蜘蛛ですが、なにか? 蜘蛛子四姉妹の日常 (6) (角川コミックス・エース)

著者 :
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 16
感想 : 1
  • Amazon.co.jp ・マンガ (178ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041130537

作品紹介・あらすじ

優雅で快適な生活を手に入れるべく、試行錯誤する四姉妹たち! だが学園世界に転移させられ、突如として学園生活が始まる!? 魔物や魔王がクラスメイトの学園生活で、テッペンを目指す四姉妹たちだが……!?

感想・レビュー・書評

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  • 「仕舞い」にするには時期を「逸」した全「六」巻。

    まずはお疲れ様でした。
    こんな無茶な題材とシチュエーションの縛りありきで六巻分もネタを出し続け、独自の世界観を確立された「グラタン鳥」先生はギャグ漫画家として相当な腕前だと断言できます。
    出発点さえ間違えず、充電期間と準備期間さえ十分に取れれば名作を世に送り出せることでしょう。

    なお、この六巻の評価点としては「パペット・タラテクト・シスターズ」がとにかくかわいかった。
    そこに尽きます。彼女たちだけにカメラを合わせても面白いかもしれません。
    セリフなしのサイレント劇でいくらでもお話を回せそうなポテンシャルを感じましたね。

    ですが、ここからは酷評します。今回に限ってはフォローを入れるつもりはありませんのでご注意を。
    本作に満足している方、大いに笑った方、余韻に浸りたい方は読まないでください。
    結論からいえば四姉妹にちなんで四巻で留めておくべき漫画だったと思います。

    逆に言えば、四巻までと割り切れば私を含め大抵の読者の方は大いに楽しめるギャグ漫画でした。
    いままでの巻のレビューで思うことは吐き出しているので評価点についてはそちらをご照覧ください。

    反面、五巻からはネタ切れに悩まされたのか、明らかにネタ出しに苦慮されていた形跡が見て取れます。
    アニメ化に合わせた刊行ペースの反動を抜きにしても更新間隔は目に見えて落ちていましたし。
    言ってはなんですが、ここでぶっちゃけますが。五巻で満を持して投入された魔王アリエルのキャラクターも本編のそれとかけ離れていました。「体担当」を取り込んでいない変質前と考えてもなんか違う。

    全般的に主人公四体をはじめ、登場するキャラクター(モンスター)たちはマスコットだから、誰も彼もがゆるくかわいく、あたまわるくても許されるだろうって雰囲気に甘すぎた作品だったと思います。
    ナマモノめいたマスコットたちのシュールでブラックな寸劇は、繰り返し過ぎたことでネタも切れてしまったのでしょう。マンネリにもなって縮小再生産になったのでしょう。

    ペカトットもタニシも擦り切れるほどに使い倒されました。
    もはや新鮮味が感じられませんでした。突拍子の無さで虚を突くことはもう叶いません。

    だから本編から魔王などの、人間ベースの人気キャラに出演してもらおうとしたのでしょうね。
    けれど彼女たちは、シリアスさを抜きにしては成立しえない相応のバックボーン――、明確な設定と思考を備えたキャラクターです。能天気なだけのスピンオフにそれらを外して投入するとバグるんです。

    その上、話を進めるわけでもなく、以後レギュラー格に加えるわけでもなく、一発ネタやゲスト出演として一時的に登場いただくだけというのは正直中途半端だったと思います。
    彼女たちが加わっていけば物語に広がりは見せたのでしょうが、閉じた世界で展開していくこのスピンオフ・ストーリーのこと、どのみち最初から詰んでいました。新展開もどっちつかずなものばかり。

    あと私個人の感想と断っておきますが、原作へのリスペクトがまったく足りないと言わざるを得ません。
    少なくともあらすじにも載っている、六巻の冒頭を飾る学園ネタ(連作)は本編の舞台裏を思えば、間違いなく絶対に使っちゃいけないシチュエーションでした。

    間違いなく、私自身が一巻のレビューで述べた通りの「絶対茶化してはいけなかったりするポイント」を踏まえたネタだったと思います。ネタバレなので詳細を述べることはしませんが。

    それらは主人公「私」の原点である平進高校の教室での昔日の風景を思い起こせば絶対に出せない、おぞましいネタです。このパートを読んで自分は全然笑えなかったというか、むしろ怖気が走りました。
    作品のそもそもの仕掛け人である邪神「D」の視点に立って考えればむしろやりかねないんですが、これをホラーではなくギャグとして出した作者の神経が信じられないというか。

    また、この六巻では書籍版最終巻まで読んでいないと出てこないネタまでさりげに組み込んでいました。
    よって作者が原作を読んだ上でネタを出していることは確定です。
    この時点で私は本作への期待と、作者が面白いものを出してくれるという信頼を捨てたんだと思います。

    冒涜の極みというか、悪意の塊というか……。
    あとD自体、とても魅力的なキャラクターなだけに盤上に降ろして一緒にわちゃわちゃしたくなるのもわかるんですよ。
    ただ、彼女は本編の時点からして、かなりギリギリのバランスで成立していたキャラです。

    舞台裏にいる仕掛け人だからこそ許された万能のキャラクターが表舞台に立ってしまうのは拙い。
    そうなってしまえば、物語は終わりに向かうしかなかったのかもしれません。

    それからDのことを本編そっくりそのままに、ほとんど痛い目に遭わず他者を振り回すだけのポジションに置きたくなるのもわかるんですよ。
    ただ、そういうタイプのキャラはギャグマンガに限らず鬼門というか、どうしても不快に思われがち。

    Dが主人公の姿を模してシュールでブラックなネタに巻き込まれようと関係ありません。設定上も一読者の感覚としても、もちろん本人にとっても、単なるゲームのアバターが焦げ付いた程度としか思えない。
    どうも虚しさの方が募るんですよ。彼女はこの世界で苦楽を共にする仲間にはなりえないんです。

    繰り返すようですが、挑戦的な姿勢を買えたのは四巻までです。
    漫画としても色々な試みがされていて、巻が進むたびに楽しみがやってきました。
    何が飛び出すかわからない奇想天外なネタの数々に驚きをいただけましたから。

    けれども、以降はキャラもストーリーも慣れ親しんだ環境に安住して腐っていったようにしか思えませんでした。そもそもが最初から予感していた通り、無茶かつ破綻したプロットだったのかもしれません。
    時間の経過もなく、成長もしないサザエさん時空に、とにかく前進するしかなく生き足掻く姿が美しい主人公の「私」を取り合わせるのは似合わない。

    結局、ギャグ満載のスピンオフといっても限度はあるということなのでしょう。
    見境を失くして生まれた本作の世界観はあるべき感情、たとえば喜怒哀楽のうち、哀しみも怒りも皆無に等しくて、とても歪でおぞましい、能天気なだけの世界だったように思えてなりませんでした。

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