サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する (角川文庫)

  • KADOKAWA (2023年7月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784041139783

作品紹介・あらすじ

各紙誌で絶賛された新たな「宮沢賢治論」
(『産経新聞』評者・江上剛氏、『河北新報』評者・土方正志氏、『毎日新聞』評者・池澤夏樹氏)ほか
「『廃線紀行』に代表される鉄道紀行と『狂うひと』に代表される作家研究が融合しあい、比類のない作品が生まれたことを心から喜びたい」原武史氏(『カドブン』)

かつて、この国には“国境線観光”があった。樺太/サハリン、旧名サガレン。何度も国境線が引き直された境界の島だ。
大日本帝国時代には、陸の“国境線“を観に、北原白秋や林芙美子らも訪れた。また、宮沢賢治は妹トシが死んだ翌年、その魂を求めてサガレンを訪れ、名詩を残す。
他にチェーホフや斎藤茂吉など、この地を旅した者は多い。何が彼らを惹きつけたのか?
多くの日本人に忘れられた島。その記憶は、鉄路が刻んでいた。賢治の行程を辿りつつ、近現代史の縮図をゆく。
文学、歴史、鉄道、そして作家の業。全てを盛り込んだ新たな紀行作品!

【目次】
第一部 寝台急行、北へ
一 歴史の地層の上を走る
二 林芙美子の樺太
三 ツンドラ饅頭とロシアパン
四 国境を越えた恋人たち
五 北緯50度線のむこう
六 廃線探索と鉱山王
七 ニブフの口琴に揺られて

第二部 「賢治の樺太」をゆく
一 「ヒロヒト岬」から廃工場へ
二 賢治が乗った泊栄線
三 「青森挽歌」の謎
四 移動する文学
五 大日本帝国、最果ての駅へ
六 オホーツクの浜辺で
七 チェーホフのサハリン、賢治の樺太
八 白鳥湖の謎
九 光の中を走る汽車
十 すきとおったサガレンの夏

