書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店
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本棚登録 : 2641
レビュー : 250
  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041315224

作品紹介・あらすじ

あなたの人生は退屈ですか。どこか遠くに行きたいと思いますか。あなたに必要なのは見栄えの良い仕事でも、自慢できる彼や彼女でも、お洒落な服でもない。必要なものは想像力だ。一点豪華主義的なイマジネーションこそが現実を覆す。書を捨てよ、町へ出よう-。とびきり大きな嘘を抱えながら。家出の方法、サッカー、ハイティーン詩集、競馬、ヤクザになる方法、自殺学入門etc…。八歳にして詩を書き、時代と共に駆け抜けた天才アジテーター・寺山修司による、100%クールな挑発の書。

感想・レビュー・書評

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  • 初めて手にした寺山さんの著書。
    一読二読してみて、本書のタイトルの意味を理解できたかどうかが、この本(ひいては寺山さん)が自分に向いているかどうか、分かれるでしょう。

    途中途中に詩や歌謡曲の歌詞を織り交ぜてくれる事で、つい感傷に浸ってしまいました。心に残る、ついメモを取りたくなる言葉が多いです。
    売ったり手放したりせずに一冊、いつでも読めるところに置いておきたい本。人生の指南書の一つですね。

    この本の中で一番好きな章は自殺学入門ですね
    自殺とは死への純粋な憧れからの行動であり、何か生きてる上で足りないものがちょっとでもあればそれは他殺や病死になってしまうので自殺ではなくなる・・・とは、とても納得。今まで言いたいけど語彙力とイマジンが足りなくて手が届かなかった所に、やっと届いたという感じ。
    この自殺論を理解したところで、「女がよく口にする”死にたい”はバカンスに行きたいと同義」という言葉を見たときの納得感にも説明がつきました。
    大半が生の様々な苦しみから逃避したいというだけのものであり、実際に自殺したいという意味ではなく、ただ逃避したいという意味しか持たない、という風に。
    何かからの逃げは他殺や病死と等しいのですね。”自殺”とは尊くあるべきものなのだと、そういう死生観がとても私のそれと重なり、快感のような物を覚えました。

    丁度読む直前にTwitterで「スイスで70万円で安楽死させてくれる」という話を知り、安楽死が金で買える時代になったとは、人類は進歩したものだなあ…と思ったところで、検索から飛んできた人から「70万円は高すぎる」と絡まれ、私は「リーズナブルな安楽死というのはあまりにチープすぎる考え方ではないだろうか、死に価値を見出す人間ならば、ある意味金銭というそれなりの努力がひとつのハードルであっても良いことなののでは」と返したのですが、私の考え方は死の尊厳を重んじた正しい”自殺”の手段としてのものであり、向こうは社会的弱者に対する国家的サポート…という考え方をしていたので、話が噛み合いませんでしたね。
    まあそれはそれとして、現段階では実際我が国においての倫理感の展望が初めの一歩すら踏めていない状況なので、数段も先の話なのではなかろうか…ということで話をまとめてしまいましたが…
    長くなりましたが、そんなやり取りの直後に自殺学入門の頁を読んだので、より感動を呼びましたね。


    さて、心に残ったさまざまなお話や言葉をメモがてらコメントがてら、続けていきます。
    ●「その時代の少年犯罪こそが、その時代の国家犯罪の反映だと思われる」
     ーーー学校教育への造反、あらゆる既成概念への造反がやがて国家という概念への疑いにたどりつく……とのこと。
    酒鬼薔薇事件や、LINEリンチ事件など、ちょっと考えさせられました。

    ●「印刷機械は実は詩人に猿ぐつわをはめるためのものだったのである。」
     ーーー目から鱗です。もっと詩人はもっと様々な表現手段のある「肉声」で、受け取り手との「対話」があるべきなのだということです。
    詩人だけでなく、インターネット、携帯端末が発達して何をするにも肉声である必要が無くなって来ている現代においては、我々にも当てはまる事でしょう。

