むかし・あけぼの 下 小説 枕草子 (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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感想 : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041314173

作品紹介・あらすじ

美しいばかりでなく、朗らかで才能も豊か。希な女主人の定子中宮に仕えての宮中暮らしは、家にひきこもっていた清少納言の心を潤した。平成の才女の綴った随想『枕草子』を、現代語で物語る大長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 平安時代を生きた女性のなかに、清少納言ほど堂々と自分の才能を生かして男性と対等に渡り合った人はいただろうか。彼女以上に自分の幸せのために己の意志を貫きとおした女性はいただろうか。

    そうやって生きてきた彼女の人生を他人は不幸だったと決めつけた。男たちはその不幸が「男を男とも思わず、傲慢にふるまった罰」なのだと声高に言っては嘲笑する。
    現実の史料である『紫式部日記』のなかでも、著者の紫式部は「清少納言というのは得意顔でとんでもない人」と書きちらし『枕草子』についても「利巧ぶって漢学の才をひけらかしているけれど、まちがいも多く、浅はかなものである」と批判している。

    たしかに、下巻の清少納言は上巻の燦々と輝く太陽のような明るいだけの彼女ではなかったようにも思える。
    他人を見下したような笑いにイヤな感じだなぁと思ったシーンもあった。でもそれが「長徳の政変」や藤原道長の娘・彰子の入内などによって辛く哀しい時間のなかにいる定子を元気づけるために、彼女が悪者となって道化の役を演じていたものだとしたら。そう思うと清少納言の振舞いに、不器用なまでの健気さを感じてしまったのも事実。

    だから、わたしには清少納言が紫式部のいうところの高慢ちきな女には見えなかった。
    ただ定子の幸せだけを願い、彼女のためだけを思い、必死に生きる女性がそこにいるだけだった。
    その必死さはときに孤独を生むことになる。けれど、彼女は孤独を怖れなかった。
    紫式部は彰子の女房となったけれども、漢学の教養があることをひた隠し、女房たちから仲間外れにされないように「おいらか」を装い生きていた。
    彼女は清少納言とは逆に孤独を恐れていたのだろう。その時代の女性像に縛られて生きる紫式部にとって、自らその道を外れ、才をひけらかすことを恥と思わず堂々と生きてきた清少納言は、無視したくても出来ない、怨めしくて、でも眩しくて仕方のない存在だったんだと思う。

    わたしはやっぱり清少納言の人生は不幸ではなかったと確信している。
    あとがきで田辺聖子さんは、彼女は幸福な女だったと思っていると書いておられる。
    「生涯にかくも熱愛できる対象(女主人の中宮定子)を持ち、人生や自然のよさを味わいつくし、その記憶だけで、一生おつりがくるほどの充足感に恵まれたなんて、何という楽しい人生であろう。」
    わたしも本当にそのとおりだと思う。

    清少納言が記した『春はあけぼの草子』のなかには定子と過ごした楽しい時間が永久に流れている。草子を開けば、いつでもそこには定子の笑顔が待っているのだ。
    そしてわたしは田辺聖子さんの『むかし・あけぼの』を、これからも何度となく読むことになるだろう。だってそこには、明るく懸命に生きた清少納言が待っているのだから。

    • 地球っこさん
      マリモさん、おはようございます♪

      いつもいちばん書きたいことが書けていない、そんな感想なのに、そんなふうに言ってくださるなんて。
      恥ずかし...
      マリモさん、おはようございます♪

      いつもいちばん書きたいことが書けていない、そんな感想なのに、そんなふうに言ってくださるなんて。
      恥ずかしいけど、ありがとうございます(〃▽〃)

      本と出会うタイミングってありますからね。もしかしたら、またいつの日か田辺聖子版清少納言にマリモさんが出会われる機会もあるかもしれませんね。
      この清少納言は才のある人のことは大好きですから、紫式部や和泉式部、道長、彰子のことも好感を持ってました。

      でも紫式部は胸のうちを表に出すことなく、そのドロドロしたものを物語を書くことで昇華する人だったんだなぁと思いました。やっぱり彼女は天性の小説家なんでしょうね。
      その点、清少納言はあっけらかんとして、イヤミも面白おかしく描くエッセイストなんでしょうね。

