ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店
3.64
  • (813)
  • (681)
  • (1559)
  • (153)
  • (44)
本棚登録 : 9283
レビュー : 890
  • Amazon.co.jp ・本 (324ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041366035

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 1935年(昭和10年)。三大奇書、第二弾。
    夢野久作の代表作。小栗虫太郎「黒死舘殺人事件」、中井英夫「虚無への供物」と共に、本邦ミステリの三大奇書と呼ばれている。実際、半ば発狂していないと書けないのでは、と思うくらい奇想天外かつ型破りな作品であり、こんなサイケデリックな作家が戦前の日本にいたということ自体が驚異的である。

    精神病院で目覚めた記憶喪失の青年が、自分は何者で何故ここにいるのかを探るうちに、不吉な事件の影が見えてくる。「キ○ガイ地獄外道祭文」、「胎児の夢」など訳の分からない作中作が大量に挿入されており、読者を戸惑わせる。「ドグラ・マグラ」とは、作中で主人公が見つけた、狂人が書いたという推理小説のタイトルに由来しているが、その意味するところは不明。

    結局、内容を知るには自分で読むしかないのだが、読んだところで理解したと言えるかどうか。伝統的に何故か推理小説に分類されており、メタ・ミステリ(超推理小説)と呼ばれているらしいが、この物語にカテゴライズは無意味な気もする。強いて言えることがあるとすれば、好きか嫌いかくらいだろう。

  • ぞっとする、という印象であった。

    怖さというのは、ホラーというより無限のマトリョーシカというようである。
    マトリョーシカを開けるとマトリョーシカを開けている人間の姿が見える、しかしそれはどうみても自分の姿であるのだ・・・というような。

    たしかにミステリーであるのだが、話が脱線につぐ脱線。
    わずかな伏線を繋げば、全体像は掴めそうであるが、その全体像も果して本当なのか・・・?ということだ。ドグラ・マグラという作品が、「狂人の解放治療」の一環として出てくるあたり、作品全体がすべてウソである可能性すらある。

    ちなみに、純科学的な目線で見ると、「心理遺伝(細胞記憶)」というのは、基本的にあまり支持されている学説ではないそうだ。しかし内容を読めば分るが、まったく無下にできるものではない、そんな気はした。
    作中の正木博士が唱える「なんで外科や内科は薬で治せるのに、精神だけは閉じ込めるのだ?医者の胸先三寸で症状が決まってしまう」という主張はなんとなく分る気がした。いまも精神疾患への偏見はまだあるだろう。

  • 傑作です。久しぶりに読み終わったあとにも考えさせられる小説に出会いました。W博士、M博士、挙句の果てには「私」までもが信頼できない語り部なので物語の解釈は様々であり正解がないところがお気に入り。作者の巧みな誘導により物語が進めば進むほど読者を混乱に至らす手法はいやらしいと同時に奇妙な体験を与えてくれる。核心に迫る部分ではのめり込み過ぎて駅を乗り過ごしてしまいました。最後に、願わくは「ドグラ・マグラ」の読んだ記憶を無くし、まっさらな脳髄でもう一度読んでみたい
    (記憶の遺伝に打ち勝てる前提で)。

    ブウウーーーーンンン

  • 高校生の時に一度読み、「まだ十分に理解できない。いつかリベンジしよう」と思っていたが、それから約10年が過ぎた今になって読み返しても理解が進んだ気はしない。
    「キチガイ地獄外道祭文」のくだりは声に出して読みたくなる。

  • さて、ようやく読み終えたこの悪名高い噂の小説、ドグラ・マグラ。

    不気味な表紙の絵とタイトルから、どんだけエロい小説なのだろう。と思っている方もいるかもしれませんが、正直、全然エロくないです。

    読んだ人の感想のほとんどは、「よく分からなかった」とか「凄く疲れた」とか「上巻で読むの辞めました」だと思うんだけど、オレの感想も似たような感じです。

    なんていうか、
    “凄く話が上手くて頭も良いんだけど、話出したら止まらなくなって、とにかく話が長い人の話をずっと聞いている”
    そんな感じでした。

    なので面白い話題の時は、“楽しくて時間が経つのも忘れるよ。”って思うんだけど、興味の無い話題の時は、“とにかく時間が経つのが遅い、早く終わってくれ。”って感じでした。

