形がいい。こういう夫婦、理想だな。

    繭子の、
    今の栄太郎との二人の生活が本当に幸せ、というのが伝わってくるしそんな彼女が愛おしくも感じる。
    元来、人間は多くを求めるのではなく、今の自分の置かれている場所で一生懸命に咲く、という考え方が私自身の中にあるからであろう。
    ああ、でも、一歩踏み出してみてほしいとも感じる。
    繭子と栄太郎、いいなあ。続編ないかしら。

  • 子どもを持つかどうかに向き合う夫婦。子どもを持つことを考えられない人。子どもが嫌いな人。子どもを亡くして1人で生きる人。子どもを持てる年齢でなくなり、養子について考える夫婦

    「子を持つ」ことにフォーカスした短編集
    短編だが読み応えあった印象
    どれもこれもが、描かれてない未来がどうなるのか気になる。
    それを書かないということは、この書いたところまでで十分だというメッセージがあるようにも感じる。
    子をなす。子を持つ。家族を作る。
    それについて、考え、悩むことで十分。正解なんてない。

  • 子どもにまつわる短編集。妊活、養子縁組、施設育ち、独身子ども嫌い、子どもとの死別などなど。自身の人生で子どもを迎えるか否かに対する価値観の多様性がさまざまな境遇の立場から書かれています。
    あるあるのテーマと思われがちですが、気持ちの動きを繊細に捉えられて苦しくもなります。でも、温かい気持ちで読めるのは妊活や養子縁組の話で特に感じたのが、互いの価値観に違いがあっても目を逸らさないこと。そして、相手の負担のない丁度良い加減を思い遣りながらの話し合いが絶妙だと思ったし、価値観のすり合わせが、丁寧に行われているところが癒されました。
    子どもはいますが、根本的に子どもに苦手意識がでてしまうワタシはは、子ども嫌いの独身女性の話もまぁまぁ共感するポイントもありました!ほっとけないのも共感(笑)

  • 子供が欲しい、欲しくない、それによって夫婦の考え方も変わってくる。
    それに正解も無くて、それに夫婦が悩んでいく所がリアルな感じがしました。

    僕もまだ子供がいなくて、夫婦で妊活をしていてこの小説を読んで、それぞれの物語がズシンと来て凄く参考になりました。

  • 窪さんらしい、心の柔らかい部分に手を差し込まれるような小説。子を産む、育てるってすごくデリケートなことで、家族であっても自分の感覚や考えをきちんと伝えるのって難しいし勇気がいることだと思う。この小説に出てくる人達はそのことに逃げずに向き合っている。誰かと生きていても、一人で生きていても、いるみらいもいないみらいもどちらもあるということを忘れないようにしたい。

  • 結婚するかどうか。子どもをもつかどうか。
    家族のあり方というテーマを扱った短編集。

    私は2人の子を授かったが、1人目のときは治療を受けた上での妊娠だった。
    夫と「子どもは2人がいいね」なんて会話していたから、子どもを授かれないかもしれないと知ったときはとても絶望したし、子どもがほしいという夫の希望を叶えるには離婚すべきか?と悩むこともあった。
    結果として授かることができたのだけれど、仮にそうでなかったとしても、話し合いの末、夫から「そのときには猫でも飼おう」と言ってもらえて嬉しかったことを覚えている。

    "家族のあり方"というのは簡単だけれど、それは答えのない難しい問題だと思う。

  • 息が詰まるような読後感。読んでいて、どこか共感できる部分が多く、でも読まずにいられない、そんな本。
    自分自身が子どもは大嫌い、の状態で結婚した。でも相手は何人でも欲しい人だった。ひとり授かり、今となっては本当にいてくれてよかったと思っている。
    子どものいる道を選んだら引き返せないこと。その通りで、でもいてくれたおかげで、思いがけない人生を歩んでいる。
    この本の中のみんな、
    子どもをほしい夫、ほしくない妻、不妊治療をして子どもを授かった妹、急かしてくる母
    男性不妊が判明した夫、妊活休止を提案する妻
    夫に先立たれた妻、上司を支えた部下
    子どもが嫌いな女性、施設で育てられる子ども、施設で育つ子ども
    そのすべてにパートナーとしっかり話すこと、って当たり前のように言われるけど、人生そこまで思う通りには進まなかった、というのが私。
    思い通りでなくても、その人生を正解にしたい、なるように修正しながら生きているつもり。
    この本を読んだ人は、多分『子どもを持つ』(私は持つ、という言い方は好みではないけど)ことを考えてる人には読んでほしいし、考えてほしいなと思う。
    心がえぐられるような作品を書く窪美澄さん、すごいと思う。

