海と毒薬 (角川文庫)

著者 :
制作 : 駒井 哲郎 
  • 角川書店
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レビュー : 172
  • Amazon.co.jp ・本 (186ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041245255

感想・レビュー・書評

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  • 「闇の中で眼をあけていると、海鳴りの音が遠く聞こえてくる。その海は黒くうねりながら浜に押し寄せ、また黒くうねりながら退いていくようだ。」<本文P82>

     『海と毒薬』は、1958年に発表された遠藤周作の長編小説である。発表後に第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞の2つを受賞。のちに熊井啓監督で映画化されている。
     「第一章  海と毒薬」「第二章 裁かれる人々」「第三章 夜があけるまで」の三章を、気胸の患者、勝呂研究生、戸田研究生、上田看護婦の4人視点で語ってゆく。物語の中心にあるのは「F市の大学病院」でおこる権力争いと、アメリカ人捕虜を被験者とした臨床実験だ。これに対して、実験に関わるそれぞれの人間の”良心の呵責”あるいは”罪の意識”を題材に小説が組み立てられている。なお、気胸の患者は他の三人とは時系列が異なり、かなり遠巻きな視点で勝呂を見つめている。


     印象に残ったのは次の三点。
     まず「第一章」で描かれる田部夫人の手術の場面には、権力争いのために利用した患者を死なせてしまうというどうしようもない挫折感が、読者まで焦りを感じるような文体で綴られている。手術前にかけられる浅井助手の甘ったるい励ましから始まり、除骨を切り取る音が響き、患者が呻きはじめ、血液がどす黒くなり、医者はしきりに脂汗を拭かせ、ついには夫人ははじけたザクロになって横たわる。このどうしようもない挫折感がよどみないテンポで綴られる様は、読者までが当事者として手術室にいるようである。また、ことが終わってしまった後、すぐさま出てくる「後始末をしなければ」という台詞が、一層歪んだ欲望の息遣いを感じさせる。

     次に、先に引用した「闇の中で……」の箇所である。
     この引用は小説の主人公格である勝呂研究員が実験参加を要請された瞬間の場面で、勝呂の意識に投影された風景を表している。ここだけ読むと変に詩的な文章だが、この直前に柴田助教授が「アメリカ人捕虜を臨床実験に使用する」ということを切り出すまでに散々言い渋ってからのイメージと捉えると、相変わらず粘つくような闇の中にいるが、視界だけが急に開けたような、奇妙な感覚を覚える。この感覚がなんなのかはよくわからなかったが、『海と毒薬』の海はここなのだろう、と感じた。

    最後に挙げるのは、「第二章」で描かれる戸田研究生の少年時代の場面である。
    4人のストーリーテラーの中で気胸患者のみが立場的にも時系列的にも距離があることは先に記したが、内容でいえばこの戸田少年の内省がほかのどの視点よりも異質だったように思える。どことなく『人間失格』の大場葉蔵を髣髴とさせられたのは私だけだろうか。しかし”良心とは何か”あるいは”良心の呵責とはどこからくるのか”ということについて、より直接的に描いていることを考えると、ほかの視点よりも物語の中心核に近く、異質というよりも象徴的だったのかもしれない。


    「良心の呵責」とはいったい何者であるのか。殺す、死なせる、看取る、犠牲にする、礎となる。一つの死に対して、何を(どれを)感じるのか。戸田が言う。
    「あれは殺したんやないぜ。生かしたんや。人間の良心なんて、考えよう一つで、どうにでも変わるもんやわ」
    だが、勝呂にそう言い放つ一方で、彼は彼自身の中でその発言を疑い続けている。
    本作を書くにあたって遠藤は、『神なき日本人の罪意識を問う』 と主張している。
    我々の意識の中に刷り込まれた罪の教えは、どこまでが本当の罪なのだろう。

  • 気になりながら読む機会がなかったが、皆の意識から忘れ去られようとする戦中秘話(実話)を元に、極限状態に置かれた人間の心理、生と死を取り上げて…。

    はたして人間は、生殺与奪の権利を持つのか?との問題を提起。
    似たような話(実話)も、数多く隠され秘められたことと予想される。敢えて小説に取り上げた作者に敬意を。