    どんな内容なの?って聞かれれば、
    “目を覚ましたら見知らぬ部屋にいた青年は記憶を失っていて自分の名前も分からない。
    そこに先生らしき人が現れて、その青年の記憶を回復させようとする。”
    って話なんだけど、とにかくストーリーの脱線が酷い。

    最初の数十ページは普通にサクサク読めて、「なんだ、ドグラマグラ、みんなが言う程難しくないじゃん」って思うんだけど、記憶を回復させる過程で、本を読みだすんだけど、この辺りから様子がおかしくなってくるんですよね。
    こういうのってなんて言うんですかね。お店で言うなら、どこかのお店の中に他の店舗が間借りするやつ、、ショップ・イン・ショップ?
    テレビドラマの中で、ミニドラマが始まるみたいな。

    そんでまぁ、ドグラ・マグラの場合は「キチガイ地獄外道祭文」っていう数え唄みたいのが始まるわけなんだけど、、、、とにかく長い。

    そして、「脳髄は物を考えるところに非ず」って論文。
    まとめると、物を考えているのは脳髄っていうか脳ではなく、もう細胞という細胞、右手なら右手が自分の自由意思で動いていて、脳髄はその電気信号的なのをまとめる中継地点みたいなもんだ。みたいな?
    ごめん、どこまでが本当でどこまでが創作かわからなくなってきた。

    そんでそのあとは「胎児の夢」
    胎児は胎児になるまでの間に夢を見る。
    その夢は遥か昔、単細胞の生物が生まれ、魚になり、両生類になり、鳥になって、あーだこーだで人間に進化する過程を追体験するだけに留まらず、父、母、祖母、祖父、さらに全ての先祖、血縁達が体験した全ての事柄を追体験する。的な?

    そんで下巻からは「心理遺伝」、「夢中遊行」、玄宗皇帝、楊貴妃、絵巻物云々、、、、、

    驚くことに、こんだけ書いても、全くネタバレになってないってゆー、、。
    願わくば、物凄く頭が良い人のこの本の感想を聞きたいです。

    本筋とは全く関係ないけれど、小説の中で“絶世の美人”って書くと、誰にとっても最高の美人になってしまうっていうこの現象は、映画や漫画にはできない、小説だけの特権だよなぁっていつも思います。

    もし、現実世界で、この小説のような夢中遊行が起きたら、法律で裁けるのかって考えるとゾクっとします。

  • いやーいいですよ(笑)
    僕はこれ好きですけどねー
    だいぶ前の作品なのに今読んでも色褪せない新鮮さっていう(笑)
    夢野久作さんには頭が下がります。
    まあ、要約は出来ないんで感想は書けないんですが。
    オススメします。
    まあ、読後感にまかせて感想を書いているので絶賛する私は気が狂ってるのかも知れませんが(笑)

  • 目で頭で読んでいる筈なのに耳から脳内へ文字が洪水のように入り込んでくる。言わずと知れた傑作奇書。
    個人的に1番好きなドグラ・マグラ。
    上巻に於いては「私」の謎を解くべく精神科学や医学についての論文や歌を盛り込んでおり、読み進める内に知らず知らず読み手の知識も増えていく感覚は素晴らしいです。

    厄介なことは精神病として片付ける。
    神秘的且つ証拠不十分な病の科学的根拠を逆手に取った社会へのメッセージをこの時代にここまで大々的に描いた夢野久作は本当に大胆だと思いました。
    確かに、昔の人は地球が丸いだなんて考えもせずに丸ければ海が流れてしまうと批判していたなんて話は余りにも有名で、現代に至って発見研究した彼等は偉大と称されるも当時はキチガイと呼ばれ
    そんな英雄、文豪、科学者など多数いたことを思い出しました。
    交感神経、副交感神経など精神疾患に関わる器官の作用秩序などを探偵の推理小説として本文に取り込んでいたのは非常に面白かったです。

