新版 悪魔の飽食―日本細菌戦部隊の恐怖の実像! (角川文庫)

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感想 : 84
  • Amazon.co.jp ・本 (311ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041365656

感想・レビュー・書評

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  • 某少年マンガの登場人物の名前が丸太と付けられて問題になった、というのがきっかけで731部隊に興味が湧いた。
    個人的にはキャラクターの名称変更に賛成。偶然同じ名前だったとしたは丁重に避けるべき具体例だったと思う。

    衝撃的な内容だった。国家権力が信じられない。
    戦時体制となるかならないかは置いておいて、国のためという思想統制が暴力を伴って行われたら、私はどう動くんだろう…

  • ぼくはどうしてわざわざ自分の時間を使って、こういう読んで楽しくない本を読むのだろう。731とか南京虐殺は捏造だとか、大東亜戦争は正しかったのだとかいう本を読んでいたほうがずっと楽しいのではないかと思うこともある。

    ひと一人の力なんか微々たるもので、ぼくがいくら本を読んだところで、もしこの国が戦争を始めようと言い出したら止められないだろう。もし世界が傾きだしたとしたら、みんなで力を合わせればなんとかなる、とも思っていない。
    ただひとつ、確実に選べる未来があるとしたら、おれはあっち側じゃなかった。断じてそうではなかったんだ、と言い張って(誰も聞いていないとしても)死ぬことだな。たぶん、それだったら選べる。

  • 信憑性が問われているらしいが…個人的には記録の全てが大袈裟な嘘であればいいと思う。細菌で、角材で、毒ガスで、凍傷で、爆弾で、焼夷砲で、真空で、銃弾で…2日に三体、人がマルタと称され尊厳を剥奪されて人体実験の上で殺されていた記録。731部隊による、ナチスと変わらない残虐な所業。

    戦争というのは本当に集団狂気なのだな…

  • 抑止力としての事実録。著者が小説ではないといってる以上、小説ではないだろう。嘘っぱちだとたたかれてるようだが、作品中に作者のコメントが入る本は、筆者が真剣に書いた、その熱意が溢れ出てしまってると個人的には感じる。100%事実ではないだろう。実際はこんな非道なことはなかったのかもしれない。しかし、海外では犠牲者数が3000ではなく15000と記録されているため、この本の記述を超える真実もあり得るのだろうと思うと、やはり読んでよかった。

  • ここに書かれてあることを客観的に裏付ける証拠は何もありません。731部隊の研究記録はアメリカが押収しましたが、2005年に公開しました。中身は日本政府が従来述べていたように、通常の防疫の研究に過ぎなかったことがわかりました。
    著者は著名な作家・森村誠一ということですが、実際に書いたのは下里正樹という日本共産党の人間で、慰安婦問題における吉田清治のような人物です。
    本書のインチキは多くの歴史家によって暴かれており、Wikipediaにざっと目を通すだけでも分かるはずです。
    発禁になったとか書いてる人もいるし・・・。この日本で本が発禁になるわけないでしょう。
    はっきり言って、とっくに嘘がバレている本書のような本に騙されてるお人好しの人がこんなにたくさんいることのほうが、本書で731部隊がやったとされていることよりよほどコワイです。

  • 本当にあったことなのか?
    と思うほど現実離れしていて、実感が湧かない。ただ知らないよりは、知るべき内容だと思う。

  • 信じがたい人体実験の数々に改めて戦争の恐ろしさを感じました。戦争と聞くと何となく日本は被害者側のように今まで感じていたけど、決してそんなことはなくどちらも加害者であり被害者であるんだ、と思わされました。

  • 2010年4月

  • 「われわれが『悪魔の飽食』を二度と繰り返さないためにも、民主主義を脅かす恐れのあるものは、どんなささやかな気配といえども見逃してはならない」(P301)


     中立的な歴史、客観的な歴史、公正で公平な歴史などというものは、この世に存在しない。なぜなら歴史(hi“story”)は「物語られるもの」であり、語りという行為に主観を入れずに済ますことなど不可能だから。これは私一個人の意見ではなく、もはや手垢のついた言説であると言ってよい。
     この著書を完成させた著者陣の根気と執念は尊敬に値する。このように“上から目線”で評価すること自体が烏滸がましいと感じるほどだ。ただ惜しむらくは、書き手自身がこの本を「事実の記録」だと認識していて、「主観のモンタージュ」であることに自覚的でないということだ。