おわりに
文庫版のための長めのあとがき
主要参考文献一覧
解説 池澤夏樹

※本書は小社より2020年4月に刊行した作品を文庫化したものです。

感想・レビュー・書評

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  • 「こういう本が在る」と知った時、特段に関心を示さない場合も在れば、強い関心を示す場合も在る。強い関心を示し、本を手にした後、直ぐに紐解き始めない場合も在れば、直ぐに紐解く場合も在る。
    「強い関心を示す」ということになって、「直ぐに紐解く」ということをしたとなれば「縁が強い一冊」ということになるのだと思うが、頁を繰る手が停め悪くなって、素早く読了に至ったということにもなると「大切な一冊」ということになるかもしれない。本書はその「大切な一冊」ということになったかもしれない。
    本との出会いについては「単なる偶然」という場合も多いと思うのだが、そういう「偶然」に「強く感謝しなければなるまい」と思う場合が在ると思う。本書は正しくそういう存在になった。
    本書について、「女性のノンフィクション作家がサハリンを2回訪ねて綴った本」と聞いた。期待したとおりの部分、期待したとおりでもない部分、期待を大きく超えた部分と様々な要素が織り交じり、夢中になったのである。
    結局、先人達の旅を想いながら、現地も観て思索を巡らせるということになると思う。2017年11月の旅は夜行列車でノグリキを往復することが核となっているが、1934年に樺太(サハリン)に入っている林芙美子が綴った事柄等に想いを巡らせている。加えて鉄道関係の興味というような要素も在る。2018年9月の旅は、1923年の宮沢賢治の足跡を追う、加えて樺太(サハリン)を訪ねた中で綴った詩等を引きながらかなり詳しく様々なことを綴っている。本書の題名の「サガレン」は少し古めなサハリンの呼び方であるが、宮沢賢治が用いた語であるという。本書の基礎となったのは雑誌連載ということなのだが、連載題名が「サガレン紀行」であったそうだ。
    著者は方々を取材旅行や私事旅行で訪れて種々の作品を綴っているということだが、ロシアに縁が深い、縁が深いでもないが何度も訪ねているということでもないようであることが冒頭部で判る。初めてのサハリンだということだが、そういう「初めて訪ねて如何?」が掘り下げられることを少し期待したが、その辺はアッサリとしていた。本書は「今、この時の旅」というよりも「時空を超えて思索する」という要素が色濃いというように思った。
    林芙美子は行商に携わった母親の下で育ち、少女期から随分と旅をしていたそうだ。縁者が在るでもない東京に出て様々な仕事も経験したという。その林芙美子は作家として名を成してからも色々な旅をしていた。樺太に関しても詳しく綴られているそうだが、著者はその林芙美子が綴った樺太の旅に纏わるモノを、長い夜行列車の旅の道中に徒然を紛らわせるべく持ち込んで読み、記述されている様々な文物や出会った人達や、林芙美子御本人の身に起こった出来事や、道中で計画を変更したらしい経過等を色々と考察しているのである。
    夜行列車で辿り着いたノグリキに関する事柄は、期待していたような「初めて訪ねた方による紀行」という感だ。自身はサハリンは何度となく訪れていたが、ノグリキを訪ねる機会は設けられていなかった。それ故に興味津々だった。
    後半、というよりも6割以上を占めているように見受けられるのだが、宮沢賢治を巡る部分は「非常に深い宮沢賢治の文学に纏わる論考」という様子だと思った。教員であった宮沢賢治は、教え子達の就職を巡って大泊(現在のサハリンのコルサコフ)に在った企業を訪ねるべく旅をした。が、御本人の心境としては、前年に他界してしまった妹に纏わる想いを整理するかのような旅となっていた。鬱々とした、別れの際に渦巻いた想いが消化し切れないという様子が色濃く滲む詩を綴りながらの旅であったが、樺太に上陸してから「妹の魂が向かって、辿り着いたであろう浄土」のイメージを得たかのような様子も伺えるという。
    更にその後半部では、かの『サハリン島』のチェーホフや、チェーホフも『サハリン島』の註等で言及した農学者ミツーリにも話題が及ぶ。この辺りも更に掘り下げる余地が在ると思うが、本書では1870年頃のミツーリ、1890年のチェーホフ、1923年の宮沢賢治が栄浜(現在のスタロドゥプスコエ)周辺で、概ね同じ場所を歩いているようだという話題が面白かった。
    サハリンは色々な事柄の境界という様相を呈しているのかもしれない。先人達が綴ったモノを手掛かりに考えると、「魂」というようなモノの境界でさえあったかもしれない。大変に興味深い。
    本書は単行本化され、それが文庫化されていて、自身はその文庫を手にした、文庫には文庫版独自の著者による後書が付されている。本作の後、著者は2019年8月に3度目のサハリン訪問を敢行したそうだ。
    本作で取上げた林芙美子の紀行文に、パンを売っていたポーランド人が登場する。その同一人物が、林芙美子と殆ど同時期にサハリンを訪ねたポーランド人が綴った文章にも登場するのだという。そのポーランド人は、流刑で入ったサハリンでアイヌの研究を進めたというピウスツキについて調査をしていたのだという。第1次大戦後の独立ポーランドの指導者であった人物の実兄としても知られる。そのピウスツキは地元の女性と暮らし、子どもも設けたのだが、諸般の事情で彼らを残してサハリンを離れて、後にパリで客死してしまっていた。林芙美子と同じポーランド人に出会ったという人物は、そのピウスツキと暮らしたアイヌの女性や子どもについて調べようとしていたのだという。そういうことで、著者はピウスツキに纏わる話題を掘り下げようと考えていたようだ。ところが2020年からは感染症の問題で国外との往来が実質的に禁じられたようになり、2022年以降は事情でロシア渡航が困難になってしまい、サハリン取材は何時になったら出来るのか、見通しが立たなくなってしまったと在った。
    勝手に思うのだが、著者のサハリン取材ももっと回が重ねられると、「今、この時の旅」という内容も増えるかもしれない。如何なって行くのか判らないのだが。また、チェーホフの足跡というようなことであれば、ノグリキへ向かう列車の途中駅であるティモフスコエからバスで訪ねるアレクサンドロフスク・サハリンスキーが面白いと思う。帝政期や、ロシア革命後の日本軍による「保障占領」という時期のイメージが拡がることであろう。本書にも「保障占領」に関連の話題は在った。
    「旅」に関しては、恐らく旅人の数だけその姿が在る筈だ。「今、この時の旅」も、「時空を超えて思索する旅」も、その他に様々なモノが在るのであろう。本書に触れてそんなことも思った。
    何れにしても色々な意味で興味深い力作だ。御薦めしたい。

