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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784041437254
作品紹介・あらすじ
昭和2年、旭川の小学生竜太は、担任に憧れる。成長し、教師になるが、理想の教育に燃える彼を阻むものは、軍国主義の勢いであった。軍旗はためく昭和を背景に戦争と人間の姿を描いた感動の名作。
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みんなの感想まとめ
戦争前夜の日本を背景に、一人の少年の成長を通じて、国家が個人の思考や言葉を奪う恐怖を描く物語。主人公・竜太は、理想の教育を求めつつも、周囲の軍国主義的な圧力に直面し、自らの誇りや尊厳を保つために奮闘し...
感想・レビュー・書評
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#読了 #三浦綾子
昭和初期、まさに戦争前夜の生活を一人の少年の成長を通じて知ることができる。小中学生時代と青年になっても純でまっすぐな微笑ましいエピソード。そのギャップが、すぐそばにある思想弾圧、言論統制の怖さを際立たせる。ただ周りの大人もそれが正しいと教えられてきたからで、教育の大切さを痛感。今じゃありえないと思いつつ、今のネット社会には少し似通った空気を感じる。文面に踊らされずちゃんと調べられ、判断される世の中であって欲しいな。
上巻終盤、章タイトルの通り徐々に忍び寄り、ここから怒涛の展開に。傑作と言われるのに納得。
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『銃口(上)』三浦綾子――言葉が封じられた時代を生きるということ
戦争前夜の日本――それは、国家が個人の思考と言葉を奪い去る時代だった。三浦綾子さんの『銃口(上)』を読み進めながら、胸が締めつけられるような思いに何度も駆られた。
現代の日本に生きていると、こんなにも国家の力が個人に及んでいた時代があったことを、つい忘れてしまいそうになる。言論統制が強まり、「個人の尊厳」という言葉が空虚に響く社会。まさに戦争へと突き進む国の姿が描かれていて、今の自分たちの暮らしとの落差に、はっとさせられる。
そんな中で描かれる主人公・竜太の姿には、強く心を打たれた。自分の内面と向き合いながら、どうすれば人間としての誇りや尊厳を失わずに生きていけるのかを模索し続ける。彼のまわりにいる人々もまた、それぞれの形で「思考すること」を手放さないように苦闘している。
言葉の自由とは何か。思考の自由とはどれほど尊いものか。物語を読みながら、自分に問いかけずにはいられない。自由が当たり前でなくなったとき、人はどうなるのか。その恐ろしさを改めて感じさせられた。
下巻では、竜太と彼を取り巻く人々がどのような運命をたどるのか――怖さと同時に、彼らの歩みを見届けたいという思いが募っている。読後感は決して軽くはないけれど、今こそ読まれるべき一冊だと感じた。 -
初めての三浦綾子である。まるで「理想主義肌の山崎豊子」。山崎豊子ほどに骨太ではないし、山崎豊子のように入念な取材を元に「事実」のみを描くタイプではなくて、かなりのフィクションが入っていて、それを借りて「真実」を描くタイプの構成である。しかし、時代の中で足掻く個人個人を正面から描く態度は共通している。
三浦綾子ファンの噂を聞く限りでは、かなり求道的な哲学的な作品ではないかと思っていたのである。嬉しい誤算だった。
特に上巻は、かなり現代と被る部分がある。数年前までは思いもよらなかったかもしれない。竜太が小学校四年生で恩師坂部先生に出会うのが、昭和2年ということになっている。ほとんど言いがかりとでも言えるような嫌疑で治安維持法違反で逮捕される昭和16年までが、上巻の内容である。
私は、昭和の時代は皇民教育が徹底していて、一部の共産党戦士とシンパぐらいしか、国の方針に批判的な意見を持っていなかったのではないかと漫然と思っていたのであるが、日本の中心からかなり離れた旭川では、昭和10年の頃まではかなり自由にモノが言えたし、いろんな人たちが批判的な精神を持っていると、描かれている。小説に生き生きと描かれると、そうだったのだろうな、としか思えなくなる。
そして少しずつ自由にモノが言えなくなる。竜太のお父さん、坂部先生、山下先生たちが、その中でやるべきことをして、言うべきことを言う。その「勇気」を我々は小説の「真実」の中から汲まなくてならないだろう。
