悪魔の手毬唄 (角川文庫)

著者 : 横溝正史
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (1971年7月14日発売)
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  • レビュー :108
  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041304020

悪魔の手毬唄 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 金田一耕助シリーズの長編ですが、複雑すぎる多くの登場人物と人間関係に頭が混乱しましたが、なんとか終盤になるにつれて整理されてきました。
    そして、その複雑怪奇な人間関係が整理されるにつれて事件の全貌がみえてくる、なかなか面白いミステリー作品でした。それにしても里子という登場人物がせつないです。
    また、磯川警部の恋まで見破るとは金田一耕助恐るべしですね。

  • 題名に反して、おどろおどろしいというのではなく「訳がわからない」事件にどんどんと引き込まれる。「これはアレかな?」と思わせるトリックに見事に引っかかった。妙に映像的というか、光景を目に浮かばせる描写。

  • トリックよりも人間関係が秀逸なのが横溝正史だと思います。これもその一つ。恨みつらみとか、悲しみや怒り、それに家族への愛など人が捨てきれない業が描かれています。手毬唄も不気味です。それにしても日本の童謡ってちょっと怖いの多いですよね?

  • 辺境の山村で起こる連続殺人事件。行方不明になった旧家の隠居、そして若い娘が一人二人と手毬唄の見立てのごとくに殺されていく。犯人の動機は一体何なのか?目的は?そして十数年前の殺人事件の真相とは? 見立ての手毬唄にすっかり持ってかれて、犯人もトリックも全然わからんかった。日本の推理小説は、犯人の動機が難しく推理しにくい!という言い訳。

  • まさに横溝ワールドといった作品。
    手毬唄の歌詞になぞらえて形作られた見立て殺人。
    犠牲者たちは次々と奇妙に飾り立てられていく。
    そして登場する、誰ひとり正体を知る者もいない庄屋の妻だったという老婆。
    さりげなく張りめぐらされた伏線の数々。
    最大の謎は20年前に起きた殺人事件にある。
    すべての発端はここにあり、金田一がその謎に迫っていく。
    手毬唄の歌詞を知らなければ「見立て殺人」だとは誰も気づかない。
    そして、村人のほとんどがすでに手毬唄の歌詞を知らない。
    何故そんな中、あえて「見立て殺人」にこだわったのか。
    古き時代の因習や閉鎖的な空気感が物語を覆っている。
    謎解きそのものはそれほど驚かなかったけれど、そこに至るまでの複雑な人間関係に少々疲れすぎて・・・。同年代の娘たちの違った個性が面白かった。
    それぞれの人間性が細かな描写でわかりやすく伝わってきた。
    真犯人の身勝手な動機がどうにも納得がいかない。
    もっと違った手段がいくらでもあっただろうに・・・と思うのは、現代感覚に染まった考えなのだろうか。

  • 金田一耕助ファイル#12

    ドラマで内容は知っているにも関わらず、登場人物が多いので中々混乱しました(正直、登場人物一覧が欲しかった)。
    金田一耕助の推理にも少し疑問が残ったので、また再読するつもり。

  •  昭和30年、岡山県の鬼首(おにこべ)村で起きる若き女性の連続殺人。それは23年前、同じ村で起きた男性殺人事件と詐欺事件に大きく関わっていた。
     時代を超えた2つの事件を結ぶ糸は、言葉巧みな色男、下半身ジャジャ漏れ男に翻弄された女の業か?。

     金田一の目線=謎解き目線ではなく、本作の犯人、あるいは犯人の子供達の目線で物語を見る方が、心に迫るものがあるのでは…。そう感じる推理小説である。

     一方、戦前農村地域での身分差、男女差。差別の一部に反旗を翻しつつ、その差別の在り様に上手くタダ乗りした恩○○○の所業。この実感に迫る叙述は見事だ。

  • 昭和30年7月

  • 途中で挫折した

  • 『ひとり横溝正史フェア』、つづいては「悪魔の手毬唄」。
    こちらも有名な作品。

    金田一耕助は、鬼首村の外れの湯治場である亀の湯に磯川警部の紹介で逗留し、鬼首村のことを知って行く。
    村の勢力は由良家と仁礼家に大きく二分されており、かつては庄屋筋であった多々羅家は勢いを失ってしまっている。
    そんな村では戦前に農村の不況につけ込む詐欺が起きた。しかもその詐欺を働いた男、恩田は、詐欺を暴こうとする亀の湯の女将の夫を殴り殺して消えた。
    そして今、鬼首村に恩田の娘である人気歌手大空ゆかりが帰ってくる。
    すべての役者が揃い、鬼首村に再び惨劇の幕が切って落とされる。

    この作品でも横溝正史がよく扱う、閉鎖された村での貧富の差や差別といったものが描かれている。
    差別に関しては、現代のわたしには想像も出来ないほどの凄まじさが戦前戦後にはあったのだろうと思う。それも閉鎖された環境であれば、そこから脱け出すことも叶わず、人間らしい扱いをされないまま生きるしかないのだろう。その辛さや絶望、恨みや妬みなどは想像することも難しい。

    村に伝わる手毬唄になぞらえた見立て殺人がつづいて起きる。
    「獄門島」でも見立て殺人が起きていたが、こういったものやトリックは推理作品らしい派手さがある。
    ただ殺すだけでは足りず、死体を使って自分の思いを表そうとするというのは顕示欲の強い異常な心理だとは思うけれど、そこまで犯人を追い込むような何かがあったことが哀しい。

    この作品も映像化されており、口に漏斗を咥えさせられ枡から落ちる水を飲まされている死体など横溝正史らしい残酷シーンが満載だったような記憶がある。
    映像にすることを考えて書いた作品ではないだろうけれど、視覚への衝撃が強烈な作品が多いため映像化したときの効果は大きかった。

    この作品は金田一耕助に近い人物が書いている形で語られているのだが、誰がどのような気持ちで書いていたのかが最後の一行でわかる。
    その一行を読むと何とも切なさを感じる。

    横溝正史のラストは、金田一耕助の好みで犯人を見逃すといったものと、犯人には罰が下るものと大きく分けてふたつあるが、この作品では後の方の形で終わる。
    わたしはこういった終わり方の方が好みなので、切なさは残るものの良い終わり方と言える。
    やはりどんな理由があっても、ひとの命を奪っておいて何もなしは頂けない。
    罪は償わなければならないと思うのだ。

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