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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784041422076
みんなの感想まとめ
友情と恋情が交錯する奇妙な三角関係を描いた物語は、万年端役の大部屋俳優ヤスが憧れの映画俳優・銀ちゃんから押しつけられた女優・小夏との関係を通じて展開されます。銀ちゃんの横暴さと仲間への思いやりが絶妙に...
感想・レビュー・書評
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映画は見たことがなく、会社の隣に座る課長さんが貸してくれたので読んだ。
特に興味もなかった。
最初から苦手な登場人物ばかりだなぁと思ったが、最後まで苦手なまま読み終わってしまった(^_^;)
薄っぺらい本なのに時間がかかってしまったのは、気持ちが掴まれなかったからかなぁ?詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
映画を見た後に購入。
おもしろかったです。 -
初めて読んだのは、映画を観たあと。
映画のシーンと重ねながら、読んだはず。
原作だけに、つかこうへいの毒に直に触れた気がした。
銀ちゃん、ヤス、小夏の三角関係は、鮮烈な原体験となった。
ひけめの美学、前向きのマゾヒズム。
当時、好きな女の子に、あえて告白しないこと、その口実にこれが前向きのマゾヒズムだと誤読して、友人を呆れさせたのも若気のいい思い出だと思えるほど、歳を食った。
かれこれ、40年ほど前の話。
それから何度も読み返していたが、今回30年ほどぶりに読み返す。
確かに、歴史的なことがらも含まれているし、現在では注釈が必要な名詞も散見される。
だが、この小説の根深さは、現在の日本社会構造の歪さを今も照射していると感じる。
つまり、日本特有の共同体のありようは、時間の経過によって消失するような、底の浅いものではないと思う。だからこそ、銀ちゃん、ヤス、小夏によって描かれる関係性は、言わば、日本社会の元型として、今も、読み手へインパクトを与える。
つかこうへいは、舞台を小説にする際、『銀ちゃんのこと』というタイトルへ変更している。そのタイトルは、出版される際、『蒲田行進曲』へ戻されているが、むしろ、『銀ちゃんのこと』という原題からこそ、つかこうへいの企みを読み取るべきだ。ヤスのはなし、小夏のはなしとしてしか、語られえない存在としての銀ちゃん。銀ちゃんとは、銀ちゃんのこととして語られる以外にない。つまり、読み手にとって銀ちゃんの実像は知りえない。前向きのマゾヒズムという、つかこうへいの哲学を背負うのは銀ちゃんである。前向きのマゾヒズムを担う登場人物は、『ヒモのはなし』の重蔵がいる。重蔵と銀ちゃんの違いは、それぞれの小説の語りの構造の違いによる。この語りの構造は、登場人物の関係性を反映している。『ヒモのはなし』では、重蔵と明美の関係にフォーカスされていて、第3の男性は不特定だが、『蒲田行進曲』では、この不特定人物がヤスに結晶化され、銀ちゃん=ヤス、ヤス=小夏の関係が銀ちゃん=小夏と同等の緊密さをもっている。この不特定人物の結晶化は、舞台制作の過程の事情が大きく影響しているのだろう。長谷川康夫を軸に当初、劇作が行われていたことが『ヒモのはなし』から『蒲田行進曲』への移行において決定的に重要だ。これによって、銀ちゃんは、重蔵のような、自らを語りうる存在ではなくなってしまった。そして、語られる存在とされたことによって、その不在を明かすことになる。
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浦野所有
万年端役の大部屋俳優ヤスが、憧れの映画俳優・銀ちゃん(銀四郎)から、銀ちゃんの子を身ごもった女優の小夏を押しつけられるという、とんでもない三角関係のお話。ジャイアン的な銀ちゃんが憎めなくていいですね! 友情と恋情をてんびんにかけるとどうなるか、っていうのがテーマなのかなぁ。(読み方が甘くてすみません……)
ま、テーマはともかく、つか氏の情熱が行間からあふれんばかりの勢いに満ちあふれています。ぜひ読んで!