2015年3月25日読了 -
80年以上も前の事件、それに巻き込まれる羽目に陥った人物という題材を軸とした物語で、30年も以前に発表された小説ではある。が、そういう「何十年前」という変な旧さは微塵も無い。現在の時点でも考えさせられる内容を大いに含む小説だ。
美瑛を訪ねた際に、十勝岳噴火の災害に纏わる話題として小説『泥流地帯』が知られているということを何度も聞いていて、思い切って入手して読んでみた。実質的な上下巻ながら、別作品扱いである『続 泥流地帯』と併せて読み、これが非常に好かったので「同じ作者の別な作品」と三浦綾子作品を何作か続けて読んでみた。何れも、新聞や雑誌の連載で初登場、そして単行本が初めて登場という時期が半世紀やそれ以上も前という作品だった。
三浦綾子は『氷点』でのデビュー以降、概ね35年間の作家活動という経過が在る。その活動の後期というような頃には、少し体調も好くなかったということだが、1990年代にも深い問題意識で幾つもの作品を発表している。その1990年代の作品と言っても、既に30年程度も以前ではあるが。
本作は少年時代に小学校の教員を志すようになり、その道へ進んだという北森竜太という青年が主人公だ。作中の殆どの部分がこの北森竜太の目線で綴られている。
上巻は北森竜太の少年時代、長じて教員となり、教員としての活動に励みながら、同じく教員となった子ども時代からの馴染である女性と幸せな家庭を築くことを夢見るようになって行くという展開である。昭和に元号が改まったような頃から、昭和17年頃迄の経過となる。
この竜太の来し方が描かれている旭川での場面だが、昭和の初め頃の雰囲気が活写されていて凄く読ませる感じだ。そして教員となって赴任するのは空知管内の炭鉱町である。この炭鉱町の雰囲気が、何か凄くリアルに伝わる感じだ。
そして教員としての活動に関することだが、「あの時代の学校?」という様子が非常に詳しく描かれる。そして熱心に授業に取組む竜太達の様子も凄く引き込まれるモノが在る。 -
戦時下における熱意ある教師の姿と、庶民に不気味に忍びよる戦争の影。
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軍国主義の校長の体制がどこかの部活のラグビー部に監督とコーチとかぶってしまった…
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主人公が塩狩峠の人に似てる!
不穏な時代でも、自分の信念を貫いてる人たちがでてくる、見習いたい。
竜太、政太郎、美千代、芳子、坂部先生、沖島先生、木下先生等々。
「迷ったときは、自分の損する方を選んだらいい」
「人間は誰でも、尋ねられたくないものをもっているもんだ。隠しておきたいことは、聞いても語らんだろうし、聞いて欲しいことは、聞かんでも自分で語るもんだ」
「自分の人生をいきるということは、いわば真っ白な布の上を歩いていくようなもんだ。そこに記された自分の足跡が乱れるのも乱れないのも、自分の責任だ」
チェーホフ『孤独が恐ろしかったら結婚するな』 -
教師の狭くも深い世界を、主人公の成長を楽しみながら垣間見ることができる。いとこの楠夫との対比は主人公への理解を深める上でとても効果的だし、主人公の純愛も美しく清涼感溢れていた。子供ができたら読ませたいなと思わせるフレーズがいくつもあった。
物語が転回する下巻も楽しみ。 -
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温かくて実直で、凛として背筋が伸びる。
三浦綾子の描く教師は、そんな魅力にあふれている。こういう先生がいてほしいと思う姿そのものだ。
昭和10年代、戦争の足音が大きくなるなかで、教育の理想を目指す若い教師。子どものために最良の授業を実現しようとするが、言論統制の影が迫る。
自由にものが言えない苦しさ、思想を縛る国策の醜悪ぶりが後編に向かって立ちのぼる。普通のことが普通にできる国とは、なんて幸せなのだろう。 -
旭川の裕福な質屋の長男として生まれた竜太。小学校の担任だった坂部先生を深く尊敬し、教師となる道を選んだが、日本が戦争へとひた走る中、予想だにしなかった事件に巻き込まれる…。
誠実な両親や姉弟、先生、同僚に囲まれ、難しい時代の中必死に正しく生きていこうとする竜太の姿が清々しい。それだけに戦前、戦中の理不尽な世相が重苦しく迫ってくる。
