- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041126110
作品紹介・あらすじ
追悼 西村賢太
2022年2月に急逝した、最後の無頼派作家・西村賢太氏がライフワークとして書き継いだ日記文学「一私小説書きの日乗」。「日記がなぜこんなにも面白いのか」と、各界にファンの多かった作品の続編を、ついに文庫化。芥川賞受賞後の多忙の日々を虚飾なく綴った日記文学の白眉。
解説 玉袋筋太郎
感想・レビュー・書評
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日記文学を読むと無性に日記を付けたくなり、万年筆を握る。
これまで読んできたものを列挙すると…
永井荷風「断腸亭日乗」・古川ロッパ「昭和日記」・山田風太郎「戦中派不戦日記」・武田百合子「富士日記」・神坂次郎「元禄御畳奉行日記」・佐藤昭子「私の田中角栄日記」・筒井康隆「偽文士日碌」・田中康夫「ペログリ日記」・坪内祐三「三茶日記」「昼夜日記」・板尾創路「板尾日記」・モンスターエンジン 西森伸一「声に出して笑っていただきたい」
そして突然、充電が切れたみたいに日記に背を向け書棚の一隅にある〈日記の墓場〉に葬られ、深い眠りにつく。
日記文学の多くは読まれることを前提に書かれている。ゆえに虚実が入り交じる。『実』をことさら大げさに、反対に寸止めにしたり、一方で『虚』の部分に書き手の本音が見え隠れし、人間臭さに出会うと、さながら屋根裏の散歩者になったような気分になりゾワゾワッとする。これが日記文学の醍醐味。そう、読み手にリテラシーが求められる。
本書は今年2月に急逝された西村賢太の日記シリーズの第2巻。2012年の一年間を収録。ちなみに日記は54歳で亡くなる直前まで記され、僕は連載の『本の雑誌』を開くと、真っ先にこの日記から読んだ。
この日記は一貫して定型で、覚書に近い。晩年の日記と比べ内面の吐露が多いのに驚く。例外は大ファンのビートたけしと飲んだ日はドキュメントタッチの長文で、興奮と熱狂と酔態ぶりが伝わって来る。
今作では芥川賞受賞作『苦役列車』の映画に対する執拗なまでの苦言と不満、遅々と進まない執筆の呻吟、編集者との衝突、自ら没後弟子と名乗った私小説作家 藤澤清造への敬慕ぶりを書いたその後には『久々に買淫』なんてこともあけすけに記述。生涯一私小説作家は日記においても性衝動を几帳面に記載せずにおられなかったね(苦笑)
それと西村賢太の日記を語る上で避けて通れないのが鯨飲馬食・悪食の限りを尽くした『晩酌』。
例えば…
夜、食パン6枚をトーストにしてマーガリンをつけて一気喰い。深夜に弁当と焼鳥を肴にカルピスサワー1缶・宝焼酎2/3、締めにラ王の味噌ラーメン。
ある夜は、深夜行きつけの居酒屋でウーロンハイ6杯、帆立バター焼き、おでん5個、チーズ、締めに味噌ラーメン。帰途、すき家で牛皿4倍盛りをテイクアウト。
読むだけで胸焼けしそう爆食いに斗酒。そら痛風にもなります。高脂血症にもなります。痛風の激痛に襲われても宝焼酎を水道水で割りグビリ。
身体を痛めつけるような晩酌も著者にとっては作品を生む上での重要なルーティンだったんでしょう。
はたして14冊の作品を遺した西村賢太。私財を投じ執筆のかたわら毎夜編集に勤しむも念願の藤澤清造全集の完成を見ることはなく冥土へ旅立ったが、破滅型私小説家に相応しい終焉を用意されていたのかな…と思ってしまう。藤澤清造も芝公園で凍死という終焉を迎えただけに。あの世で師匠と宝焼酎を飲りながら、未完を詫びてたりして…。 -
日乗シリーズ第二作。文庫化に伴い再読。
本の雑誌6月号の特集を読むと、相当な方だったことがよく分かる。 -
911
288P