  • 梯久美子(1961年~)氏は、熊本市生まれ、5歳から札幌市に育ち、北大文学部国文学科卒。サンリオに入社するが、2年後に退社、友人と編集・広告プロダクションを起業し、フリーライターとして雑誌にルポルタージュなどを執筆していたが、2006年に『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、ノンフィクション作家となる。その後、読売文学賞、講談社ノンフィクション賞等受賞。
    本書は、KADOKAWAの書籍PR誌「本の旅人」(2019年7月号をもって休刊)及び月刊誌「小説 野性時代」に、「サガレン紀行」として連載された文章をもとに、2020年に刊行、2023年に文庫化されたもの。
    尚、私は著者の作品では、これまでに『散るぞ悲しき』を読み、そのスタイルには好感を持っており、本書についても手に取った。
    本書の内容は、著者が2017年冬と2018年夏の二回、樺太/サハリン(旧名「サガレン」)を訪れ、それをもとにしたノンフィクションであるが、基本的に一度目の訪問をベースにした第一部「寝台急行、北へ」と、二度目をベースにした第二部「「賢治の樺太」をゆく」は、大きく趣を異にする。
    第一部では、乗り鉄・廃線鉄でもある著者が、サハリンを縦断するロシア鉄道の本線を、南部の州都ユジノサハリンスク(豊原)から、かつての国境線であった北緯50度線を越えて、北の終点ノグリキまで、約600㎞を寝台列車で往復し、そのときの様子を綴っている。南半分が日本領だった時代(日露戦争から太平洋戦争まで)に同地を訪れた林芙美子や北原白秋らが書き残した記録を引用し、当時との違いなどを記している部分もあるが、基本的には紀行文として読むことができる。
    一方、第二部は、タイトルの通り、宮沢賢治が最愛の妹・トシを失った翌年に樺太を訪れた足跡を辿り、各地で残した詩をもとに、どのように心情が変化し、どのような思いに至ったのかを解き明かす、極めて文学的(という言葉が適切かわからないが)な内容となっている。
    私は、かつてヨーロッパを(鉄道で)縦横に旅し、今も青春18きっぷ愛用者のひとりでもあるので、第一部の、かつて存在した日本とロシアの陸地の国境線を(鉄道で)越えるということには大いに惹かれるし、興味をもって読むことができた。ただ、他方で、第二部については、宮沢賢治に特段の思い入れがない私(賢治の樺太への鉄道旅がモチーフになったといわれる『銀河鉄道の夜』は、もちろん読んだことがあるが)にとって、第一部ほどのテンションを保てなかったことは、正直に白状しておかなければならない。
    それでも、近くて遠いサハリン(ロシアのウクライナ侵攻が始まってからは尚更である)について、鉄道、歴史、文学等、多面的にアプローチした試みは面白く、それらのいずれかに興味のある向きは、一度手に取ってみる意味はあるだろう。
    (2024年3月了)

  •  サハリン、樺太、サガレンいろいろな呼び方がある。歴史的には、幕末の日・ロ雑居地状態から、1875年の樺太千島交換条約によりロシア領に、1905年のポーツマス条約により北緯50度以南は日本領に、そして太平洋戦争後、同50度以南は日ロ間に平和条約が結ばれていないため未帰属状態で現在に至っている。

     偶然だが、本書を読む少し前に、林芙美子の紀行エッセイを読んだのだが、芙美子も戦前に樺太を訪れ、鉄道旅をしていた。本書第1部は、著者の鉄道旅プラス廃線探索なのだが、主要線はそのままなのだからある意味当然だが、主に芙美子の足跡を辿った旅となっている。
     すごく面白いなあと思ったのは、芙美子は途中駅の白浦(ヴズモーリエ)でパンを買うのだが(しかも「美味しいパンだと聞いておりましたが、あまり美味しいパンだとは思いませんでした」と感想を書いている。)、著者がその後リサーチした結果、そのパンを売っていたのはロシア人ではなく、「樺太のポーランド人」だったということ。ロシアとポーランドの関係、辺境である樺太の複雑性が分かるエピソードだ。

