遠き落日 下 (角川文庫 緑 307ー15)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041307151

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  • 野口英世の生涯を描く後編。
    白人女性と結婚するも研究への熱と浪費癖は相変わらず。
    最終的にはアフリカにて、自らが研究している黄熱病に倒れて生涯を閉じる。
    とにかく研究にかける姿勢はやり過ぎなくらいの一生懸命さ。
    ただ、その一方で浪費癖が治らないという天才とは対照的な人間味を持ち合わせていた英世。
    詳細な彼の生涯を知ることが出来て、良かったと思う。

    2016.2.6

  • 劣等感も持ちつつ自信も持ち合わせ異国で一人頑張る英世の姿には感動すら覚える。真実の姿をあまりにも知らなすぎた。

  • 本書の中にも有るように、野口英世は「よく勉強をし、仕事をしていました。あんなに働く人を、私は生涯で一人も見たことがありません。もちろん他の白人の医師達など問題になりませんでした。」と努力家だと思っていたら、金を借りまくり自分のしたいことを成し、金が出来ても女などにすぐ使ってしまうなど、「負」の面も見れ、人間臭さが印象に残る。昔はこう言う秀でているが、一方でどうしようもないところがある人でも、みんなで支援していく心が有ったのだなあと思う。実際に金をせびられ、成功してもさっぱり返してくれない目にあっても、それで病気に苦しんでいる人を助ける支援が出来たと思えば、素晴らしいことだ。
    本書を読んでいると「成せばなる」と感じる。


    【印象に残る】
    アメリカに行きたいが金がない。嫁にもらってくれと言う娘の両親から、貰ってくれればアメリカ行きの旅費は出すと言われ結婚。

    母にはよくしてもらったが、英世自信は金があると遊んでしまい。親孝行は殆どしなかった。

    中国行きの時も、アメリカ行きのの時も、行くことが決まると旅支度をする前に壮行会と称して、行く金を全部使ってしまい、結局知人に借金をすて何とか行くことになる。

    後期では、黄熱病の病原菌発見。しかし、後日それは黄熱病の病原菌では無いのでは?との指摘が入り、野口自信も決定的な反論はできず、確証は詰めきれずに歳月が経つ、そしてアフリカにて黄熱病にかかり、
    「結局、われわれは黄熱病については、なにもわかっていないんだね。」
    と言う思いを残し逝く。

    【功績】
    梅毒菌の純粋培養、麻痺性痴ほう症患者の脳組織に梅毒菌を発見

  • 小説は上下に別れているが・・・
    『上』 を読んだときには 野口英世はどういう男だ・・・という
    生活破綻者に対する 怒りみたいなものが存在したが・・・
    『下』 を読んだときには いつの間にか
    野口英世 擁護派に変わっていた。

    アメリカに行っても 日本人を貫き通した という意味で
    いじらしくもある。
    ほとんど眠らないで 研究に従事する 野口英世の
    すざましいばかりの 努力は 
    (短期間で発表した論文数が多い・・間違いも多いが)
    日本人として馬鹿にされたくない という想いが
    その中につまっている。

    野口英世がなぜ窮屈な伝記にいなくてはならなかったのかは
    日露戦争から第2次世界大戦への・・・
    学問で功をなりとげ、母親に尽くす 野口英世という
    存在が 道徳教育に必要だったからだろう。
    野口英世は 生身のニンゲン だった。
    貧しい家庭に育ち・・・その中から必死にもがき苦しむ
    そして、手は火傷をおって・・自由が利かない。
    アメリカに行って成功し、
    ロックフェラー研究所を 有名にした業績が存在している。

    野口英世がアメリカに着いたのが 1900年。
    野口英世は 毒蛇の毒の採取から仕事が始まった。
    わずか 月 8ドル の仕事だった。

    その当時 病気の研究の中心は 『梅毒』だった。
    1903年 メチニコフとルーによって サルに梅毒を罹病させる。
    1905年 シャウディンとホフマンが スピロヘータを発見
    1906年 ワッセルマンによって 診断法が開発され・・・

    野口英世は 蛇毒の 血清の技術をふまえて・・・
    梅毒を 純粋培養に成功する。
    そのとき 北里研究所の秦佐八郎が 
    梅毒の特効薬 サルバルサンをつくった。

    ウイルスは、光学顕微鏡で見えない。
    野口英世は 黄熱病が スピロヘータが病原体と思っていた。
    それを特定して、血清でワクチンを作ったが・・
    野口英世は、そのワクチンを接種していたが、
    病原体が違うので、黄熱病で死ぬという 結果となった。
    黄熱病にかかった野口英世は言う
    『結局、我々は 黄熱病については、何もわかっていないんだね。』
    最後の言葉が
    『なにが、なんだか、わからない・・・』といって、
    一生を終えた。

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著者プロフィール

渡辺 淳一(わたなべ じゅんいち)
1933年10月24日 - 2014年4月30日
北海道空知郡上砂川町朝陽台出身。1958年札幌医科大学医学部卒業。医学博士。しばらくは医者と同人誌活動を兼業。この時期1965年、『死化粧』で第12回新潮同人雑誌賞を受賞している。整形外科医師として医科大に勤務していたが、そこで行われた日本初の心臓移植手術に対し疑義を呈し、移植手術を元にした作品を記して辞職。以降、作家専任となる。その作品『白い宴』は1970年直木賞を受賞した。
1979年『遠き落日』『長崎ロシア遊女館』で第14回吉川英治文学賞、1983年『静寂の声 ― 乃木希典夫人の生涯』で第48回文藝春秋読者賞、2003年菊池寛賞、2011年『天上紅蓮』で第72回文藝春秋読者賞をそれぞれ受賞。ほか、2001年アイスランド隼勲章騎士章、2003年紫綬褒章を受章している。
その他代表作に、映画化されたベストセラー『失楽園』、『愛の流刑地』、そしてエッセイ集『鈍感力』などがある。

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