- KADOKAWA (1996年6月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784041437179
作品紹介・あらすじ
明治初め、東北の寒村に生まれた小林多喜二の母セキ。大らかな心で多喜二の理想を見守り、人を信じ、愛し、懸命に生き抜いたセキの、波乱に富んだ一生を描く。感動の長編小説。
みんなの感想まとめ
感動的な母子の物語が描かれており、特に母セキの温かさと愛情が心に響きます。明治初頭の寒村で育った多喜二は、母の信じる力と献身的な支えを受けて成長し、彼自身が理想を追求する姿勢が印象的です。セキの明るく...
感想・レビュー・書評
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最初から最後まで泣き通しでした。
明治初頭の秋田の寒村でうまれ、13歳で結婚、小樽へ渡り病弱の夫を支え、6人の子供を育てたセキ。
セキの大きな愛情と、明るさ、そして子供を信じるという、親としては至極当たり前のようなことだけれど、自分の子育てを振り返り振り返りしては、その懐の深さと、優しさと強さに感動した。
私にとって、とても大切な作品になりました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
何気なく手に取って買った本でこんなに感動するなんて・・・。小林多喜二=プロレタリア文学=『蟹工船』と昔暗記したあの小林多喜二の母の物語だ。特高につかまり,拷問を受け,亡くなった多喜二。そんな知識で彼の印象を決めつけていた自分が恥ずかしくなった。三浦綾子さんは多喜二の母になりきって,独特の口調で語りかける。学はないが,寛容で息子の選ぶことはすべて善と信じ切る母。貧乏の中で育った多喜二は,貧乏な人を救うには世の中を変えなくてはいけないと考え,小説を書き続ける。若くして女郎に売られたタミちゃんに恋心を抱いた多喜二は彼女を救おうと自分の財をなげうつ。しかし,彼は彼女に指一本ふれようとしない。自立した学ぶ者同士が結びつこうと理想を語り,読んでいていらいらするほど,実直に生きる。いたわりあう二人があまりにいじらしく,いつしか「母」と同じ視点で彼ら2人を見守っている自分に気づく。彼の死はあまりにむごかった。母は牧師と出会い,息子の多喜二の死とキリストの死をだぶらせる。それでも命日が近づくたびに,哀しみが打ち寄せてくる。その哀しみは限りなく深い。
私はこの本を読んで多喜二が好きになった。タミちゃんという女性を好きになった。時代がもう少しずれていたら,彼ら二人はきっと結ばれていたにちがいない。
読み終わった後,もう一度多喜二が小さい頃書いた夢を読み返した。
「うちの母さんの手は,いつもひびがきれて痛そうです。着物も年がら年中,おんなじ着物を着ています。・・・ぼくは,ぼくのお母さんにも,よい着物を着せて,小樽の町中,人力車に乗せてやりたいです。これがぼくの夢です。」
こんな多喜二が好きになった。 -
小林多喜二の生涯、人間性を母からの目線で書かれている小説です。
同時に母の生涯も描かれています。
お母さんがインタビューを受けているように書かれていて、東北なまりのしゃべり言葉が温かみを感じます。
まず、お母さんの人柄が良すぎます!
明るくて、優しくて、働き者。
このお母さんにかかれば、どんな人もいい人になってしまうのではないかな〜。
周りを明るく優しく包みこんでくれる存在なんです。
多喜二もこの親にしてこの子というような、親思い、兄弟思いなんです。
初任給で音楽好きの弟のためにバイオリンを買ってきたエピソードには泣けました…。(のちに弟はバイオリン奏者に)
そして、本当に平等を目指しているのに感動しました。
それが偽善でなく、芯から一貫しているんですよね。
それがわかるのが、タミちゃんの借金の肩代わりをして、自由な身にしたあとのこと。
「ここですぐおれのお嫁さんになってくれといえば、おれの金で救い出されたタミちゃんは断るにも断れん」と言って、手を出さないんです。
共産主義というと、理想は高いけれどなかなか行動が伴わないことが多いように感じていました。
しかし、多喜二は本当に理想を実践していたんだと思いました。
そのまっすぐさが死に追いやってしまったんでしょうね。
多喜二が警察に捕まり死んだ後の話は、子どもがいる人は号泣してしまうかもしれません(注意!)