    ●「親は本来的には、子を所有しようとするエゴイズムと幸福観とを重複させ、正当化する理念しか持っていない場合が多い。親の思想というのは、いわば「子守唄の思想」であって、醒めようとする子供を、家庭の和という眠りにおとしこもうとする考えに貫かれている場合が多いのである。家庭だけを核として考えると、「親と話しあう時間」の量が問題になるかも知れないが、彼らは「仲間と話しあう時間」を十分に持っていた。むしろ重要なのはそのことではなかったろうか。なぜなら、従来の模範少年たちは親とばかり話しあっていて、仲間と話しあう時間が少なすぎたために「親の作りたいような型」にスッポリはまった成長のしかたしかできなかった……と考えられていたからである。」
     ―ーーここまで(本書の終盤でした)読んで、現状の自分を反省し、やっと本書のタイトルの意味がわかってきたところでした。

    寺山さんは一点豪華主義の視点からロックの考え方(退屈や模範や教育から抜け出す反骨精神)を持つ人であると私は理解しています。
    現状への満足、平均化、停滞、「あした何が起こるかわかっている、何のために生きているかわからなくなってしまう」状況に落ち込むこと、新鮮さを感じられない感受性しか持たないでいることはダメなのだ……ということを学びました。

    そして、カレー人間とラーメン人間の例え話から始まる、自宅カレー人間は家庭の味だから現状維持型の保守派、ラーメン人間は街の味だから欲求不満型の革新派が多く、カレーは家庭の幸福のシンボルでホワイトカラーの典型であり、ラーメン人間は何時も少し貧しく階級的な不満が付き纏う……しかし、ハングリー精神を持ち合わせているという話。
    この、2つの価値観と幸福論を照らし合わせて総括するとつまりは、「現状に満足する人間に想像力の創造などはできない」。
    本書終盤の「子守唄の思想」もそうでした。そこまで「ウウム・・・」と色々と考えさせられながら読んでみて、現状の自分と照らし合わせて実感として理解したとき、カレー人間とラーメン人間の話の終わりに唐突に降ってきた言葉「幸福とは幸福をさがすことである(ジュール・ルナアル)」の言葉に帰ってくるのか、と、感動しました。

    ●「歌謡曲人間は、つよい人間である。すぐ消えてなくなる歌の文句を拠りどころにして、にっこり笑って七人の敵に立ち向かっているような男でなければ、時代の変革への参与など、とてもできるものではない。だからこそ、わたしは日本人一億総「歌謡曲人間化」をすすめたいと思うのである。」
     ーーー本書の一番最後の言葉です。そう言うだけありやはりこの本でも、歌謡曲の歌詞が随所で散りばめられています。
    中でも私は「人に好かれていい子になって 落ちて行くときゃ一人じゃないか(畠山みどり 出世街道)」、「どうせあたしをだますなら 死ぬまでだましてほしかった(西田佐知子)」・・・が好きです。
    現代であれば、口ずさむだけでなく、ブログやツイッターに歌詞を呟く事も「歌謡曲人間」に含まれるのでしょう。
    瞬間瞬間に歌の文句を心の拠り所にしている人間は強い。この考え方には目から鱗でした。そういえば、心当たりがあるような気もしますし。私も歌詞に頼っているところがありますので…


    本書の裏表紙に「あなたの人生は退屈ですか。どこか遠くに行きたいと思いますか。あなたの人生に必要なものは想像力だ。一点豪華主義的なイマジネーションこそが現実を覆す。書を捨てよ、町へ出よう」
    というような事が書いてありますが、そのとおりだ・・・と、このレビューを書きながら思いました。笑
    つい、長くなってしまいましたが。そういう本です。

    さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう。
    はるかなるかな地の果てに 咲いてる花は何だろう

  • 贅沢したいよう。お金はないけど。
    ーじゃあどこか一点だけお金をかけて、まぁ他は諦めて。

    こんな具合に、「現状を変えたいなら、多少の犠牲は覚悟しないと」と訴えかけてきます。

    結構過激なこと言ってます。
    自殺もありじゃない~?なんて話も出てきたり。

    でもこの著者、すごく優しいんです。
    キツイこと言ってても、それは「まぁ頑張れや」と励ますため。
    自殺肯定論も、結局は「生きてほしい」と訴えているような気がしてなりませんでした。