ロックンロール、落語的、江戸っ子気質、アーティスト、ユーモア、粋
西村賢太サウナブーム前にサウナ行きまくってる。二時間サウナに居れるひとほんとすごい
住民税年額170万てことは年収3000万ぐらいにはなってたってことかな?芥川賞受賞後、苦役列車映画化後の西村賢太の年収
西村賢太の小説のかっこよさは、その辺の雨に濡れたゴミみたいな壊れかけのガラクタみたいなものを写真家、西村賢太の手によって超絶かっこいい写真にされた感じ。本質的な部分がものすごいクールだから、小説界だけじゃなくて、音楽、写真、現代アート様々な分野をやってる人の心に響くと思う。
宝酒造『純』、カルピスサワー
西村 賢太(にしむら けんた)
一九六七年七月一二日、東京都江戸川区生まれ。中卒。二〇〇七年、『暗渠の宿』で第二九回野間文芸新人賞を、二〇一一年、「苦役列車」で第一四四回芥川龍之介賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度は行けぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『廃疾かかえて』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『一私小説書きの日乗』『棺に跨がる』『歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集』『一私小説書きの日乗 憤怒の章』『薄明鬼語 西村賢太対談集』『随筆集 一私小説書きの独語』『やまいだれの歌』『下手に居丈高』『一私小説書きの日乗 野性の章』『無銭横町』『痴者の食卓』などがある。
一私小説書きの日乗 憤怒の章 (角川文庫)
by 西村 賢太
六月一日(金) 十一時半起床。入浴。 夕方六時到着を目指し、新潮社へ。 『ブルータス』誌での、ミュージシャン、志磨遼平氏との対談。 氏が新結成したバンド、ドレスコーズのデビュー曲が、映画『苦役列車』の主題歌となるらしい。 この映画自体は、殆ど観る価値のない、どうしようもないものだと自分は思っているが、主題歌に使わせてもらったらしい、その「Trash」と云う曲は素晴らしかった。 志磨氏は大変な文学好きらしく、その発言は一語一語、思考のフィルターを通されている感じなのが実に好もしい印象である。 自分の原作をちゃんと読んで下すっているのも、有難かった。
六月二十二日(金) 『新潮』誌の随筆、七枚にて終了し、ファクシミリで送稿。 引き続き、『文藝春秋』の日記、二十一枚にて終了、送稿。共に今日の朝までが締切であったもの。 『文藝春秋』の方にも、やや長文で映画「苦役列車」について苦言を呈したが、今週は何んだかその件に関することばかり書き、喋ったので、益々この映画自体に食傷する一方となった。 が、必要に応じて、その点についてはまだまだ書くつもりである。 それが〝貫多〟流の、せめてもの宣伝協力活動だ。
この間はお蕎麦で、今回は焼肉と、何んだか自分の瀬戸際外交は、一種タカリの手口めいてきた観もある。 で、仕方なく自らこれを〝一人北朝鮮〟と称し、自嘲の笑みを浮かべてキムチをつまむ。
七月十三日(金) 十一時半起床。入浴。 夕方、神保町に出たついでに銀座へ赴く。 丸の内東映の前に佇みて、明日から公開される「苦役列車」の看板を見上ぐる。 この完成度の低い、不思議なくらいに出来の悪い映画への苦言は、もうわざわざ述べ立ててあげるのも、いい加減面倒臭くなっている。 よくよく考えてみれば、この駄作ムービーにはð ®るだけの価値もなかったのだ。自分は些か、親切すぎた。 この映画を監督した者の陰口によれば、自分は〈人を怒らせる天才〉とのことだが(どこかで聞いたような、陳腐な評だ)、なれば該監督者は、さしずめ〈被害者ヅラをする小名人〉、〈原作者を憫笑させる小達人〉と云うべき御仁で