子どもを拷問で亡くした親の気持ちは私には到底理解できないでしょう。
寄り添うことも難しいかもしれません。
そのときに寄り添ってくれるのが宗教なのかもしれないなと思いました。
お母さんもキリスト教に救われたんだろうな~。 -
高倉健さんの愛読書
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小林多喜二の母セキが作者に語る形で綴られる小林多喜二の人生と母の思い。幼い頃の思い出、遺体が戻ってきたときの怒り悲しみ、死後の絶望。セキさんの真っ直ぐな性格とあいまって、多喜二への思いがぐさりと刺さる。北海道に1人やっていた長男もなくしていたというセキさん、若くして子供を立て続けになくす悲しみが辛すぎて電車の中では読み進められなかった。
それにしても昔の女性はこんなにも真っ直ぐに子供を愛せていたのかと思うと羨ましくもある。セキさんの言葉に自分の時間がとか自分の人生が、とか自己犠牲を嘆く姿は全くない。子供が大きくなったらその家々を回って布団を繕ってやることを夢見る、そんな人生。もっとも、セキさんのように家族に恵まれず犠牲を強いられて辛い人生を送った女性が大半であろうからこの時代がよかったとも思わないが、子供を目の前にしたときの純粋な愛のようなものを、現代の私は随分拗らせてしまったのではないかと考えてしまった。 -
「蟹工船」を書いた小林多喜二が
こんなにも素直で、底なしに優しく、バカがつくほどの真面目であったのかと
そこに驚かずには居られなかった。
そしてこの多喜二を育てた母の天性のおおらかさ、
苦労を重ねてきながら少しもいじけたり、ひねくれたりしていない
明るく穏やかで情け深いその性質に
「ああ、こんな人間がいるのか、こんな家族があるのか」と
深く感じ入ったのである。
私にとってはこの小説のメインは
未洗礼だろうが、キリストを知らなかろうが、
貧しかろうが、学がなかろうが
美しく優しい、正直な心を持った人間がいた、という部分にある。
そしてその人間が営んだ家庭だからこそ、
経済的には豊かになれなくとも、こころは世界で一番豊かで、
おもいやりに満ちた美しい家族が育まれたのであろう。 -
然程厚くない文庫本1冊の小説だが、なかなか濃密な感じだと思った。最近、少し積極的に作品を読むようになった三浦綾子の小説で、1992(平成4)年に登場した作品ということだ。
「小林セキ(1873-1961)」と名前を挙げて、直ぐに判る人は少数派であると考えられる。他方で「小林多喜二(1903-1933)」と名前を挙げれば、「“プロレタリア文学”の小説家」と判る人が多いと思う。小林セキは、この小林多喜二の母である。
本作は、小林セキの「一人称の語り」という方式で一貫している。或る日の午後、来訪者を迎えた小林セキが、夕暮れ迄にゆっくりと想い出等を語っているという体裁である。最晩年の小林セキは、娘の一人が嫁いだ小樽の朝里の家に在った。その家で話しているという体裁だ。
本作の内容は小林セキの来し方、家族のことということになる。小林セキは秋田県内の村で生れて育って小林家に嫁ぎ、子ども達も生まれ、やがて夫の兄が事業を起こして一定の成功を収めた小樽へ移って行くという経過を辿る。そして長男が夭逝したので実質的に長男という様子でもあった小林多喜二を巡る様々な事柄を振り返って語るというのが本作の内容だ。
小林家は地主であったが、後継者であった小林セキの夫の兄が事業に失敗して財産を損なってしまった。夫婦は貧しい小作農として村で暮らしていた。夫の兄は東京へ出て再起を目指したが巧く行かず、好況に沸いていた小樽へ移り、やがてパンや菓子の店を興して成功する。弟夫妻の長男の面倒を見たいと小樽に引き取ったが、長男は夭逝してしまった。その後、夫妻と子ども達は兄の招きで小樽に移る。小樽でも決して経済的に豊かとは言い悪かった。それでも多喜二は、父の兄、伯父の店で働きながら学資の支援を受け、小樽高商(現在の小樽商大)に学び、銀行に職を得たのだった。
こういうような一家の物語が、当事者たる小林セキの証言として綴られる本作である。