    読んだら愛あるシッペがもらえるかも。

  • 思ってたより吹っ飛んだ思考の並ぶ文章だった。以前読んだものとしては不道徳教育講座に近い。むしろ序盤の倫理観と下ネタ量は確実にこちらのほうが危ういものが多い。タイトルが有名で、先行して「読書ばっかりしている人が何処に町という場所に目線がいったのか?」という意識を持っていたため、最初の数ページでの衝撃がでかかった。
    完全な時事ネタであるにはあるんだけれども、思考の回転は早いことが読み取れるし文章はなめらかに感じる。受けいれやすさは人を選ぶ内容は多いものの、若者への支持はあったんだろう。

    そしてもう少し読み進めていく内に当時を生きている人たちの悲哀に似た著者の文章が目に付く様になってきた。この視線でどういう風にこの人たちを捉えていたのか少しわからない。ただ文にしているというよりも、他人との巡り合わせから思考実験の一種の様にも見えた。競馬の話はわからないが…

  • 書を捨てる、という宣言にも、書が必要とされている。

    そのような一種の矛盾は、とうに凌駕され
    私の中の衝動は、遠く何処かの「町」を目指すようになる。

    町は、私を放っておかない。
    町が、私と交わる。
    町で、私は、新たな「私」を孕む。

    読むほどに実験されてくような感覚が愉快。
    むらむらと、湧きあがる情動。行動。
    そしてそれら総てが、この手の「書」に端を発していることに気づいた時
    袋小路の感覚が、またとにかく愉快。

    しばらく、同じ感銘は受けていないと思う。
    なぜかいつも、走りだしたいような読後感がある。
    それが、「書」を捨てる始まりなのか
    それとも「書」を捨てられない快感の証明なのか

    幾度でも、目を通す毎に、新しい「欲」を感じてしまう作家。
    彼の死ほど、惜しいものも滅多にないと思う。

    • Kawanoyさん
      これちなみに 6年ぐらい前のレビュー。
      若い。
      これちなみに 6年ぐらい前のレビュー。
      若い。
      2011/06/07
  • 分かりやすくはあるが、三島の「不道徳教育講座」を彷彿させる、ブレイボーイの件などには少し興ざめ。映画版は実験映像を駆使しているが、成熟期から比べると、恥ずかしさを憶える荒削りさを、発想の評価で見守っていただきたい。

  • ▪︎感想
    詩人・寺山修司の有名な評論集です。
    1970年代に出版されたという事もあり、現在においては不適切と思われる語句や表現もあるが、一種の新鮮さを感じたのも事実です。

    彼は、社会閉塞への1つの突破口として、「一点破壊主義」を唱えてます。
    一点破壊主義を簡単に言えば、「人間疎外的傾向のあるベルトコンベアに、ほんの釘であけるような穴でもあけて、少しでも風通しを良くしてみる」とのこと。

    ーーー
    (中略)
    そこで一点豪華主義(つまり数点貧弱主義)によって、可能性をためす、ということになる。これは、いわば「身分相応」という概念への挑戦である。
    新宿旭町の日雇労務者が一週間を牛乳一本ですまして、駅にベンチで寝ておいて、その分の金で日正劇場でベルリン・オペラを観る。ベルクの「ボツェック」を観て、豆ばかり食っている男の悲劇に感動し、同時に劇場という「もう一つの世界の場」のあることを知る。そして日雇労働者が、その一点を契機にして自己変革を遂げ得たとするならば、その冒険は成功したということになる。私の考えでは、こうした閉塞状況の中での変身、(つまりは人間の回復)をこころみるためには、こうした投石行為のような一点**主義が有効になってくるのである。
    ーーー

    ーーー
    平均化した金の使い方によって得られるバランス的マンネリズムと、可能性の地平線をつき破るのは、この一点豪華主義しかないだろう。
    ーーー

    無論「変化しなくてはならない」という事ではなく、それは個人の自由だと思います。私は、ちょっと「身分不相応」な体験をする事で、自分の視座を高くし視野を広げてきました。現状に対して懐疑的になるようであれば、このようにちょっと背伸びして見ることも1つのヒントになるかと思います。