内容も実に先生らしい、周囲に対する口の悪い優しさと思いやりに満ち溢れ、しっかりギャグも盛り込まれている。 復活するまでは面会を謝絶し、決してご自身の辛気臭い姿を他者には見せぬ、その先生の江戸っ子気質にはつくづく勇気付けられるものがある。静養を余儀なくされていた期間中、一番辛かったのは先生ご自身であったのに。 もう安心である。高田先生は大丈夫だ。本当に良かった。
表紙に自分の名前も大きく出ているので、驚いて中を確認したが、載っているのは、やはり先日コメントした〝意中の総理〟についての短い発言のみ。 夜、新宿バルト9に、映画「苦役列車」を観にゆく。 先般、三十枚購入した鑑賞券(無料で貰った二十枚と併せて計五十枚)は、あっちこっちに配り歩いた。たまにゆくサウナの受付の女の子や、ごく稀に焼豚を買うだけの肉屋のご夫婦にまで、とにかく自分に対し、映画の話題を好意的にふって下すったかたには洩れなく配り歩いたのだが、それでも五枚程余ってしまった。
七月二十四日(火) 芥川龍之介祥月命日。 十時過ぎ起床。入浴。 町田康氏の最新刊『この世のメドレー』(毎日新聞社)を半分まで読む。『どつぼ超然』の続篇にあたる、長篇小説。 夜、十条のラーメン屋で晩飯。塩バターラーメンと炒飯。 深更、手製のウインナー炒めと、オリジンのトマトサラダ、豚汁にて晩酌。 缶ビール一本、宝三分の二本。 原稿仕事が不調なので、ちっともうまくなし。
人っ気の少ない広々とした空間で安眠。やはり、やおい映画は熟睡できる。
八月十日(金) 十一時半起床。入浴。 新潮社の出版部経由で、某誌より〝風俗〟についてのインタビュー依頼来るも、思うところあってお断わりする。自分がインタビュー取材を断わったのは、過去に一度だけあったから、これが二度目のことである。が、かような不遜な真似は、この二度だけのことにしたい。 寝室にて大河内常平の『 25 時の妖精』(昭 35 浪速書房)を復読。この無神経なまでに堂々とした、ヘタうまの文章がたまらない。 田中英光や川崎長太郎、大河内常平、そして石原慎太郎氏と、自分の好きな小説家の文章は、いずれもこの点で共通の深い魅力を持っている。自分が憧れつつも決して真似ることのできない、八方破れな捨て身の文体の輝きだ。
八月二十二日(水) 十一時半起床。入浴。のち、二時間弱サウナ。強制発汗で体温を下げたら、少しく体調回復す。 文春文庫版『小銭をかぞえる』七刷の見本届く。 水谷準『獣人の獄』(昭7 新潮社)を二十数年ぶりに再読。 『文藝春秋』十月号用の短文二枚を書いて、ファクシミリにて送稿。 此度 の中国人による尖閣諸島上陸について。 深更、缶ビール一本、宝三分の二本。 手製の牛切り落とし肉のウスターソース炒めと、パック詰めのマカロニサラダ。 最後に、オリジンの白飯の上にシーチキンを載せたツナ丼と、カップのしじみ汁。
なぜなら、「苦役列車」をタイトルに冠した以上、その二次作成物にはやはり訳のわからぬしぶとさと、ゴキブリ並みの図々しい生命力が備わることを信じているが故にである。 年末の映画賞レースと、それに伴うDVD発売(の、売れ行き)が、本当に楽しみである。 夜、宅配寿司三人前。 深更、缶ビール一本、宝三分の二本。
