不道徳教育講座 (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店
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レビュー : 393
  • Amazon.co.jp ・本 (341ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041212073

作品紹介・あらすじ

大いにウソをつくべし、弱い者をいじめるべし、痴漢を歓迎すべし等々、世の良識家たちの度肝を抜く不道徳のススメ。西鶴の『本朝二十不孝』に倣い、逆説的レトリックで展開するエッセイ集、現代倫理のパロディ。

感想・レビュー・書評

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  • これまで作品を通して思い描いていた三島由紀夫像を良い意味で壊されます。

    芸術史上主義で正統派の作風、ボディビルで鍛え上げた肉体、割腹自殺…ストイックな人だと感じていたけれど、ユーモラスな人でもあったんだなぁ。

    花嫁探し中の三島が美智子さま(美智子皇后)とお見合いしていたと知り、さらに驚愕。

  • 『三島由紀夫のレター教室』(筑摩書房)の小気味よい洒落と毒気がたまらなかったので、こちらも読んでみました。
    書名からしてにやりとしてしまいますが、目次の各章の名前を見て、ますますにんまり。
    人の不幸を喜ぶべし、約束を守るなかれ、できるだけ己惚れよ…等々、期待を裏切らぬ不道徳な項目が並びます。

    さらに本文に進んでも、切れ味鋭い三島節が炸裂。
    不道徳のススメの体裁をとってはいるものの、三島流の道徳論・生き方論です。
    清らかな道徳を正道で説かれると「どうも胡散臭いな」と思ってしまうのですが、不道徳面から話されると説得力がある…!

    「いわゆる「よろめき」について」に書かれた男と女の違いに、ものすごく納得してしまいました。
    世にある、体だけの浮気、というものを自分が受け入れ難い理由がようやくわかりました。
    ううん、勉強になるなぁ。

  • 三島由紀夫のエッセイ

    三島由紀夫の、面白い一面が垣間見れた。ふざけているようでいて、考えさせられる部分もある、不思議な作品だった。

    不道徳を書き、真の道徳を導き出す、読んで損のない作品

  • 高校生の頃に何度も読んでいた三島由紀夫のエッセイです。
    三島由紀夫といえば、仮面の告白・金閣寺・潮騒など数々の名作を残し、割腹自殺した純文学作家というという程度の予備知識しかありませんでした。
    ですが、この本はふざけて羽目を外す三島由紀夫のもう一つの顔を見せてくれます。
    不道徳という看板を掲げ軽妙なユーモアを見せながら、ときには深遠な哲学を語り、最終的には読者を現実の社会生活に連れ戻す本書は、まるで手品のようです。
    あなたもこの本を手に取り、三島マジックをご自分の目でご覧ください。決して後悔しないと思います。

  • 読む前は著者が自分が尖っていて他人と違うことをアピールするため、目立つために思ってもないようなことを無理矢理に書いているのかとタカをくくっていたが、実際に読み進めると著者が本気で思っていることを若者へ良かれとアドバイスしている内容だった。

    既に亡くなっている著者だが読んでいると文章が生き生きとして話しかけてくれているような気がした。

    後半、自殺を戒め、自分は自殺はしない、と書いてある箇所には胸が熱くなった。

  • 昭和33年から『週間明星』で連載された三島氏のエッセイをまとめたもの。
    「女から金を搾取すべし」「『殺っちゃえ』と叫ぶべし」「沢山の悪徳を持て」などなど刺激的な題が並んでいる。

    しかしその実は逆説的レトリック。不道徳を説くほどに、道徳とは何ぞやということを問いかける。

    「人を待たせる立場の人は、勝利者であり成功者だが、必ずしも幸福な人間とはいえない。駅の待ち人たちは、欠乏による幸福という人間の姿を、一等よくあらわしているといえましょう」

