天と地と〈4〉 (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (315ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041273135

作品紹介・あらすじ

天文22年(1553)、長尾晴景が府中で病死した。その葬儀を済ませた景虎に、信州からもどった諜者が、武田晴信の北信進攻を知らせた。そして8月、景虎は柿崎和泉守を主将とする軍を川中島に出動させたが、晴信の攻撃でさんざんに撃破された。戦さを始めて、初の不覚だった。憤りと恥辱に体を火のようにさせながら、景虎は、晴信の武略に舌を巻いた。甲信両軍の対決、引き分けがくり返されるうち、時は過ぎ、永禄2年(1559)、京の将軍足利義輝の密使が景虎に至急の上洛を告げて来た。三好長慶、松永久秀の専横に将軍の権位が失墜、政情不穏の気配だった。景虎は、武田晴信に和睦を固める使者を差し向け、4月、青葉の越後路を京に向けて出発した。

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  • 内容
    天文22年(1553)、長尾晴景が府中で病死した。その葬儀を済ませた景虎に、信州からもどった諜者が、武田晴信の北信進攻を知らせた。そして8月、景虎は柿崎和泉守を主将とする軍を川中島に出動させたが、晴信の攻撃でさんざんに撃破された。戦さを始めて、初の不覚だった。憤りと恥辱に体を火のようにさせながら、景虎は、晴信の武略に舌を巻いた。甲信両軍の対決、引き分けがくり返されるうち、時は過ぎ、永禄2年(1559)、京の将軍足利義輝の密使が景虎に至急の上洛を告げて来た。三好長慶、松永久秀の専横に将軍の権位が失墜、政情不穏の気配だった。景虎は、武田晴信に和睦を固める使者を差し向け、4月、青葉の越後路を京に向けて出発した。

  • 景虎、川中島で晴信と合間見えん

  • 天文22年(1553)、長尾晴景が府中で病死した。その葬儀を済ませた景虎に、信州からもどった諜者が、武田晴信の北信進攻を知らせた。そして8月、景虎は柿崎和泉守を主将とする軍を川中島に出動させたが、晴信の攻撃でさんざんに撃破された。戦さを始めて、初の不覚だった。憤りと恥辱に体を火のようにさせながら、景虎は、晴信の武略に舌を巻いた。甲信両軍の対決、引き分けがくり返されるうち、時は過ぎ、永禄2年(1559)、京の将軍足利義輝の密使が景虎に至急の上洛を告げて来た。三好長慶、松永久秀の専横に将軍の権位が失墜、政情不穏の気配だった。景虎は、武田晴信に和睦を固める使者を差し向け、4月、青葉の越後路を京に向けて出発した。

     2003年11月9日再読

  • 読了。

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著者プロフィール

(かいおんじ・ちょうごろう)1901~1977。鹿児島県生まれ。國學院大學卒業後に中学校教諭となるが、1929年に「サンデー毎日」の懸賞小説に応募した「うたかた草紙」が入選、1932年にも「風雲」が入選したことで専業作家となる。1936年「天正女合戦」と「武道伝来記」で直木賞を受賞。戦後は『海と風と虹と』、『天と地と』といった歴史小説と並行して、丹念な史料調査で歴史の真実に迫る史伝の復権にも力を入れ、連作集『武将列伝』、『列藩騒動録』などを発表している。晩年は郷土の英雄の生涯をまとめる大長編史伝『西郷隆盛』に取り組むが、その死で未完となった。

「2021年 『小説集 北条義時』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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