    恐れ多くも個人的な評価ですが、私自身精神疾患経験者であり服薬にあたって医師や調べ物から医科学的知識が少なからずあるので、
    自分としては読み進め易く理解し易かったです。
    以上、上巻の感想とします。

  • 日本三大奇書の一つに数えられる、狂気の小説。
    構想と製作に10年を費やし、その発表の翌年に夢野久作はこの世を去っていることから、彼が命と引き換えに生み出した作品だと言われている。

    作中に登場する主要人物、呉一郎は精神病棟の隔離部屋で目覚め、記憶を失っている事に気づくと、その場に現れた医者から、自分がある精神異常を利用した犯罪に巻き込まれたと話をされる。

    呉一郎が自分の記憶を取り戻して行く過程で判明する不可思議な事柄は、本を飛び出し、その読者をも混乱させ、少しずつドグラマグラに隠されたとんでもないカラクリに気づいてゆく。

    その結末を知ってしまうと、もう一度読まずにはいられない、唯一無二の奇作。

  • 思い返せば、多くの本好きに漏れず、たしか中学生か高校生のころに角川文庫の上下巻を手にして、幻惑された。
    凄まじいことだけはわかるが迷宮入り。それは迷宮のままにして。
    高校生か大学生のころに松本俊夫の映画を見ていた。
    それから10年近くのうちに、散発的に夢野久作とは出会ったり別れたりを繰り返し。
    たとえばアンソロジー。
    たとえば映画。小嶺麗奈、浅野忠信、京野ことみ、黒谷友香が出演した石井聰亙監督「ユメノ銀河」モノクロ。SFっぽく翻案したものもあるとか。
    たとえば漫画。電脳マヴォ佐藤菜生「何でも無い」のウェブ漫画、佐藤大「脳Rギュル」、ドグラ・マグラについてはイースト・プレスの「まんがで読破」シリーズや、ドリヤス工房の「ドリヤス工場の有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。」とか。
    一番は実はラジオドラマ。例としては「死後の恋」「悪魔祈祷書」「何でも無い」「少女地獄 冗談に殺す」「少女地獄 殺人リレー」「瓶詰の地獄」などから都度都度衝撃を受けては遡って原作を漁ったり。
    と、実は十年以上二十年以下、ずっと夢野久作には触れ続けていた。
    ところ、いま読み返してみて驚く。
    「しっかり血肉化されている!」

    ざっくりあらすじを書けば、
    (1)めざめ、若林に導かれて(2-5)読み、(6)気づくと正木がいて語り、考え、また眠る。それだけ。
    そこそこあらすじを書けば、
    (1)めざめ、若林に導かれて読むのは、
    (2)「キチガイ地獄外道祭文ー一名、狂人の暗黒時代ー」
    (3)「地球表面は狂人の一大解放治療場」新聞記事。正木談。
    (3’)「絶対探偵小説 脳髄は物を考えるところに非ず=正木博士の学位論文内容=」記者による正木の聞き書き。アンポンタン・ポカン君が演説で代弁。
    (4)「胎児の夢」
    (5)「空前絶後の大遺言書―対象15年10月19日夜ーキチガイ博士手記」吾輩は遺書「天然色、浮出し、発声映画」(正木の見聞きしたものを映画として娯楽的に提示)
    (5’)画面上正木博士喋る。「法医学教室屍体解剖室大正15年4月26日」(下巻へ)「正木と若林の会見」
    (5’’)「心理遺伝付録…各種実例」「その一 呉一郎の発作顛末ーW氏の手記に拠るー 第一回の発作」「第一回の発作」「第一参考 呉一郎の談話」「第二参考 呉一郎伯母八代子の談話」「第三参考 村松マツ子女史談」「右に関するW氏の意見摘要」「右に関する精神科学的観察」(正木の筆)
    (5’’)「第二回の発作」「第一参考 戸倉仙五郎の談話」「第二参考 青黛山如月寺縁起」「第三参考 野見山法倫氏談話」「第四参考 呉八代子の談話概要」
    (5続き)「呉一郎の精神鑑定」「解放治療場に呉一郎が現れた最初の日(大正15年7月撮影)」「その2か月後(大正9年撮影)」「その1か月後」
    (6つまり1の続き)「どうだ……読んでしまったか」正木が話す正木VS若林。いつしか正木VS私の構図に。
    (6’)私の反逆を受けて正木は退室。私は外を歩いて帰ってくる。
    詳しいあらすじは、読書メモに。