    また、読み進めていく中で「ゾクッと」して忘れられない詩がありました。
    それは、第3章「ハイティーン詩集」にて挿入されている、鈴木章の「のぶ子」です。


    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    のぶ子 のぶ子 のぶ子 のぶ子
    書けば書くほど、悲しくなる。


    48個の「のぶ子」と たった一文からなる、このシンプルな詩。
    自分のものにしたいが、それが出来ない悲しさと惨めさが、このシンプルな詩から
    滲み出ているように感じました。

    ▪︎読んだきっかけ
    とあり本で紹介されていて、気になっていた一冊。

  • 原作のエッセイを読んで、いまいち分かりにくかったのだが、年配の友人に寺山修司ってどういう人?って尋ねたら、映画の方が面白いよと言われて読後に鑑賞もしてみた。

    確かに面白かった。原作で読んだ言葉たちが繋がった。「書を捨てよ町へ出よう」とは「町そのものを書物のように読むべし」ことだそうだ。町とはそこに生きている人間、光の当たらない人々の言葉なんだろうなと思った。主人公とその家族、人力飛行機で祖国へ帰ろうとする在日朝鮮人、ゲイの文通欄の言葉、娼婦、尋ね人の言葉、犯される少女の叫び、姥捨山に送られる老婆、街中の落書き、看板、街頭インタビュー、悪態をつく若者、気持ちの吐き出せないさまざまなマイノリティの言葉が出てくる。それが町の言葉なんだろうなと。

    今の時代でも彼らの言葉は街中に、そしてネットの中に溢れている。でも、ないものにされてしまっている。そして眉をひそめて批判する人々があまりにも多いことに、何も変わってないんだろうと思ってしまう。

  • 【本の内容】
    あなたの人生は退屈ですか。

    どこか遠くに行きたいと思いますか。

    あなたに必要なのは見栄えの良い仕事でも、自慢できる彼や彼女でも、お洒落な服でもない。

    必要なものは想像力だ。

    一点豪華主義的なイマジネーションこそが現実を覆す。

    書を捨てよ、町へ出よう―。

    とびきり大きな嘘を抱えながら。

    家出の方法、サッカー、ハイティーン詩集、競馬、ヤクザになる方法、自殺学入門etc…。

    八歳にして詩を書き、時代と共に駆け抜けた天才アジテーター・寺山修司による、100%クールな挑発の書。

    [ 目次 ]
    第1章 書を捨てよ、町へ出よう
    第2章 きみもヤクザになれる
    第3章 ハイティーン詩集
    第4章 不良少年入門

    [ POP ]
    今、本を持っていてもてる時代では決してないでしょう。

    ましてや寺山修司のような観念的な読みものなど、30年前にタモリによって脱構築されていらい無用の長物となって久しいのでここではあえて内容は読まずに、タイトルを真に受けて、読書なんてやめてクラブにでも出かけてしまいましょう。

    図々しい人間ほどモテるということはこの本には書いてありません。

    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 一点破壊主義、自殺学入門。これは詩的エッセイでありながらにして実用書である。

  • 著者である寺山修司の人生観を纏めた本。
    一見いい加減な内容に感じつつも、所々から著者の見識の広さや人生経験の豊かさを伺えた。
    特に印象的だったのは、「一転豪華主義」という考え方。つまり、老後までの生活設計が予想出来る中、何か1つだけ思いっきり投資し、自らの将来に挑戦しろというもの。そのようにダメ元で挑む姿勢を、何歳になっても持ち続ける事は大変だろうと感じたが、八方塞がりな状況下なればこそやる意義があるのでは。
    「幸福とは幸福を探すこと」と綴ってある通り、少なくとも退屈はしない生き方になると予想。

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著者プロフィール

1936年青森生まれ。早稲田大学教育学部中退。歌人、詩人、小説家、劇作家、劇団「天井桟敷」主宰など、マルチな才能を発揮し、60年代のオピニオンリーダーとして活躍。83年没。

「2018年 『栞子さんの本棚2 ビブリア古書堂セレクトブック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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