氷点 (下) (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041437049

感想・レビュー・書評

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  • 考えさせれる

  • 評価は5(++)

    内容(BOOKデーターベース)
    自分が辻口家を不幸にした殺人犯の子であるとして、自殺をはかった陽子。一命をとりとめ、父・啓造や母・夏枝からすべてを謝罪されたが、自分が不倫の末の子であったという事実は潔癖な陽子を苦しめた。

    大人になりきれない夏枝にイライラ。そして良い子過ぎる陽子にやきもき。大人の分別のある辰子が出てくるとホッとする。イライラしながらも続・氷点(上)へ続く

  • 2015.9.26海難事故のおり、自ら救命具を他人に譲って死んだ宣教師の行為に心を打たれた辻口は、キリスト教に心惹かれるようになる。しかし夏枝を許せず、陽子への愛情も生まれない。夏枝は悩みながらも、消すことが出来ない陽子への憎しみから卒業式の答辞の用紙を白紙にすりかえてしまう。兄、徹だけがひたむきに愛情をそそぐが、自らの思いを自制すべく友人北原に彼女を紹介するーーー。人間存在の根源を問う不朽の名作。(裏表紙より引用)

    まず愛について考えさせられた。自分はかけがえのない存在だという思いは、愛された実感から経験として学ぶ他に、得ることはできない。大事なのは主観的実感であり、客観的事実ではない。誰かに愛されることと、愛を感じることは別で、そしてたった一回でいいからその深い深い愛されるという実感を得なければ、人は愛に飢えてしまうのだと思った。多くの場合は幼少期だろう。親の愛を、事実としてでなく実感として強く受けられたかで人の人生は大きく変わる。私に子どもができたら、何よりもこの強く深い愛を捧げることを父としての使命としようと思う。が、愛することはできても、愛を実感させることはできるだろうか。また罪についても考えさせられた。愛とは何か、それは命を差し出すことだと、啓造は言った。しかし何より人間は自分が一番可愛い。命を差し出すよりも、自らの命を守るベクトルに力が働く。自己中で、利己的で、そんな人間達の描いた悲劇の物語だった。人格者の啓造は汝の敵を愛すという言葉で己を騙し、妻に悍ましい復讐を企てた。容姿端麗な夏枝は陽子を憎み続け、自殺に追いやった。徹も、陽子の幸せを願いながら結局彼女を我が物にしたいという利己的な感情には逆らえなかった。高木も村井も、この物語に出てくる人間のすべてに、醜い部分があった。人間はいい人になんかなれない。あまりにも利己的であり、自分が可愛く、そんな自分の望みを叶える為なら、どんな非道徳も行う、その悍ましさに自覚すらしない。しかし陽子の罪は、これらのものとはまた違うものである。彼女はなんの罪もない。可憐で強く、無垢で、自分のその無垢さ、白さこそが、未来もいかに自分を黒く染めようとする力が働いても私は決して染まらないという思いが、彼女のアイデンティティだった。しかしその白さの中に、黒を見つけてしまった。黒くなる可能性を見つけてしまった。永遠に白ではいられないことを知ってしまった。それは犯罪者の血なわけだが、高木の言うように、それが血でなくともいずれ彼女は同じように、完璧な白さと信じて疑わなかった中に見つける黒さに絶望するだろう。真っ白な彼女は、様々な人間の自己愛と他者愛、故の憎しみと怨みによって紡がれた、悲劇的な運命の上に生きてしまった。真っ黒な運命の中で、黒くなることを知らず、黒に極端なまでに抵抗しながら生きてきた。彼女自身もひねくれていると自嘲するその極端なまでの白へのこだわりが、彼女を絶望に陥れた。私は、永遠に白ではいられないのだと。しかしそれこそが人間の根源なのだ。原罪とは、行為や意思や感情に宿るのではなく、人間のしての人生そのものに宿るのだろう。生きて、自分を愛する限り、何かを奪うし、恐ろしい思いも抱くし、そうでなくてもそうなる可能性は捨てられない。人は醜い。私自身はどうだろうか。半分、諦めというか、罪深いことへの罪悪感も薄れるほどに生きてしまった。事実、この作品は愛と罪について深く考えさせられるが、強く共感できるかと言われたら別である。頭ではいろいろ考えられるけど、心から自らの罪に後悔はできない。原罪?だから何?人は皆そんなもんだと、そもそも罪ってなんだと思ってしまう。と同時に、もうそんな感受性も失ってしまったのかと、逃れられない罪を、犯した罪を恥じる心すらなくしたのかと、淋しく、卑しく思う。どれだけまっすぐに強く純粋に生きても、人間存在の根源的な原罪からは逃れられないと訴える一冊。私はもう、道徳的人間になろうとはあまり思っていないが、仮に罪なく純粋に、良き人として良き人生を送る人格者を目指す思いがあれば、それを諦めるには十分な作品である。汝の敵を愛せと言ったイエスがこの小説を読んだら、人類を諦めるかもしれない。我々はノアにはなれない。

  • ☆5つ

    最終章にて予想外の展開を見せて謎が明かされる!