  • 遠藤周作氏の作品は、実はこれがはじめて。父から私の名前をしゅうさく(字は違うが)にしようとしたことと、由来は遠藤周作氏ということを聞いていたので、ずっと読もうと思っていたが、このカバーの雰囲気に思わず手にとって購入した。
    生体解剖事件があったことはもちろん知っているが、詳しく書物を読んだり学んだ記憶は無い。相川事件をモチーフとして、氏が作り上げた作品と解説にはあったので、当時の状況や雰囲気を感じるには取っ掛かりとして良かったと思う。
    私の住む町は戦争と深くつながりのある町なので、この夏休み時期には戦争に関する教育を受ける。
    そのときに加害者としての日本人の話はあったのか記憶に残っていないが、少なくともある年齢までは被害者としての日本のことしか頭に無かったと思う。
    いろいろな戦争に関わる作品があると思うが、若い人ほどこの作品に触れて、戦闘の現場とは違ったところで起こった戦時のことを知っておいてほしい。
    実際に自分がその立場だったら、どういった決断をするだろうか。間近に迫った町の慰霊祭のときまで、考えてみよう。

  • ずっと読みたいと思いつつ手をつけられなかったのが、角川×かまわぬの魅力的なカバーに背中を押されて購入に至りました。きっかけって大事ですね。
    題材も興味深く、こういう小説でなければ触れる機会のない内容でしたが、特に戸田の優等生の内面が非常にリアルに描かれているように感じました。医師になるような優秀な人材は、彼のような感覚を持つことがないとは言えないのかも…と思ったり(もちろん全ての医師がそうだとは思いませんが)。看護士の告白については、女性読者から見ると、作者が男性なだけにやや観念的な内容に思えました。
    全般的には、読み継がれているだけあって、非常に印象に残る作品だったと思います。

  • 重苦しい戦時中の空気がそのまま描かれた作品。読んでいて息が詰まりました。人体実験のシーンなどはあまりに描写が細かく読んでいて貧血を起こしかけたので少し流しました。主だった登場人物は勝呂、戸田、看護婦(名前は失念)でしたが、三人は同じ戦時中に行き、同じ場面をそれぞれ違った見方で見ています。目を背けた勝呂、感覚の麻痺した戸田、ゆがんだ優越感を感じる看護婦。人は極限状態に置かれた時、本当に無力なんだ…と感じました。ヒルダ夫人を通してキリスト教的な神の価値観も描かれていますが、そこにある現実を素通りしていく、無垢で残酷な神にも見えます。

  • 事実の告発が目的なのではなく、罪の意識を感じることとはどういうことなのかを追及している小説でしょう。
    事件そのものはショッキングであり、それだけが独り歩きしそう。その危険性を遠藤周作は予見しただろうか。つまり、自分の意図するところと違うところで、世間の話題と鳴らなかっただろうか。
    小説の真意を理解するのは難しい気がする。

  • 罪悪感についての描写がとてもリアルで身に迫るものがありました。戸田と勝呂どちらの気持ちも人は併せ持っているものではないかと思います。戦時下で善悪の判断が曖昧ななか、気だるい遣る瀬無さに包まれながらも、踏み留まろうとする勝呂と、雲と海の詩が印象的でした。
    運命から自由にしてくれるものを神と呼ぶならば、という表現が好き。

  • 全体が重々しい空気に包まれていて、なかなかページが進まなかった。

    物語は戦時中に行われた、アメリカ人捕虜の生体解剖。
    生きたまま、解剖を行い実験をするという異常な事件。

    ・血液に生理食塩水を注入し、その死亡までの極限可能量を調査
    ・血管に空気を注入し、その死亡までの空気量を調査
    ・肺を切除し、その死亡までの気管支断端の限界を調査

    この異常な状況と、そこにある人間の異常な心理、または正常な苦悶・・・
    いや、そもそも、この異常や正常という判断は、当事者と外部者の世界で大きな隔たりがあるだろうから、的を得ない。
    あるいは、誰もが心に抱えている心理的な矛盾の顕在化というのだろうか。