「なにが哀愁よ。どうせ顔なんか映っちゃいないんでしょ」
「映る映らないは関係ないんですよ。いい映画ができりゃいいんですから」
「いい映画ができるったって、映ってなきゃあしょうがないでしょ」
(文庫104ページより)
生きがいって人それぞれ違いますよね。生きることについて、しみじみと考えさせられる作品でもありました。
劇作家のつか氏だけに、本文はセリフ中心で戯曲のよう。早い人は2時間かからずに読めると思いますよ。 -
初めて読んだつかこうへい作品。
横暴だけど仲間想いの銀ちゃん
そんな銀ちゃんのことが好きなヤス
どちらも大好きです。
映画も小説も大好きな作品です。 -
映画や芝居で有名である
軽快な蒲田行進曲が頭に浮かんでくるほど
大好きな<銀ちゃん>こと俳優銀四郎にいびられ可愛がられ
銀ちゃんが妊娠させた元スター女優小夏を押し付けられ結婚した
<ヤス>ことしがない大部屋の哀しきピエロの苦しみ
原作を初めて読んで映画と違い
前半はヤスの独白、後半は小夏の独白
さすが直木賞文学、軽快なテンポでたたみかけるようなすこぶるSMで
堪能してしまったのだが(アレ、アレ
前回読んだ、幸田露伴『五重塔』と、この、つかこうへい『蒲田行進曲』変な取り合わせかもしれない
でも、たまたま2冊を続けて読んだら
似ても似つかない2冊なのに
「サドマゾの世界がおんなじだ」と思ったのが印象的
偶然に読み継いでしまっただけなのに大発見であった -
直木賞、解説:扇田昭彦
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ヤス、小夏、銀ちゃんの三角関係のお話。スタントマンのヤス、有名役者の銀ちゃん、元女優の小夏。テンポが良くて読みやすい。キャラも分かりやすい。
ヤスの疑い深い性格がなければ良いのにね。身体を張ったヤスはカッコイイ‼︎ -
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卑屈のしくみがよく分かります。
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20年位前に映画で見た原作を初読。映画自体、よく覚えてはいないもののなんとも悶々とする内容だったわけだが、小説のほうがさらにきつかった。
前半と後半で語り部が違うが、いずれも「マゾ」としか言いようのないキャラクターで、どこをどう読んでも痛い。始終「アイタタタタ」と悶絶しながら読まなくてはならなかった。
まあそこまでの感覚を呼び起こさせるという点では、真に迫っているわけで、日本映画とその周辺のいやらしさや暗さというようなものがよく表現できていると思う。
最後の階段落ちは、映画ではフォローされてたんでしたっけね?改めてみようと思いませんけれども。
今の時代だと、いじめだの暴力だので、もうテレビでは放映できない内容ですからね。 -
学生の頃、3年ほど映画館でアルバイトをしていた。仕事は入場券の切符切りと、上映後の館内清掃。松竹映画系の400人ほど入る中規模の劇場で、8人の社員で運営するアットホームな劇場で、楽しく働いたことを覚えている。「蒲田行進曲」は、それまでの松竹映画に無い快活で面白い映画で大ヒット間違いなしと思ったのに、意外に客が入らずにガッカリした。その後、日本アカデミー賞を取ってリバイバル上映が行われ、いつもは静かな館内が大勢の観客で賑やかになった時はとても嬉しかった。今はもう無くなってしまった映画館の記憶と共に、映画の面白さや楽しさを伝えてくれた心に残る作品だ。
古本屋でこの本を見つけて、懐かしくなって読んでみた。ストーリーは割愛するが、主人公のヤスの視点、小夏の視点で、映画同様にテンポよく語られて、とても読みやすかった。映画では、登場人物の本音の部分を映像だけで描くのは難しい。シェークスピアのような舞台では、独白という形で心情を吐露するが、小説では映画で描けなかった主人公たちの心情が表現されていてとても面白く読めた。よく小説と映画を比較して映像の再現性に拘る人もいるけれど、そうではなく双方の良さを理解して、見たり読んだりすれば、より深く楽しめると思う。 -
請求番号:B/Tuk
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家の本棚にあったし、有名な作品だな、と思ったので読んでみた。
ひたすらに物悲しくて胸がキューッとなる話なのに、蒲田行進曲のようにテンポよく、喜劇みたいに進んでいく。
イライラする。ヤスみたいな人だいきらい。だけど生きている人のほとんどがヤスのような人なのだ、自分だってきっとそうだと思うと余計にイライラする。
銀ちゃんみたいな人は少ない。だからこそ惹かれる。小夏は可哀想だった。だけど幸せでもあった。難しい。
本当に、どこかで実際に起こってそうな物語。だからこそ読むのがツライのだ。読みやすかったけど、読み返すのは今はちょっと無理。 -
銀ちゃんと、そっくりな人と働いている。とても疲れる。でも、魅力がある。20年くらい前に、初めて読んだときは星2つくらいだったかも…あまりに似ていることに畏れ、★追加。
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共感できなくて入り込めなかったが、自分とはかけ離れている分、魅力的な人達。でも、ヤスの小夏に対する態度はありえないなぁ。それができるから面白いのかもしれないが…
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小説で酔うという経験を、はじめてした。
前半、ヤスの話で見た銀ちゃんとヤスの関係が、ゆがんでいながらも一つの形として成り立っていたのに対して、後半、小夏投入からの転調が激しくて、思考が定まらなくなった。
理想と現実の間で、もがかずに進んでいく人たちのように感じた。それは前向きと言うより自棄のようで、立ち止まって考えることをなぜしないのかなんて思っちゃうんだけど、立ち止まれる余裕なんかないんだよね……。 -
つかこうへいさんの作品はあまり読んでゐませんが、訃報を聞いてこの本を開いてみました。
「蒲田行進曲」小説版であります。映画は3回ほど観ました。
最初に観たのは、高校で鑑賞会みたいなものがあり、講堂といふか体育館みたいなところで観た覚えがございます。高校生の私は「純愛物語だな」と理解して満足しました。映画の中には、青少年向きではないシーンもあり、女性の先生たちは目をそむけてゐました。そんな反応をするなら生徒に見せなきやいいのに。
小説版は元元「銀ちゃんのこと」といふ題名でしたが、「蒲田行進曲」に改題されました。元の題の方が内容に相応しいと思はれますが、商売上の都合でせうか。
二部構成で、前半が「ヤスのはなし」。大部屋俳優ヤスを語り手にして、「銀ちゃん」から小夏を押し付けられるところまで。後半は「小夏のはなし」。小夏が語るその後の展開。階段落ちの結末は?
三者三様の、何と不器用で無様な愛情表現なのでせうか。泣けますねえ。「つかさん、ありがとう」とお礼を述べたくなりました。
では、今夜はこれで左様なら。
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つかこうへいの作品
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