九月二十一日(金) 午後一時起床。入浴。 夕方、銀座松屋の〈ベルサイユのばら展〉に赴く。 期間中、見にこられぬ知人に頼まれ、会場限定グッズを入手する為。 この漫画は、子供時分にテレビでアニメの再放送が夕方なぞによく流れていたが、自分は一回もまともに眺めたことはない。 が、グッズ売り場で人いきれの為、汗みずくとなり、カゴ一杯に商品をあれこれ詰め込む姿は、他人目にはまぎれもなく熱狂的な〝ベルばらファン〟として映ることであろう。 単に自意識過剰の言い草ではなく、現にそこでは三人の女性のかたが光栄にも握手を求めて下さる次第となったが、そのかたたちが自分に向けた目には、確かに〝同じベルばらファン〟の親近感のようなものが浮かんでおられた。 心中でその誤解を詫びつつ、とあれ知人(全くベルばら世代ではないのだが)が特に所望の〈オスカル〉グッズを、百点近く購入す。
今回そのゲラ返送はあえてこの者宛に、この者の流儀に合わせた些か非礼なかたちでもって、直接ファクシミリを流してやったが、しかし世の中、変わった奴もいるものである。映画界にしろマスコミ界にしろ、エチケットを弁えぬ田舎者は全く度し難い。この分では、掲載誌すら送ってこない非礼も平然とやってのけることだろう。 稿料だけは取りっぱぐれぬよう、ゆめゆめ気を付けねば。
新潮文庫版『どうで死ぬ身の一踊り』の見本と、その購入分の梱包をとく。 で、結句今回もその半数を返品し、代替品を送り直してもらうことにする。例によって、同文庫担当者の、これまで何度となく苦情を申し入れながらも一向に改められぬ不手際によるもの。 自分が本と云うものに関して(それが自著であっても)えらく神経質であることは、これは自分と表層的なつき合いのある者の間で少しく知られるところだ。 自分でも、その点は実のところ些か疎ましくも思っているのだが、持って生まれた性分は如何ともしがたい面がある。 が、それだからこそ、こちらの一種の病につき合わすかたちとなる担当者へは、事前に丁重に、なるべく背文字等にズレがないものを頒けて貰えるようお願いしている。
十月十八日(木) 午後一時起床。入浴。のち、二時間弱サウナ。 大森望氏の最新刊『新編SF翻訳講座』(河出文庫)を読む。『SFマガジン』に連載された、軽妙なエッセイ集。 SFと云えば海野十三、蘭郁二郎を読んだ程度で(イヤ、小学生時分には、姉の本棚にあった眉村卓の角川文庫もいくつか読んだ。そして、後年には田中英光の関連で田中光二氏も……)、それらも余り面白くは感じなかったような自分にも、これはその筆致の故にか、楽しく通読。 夜六時四十分、四谷三丁目にて幻冬舎の永島、有馬氏と打ち合わせ。 五年前に一度、そして四年前にもう一度、両氏とは小説の打ち合わせをしたことがあった。が、根が小説を書くのに不向きな自分は、ついぞ何も提出することができず、また没交渉となっていた。 三度目の正直ではないが、今度こそ貫多に、これまで馴染みの薄かった千駄ヶ谷界隈を徘徊させてやりたいものだ。
十月十九日(金) 午後一時起床。入浴。 郵便局にて、特別区民税の第一期分と二期分を払い込む。延滞利息込みで、併せて百七十万円。月額にすると、同年代のサラリーマンの月給分を丸々住民税に持ってかれていることになる。無論、所得税とは別個にだ。更に今年はあと三、四期がある。実に馬鹿馬鹿し。
痛風、右膝の腫れと痛みは少しくおさまる。が、代わりに今度は右の 踝 の内側に腫れが出てきた。 厄介には違いないが、しかし自分にとって、これはまだ膝よりは都合が良い。二十七歳時からの痛風持ちである自分(但、その頃は瘦身であった)は、ご多分に漏れずその発症は左右の足の親指付近や踝にみることが多いのだが、それだけにこの付近の痛みならば、多少はその付き合い方を心得ているのである。痛んでも、騙し騙しの歩行法を、その後の十八年の間に何んとなくマスターしている。 膝はこれが二回目のことだけに、どこに力を入れれば僅かにでも痛点を避けられるか、その要領をまだ飲み込めてはいない。
十月三十一日(水) 午後一時起床。入浴。 足、相変わらず。 午後五時、テレビ朝日本社へ。 到着と同時、まず深夜枠のバラエティー番組で使うと云う、挨拶文の一節を撮影込みで何枚か書く。 そののち、六時過ぎ廻しで、学生服着用のクイズ番組の収録* 12。 九時前に終了。