      マリモさんのおっしゃるとおり、幸薄いと思われている定子が紫式部ではなくて、清少納言と出会えたのは、奇跡的に幸福なことだったと思います(’-’*)♪
      2022/06/09
    • Minmoさん
      きっかけは受験対策でしたが、その後何度となく思い返し、パラパラとめくる作品となりました。定子のサロンのイメージは明るいですよね。やってのけた...
      きっかけは受験対策でしたが、その後何度となく思い返し、パラパラとめくる作品となりました。定子のサロンのイメージは明るいですよね。やってのけたな清少納言、という感じです(^^)
      2022/06/09
    • 地球っこさん
      Minmoさん、こんにちは♪

      とても面白い本を紹介していただき、ありがとうございました。
      なんだか自分が清少納言になってしまったかのように...
      Minmoさん、こんにちは♪

      とても面白い本を紹介していただき、ありがとうございました。
      なんだか自分が清少納言になってしまったかのように小説の世界に入り込んでしまいましたf(^_^)

      これほどの時が流れたのに、今も笑顔の定子が私たちの目の前に現れる。
      ほんと、やってのけましたね、清少納言☆

      「清少納言を求めて、……」も読みはじめました。こちらも面白いです。
      わたしもセイに語りかけながら、ミアさんのようにノートに記したいな。ワクワクしてます(*>∀<*)
      2022/06/09
  • 「枕草子」をもとに、清少納言の生涯を描いた伝記的小説。
    臨場感に溢れ、喜怒哀楽がすなおに染み込んで来る内容です。

    聡明で優しい中宮定子(一般にはていし、ですがこの作品では、さだこ)のもとに仕え、この上ない幸せをかみしめていた清少納言こと清原海松子。
    995年、定子の父・道隆が亡くなり、その弟の道長が跡を継いだことで、定子たちの運命には翳りが見え始めます。
    1年後、定子の兄・伊周と弟・隆家が花山院との間に起こした事件で、流罪に。
    二人は都を離れるのを嫌がって隠れたりと、無様な態度をさらすことに。
    二人の沙汰が決まるまでの皆が固唾を呑む様子。そして清少納言の元には交流のある男性たちから、しばらく離れていたほうが良いという忠告が再三なされます。
    定子の母も病の床に付き、定子は身重になったのに、有力な貴族は道長を畏れて誰も宿下がりを引き受けず、狭い家に移動することに。

    当時は天皇の妻が何人もいても、何かと宿下がりをするので、同時に同じ建物の中にいることはあまりなかったのですね。
    一条天皇が10代の頃から仲むつまじく、何年も寵愛を独占した定子。
    他に妃が入った後も、二人の仲はゆるぎないものでした。
    兄弟が流罪になった時に定子が髪を下ろそうとした事件は、世間に広まるというか道長らが広めたふうですが、天皇がこれを取り消します。
    兄弟もじきに恩赦で都には戻りますが、無官の身で出世からは外れたままでした。

    それでも定子を中心にした部屋の中では、皆がなごやかに機知に富んだ会話を繰り広げて、笑いに溢れていました。
    清少納言は定子を慰め、定子や交流のあった人々の素晴らしさを後世に伝えるために、少しずつ「春はあけぼの草子」を書き綴っていくのです。

    清少納言は別れた後も何となくよりが戻っている夫の則光と、ついに別れることになります。
    無骨だけれど人がいい則光から見て、伊周らは主君の後ろ盾として頼むに足りないので、見かねて忠告しても清少納言のほうは聞く耳を持たない。
    定子を見捨てることなど出来ようはずもないので、実はストレスが溜まっているから苛立ちが募ったのでしょう。
    藤原棟世という大人の男性と再婚し、おだやかな幸せを味わうことに。のちに任地の摂津に下ります。
    この作品では二人の間の娘(後の小馬命婦)は、棟世の連れ子ということになっています。

    999年、定子が入内9年後に皇子を産むとき、道長の娘・彰子が(まだ少女だけど)いよいよ入内してきます。
    紫式部は定子の死後に彰子のもとへ出仕したので、宮中でじかにライバル対決はありませんでした。
    紫式部の作品が次第に流通する様子、モデルになったかと思われる実際の事件がちらほら出てきたり、興味深い。

    後になってですが、式部が清少納言のことをわるく書いていたのも知ります。
    あれほどの長い作品を書き上げるタイプの人間はこういうふうに暗いものを溜めているのだと思う清少納言でした。
    清少納言のイメージが江戸時代に悪くなった原因の一つらしいですが‥
    ここまで書くと書いてるほうの性格が悪い印象になるけどな?
    式部も相当なストレスに晒されたのは想像に難くないです。

    田辺聖子さんの筆は、さりげない文章でややこしいことをわかりやすく、実にこまやかにありありと描き出していますね。
    愛情と共感にみたされている作品を読むことができて幸福です!