物語は、小説家としての活動で評判を得て行く他方、社会運動家として当局の弾圧の対象というようになり、やがて銀行を去って東京で活動するようになり、「逮捕後に惨殺」という事態に至ってしまう。そういう経過に臨んだ小林セキはその心情や承知している経過等々を語る。更に、その後の心の軌跡のようなことも語られ、穏やかに最晩年の時を過ごしていることが語られる訳である。
貧しい暮らしぶりながら、何か刺々しさのようなモノがなく、朗らかに暮らす親子という姿、兄弟姉妹という様子に心動かされる。小林多喜二は弾圧の対象になって、結果的に殺されてしまうのだが、「公平に仲良く暮らす人々の世の中を目指したい」とした多喜二の主張が殊更に奇怪なものであったとも思い悪い。そういう様子に触れ、明るく優しかった息子を悼む母の様子というものが凄く迫る。
「昭和」という時期が幕を引き、作者も70歳代に入ろうかという中、「我々が通り過ぎた“昭和”とは?」という問題意識で綴られたのが本作なのであろう。似たような問題意識の作品として、本作の少し後に纏まった、過日読了の『銃口』も在ると思う。
極々個人的なことなのだが、自身の祖母も秋田県出身だった。秋田県辺りの方言の抑揚が下敷きになった独特な話し口調だった。本作の「小林セキの語り」という体裁で綴られた文章は、その「祖母の話し口調」を想起させるもので、黙読していても音声が聞こえているような気がした。
何か経済的な事柄は事柄として、「心豊かな在り方」を追っていた、意図せずともそうしていた、互いの笑顔を糧にするかのような家族が在って、その一家の息子が如何したものか酷い目に遭ったというのが、小林多喜二の経過ということであろうか?何か深く考えさせられた。
本当に、或る高齢の女性が話していることに耳を傾けるかのような感じで、ドンドン読み進め、読み進める毎に余韻が拡がるような本作は御薦めである。或る意味で「平成の初め頃以上に殺伐としていないか?」という感じがしないでもない現在であるからこそ、本作が読者に「迫る」のかもしれないというようなことも感じないではなかった。
作品と無関係かもしれない余談だ。小林多喜二が学資の支援を受けた小樽のパンや菓子の店だが、後に製紙工場が進出した苫小牧に店を出している。この苫小牧の店の後継者がハスカップのジャムを使ったロールケーキを世に送り出す。現在も向上や店舗が苫小牧に在って、そのロールケーキも販売が続いている。小林多喜二の伯父が営んだ「三星堂」に因んで<三星>(みつぼし)という会社だ。苫小牧では老舗菓子店として通っているようだ。 -
自身の誕生日にこの作品を読み終えたことがとても感慨深いです。
物語の語り手やその時代に生きた人々の『苦』を想像すれば自分の人生で感じた悩みや苦労の小ささを知ることができ、彼らの『苦』の万分の一をも満たしていないことを思い、胸中の受け皿がよりいっそう大きくなったことを実感しています。
本当の『強さ』『やさしさ』『幸せ』について、もう一度零から見つめる決意を固めました。
一文だけ引用させていただきます。
「誰だって、隣の人とは仲よくつき合っていきたいんだよね。うまいぼた餅つくったら、つい近所に配りたくなるもんね。むずかしいことはわからんども、それが人間だとわだしは思う」
この中の『つい』が今までの、そしてこれからの自分の心の中に[在る]ことを信じて -
1.0
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某所読書会課題図書:小林多喜二の母 セキが方言を交えて語る形で家族の様子を示しているが、戦前の北海道、東京の描写が素晴らしい.家族思いの多喜二のエピソードで弟の三吾にバイオリンを買ってやる場面が良かった.銀行勤めの多喜二はかなりの高給取りだったのだ.タミちゃんとの付き合いも彼の真面目さが現れており、好感が持てた.それにしても特高の捜査は今から見ると酷いものだが、当時の社会全体がそれを黙認した責任も問われなければならないと思っている.それに似た状況が発生しそうになった場合、敏感に察知する感覚を持っておきべきだと考えている.