  • 個人的にとても面白かった。
    気軽に読めるけれど、考えさせられる内容もあり、項によってはまた読み返したいところもあります。

  • 三島由紀夫が女性向け大衆週刊誌「週刊明星」に連載していた洒脱で軽快なエッセイ集。世間でまかり通っている良識や常識、道徳を逆手に取ってあえてスキャンダラスな言説を読者に投げかける、井原西鶴の「本朝二十不孝」をもじった刺激的かつ偽悪的な「不道徳教育講座」。例によって読んでて気になった箇所を引用すると/私も、何となく「ウソ」というドス黒いような言葉より、「正直」というクリーニング屋からかえって来たてのワイシャツみたいな白く光った言葉が好きだし、ウヌボレと虚栄心から、自分を相当な正直者だと思っている。/私も少年のころ、醜聞を持った友だちがうらやましく、自分も架空の醜聞を立てようと思って骨を折ったが、もともと臆病で、大した度胸もないことを、まわりの人たちは見抜いているから、一向スキャンダルも立たず、生煮えにおわりました。(中略)スキャンダルは決して本質をつきません。奇抜的な芸術的本質などは、スキャンダル的成功のおかげで、なかなかわかってもらえないことになるでしょう。しかし十人の人に見てもらうより、千人の人に見てもらえば、それだけ、知己を得る確率は多いわけです。スキャンダルの成功は、かくて、確率の利用なのであります。一粒選りの成功ではなくて、まず砂をざっくり箕にすくい上げて、ふるった末に、一粒でも二粒でもの砂金が発見できれば、それに越したことはありません。砂金とは真価をみとめられる本当の成功です。しかしこんな早手廻しの方法が、案外大へんな遠まわりである場合も多いのですが…。/謙遜ということはみのりのない果実である場合が多く、又世間で謙遜な人とほめられているのはたいてい偽善者です。(中略)何も自信を持てというのではない。自信とは実質を伴う厄介な資格である。誰でもなかなか本当の自信などもてるものではない。しかし己惚れなら、気持ちの持ちよう次第で、今日から持てるのです。しかしこの己惚れにもやはり他人の御追従が、裏付として必要になり、他人と社会というものが、われわれの必需品である理由はそこにあります。/世間には、流行というと何でも毛ぎらいする、ケツの穴のせまい人種がいる。(中略)流行は無邪気なほどよく、「考えない」流行ほど本当の流行なのです。白痴的、痴呆的流行ほど、あとになって、その時代の、美しい色彩となって残るのである。軽佻浮薄というものには、何かふしぎな、猫のような生命力があるのです。/「われわれはみんな、他人の不幸を平気で見ていられる程に強い」(ラ・ロッシュフコオ)健康な人間とは、本質的に不道徳な人間なのであります。/男でも、地方から上京して、ミスター・何々とかいうものになって、郷里の人たちから旗行列で送られて、何年たっても一向芽が出ず、画面の遠景をチラチラかげろうのように動いているばかりで、セリフ一つ言わせてもらえず、国へもかえるにかえれなくなって、身を持ち崩す連中は沢山います。(中略)本当の人生の夢は、一度こういうものがコテンコテンにつぶされないと、芽生えて来ないのです。/悪口の的になるのは、必ず何らかのソゴであります。外見と中身のソゴ、思想と文体のソゴ、社会と個我のソゴ、作品の意図と結果とのソゴであります。第一の無邪気な悪口はほとんど悪意はなく笑いのほうが優先している。第二の悪口は意図をまず理解し、次に意図の実現の方法を笑って、そこを批評する。そして第三の悪口は、こうなったら悪意ばかりで、笑いは一かけらもありません。などなどシニカルながら鋭く本質を突いた三島の思考が垣間見える。

  • 大人のユーモアを感じる。
    面白い!に尽きる。

  • これ、面白い。痛快。こんなに上手に、物事を逆さに考えられる人っているんだなあ、、彼が本気でそう思ってたからなのかな。毎章のタイトルでは「いやいや。。」ってなるんだけど、「あれ。。三島が正しいんじゃね。。?」ってなるんだよな。。ユーモアが光ってます。

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著者プロフィール

三島由紀夫(1925.1.14~1970.11.25) 小説家、劇作家。
東京生まれ。学習院時代から文才を注目され、1944年、東大入学と同時に『花ざかりの森』を刊行。47年、東大卒業後、大蔵省に勤務するも、翌年辞職。49年、『仮面の告白』で新進作家として地位を確立。『金閣寺』『鏡子の家』『近代能楽集』など、強固な美意識で彫たくされた作品を発表。海外での評価も高い。68年、楯の会結成。『豊饒の海』の最終回を書き上げ、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室に立てこもり、割腹自決。

「2017年 『告白 三島由紀夫未公開インタビュー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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