  • 中宮が死んでしまうのは歴史的事実。それはわかっているけれど、中宮がしんでしまい、安泰だと思っていた清少納言の人生もかわっていく。清少納言は落ちぶれた、と言う話がおおいけれど自らその道を選んだような気もする。
    栄枯盛衰だなぁと思った。

  • 古典を勉強している中高生時代に読んでおけばよかった、と思う本。遠い昔に実在した人たちの個性や生活がイキイキと描かれている。清少納言にも親しみがわく。哀しさ、苦さもあるのがまた良い。

  • 豪奢でありながら儚く切ない人間たちの一生。
    千年も前から刻まれている時間が現在までつながっている事の不思議。
    清少納言が自分に乗りうつったのではないかと思うような不思議な感動で涙が流れたのは私だけではないはずです。

  • 上巻よりよかった。中宮定子の周辺の悲喜こもごもな描写があたかも見てきたかのような秀筆。歌も多く、百人一首で有名な歌もさらっと描写して、くすぐりも最高。しかも男女の心の描写もうまい。お聖さんの真骨頂である。

  • あの「枕草子」が溶け込んでいる小説。清少納言ならばこう思うだろう、こう言うだろうことを作者が想像力全開で書いている。散らばっていた人物像、流れ、つながりをくっきりさせていてわかりやすい。おもしろかった。また道綱母、紫式部、和泉式部、赤染衛門らの人物評もおもしろい。再度もっと自分の想像力をふくらませて枕草子を読みたい。

  • 思わず涙が出る場面もありました。
    田辺聖子さんの、枕草子への愛を感じる作品。
    元々の清少納言らの結末は知っていたので、ラストはどのように書かれているのかとても興味深かったのですが、中途半端などになることもなく素敵なラストだとわたしは感じました。

  • (1998.06.29読了)(1998.04.02購入)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    美しいばかりでなく朗らかで怜悧、しかも文学的才能もゆたか、という類まれな女主人・定子中宮に仕えての宮中ぐらしは、今まで家にひきこもり、渇き喘いでいた清少納言の心をいっきに潤して余りあった。男も女も、粋も不粋も、典雅も俗悪も、そこにはすべてのものがあった。「心ときめきするもの」など、小さな身のまわりの品、事象を捉えて書きつけた『枕草子』。そこには、共に過ごし、話に興じた、細やかな情趣を解してくれた中宮への憧憬と敬慕、中宮をとりまく花やかな後宮の色と匂いと笑い声を、千年ののちまで伝えたいと願う清少納言の夢が息づいている―。平安の才女・清少納言の綴った随想を、千年を経て、今清少納言・田辺聖子が物語る、愛の大長編小説。

    ☆田辺聖子さんの本(既読)
    「甘い関係」田辺聖子著、文芸春秋、1975.02.
    「むかし・あけぼの(上)」田辺聖子著、角川文庫、1986.06.25
    ☆関連図書(既読)
    「桃尻語訳 枕草子(上)」清少納言著・橋本治訳、河出書房新社、1987.08.31
    「桃尻語訳 枕草子(中)」清少納言著・橋本治訳、河出書房新社、1988.12.20
    「桃尻語訳 枕草子(下)」清少納言著・橋本治訳、河出書房新社、1995.06.30

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著者プロフィール

田辺聖子

一九二八年、大阪生まれ。樟蔭女専国文科卒。六三年、『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)』で芥川賞を受賞、八八年、『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』で女流文学賞、九三年、『ひねくれ一茶』で吉川英治文学賞、九四年、菊池寛賞を受賞。九八年、『道頓堀の雨に別れて以来なり』で泉鏡花文学賞と読売文学賞を受賞。二〇〇八年、文化勲章受章。大阪弁で軽妙に綴る現代小説の他に、古典文学の紹介、評伝小説など、著書多数。一九年六月死去。

「2020年 『大阪弁おもしろ草子』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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