     本書は、元隊員らの証言を著者陣が再構成して出力したものである。証言も主観なら再構成も主観であり、主観に主観を重ねた「主観のモンタージュ」が、本書の本質であると言ってよい。ここには、元隊員らが事実を「語ったもの」を、更に著者が「語る」という、二重の語りの構造があるのだ。というか、ルポルタージュ(記録“文学”という邦訳の与えられる一ジャンルである)は基本的に、この二重の語りの構造を逃れられない(私が知る限りでこの二重構造を最も薄めたものは『SHOAH』であるが、従来の戦争映画を脱構築するという作り手の「意図」を載せた映画であることもまた間違いない。「薄めた」であって「逃れた」ではないのだ)。
     そういう意味で本書は、著者の反戦思想を載せた「記録“文学”」である。読み終わる頃には性善説を信じる気にはなれなくなり、人間の正義や道徳などかくも儚いものであるかと思い知ることになる。それが悪いことだと言うつもりはない。それがこの本の役割なのだからそれで良いのだ。
     私のような戦争を知らぬ人間に、それがいかに愚かでいかに恐ろしいものなのかを叩き込む。そのために書かれた本であることは、著者自らが述べている通りだ。中途で著者が登場して自分の意図を述べ、あるいは証言が小説調で語られる。読み手の「感情」に訴えかける表現が随所に登場するのだ。単なる事実の羅列では、こんな効果は得られない。もし本書が、単純に731部隊で起きたことをまとめた年表でしかなかったら、本書から得られる感情はひどく薄っぺらいものになっただろう。
     この本が「主観のモンタージュ」だからこそ、読み手は心を動かされるのだ。

     ただ、著者が最後の最後でこれを「事実の記録」と述べてしまっているところに、若干の危うさを感じもする。
     731部隊のことを語るインターネット上の言説は、大抵感情的だ。存在したかしなかったか、という根本的なところで言い争う姿も見られる。その姿を否定するつもりはない。前述の通り、歴史は「物語」であり、主観なき物語・感情なき物語など存在しないのだから。歴史をめぐる論争は、極論主観と主観の戦いだ。……というのは、いささか極論すぎるかもしれないが。
     ただ、自分が感情的であることを自覚せずに「自分は客観的である」と主張する人間は、間違いなく胡散臭く見えてしまう。それだけで、その人物の言葉の説得力は失われてしまうだろう。要するに、そういうことだ。

  • 新型コロナウイルスを中国による生物兵器と考える人たちがいるとのニュースを見て、戦時中日本の関東軍による大陸での細菌兵器研究で現地人や捕虜を「丸太」と呼んで非人道的な生体実験を繰り返したとされる731部隊を思い出したので読んだドキュメンタリー。

    この本に書かれたとおりだとしたら、千葉の豪農出身でお金と女にダラしない石井四郎という人間に権力を与えてしまったことが悲劇の中核の1つのように思った。ただでさえ暴走していた関東軍だし、絶大な権力を持つ組織のトップにモラルがなければ反対した人間はそれこそ実験台にされて酷い殺され方をしそう。

    古い本だし、ここに書かれた情報が絶対であるかはわからないことを前提としても、モラルのない人間が権力を握ることの恐ろしさと人間の尊厳とは何かということを考えさせられた。
    イエスマン以外は堂々と排除すると明言するような今の日本の政治家も恐ろしいなぁ…。

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著者プロフィール

青山学院大学卒業。
10年に及ぶホテルマン生活を経て作家となる。
1969年『高層の死角』で江戸川乱歩賞、
1972年『腐蝕の構造』で日本推理作家協会賞を
受賞するなど社会派ミステリーの
第一人者として活躍する。
2004年日本ミステリー文学大賞、
2011年『悪道』で吉川英治文学賞を受賞。
推理小説、時代小説、ノンフィクションまで
幅広く執筆するなど著作数は400作を超える。
2005年に出版した「写真俳句のすすめ」で
写真俳句の提唱者として広く認知される。
写真俳句連絡協議会の名誉顧問を務め、
写真俳句の普及と後進の育成に取り組んでいる。

「2021年 『表現力を磨く よくわかる「写真俳句」 上達のポイント』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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