ストーリーの随所で坂部先生やその妻冴子先生、幼なじみの芳子を通して、キリスト教の教えが語られるが、それも押しつけがましくなく自然と心に溶け込んでくる感じがして読みやすかった。 -
これを読んで即「母」を読む。アカのレッテルの恐ろしさ。
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尊敬する先生がいて、自分もそうなりたいと教師になる。しかし、宿直の時に運命は大きく変わる。
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教師になろうと思っている人に是非読んでもらいたい本。
戦争によって言語、思想統制が行なわれる中で、どのように教え生きてゆくのか、時代が違っても主人公の「教育」に対する熱意は、現代の教育にも通ずるものがあると思う。
教えるということの難しさを再確認できた作品。 -
旭川などを舞台とした作品です。
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「ウォーター!」が気になって仕方がない…。意味が分からない…。
北海道弁ですか?!に、しても、三浦作品のなかでもかなり宗教に偏ってると思いました。ちょっと辟易。 -
昔、NHKのドラマで綴方教室をテーマにしていたのがあったが、ちゃんと見ていなかった。その原作を探したがこれというものは確認できなかったが、これがテーマとしては一番合致していた。
上巻は主人公が教師になるまで、そして、なってからどのような考え方をしているかを描いている。いわゆる受難は下巻から。
師範学校出の教師のあまりの純粋さに驚くばかり。これは三浦綾子の特有のものかもしれないが、世情のうとさ、ひとつの価値観への盲信、時代かもしれないが、もどかしさを感じる。
だからこそ、「石ころのうた」なのかもしれない。 -
戦時中の昭和を舞台に、主人公が教師を目指し、そして戦争に巻き込まれていく。
言論統制により、見に覚えのない罪に問われ、教壇を下りることとなる主人公。自由に、ものを言えない、思想を抱くことのできないことの恐ろしさを感じさせられました。
本書の中に度々出てくる「神」というテーマ。正しい行いをしている者が必ずしも幸せな生涯を送るわけではない。神がいるならば、正しいものにこそそれに見合った幸せな人生が与えられるものではないのか・・・。正直、私もそう感じます。しかし、「見返りを期待して、正しい行いをしているわけではない」のです。自分の中の神様に背かない生き方をしたいと感じました。常に、自分に向けられている銃口・・・それを感じていなければならないのかもしれません。 -
三浦綾子の小説が読みたくて大学図書館を探し見つけた結果、置いてあったのが氷点とこの銃口。銃口は未読だったため読んでみることに…。
戦時中の教員の話と知り、何となく辛い内容だろうなと躊躇いがあったが、読み始めると以外にも主人公竜太の少年時代が幼少期らしい期待感や新鮮さをもって語られていて、存外テンポよく明るい気持ちで読むことが出来た。しかし、その中に忍び寄る仄暗い戦争の影に、やはり言いようもない不安を感じた。
淡々と、ときに温かく、ときに悩ましく描かれる龍太の少年時代から青年時代の歩みに、その当時の若者の生き様をリアルに垣間見たような気がした。
時代は違えど、子供が見ている世界は、私たちが経験したものと根底では変わらないように思う。
忍び寄る軍国主義の流れに、子供らしく素直に従う反面、そこにある違和感を何となくだが肌で感じ取っている。植え付けるような思想教育だとしても、最初から誰もが疑いなく受け入れている訳ではない。幼いながらに疑問を抱く者、小狡く大人の目をかいくぐる者、純粋さゆえにその理不尽を一身に被る者。
そこに生きていた人達は、私たちと何ら変わりない子供であり、青年であり、ただその時代に生まれ生きていただけなのだと改めて感じる。
そういう意味で、もしそこに自分が立っていたらと項をめくる度に、考えずにはいられない。
少しずつ国体が色濃く現れていく中で、史実通り治安維持法が制定され、共産党が弾圧を受け、竜太を含め作中に登場する思慮深い(まともな)教師たちが、いつ不利益を被ることになるのかと、怯えながら読み進めて行った後半。しかし、まさか最後に急展開があろうとは…。
ついに来てしまったかと、溜息が出た。
竜太を待ち受ける未来が明るいものではないのは分かってはいるが、せめて最後に救いがあるようにと、祈りながら下巻に向かう。
著者プロフィール
三浦綾子の作品
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