十一月七日(水) 午後十二時過ぎ、西新宿到着。 十二時四十五分より、石原慎太郎氏と対談。 TOKYO MXで、氏が月一回行なっている対談番組* 16 での相手として。 ゲストの選定はすべて氏の意向で決めているそうだから、自分としてはこんなに光栄なことはない。
十一月二十八日(水) 午前十時半起床。入浴。眠し。 午後二時過ぎ到着を目指し、テレビ朝日本社へ。 学生服着用のクイズ番組の、SP版収録* 18。 休憩時間に、同じく出演者の百田尚樹氏、佐戸井けん太氏、田尾安志氏とお話をさして頂く。初めてお会いした百田氏、ベストセラー作家的尊大さのない、感じのいいかたであった。
午後一時起床。入浴。 新潮社経由で、東映より『苦役列車』映画版のDVD各種が送られてくる。特典付ブルーレイ版だの、通常版だのレンタル版だの、各々四本ずつ、計十六本。 知人に配る為、少し購入しようかと思っていたが、これだけ余分があれば、わざわざ買わなくても間に合いそうである。有難し。 そう云えばこの映画、キネマ旬報の昨年度ベストテンの第五位に入り、貫多役の俳優氏は主演男優賞を獲得したとか。おめでたい限り。 が、順位については、公開時あれほど投票権を持っている御用評論家どもに褒めちぎられていて、それで何ゆえ一位にならぬのかが解せぬ。 しかし、とあれ良かった。これでDVDも、セル、レンタルともども大いに動くことであろう。一回レンタルされるごとに、こちらには使用料が入ってくるのだから、映画ファンは是非とも五度六度と、繰り返し借りて欲しいものである。
一月二十二日(火) 午後一時起床。入浴。のち、二時間弱サウナ。 夜、半蔵門のTOKYO MXへ。 九時より「ニッポン・ダンディ」生放送出演。 終了後、神保町に寄りて、またエロ本を購む。エロDVDも衝動買いす。 牛丼とカレーの合いがけ大盛を食して、改めて帰路に就く。買淫がしたし。 清水おさむ氏の漫画『美しい人生』を読む。先般、青林工藝舎の高市真紀氏が贈って下すったうちの一冊。その華麗なる内容に、ただただ圧倒される。
一月二十四日(木) 午後一時起床。入浴。夕方、一時間サウナ。 夜、連続手淫。たまには良し。
まがりなりにもこちらは文章を綴ることで生計を立てている。それを可能たらしめているのは、表現に関して最低限のルールを踏まえているからだ(ルールとは規制やタブーと云ったことではない。表現にルールはないなぞ云うのは、自身を〝何ものにもとらわれない芸術家〟と思われたい者のハッタリに過ぎず、そう云う本人もプロである以上は、やはりこのルールを踏まえているはずだ)。対外的に文を書き、言葉を発する際には絶えずこのルールを念頭においた上で、自身の考えを表明している。その程度の客観性を内に持っていなければ、土台、小説なぞ書けはしないのである。
傍目からみれば、そのときの自分は無意味な極論を声高に主張しているように映ったかもしれない。だが、何もこちらは自分の主張が絶対のものとは思っていないし、それはあくまでも自分のみの意見として、先のルールにのっとって発言している。 糾弾するのは勝手だが、ただ自己の保身にのみ汲々としている教職者ごときに、〝人権上許されない発言〟だの、〝不適切発言〟だのとの一律的な杓子定規の指摘のもと、訂正やら謝罪やらを強いられる筋合いはない。
非公開の、特定少数の場において、たかが中卒のクズの一私小説書きの、何んら差別的意図はない意見にさえこの過敏な反応は、些か常軌を逸しているであろう。
