氷点 (下) (角川文庫)

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  • 角川書店
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感想 : 182
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041437049

感想・レビュー・書評

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  • 陽子ちゃんはいい子だ。
    澄んでいてけがれがなく美しく賢い。
    本人には何も落ち度がないところ、それでいてお金に困るところ、そして周りの人をあてにできなく孤立していくところ、その境遇がどことなくザリガニの鳴くところを思い出しました。
    美しく、才能があり、賢い、それでいて認められるべき人に認められない、社会からも孤立してしまう。
    いい人だからこそ、本当に悲しい。

  • 考えさせれる

  • とくに下巻では夏枝の暴走があまりにひどくて、憎らしくなってしまいます。
    これほど異常な嫌悪感を持つのは、もしかしたら自分の中にも似たものがある気がするからかもしれません。女性なら大抵の人が少しは近親憎悪的なものを感じるのではないでしょうか。でも夏枝ひどすぎ…いろんな意味で。

    「原罪」について書きたかったと筆者は言ったそうです。それは「塩狩峠」のように涙を流すことはないけれど、救いが見えない重たいテーマだと思いました。
    陽子という、「自分は正しく純真である」ということだけをよすがにして生きている少女が、自分のあずかり知らぬところですでに罪はおかされていたと知り、そしてその罪を自分の内に見出す。これはアダムとイヴがリンゴを盗んだという、あずかり知らぬ遠い昔の人間の罪が、現在の我々のあらゆる苦悩の始まりだとするキリスト教的な考え方と一致します。完全な正義、純真は、人間である限りあり得ないのだ、とわかった彼女に救いはあるのでしょうか。続編のテーマは「ゆるし」だそうです。近く続編も読もうと思います。

    ところで、文中に太宰の『斜陽』を引く場面があるのですが、かず子のセリフが違っています。私は、『斜陽』のこの台詞の出てくるやり取りが好きなので、ちょっと残念に思ったのですが…もしかしたら、オリジナルの台詞(「他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの」)は、「原罪」に深く関わってくる問題だからかもしれない、と思い当りました。だから、陽子にそのままを言わせなかったのかなと思います。

  • 陽子以外のどの人間にも共通して言えることだが感情の波が激しすぎる上にこってり目の心内描写で憎悪や歪んだ愛が描かれていく様が少々胃もたれした、、、。何度も映像化されているとのことで映画やドラマの形の方がアクが抜けて、受け入れられやすい気がした。
    逆に言えばそんな癖モノたちに囲まれてもなお、決然と生き続けた陽子の姿は美しく、結末の遺書の部分は感情を堪えながら読み進めた。自分が犯した罪ではなく、自分の出生に刻み込まれた原罪からくる呵責によって自殺する。
    自殺はキリスト教においては罪とされているにせよ、陽子が自分の出自を知ってしまった上でその後も夏枝や啓造と暮らしていったであろうことを思うと死が「すくい」になることさえあるのだろう。

  • 心の内がつぶさに描写され、人一人の人生の奥行きと重みが否応なしにのしかかってくる。悲しみや寂しさ、醜い悪意と自己愛。重苦しくても読むのをやめられずどんどん没入していった。
    読後、言葉も涙も次々溢れてくる。
    どんな人間にも後ろ暗い感情の一つや二つ、あるものだと思う。聖書の教えを元に自問自答する啓造が、教会に行かずともその役割をほとんど果たしているのではないかとか思えた。
    愚かだが愛すべき人間が何を選択しどう生きるのか、心に訴えかけてくるものがあった。

  • 評価は5(++)

    内容(BOOKデーターベース)
    自分が辻口家を不幸にした殺人犯の子であるとして、自殺をはかった陽子。一命をとりとめ、父・啓造や母・夏枝からすべてを謝罪されたが、自分が不倫の末の子であったという事実は潔癖な陽子を苦しめた。

    大人になりきれない夏枝にイライラ。そして良い子過ぎる陽子にやきもき。大人の分別のある辰子が出てくるとホッとする。イライラしながらも続・氷点(上)へ続く

  • 2015.9.26海難事故のおり、自ら救命具を他人に譲って死んだ宣教師の行為に心を打たれた辻口は、キリスト教に心惹かれるようになる。しかし夏枝を許せず、陽子への愛情も生まれない。夏枝は悩みながらも、消すことが出来ない陽子への憎しみから卒業式の答辞の用紙を白紙にすりかえてしまう。兄、徹だけがひたむきに愛情をそそぐが、自らの思いを自制すべく友人北原に彼女を紹介するーーー。人間存在の根源を問う不朽の名作。(裏表紙より引用)