    有名な『氷点』の感想にわちょっと不似合な言い回しかも知れないが、ともかく初めて読んだ身の正直な気持ちなのである。

    当時この作品は「大衆文学」と呼ばれたらしい。確かにこむづかし事は無く読みやすい。が、今で言うエンターテイメントとはちょっと違うのだ。

    さあて、しばしの休憩の後、続編に取り掛かる準備を初めようか。

  • よく「三浦綾子が好き」というと「暗い」「どろどろしてて苦手」って言われる。
    その代表が『氷点』なのかなって思うけど。
    綾子さんが描きたいものは、その暗さや闇の対にあるもの、光や希望なんだろうなと思うと、伝わらないのがもどかしい。

  • とくに下巻では夏枝の暴走があまりにひどくて、憎らしくなってしまいます。
    これほど異常な嫌悪感を持つのは、もしかしたら自分の中にも似たものがある気がするからかもしれません。女性なら大抵の人が少しは近親憎悪的なものを感じるのではないでしょうか。でも夏枝ひどすぎ…いろんな意味で。

    「原罪」について書きたかったと筆者は言ったそうです。それは「塩狩峠」のように涙を流すことはないけれど、救いが見えない重たいテーマだと思いました。
    陽子という、「自分は正しく純真である」ということだけをよすがにして生きている少女が、自分のあずかり知らぬところですでに罪はおかされていたと知り、そしてその罪を自分の内に見出す。これはアダムとイヴがリンゴを盗んだという、あずかり知らぬ遠い昔の人間の罪が、現在の我々のあらゆる苦悩の始まりだとするキリスト教的な考え方と一致します。完全な正義、純真は、人間である限りあり得ないのだ、とわかった彼女に救いはあるのでしょうか。続編のテーマは「ゆるし」だそうです。近く続編も読もうと思います。

    ところで、文中に太宰の『斜陽』を引く場面があるのですが、かず子のセリフが違っています。私は、『斜陽』のこの台詞の出てくるやり取りが好きなので、ちょっと残念に思ったのですが…もしかしたら、オリジナルの台詞(「他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの」)は、「原罪」に深く関わってくる問題だからかもしれない、と思い当りました。だから、陽子にそのままを言わせなかったのかなと思います。

  • 夏枝の振舞いが昼ドラのようで…

    続編を早く読みたい
    陽子に幸せになってほしい

  • 上巻を読んでどんよりした気持ちになったので、なかなか下巻に手を伸ばせなかったのだが、読み始めたら一気読みだった。
    上巻のラストで九死に一生を得てキリスト教的な清らかな気持ちになった啓造だが、やはり相変わらず夏枝を許せず、陽子に愛情が持てず、そんな自分を嫌悪し反省する。陽子の出生の秘密を知った夏枝、成長して陽子を愛し始めた徹、自分が養女だと知った陽子、それぞれに胸に秘めた思いを抱えた辻口家の不安定な日々。
    罪と赦しについて嫌というほど考えさせられる話だが、ラストの陽子の決断はやはり共感し難い。
    続編を読むか迷うところだ。

  • 圧巻の三浦綾子。ドロドロなんて言葉では言い表せない。人間が誰しも持っている醜さ、底意地の悪さ、そういうものも原罪と呼ぶのかもしれない。もし自分が氷点の世界にいたら何ができただろう?何を信じ誰を信じていただろう?人間なんて信用ならないもの無垢に信じていた陽子を誰が救えただろうか。
    信じあっていた人たちが実は全員騙し合っていた、その結果何の罪もないのに罰をを受けたのは陽子ただ一人だった。啓造や夏枝の尋常ならざる汚さにはうんざりするけれど、人間だれもが何かのきっかけさえあれば心に巣食うかもしれない感情たちを目の当たりにして恐ろしくなった。「私ならこんなことしない」と言える人は幸せ者だ。やっぱり三浦綾子はすごいな。もっとこういう本を読まなければいけない。続氷点、読みます。
    氷点の意味を知ったとき、心が凍るような陽子の様が手に取るように伝わった。なんという冷たく悲しいタイトルなんだろう。

  • 青少年のための100冊、みたいなのによく入っているので小学生のころ読んだが、昼ドラばりのドロドロだしキャラの思考回路には腹がたつし文章が美しい訳でもないし、青少年としては何も得るところがなかった。
    歳をとったら価値が理解できるかと思ったが未だにどのキャラにも共感できない上、無駄な読書に時間をとられたという記憶だけが濃縮されて苛立ちが増大しつつあるのでここに昇華しておく。
    せめて「色々とまっさらでなくなった大人に…」というおすすめの仕方なら理解できるが、何故世の中は青少年にこれを読ませたがるのか。

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著者プロフィール

三浦 綾子(みうら あやこ)
1922年4月25日 - 1999年10月12日
北海道旭川市出身。終戦まで小学校教員を努めたが、国家と教育に対する懐疑から退職。1961年『主婦の友』募集の第1回「婦人の書いた実話」に『太陽は再び没せず』を投稿し入選。
1963年朝日新聞社による投稿した小説『氷点』が入選し、朝日新聞に同作を連載開始。1965年、同作で単行本デビュー。刊行直後にベストセラーとなり、映画化・ラジオドラマ化される代表作となる。ほか、映画化された『塩狩峠』が著名。様々な病苦と闘いながら、キリスト者として執筆を続けた。

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