無論、温和な自分はにこやかにそれに答え、(いい年こきやがって、馬鹿野郎が)と、お腹の中で嘲けってやったに過ぎないのだが、しかしまあ、初対面のゲストに対する挨拶がこれなのだから、つくづく学校教育とはおぞましいものだと思わざるを得ない。こんなのの体制下で教育とやらをうけて一流大学を出たのが、さしずめ某文庫の新任部長や、その部下の、例の何をか況んやのうらなり編輯者のごときお利巧バカにでき上がってゆくのだろう。 お寒い話である。
二月十三日(水) 十一時起床。入浴。のち、二時間弱サウナ。 何がなし体がだるく、帰宅後、寝室にて横になる。 夜、宅配のチラシ寿司を二種食べたあと、風邪薬を服んで一眠りす。 午前零時前に再び起き、ノートを拡げるも、はかがゆかず。 明け方五時、またもや今回も白旗を掲げる流れを予感しつつ、燗酒五合を飲む。
終日在宅するも、本を読む気にはなれず。 江戸川乱歩のテレビドラマシリーズのDVDを、四本眺めて過ごす。 深更、カルピスサワー一缶、黄桜辛口一献五合。 手製の目玉焼き三個と塩辛。冷凍食品のハンバーグ。 最後に、ペヤングソース焼きそばを食べて就寝。 右の歯でしか嚙めぬので、何を食べても美味くない。
朝六時、カルピスサワー一缶、黄桜辛口一献五合。 レトルトのビーフシチューと、チーかま二本、ツナ缶、塩辛。 最後に、赤いきつねをすすって寝る。
なれば原点の該誌で続きを載せてもらいたいところだが、そうは云っても、かような五流の書き手の、ただ起きて飲み食いして寝るだけを記した全くのやおいな駄文を採ってくれようはずもないし、何より、先には一年間連載を続けさしてもらっていた自伝エッセイみたいなのを、勝手に無断で(文字通り、〝勝手〟に〝無断〟なかたちではあった)止めてそのままにしてしまった前科もある故、やはりこの望みはかなり虫の良すぎるきらいがある。
解説 玉袋筋太郎(芸人) 賢太先生、早すぎるよ。 もっと年取って、六十代、七十代で暴言を吐いている姿を見たかったよ。 同い年で、おたがい長い雌伏期間を経ているのも一緒、学歴もなく、なんとか世に出ることができたのも同じで……とても共通項の多かった賢太先生のことを、俺は勝手に尊敬していた。 そもそも最初に意識したのは、高田文夫先生から「面白い奴いるよ」って教えてもらったときだった。
ただ、なかなか会う機会がなかったところ、フジテレビの「ボクらの時代」という番組で伊集院光と出演する機会を得て、初めて会うことができた。自由にしゃべることができる番組でもあり、そこで意気投合して、せっかくだからと、さっそく有名な文壇バー「風花」に飲みに行った。
生き方はガチンコなんだけど、やっていることは最低な貫多を、もっと読みたかった。 常々、賢太先生は「五十代で死ぬ」って言っていたけど、ベタに本当のことになってしまった。若くして急逝して英雄視されるのをもっとも嫌っていたくせに。 でも、時代の 寵児 としてテレビでももてはやされ、いじられたりもしていたけど、最後は作家としてマス目に戻っていった姿勢は、立派だと思う。 -
「夜、買淫。帰路、喜多方ラーメンの大盛り」の描写がやけに少ないと訝しんでいたが、どうやら掲載媒体の検閲があった模様。「夜、連続手淫。たまには良し」は笑った。
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2022/11/19購入
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やっぱり西村賢太さんの作品は生々しく、悶々と生きている!って感じに仕上がっている。
これだけ暴飲暴食を続けていれば残念だけど短い人生だったのだろうと安易に想像出来てしまう。
それ程までに日常(日乗)を飾らずに生々しく書き綴った作品は他にないと思われる。
西村賢太ワールドが炸裂している。 -
北町貫太ではなくて西村賢太の日記