    まず愛について考えさせられた。自分はかけがえのない存在だという思いは、愛された実感から経験として学ぶ他に、得ることはできない。大事なのは主観的実感であり、客観的事実ではない。誰かに愛されることと、愛を感じることは別で、そしてたった一回でいいからその深い深い愛されるという実感を得なければ、人は愛に飢えてしまうのだと思った。多くの場合は幼少期だろう。親の愛を、事実としてでなく実感として強く受けられたかで人の人生は大きく変わる。私に子どもができたら、何よりもこの強く深い愛を捧げることを父としての使命としようと思う。が、愛することはできても、愛を実感させることはできるだろうか。また罪についても考えさせられた。愛とは何か、それは命を差し出すことだと、啓造は言った。しかし何より人間は自分が一番可愛い。命を差し出すよりも、自らの命を守るベクトルに力が働く。自己中で、利己的で、そんな人間達の描いた悲劇の物語だった。人格者の啓造は汝の敵を愛すという言葉で己を騙し、妻に悍ましい復讐を企てた。容姿端麗な夏枝は陽子を憎み続け、自殺に追いやった。徹も、陽子の幸せを願いながら結局彼女を我が物にしたいという利己的な感情には逆らえなかった。高木も村井も、この物語に出てくる人間のすべてに、醜い部分があった。人間はいい人になんかなれない。あまりにも利己的であり、自分が可愛く、そんな自分の望みを叶える為なら、どんな非道徳も行う、その悍ましさに自覚すらしない。しかし陽子の罪は、これらのものとはまた違うものである。彼女はなんの罪もない。可憐で強く、無垢で、自分のその無垢さ、白さこそが、未来もいかに自分を黒く染めようとする力が働いても私は決して染まらないという思いが、彼女のアイデンティティだった。しかしその白さの中に、黒を見つけてしまった。黒くなる可能性を見つけてしまった。永遠に白ではいられないことを知ってしまった。それは犯罪者の血なわけだが、高木の言うように、それが血でなくともいずれ彼女は同じように、完璧な白さと信じて疑わなかった中に見つける黒さに絶望するだろう。真っ白な彼女は、様々な人間の自己愛と他者愛、故の憎しみと怨みによって紡がれた、悲劇的な運命の上に生きてしまった。真っ黒な運命の中で、黒くなることを知らず、黒に極端なまでに抵抗しながら生きてきた。彼女自身もひねくれていると自嘲するその極端なまでの白へのこだわりが、彼女を絶望に陥れた。私は、永遠に白ではいられないのだと。しかしそれこそが人間の根源なのだ。原罪とは、行為や意思や感情に宿るのではなく、人間のしての人生そのものに宿るのだろう。生きて、自分を愛する限り、何かを奪うし、恐ろしい思いも抱くし、そうでなくてもそうなる可能性は捨てられない。人は醜い。私自身はどうだろうか。半分、諦めというか、罪深いことへの罪悪感も薄れるほどに生きてしまった。事実、この作品は愛と罪について深く考えさせられるが、強く共感できるかと言われたら別である。頭ではいろいろ考えられるけど、心から自らの罪に後悔はできない。原罪?だから何?人は皆そんなもんだと、そもそも罪ってなんだと思ってしまう。と同時に、もうそんな感受性も失ってしまったのかと、逃れられない罪を、犯した罪を恥じる心すらなくしたのかと、淋しく、卑しく思う。どれだけまっすぐに強く純粋に生きても、人間存在の根源的な原罪からは逃れられないと訴える一冊。私はもう、道徳的人間になろうとはあまり思っていないが、仮に罪なく純粋に、良き人として良き人生を送る人格者を目指す思いがあれば、それを諦めるには十分な作品である。汝の敵を愛せと言ったイエスがこの小説を読んだら、人類を諦めるかもしれない。我々はノアにはなれない。

  • ☆5つ

    最終章にて予想外の展開を見せて謎が明かされる!

    有名な『氷点』の感想にわちょっと不似合な言い回しかも知れないが、ともかく初めて読んだ身の正直な気持ちなのである。

    当時この作品は「大衆文学」と呼ばれたらしい。確かにこむづかし事は無く読みやすい。が、今で言うエンターテイメントとはちょっと違うのだ。

    さあて、しばしの休憩の後、続編に取り掛かる準備を初めようか。

  • よく「三浦綾子が好き」というと「暗い」「どろどろしてて苦手」って言われる。
    その代表が『氷点』なのかなって思うけど。
    綾子さんが描きたいものは、その暗さや闇の対にあるもの、光や希望なんだろうなと思うと、伝わらないのがもどかしい。

  • 「原罪」というテーマが先にあって書かれた作品だとか。しつこいくらい緻密に書かれた複数の登場人物の心情の移ろいから、人間の根本的な性質が浮き彫りになる。タイトルが良い。

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著者プロフィール

1922年北海道旭川市生まれ。小学校教師、13年にわたる闘病生活、恋人との死別を経て、1959年三浦光世と結婚し、翌々年に雑貨店を開く。1964年小説『氷点』の入選で作家デビュー。約35年の作家生活で84にものぼる単著作品を生む。人の内面に深く切り込みながらそれでいて地域風土に根ざした情景描写を得意とし〝春を待つ〟北国の厳しくも美しい自然を謳い上げた。1999年、77歳で逝去。

「2021年 『残像 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

三浦綾子の作品

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