  • 結婚したら、子どもをもつものだと思ってた。
    穏やかに愛してくれる両親がいれば、
    血のつながりなんて関係ないと思ってた。

    選択できる未来と、選択できない未来と、選択できなかった過去、各短編の登場人物たちが明確な“期日”を前に思いを巡らせる。

    ハッピーな結末で締めくくられた篇はない。
    「今」で終わる物語たち。
    とても、よかった。

  • 子ども、不妊治療、夫婦…
    自分の人生におけるタイムリーのテーマを、ここまでリアルに描くか!!というくらい描いている本作。
    窪先生は性や命を隠すことになく、真正面から命懸けで描いている…だから毎回目が離せない。とてつもなく好きな作家さんだ。

    『1LDKとメロンパン』
    姪が生まれたことで、自分たちにも子どもがほしいと感じ始めた夫。それでも子どもがほしいと思えない私。そんな率直な意見を伝えたときの夫の返事に胸が熱くなった…

    『無花果のレジデンス』
    結婚して2年。子どもができない夫婦は妊活を始めることに…それでも妊娠できないために、不妊治療専門クリニックで検査してもらうと夫の体が妊娠を妨げている可能性が高いとの診断が出る。果たして夫婦の出す結論は…

    『私は子どもが大嫌い』
    主人公女性は住んでいるアパートの同じ階で、深夜子どもが一人でいるのを発見する。そんな子どもと自分を重ねる女性の葛藤がリアルに描写された話。

    『ほおづきを鳴らす』
    幼くして亡くなった娘と公園に現れる奇妙な女性に、面影を重ねる男性。男性はそんな彼女に不思議な感情を抱いていく…

    『金木犀のベランダ』
    パン屋を営む夫婦。子どもを望む夫と、子供を望まない妻。そんな妻に夫は自然妊娠したら、子どもを育てたいと提案し避妊を止めるが、5年経っても子どもはできなかった。そして夫は養子がほしいと妻に新たな提案をする。

    登場人物たちの妬みや痛み、辛さ、後悔…
    生きている中で感じるマイナス感情が、ひっきりなしにドバッと自分に全て流れてくる。
    そしてそれが痛いほど、自分と重なる。
    辛くて辛くて、何度も読むのを止めたくなる。
    いつも死ぬほど辛い読書を、いつも窪先生はくれる。
    でも必ず最後には光もあって、
    それを知りたくていつも読んでしまう。
    これからも先生の作品を自身の修行だと思って、
    がんばって読んでいきたいと思う!
    いつもいつも私を強くしてくれる窪美澄という作家に、これからも必死にしがみついていきたい。

  • 色々な事情で子どもがいない人達のお話。
    難しいことだし、子どもを持つ、持たないに正解不正解はない。
    だからみんな悩むし、未来を想像する。
    でも自分たちにとってどちらが正解なのかもちろんわからない。
    本書の話でも登場人物たちが明確な答えを出す訳ではない。
    ただ考えて悩んで、それでも日常を生きていく。
    そしてそれでも良いんだと肯定してくれているような気がする。

    今手にしているもの、今の幸せを大切に。
    隣にいる人とは怖がらずにしっかり話す。
    それが大切なのだと教えてもらえた。

  • 窪先生の読者になって結構長いですが、私の中で凄いと感じたのは今までずっと繰り返しテーマにしてきた生殖に対していくら考えても答えは出ないと言うことが答えなのだと教えてくれた作品だと思います。アカガミは私にとって最も衝撃的な作品でした。こんな世界がやがて来るのではないかと一瞬でも感じたのですから...その後はドンドン色々読みましたが答えの出ないテーマを一貫して描いている窪先生自身も答えを探しているんだろうと言う事。でもこの作品を読んで悩んでいる人に安心や励ましを与える事にはなるだろうと感じたのは読んだ人だけなのだから未来は変わるかも...

  • 2024.4.14
    子どもが欲しい、欲しくない、まだ考えられないと言った内容でぶつかったり悩む夫婦たちの短編集。
    子どもの話はとてもデリケートだし、夫婦だとしても丁寧に話していかないと難しい内容。
    この本に出てくる夫婦がみんな優しく寄り添ってくれる人たちばかりで、こういう話もちゃんと真剣に考えられる人とだったらどんな未来でも安心できるなと思う。
    子どもがいる未来、いない未来、どちらを選んでも幸せであれば良い。

    “欲しいと思ったものが手に入らないこともあるの。手に入らなくても欲しい、欲しい、って手を伸ばすのが人間だもの。だけど、すでに持っているものの幸せに気づかないことも、時にはあるわね。”

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著者プロフィール

1965年東京生まれ。2009年『ミクマリ』で、「女による女のためのR-18文学賞大賞」を受賞。11年、受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』が、「本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10」第1位、「本屋大賞」第2位に選ばれる。12年『晴天の迷いクジラ』で「山田風太郎賞」を受賞。19年『トリニティ』で「織田作之助賞」、22年『夜に星を放つ』で「直木賞」を受賞する。その他著書に、『アニバーサリー』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『夜空に浮かぶ欠けた月たち』『私は女になりたい』『ははのれんあい』『朔が満ちる』等がある。

窪美澄の作品

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