    この生体解剖とまではいかなくても、現代の医療では、似たようなことが行われている気がしてならない。

    題材となったのは九大医学部生体解剖事件(「相川事件」昭和20年)。

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    内容(「BOOK」データベースより)
    腕は確かだが、無愛想で一風変わった中年の町医者、勝呂。彼には、大学病院の研究生時代、外国人捕虜の生体解剖実験に関わった、忌まわしい過去があった。病院内での権力闘争と戦争を口実に、生きたままの人間を解剖したのだ。この前代未聞の事件を起こした人々の苦悩を淡淡と綴った本書は、あらためて人間の罪責意識を深く、鮮烈に問いかける衝撃の名作である。
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  • 「海と毒薬」遠藤周作
    文学。灰色。
    第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞。

    くらい映画をみているような読了感です。
    九大医学部生体解剖事件を題材に、医学者の心理を叙情的に描く。
    罪の意識を抱きながらも茫漠と手術に立ち合うことを選択した医学生を主役に据えています。
    戦時下の〈異常な〉状況下でありながら、人間はどうしても人間であり、教授の無気力、助手の功名心、看護婦の敵愾心、同期医学生の罪悪感の欠如と、主役本人の罪悪感の渦巻く様が、手に取るように描写されますが、安直でないのはどうしてだろう。

    勝呂医師の罪悪感の意識は、我々日本人がもつ、優柔不断ながらも〈悪いこと〉をなしてしまった時の自責の重苦しさを反映しているように見える。
    でも、実はその周囲の教授/助手/看護婦/同僚の心理描写、解説の言葉を借りるなら「罰を恐れながら罪を恐れない日本人の習性」にこそ、初めに書いたようにくらい(昏い)印象を与えられる気がします。
    冒頭の場面での、給油所の主人や洋服屋の戦中談には、戦争という非常時に人を殺してのち、日常に帰ってきた市井の人びとの姿を描いていますが、
    対比して生体解剖をした面々の、非常時にあってさえなお非人道的な〈罪〉を犯し、日常に帰ってこれなくなった堕落、
    そしてその中間にいる勝呂医師の苦悩によって、物語が深いです。

    意外と一気読み。(4)

  • 腕は確かだが、無愛想で一風変わった中年の町医者、勝呂。彼には、大学病院の研究生時代、外国人捕虜の生体解剖実験に関わった、忌まわしい過去があった。病院内での権力闘争と戦争を口実に、生きたままの人間を解剖したのだ。この前代未聞の事件を起こした人々の苦悩を淡々と綴った本書は、改めて人間の罪責意識を深く、鮮烈に問いかける衝撃の名作である。


    ジャケ買いだけど、正解でした。

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著者プロフィール

遠藤 周作(えんどう しゅうさく)
1923年3月27日 - 1996年9月29日
東京生まれ。父親の仕事で、幼少時代を満洲で過ごす。帰国後にカトリックの洗礼を受けた。1941年上智大学予科に入学したが、中退。慶應義塾大学文学部仏文科入学・卒業後、カトリック文学を学ぶためにフランスへの留学。帰国後の1954年『アデンまで』を発表し小説デビュー。1955年『白い人』で芥川賞を受賞し「第三の新人」として脚光を浴びた。
1958年『海と毒薬』で第5回新潮社文学賞及び第12回毎日出版文化賞、1966年『沈黙』で第2回谷崎潤一郎賞、1979年『キリストの誕生』で第30回読売文学賞評論・伝記賞、1980年『侍』で第33回野間文芸賞などそれぞれ受賞。1995年に文化勲章を受章している。
上記受賞作のほか、1993年刊行『深い河』もキリスト教と日本人をテーマにした代表作と見なされており、映画化された。60年代以降「狐狸庵山人」(こりあんさんじん)を名乗り、様々なエッセイを記した。数々の作品が欧米で翻訳され高い評価を受けており、存命中ノーベル文学賞候補だったこともよく知られている。

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