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知人に勧めていただいた本を母の日に読了。
実家を出て一人暮らしをしている自分が、忘れがちな母の視点の一部を知ることができた。
今年の母の日は、今までよりも母に優しく接することができたように思う。 -
母の深い愛情と家族の信頼関係が
えがかれた作品。
なぜ多喜二があのような人生の
終わりを向かえなければならなかったのか
考えさせられました。
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12月から少しずつ読んでいた三浦綾子『母』、ようやく読了。
小林多喜二の母、小林セキさんが、自分の一生を、自分の言葉で人に語る、というスタイルで書かれている。
読んでいるときは、綾子さんが直接セキさんから話を聞いて書いたものと思っていたけれど、年譜を見ればセキさんは1961年に亡くなっている。これは、資料を読み込み、関係者への取材を重ねて、綾子さんが創作した小説なのだ。
1982年頃、夫の光世さんが、「小林多喜二の母を書いてほしい」と綾子さんに頼んだのが始まりだった。キリスト者の苦難を多く書いてきた綾子さんだが、多喜二の思想や人物にうとい自分にはとても書けないと戸惑ったという。それでも光世さんの熱意に応える形で、数年後には資料を調べ始め、十年後、ついに書き上げられた。ちょうど、綾子さんがパーキンソン病と診断された頃で、口述に難儀するようになる直前だったという。
セキさんの語り口は、秋田方言と北海道の浜弁をミックスしたような言葉だったというが、これは、綾子さん自身の祖母が秋田生まれで小樽に長く住んだ人であったことから、ほぼ自然に再現された。
あとがきで綾子さんは、「こうして取材が始まった。調べるに従って、第一に私の心を捉えたのは、多喜二の家庭があまりにも明るくあまりにも優しさに満ちていたことだった」と述べている。-
小林多喜二は親孝行できようだいに誰よりも優しくて、現在にこんな素敵な人はいない。なぜこんな素敵人が虐待されて殺されて、殺した方が何も罪に問わ...小林多喜二は親孝行できようだいに誰よりも優しくて、現在にこんな素敵な人はいない。なぜこんな素敵人が虐待されて殺されて、殺した方が何も罪に問われない。なんて酷い世の中でしょう。人はどこまても酷い人間に慣れり恐れを感じます。2024/12/07
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「母」の人生は言葉では言い表せられないほどの惨い経験を経てもなお続いた。なんと過酷な毎日だったことか。生きる意味はないと思っていたと思う。
この物語を読んだものが軽々しく「母」の気持ちを代弁するなどできることではないが、子をこんな風に失い、それでもなお、生きねばならない。そのことを呪っただろうと思う。自分に残されてる命をぜんぜん理解できなかったのではないだろうか。
そして、「母」はキリスト教えに耳を傾け、共産党にも入党するがそれらを心の支えに熱狂することはなかったようだ。そのことを私はとてもよくわかる気がした。
何に関しても「過ぎる」行為、「信じすぎる」行動を自分が自分で許さなかったのではないかと思う。そいういう意味で多喜二の共産党の活動への熱狂や筆者三浦綾子自身の信仰の姿勢とは真逆にある人であった。
受洗していないことにおそらくは嫌悪を覚えたのは反面、信仰しなくとも素晴らしい人間だった多喜二の母に一目置くというか、畏怖の念があったのではないだろうか。
この本を読みながら多喜二の恋愛への姿勢や活動への熱狂はなにかどこか「過ぎて」いて、ジッドの「狭き門」を思わせた。
多喜二のような人々の上に今の日本が気づかれたのだから、そのことを深く思うべきなのだろうけれど、この母を悲しませた罪は大きい。自分が親不孝をしているなと思ったら読むがイイと思った。
ところで、三浦綾子氏がなくなった数年後だったと思うけれど、夫の光世氏の講演会が無料で入場できるというので友人と連れ立って行った経験がある。その時にこの「母」という小説を知ったのだ。びっくり、もう20年以上前。
会場でその時初めて「共産党主催」の会だったと知り、勧誘されるのではないかと少々、ビビりながら聞いたのだが、演者の光世さんも「母」の小説のエピソードを語りながら(ほぼ何も覚えてない。すみません)しきりに「政治のことは無知」とか「共産党のことはなにもわからない」とかしきりに挟み込みながら語っていたことだけど覚えている。やさしい良い人だなと思った。 -
多喜二のすること信用しないで、誰のすること信用するべ
母さんはいい母さんだ。体はちんこいけど、心のでっかい母さんだ。
そんな会話ができる子育て、素晴らしい。学歴じゃない!
著者プロフィール
三浦綾子の作品