     第2部は、著者の2回目の樺太行きだが、今回は宮沢賢治の樺太への旅がメインテーマとなる。賢治の愛読者ではないので、賢治が鉄道好きであり、樺太へも旅をしていたということを全然知らなかった。
     そして賢治の樺太旅行は、教え子の依頼という目的はあったようだが、前年に亡くなった最愛の妹トシの魂の行方を追い求める旅だったと言われているとのこと。こうした研究に関する知識を持って、著者は賢治の足跡を追いながら、その作品を読んでいく。
     「青森挽歌」、「津軽海峡」、「旭川」、「宗谷挽歌」そして「オホーツク挽歌」、「樺太鉄道」、「鈴谷平原」、「噴火湾(ノクターン)」と、賢治はその行程のさきざきで、詩を詠む。その詩を丁寧に、丹念に読み込むことで、著者は妹トシの死の衝撃に伴う宗教的な懊悩が、「青森挽歌」や「宗谷挽歌」では陰鬱に現れているが、サガレンに来て変化し、明るさが出てきたことと言う。この辺りの考察は、詩の読み込みとして説得力があり、なるほどと思わされる。

     実際に自分が行くことはないと思うが、本書を読んでサハリン(樺太)への関心が高まった。本文でも取り上げられているがチェーホフの『サハリン島』も読んでみたい。
     なお、豆知識。北海道とサハリンの面積はほぼ同じくらい(北海道が7万7千9百㎡、サハリンが7万6千4百㎡)。現在は天然ガスや石油の採掘で潤っているらしい。

  • 出張で行ったサハリンについて。梯さんの愛が伝わり、私も「あそこかー!」と面白かった。この本を読んでから行ってみてたら、違った視点からまた好きになっていたと思う。
    宮沢賢治の足跡(妹の魂を追って)も素敵だった。
    サハリンの冷たい風、おどろおどろしい海、自然豊かな景色。。

  • 俄にロシア周りの事が気になりだし、名前と地図の上でしか知らない樺太を文章で知ろうと手に取った本書。著名なノンフィクション作家だから硬派な感じかと思いきや、鉄道ヲ…ファンがゆえの、わりとミーハーっぽい動機からスタート。
    第一部は林芙美子や神沢利子、北原白秋などの旅行記と重ねながら、樺太を鉄道に乗って北上してゆく。かの島の明治大正昭和の変遷、石油採掘場や王子製紙の工場など私が知らなかった歴史を、当時の作家達の作品や人生を通して臨場感を持って伝えてくれる。共産主義弾圧の時代の凍りつくような雰囲気。楽しみながらも時代を読み解く鋭さはやっぱりノンフィクション作家ならではなのだと思う。
    第二部からが本番と行っても差し支えない。宮沢賢治が旅した樺太=サガレンを、彼の詩や童話とともに再度旅する。章ごとの樺太島のイラストが宮沢賢治のあのシルエットに見えて仕方がなかった。そう言えば彼は職業作家ではなかったのだから、常に何か別の仕事をしてきたはずなのだ。先生時代の旅である。
    私は小さいころ苦手だったのでちょっと避けて生きてきた。著者も同様に苦手意識があったそうで親近感がある。宮沢賢治が信仰的に苦悩していたのは、ほぼ大人になってから知った。『銀河鉄道の父』の映画ではちょっとアレな感じで演出されていたように思うが、妹トシの死を契機にギリギリに追い詰められ、こんな旅をしたことは知らなかった。ここまで切実に求道していたとは思いもよらなかった。
    旅程をなぞりながら都度挿入される詩や童話は、ただその作品を読むよりも没入する。またその解説が分かりやすく、説得力を持つ。漠然としていた「ほんたうのさいわひ」が少し形をとった気がする。
    鉄道ファンだからこその「実は本当に南下していたのだ!」という発見は実は画期的なんじゃないかな。いつかサガレンに行ってみたい。

    本編もあとがきも結構他作品名が書かれたり、引用されたりしてるのだが、梯さんが次に書きたいと言っているピウスツキについて書かれていた『熱源』が一文字も出てこなかったのが不思議。
    梯さんが書かれるとどんな風な人に見えるのだろう。とっても興味がある。

  • 本書は林芙美子のサハリン旅行と宮沢賢治のサハリン旅行をそれぞれ追体験する、というテーマに別れて構成されている。

    ボリューム的にも力の入れ具合的にも賢治とサハリンの方がメインなのだが、自分の興味が深かったのは芙美子とサハリンの方。なのでボリューム的にやや物足りなく、星は3つにした。

    未だに賢治や啄木にイマイチ興味を持てないのは何故だろう?ただの食わず嫌いか北国と縁遠いからなのか。

    大垣書店 イオンモールKYOTO店にて購入。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1961(昭和36)年、熊本市生まれ。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。著書に『昭和二十年夏、僕は兵士だった』、『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『原民喜 死と愛と孤独の肖像』、『この父ありて 娘たちの歳月』などがある。

「2023年 『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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