    (1)から(5)まではだいたい憶えていたのだ。
    連想されるのは、
    たとえば中井英夫の諸作や埴谷雄高の「死霊」、北杜夫「楡家の人びと」、色川武大『狂人日記』などの小説たち、
    たとえば「セッション9」、スコセッシ「シャッターアイランド」、ギリアム「12モンキーズ」、イーストウッド「チェンジリング」、フォアマン「カッコーの巣の上で」、サドを題材にした「クイルズ」、といった精神病院を舞台にした数々の映画、
    思想においてはフーコー「監獄の誕生」や「狂気の歴史」、三木成夫「胎児の世界」など、など……。
    「何を見ても何かを思い出す」を信条としているとはいえ、ここまで連想されるとは。
    さすが集大成、作者の生きた20世紀前半を飛び越えて、古今東西あらゆる芸術のハブになりうる作品なのだ。

    「どうだ……読んでしまったか」という声が、不意に私の耳元で起った……と思ううちに室の中を……ア――ン……と反響して消え失せた。
    から始まる(6)以降。
    細部を憶えていないにせよ「血肉化しているので記憶しているかどうかは問題ない」段階で、すでにあった。
    つまりは迷宮が私に実装されていたのだ。
    迷宮は何度も迷宮として楽しみたい、から、私は誰か、真犯人は誰か、までを無理に断言しない。
    いつまでも先延ばししながら夢野久作の文体を享楽していたいから。
    (ここで連想したのは黒沢清監督「キュア」。)

    いずれまとめて夢野久作を。

    詳述はしないが連想する。
    「カリガリ博士」からの影響。
    ドストエフスキーの長広舌が生み出すカーニバル空間(バフチン)による時間の伸び縮み、
    夏目漱石「こころ」の長ーい遺書。
    人、場所、物、にズームアップすると面白そう。
    当時の精神医学や精神分析が最新潮流だったと。
    宮沢賢治の例もあることだし、文学と、精神医学および精神分析に始まる無意識の需要、さらには精神薬学がいかに精神分析や無意識を駆逐していったかといった精神医学史には、今後目線を注いでおきたいところ。

  • これを読むものは一度は精神に異常をきたすという売り文句(?)が有名な今作。

    昔から気にはなっていたものの手に取る機会がなかったのですがこの度、満を持して読み始めました。

    始めこそ、なるほどこんな話だったのねそりゃ気も狂うわと思ったのですがわりと、上巻は普通に読めちゃってびっくり。

    今の時代にはクレイジーなお話が多いので慣れてしまっているのでしょうか。

    下巻ではアッと驚く何かが待っているのかそれともこの感じのまま薄気味悪く終わるのか……期待です。

全890件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

明治22 (1889)年1月4日福岡に生まれる。本名杉山泰道。幼名直樹。法号萠圓。父杉山茂丸は近代における政界の黒幕といわれた。旧制修猷館中学を卒業後、近衛歩兵連隊に入隊。慶応義塾大学に入学後、大正2(1913)年に中退。放浪生活ののちに出家し、僧侶となる。大正6(1917)年に還俗し、父の出資による農園を経営する傍ら執筆を開始。結婚し、喜多流の謡曲教授となる。大正8(1919)年に九州日報に入社、記者となる。大正15 (1926)年に「あやかしの鼓」を発表し作家活動を始める。昭和10(1935)年「ドグラ・マグラ」を出版。昭和11年(1936)3月11日逝去、享年47歳。

「2018年 『定本 夢野久作全集 第5巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)のその他の作品

夢野久作の作品

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)に関連する談話室の質問

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする