銃口 下 (角川文庫)

  • KADOKAWA (2009年8月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (432ページ) / ISBN・EAN: 9784041437261

作品紹介・あらすじ

竜太は治安維持法の容疑で拘留。直後、招集された。45年、8月15日満州から朝鮮へと敗走中、民兵から銃口をつきつけらるーー。

みんなの感想まとめ

戦時下の極限状況に翻弄される人間の本質を描いた物語は、過去の歴史を通じて私たちに深い問いを投げかけます。主人公・竜太は、治安維持法の容疑で拘留され、さらには戦争の不条理に直面します。読者は、彼の苦悩を...

感想・レビュー・書評

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  • #読了 #三浦綾子

    史実の綴方教育連盟事件に巻き込まれる竜太。その場で共産思想の本に赤線を引かせ、後から証拠にするとか嘘やろと。でも本当にあったんだと思うと恐ろしすぎる。逆さ釣りとかもはや拷問。昔の人はこれを耐えてたのは凄すぎる。奉安殿や教育勅語。知らない事実を小説で教えてもらえて、少し前のも色々読んだ方がいいと痛感。
    他にも名作がたくさんあるのでまた読みます。

  • 『銃口(下)』三浦綾子――人間であることの意味を問う物語

    上巻を読み終えた勢いのまま、一気に下巻を読み切った。胸の奥にずしんと響くような読後感が、今も消えずに残っている。

    三浦綾子さんの『銃口』は、戦時下という極限の状況の中で、人間という存在の本質に真正面から向き合う物語だった。人は時として、あまりにも愚かだ。それでも、驚くほどに尊い。残酷さと温かさ――そんな相反するものを内包しているのが、人間なのだと改めて感じさせられた。

    今、自分がここに生きていることの意味。誰しも、どこかの時代で命を奪い、あるいは他の命を犠牲にして生き延びた祖先を持っている。それは否応なく自分の中に受け継がれている。もしかすると、そんな過去の「遺伝子思考」が、自分自身を突き動かす瞬間もあるのかもしれない。

    だからこそ、自分が「善人」であることを意識し続けることが大切なのだと、この本は教えてくれた。善と悪を併せ持つのが人間であるならば、善を選び取ろうとする意志が、私たちの人間性をかたちづくる。

    「自分は、何のために生かされているのか」
    そんな問いを、この作品は深く静かに投げかけてくる。読んでいて苦しい場面も多い。でも、最後まで読み終えたとき、心のどこかに確かな灯がともったような感覚が残った。

    『銃口』は、今を生きる私たちにこそ必要な本なのだと思う。

  • 上巻は竜太が先生を目指す希望のある内容だったが、下巻はひたすら戦争に翻弄されていく姿が描かれている。戦時中の不条理はこんなものではなかったのだと思う。最後には希望があるが、こんな戦争を繰り返してはならない。

  • 本作に関しては、頁を繰り続ける都度、物語が進めば進む程に「如何いうように?」という興味が高まる感じだ。頁を繰り続ける程に「停められない」という度合いが高まる。そして夢中で読了に至ったのである。
    本作は少年時代に小学校の教員を志すようになり、その道へ進んだという北森竜太という青年が主人公だ。作中の殆どの部分がこの北森竜太の目線で綴られている。
    上巻は北森竜太の少年時代、長じて教員となり、教員としての活動に励みながら、同じく教員となった子ども時代からの馴染である女性と幸せな家庭を築くことを夢見るようになって行くという展開である。昭和に元号が改まったような頃から、昭和17年頃迄の経過となる。
    下巻はおかしな事件に巻き込まれた北森竜太の苦悩、それでも幸せな家庭を築こうとした想いが、戦争という時代の渦に砕かれる様、満州でのこと、そして終戦後の帰国に纏わること等ということになる。
    実在の地名等も多い他方、一部に架空の地名等も交る。作品を鳥瞰すると、昭和の初めから終戦直後頃の時期の20年間程を描く大河小説という雰囲気だ。が、核心は上巻の最後の辺り、おかしな事件に巻き込まれて行く経過と苦悩なのであろう。
    北森竜太は旭川の質店の息子である。両親、姉、弟という家族である。近所に同じ年の従兄弟の楠夫達も在って兄弟同然だ。竜太は小学校で出会った坂部に惹かれ「あの坂部先生のように」と教員を志し、中学から師範学校へ進み、教員として採用されるという経過である。
    教員としての活動に関することだが、「あの時代の学校?」という様子が非常に詳しく描かれる。そして熱心に授業に取組む竜太達の様子も凄く引き込まれるモノが在る。
    そして「綴り方」である。これは国語関係の課業の一つとされ、書き言葉を学ぶものなのだが、小説の描写等によれば「作文」ということになる。自由な主題で、または与えられた課題で児童が作文を綴り、教員が講評する、または教室で綴った児童が朗読し、教員や児童達が話し合うというような取組が為されている。
    この「綴り方」であるが、言葉を読み、解釈し、考え、その考えたことや見聞を言葉で伝えて行くというようなことが、学習や暮らしの基礎として重要と見受けられることから、授業の充実や児童の関心を高めようと熱心に研究しようという教員達が在った。こういう人達が集まりを持って意見交換をしようというような活動をした。そこから波紋が拡がるのである。
    戦争の時代に入って行く中で<治安維持法>やそれに伴う警察や軍の憲兵の活動が拡がる。北海道では「綴り方」の授業の研究をしようとしていた集まりに参加した教員達が密かに逮捕され、「赤化思想」等と決め付けられ、教員を依願退職することを無理強いされたという事件が実際に在ったのだという。私財を投げ打って弁護士費用を出した人物の支援と、熱心な弁護士の活動で、逮捕された関係者の中で起訴された人達は「有罪ながら執行猶予」と、受刑することは辛うじて免れたそうだ。
    本作の核心は、北森竜太がこの「綴り方」の教育を研究しようという集まりにほんの少しだけ関ったということで、逮捕されて退職を強要され、戦争の渦中にも身を投じるようなことになるという様子である。
    それにしても<治安維持法>やそれに伴う警察や軍の憲兵の活動というようなモノは禍々しいものだ。念願し、熱心に勤めていた教員の仕事を奪われた竜太は、父親の伝手等で勤めるようになった新しい職場にも監視が入って孤立させられて1ヶ月も居られないようにされ、酷く孤立させられてしまう。
    題名の『銃口』は、恐らく「何時でも、何処でも、銃口か何かを突き付けられているかのような気分を強いられる羽目」という竜太の様子を暗示するものなのだと思う。
    言葉を読み、解釈し、考え、その考えたことや見聞を言葉で伝えて行くというようなことが、学習や暮らしの基礎として重要と見受けられるとして、本作の竜太や教員達が研究しようとするのだが、これは「時代を問わずに大切なこと」のように思う。
    他方に「集まれば危険」と、密かに関係したと見受けられる人達を逮捕して、そういうことを全く公にせず、個人の仕事や尊厳を踏み躙ってしまうような振舞いに及ぶという、怖ろしい状態が嘗ては在った。こういうのは「時代を問わずに忌避するべきこと」のように思う。
    読後の余韻に浸りながら思った。「学習や暮らしの基礎」となるような、言葉を読み、解釈し、考え、その考えたことや見聞を言葉で伝えて行くというようなことが大切にされているであろうか?考えたことや見聞を言葉で伝えるという程度のことを、蔑む、危険視するというような、妙なことが行われてはいないであろうか?そういう余韻が在って、本作に関して「変な旧さは微塵も無い」という程度に思った。少し言い換えれば、本作で問われているようなことを、現在でも少しは考えなければならないのではないかということだ。
    作中の竜太だが、色々な叙述から推定して1918(大正7)年頃に産まれている。本作の制作に着手されているのは1989(平成元)年、1990(平成2)年だ。作中の竜太と同年代の人達は70歳代の初めというような感じになっている頃である。本作で参考にされた様々な証言のようなモノに関して、70歳代位であれば「来し方を語る」というように直接に詳しく話して頂くということが叶う可能性も高いと見受けられる。そういう意味で、「この機を逃せない!」というタイミングで得た情報を反映させることが叶った本作かもしれない。
    本作を綴った三浦綾子は1922年生まれである。作中の竜太達より少しだけ若いが、殆ど同じ時代を潜って、昭和の最後を迎えていた。そういう中での「想い」が強く、色濃く反映された力作がこの『銃口』であるとも思う。
    余韻も深い本作を広く御薦めしたい。

  • 大正天皇の御大葬から昭和天皇の御大葬まで、昭和史のような時代を背景に生い立ち、教師として生きていく主人公「北森竜太」を描く。

    裕福な家庭に生まれた素直な少年の彼が、小学校時の受け持ちの先生の影響を受けて教師となる。

    天皇のご真影を拝する学校教育に何の疑問も感じず、その時代のごく普通の教師であった。

    しかし、情熱を持ってした綴り方指導が言論統制の当局の目にとまってしまった。

    治安維持法で勾留され、教師をやめさせられ、教師なら免除になって逃れていた軍隊への召集もかけられ戦争に参加しなければならず、さまざまな苦難を味わうことになるのである。

    ストーリーは太平洋戦争のあとさきに限られており、戦後の教師はどうだったかというテーマもあれば昭和をたどったことになろうが、そこまでは筆が及ばなかったようである。

    だから教師の昭和史と言うより、国策により権力を持った憲兵が、自分の保身のためどんな風に悪知恵を働かせ罪を作って個人にかぶせ翻弄させられるか、さすが三浦綾子さんの筆運び、迫真に描かれてあり、読後すごく怒りを覚えさせられた。

    思えば状況は今も同じようである。
    実際検事局が状況証拠を捏造したりするのをまのあたりにしたのだもの、油断ならない、怖ろしい。

  • 小説「銃口」は、小学館「本の窓」誌1990年1月号から1993年8月号まで37回にわたって連載された。取材を開始した時期から数えると4年の歳月を要したことになる。非常に長い小説を書き終えたという思いと共に、なぜか本当に終わったという気がしない。
    当初、編集者の真杉章氏から「昭和を背景に神と人間を書いて欲しい」との新連載のテーマを提示されたのであるが、昭和の年代全般に亘ることは到底できなかった。戦時を重点に、最後は昭和天皇大葬の日をもって形を整えるにとどまった。やはりもっと書かねばならなかったという思いが残る。(412P)

    三浦綾子は「あとがき」でそう述べている。どんなに手を尽くした看病をして親族が亡くなってもあとには後悔が必ず残るように、我が子同然の作品を書き終えた直後には、書き切らなかったことが見えて仕方ないのだろう。しかし、それはまさに仕方ないことである。

    私は当初「綴方教育に情熱を注いでいた教師が、不当に治安維持法で逮捕されて、不屈に頑張る話」だと勝手にこの長編小説の内容を予想していた。ところが、下巻に至ると物語は予想外に満州戦線での話に移る。

    上巻でも下巻でも、主人公の他に必ず良心的な人間(ほとんどはキリスト信者ではない)が登場する。主人公はむしろ彼らに学びながら成長する物語の語り手のような存在であった。

    戦争という「人類の最大の罪」とも言うような事態の中で、本来「善き者」「であるべき」人間の取る行動は、どのようなものだったのか。政治の動く中枢から遠く離れた旭川と満州が舞台の、普通の人間たちの物語である。

    普通の人間たちの様々な「選択」が、ここに描かれている。
    「どうしたらよいかまよった時は、自分の損になる方を選ぶとよい」
    そのように云う坂部先生は、一つの理想像である。理想像は非業の死を遂げる。

    もっとも象徴的なエピソードは、帰還の汽車を待つときに出会った焼け出された子どもと竜太の話だろう。貴重なおにぎりを分け合うべきか竜太は躊躇する。あれをどう取るか、でこの小説の感想は様々に分岐するだろう。
    2015年3月27日読了

  • 上巻最後のすぐ続きから始まり、物語は戦争一色へと一気に姿を変えていく。

    無慈悲に竜太に襲いかかる悪夢のような現実に、映画「私は貝になりたい」を観ているときのような、逃げ場のない不吉さと息苦しさを思い出した。
    けれど、嫌だな、嫌だなと思いながらも、不思議と頁をめくる手は止まらず、むしろ上巻以上に走り抜けるように読み進めた。
    散々と言うほどの理不尽に苛まれ、こんなことがあっていいのかと思うような現状があるのに、どういう訳かそこに完全なる絶望がないからかもしれない。

    作中、坂部先生が竜太に「竜太、人間が人間として生きるというのは、実に大変なことだなあ」と言うシーンがある。
    無実でありながら、正しくありながら、捕らえられ拷問され、誰もがなぜと非難したくなる場面で紡がれたこの一言に、私は「ああ、そうか」と妙に納得させられた。
    坂部先生は上巻から一貫して“この世界“では特異な存在だった。けれど彼は、何か特別なことをしていた訳ではない。壊れていたのはむしろ世界の方で、坂部先生はただ、人間が人間として生きていただけだったのだ。

    「人間が人間らしく生きる」というのは、この作品のテーマのひとつだと思う。同時に「戦争は人間を人間でなくす」というメッセージも同じくらい強く訴えられている。
    その中に隠れるように(けれど本質としてずっと存在している)、「潜在的な人の善と悪」、そして「救い」がある。

    人は脆い。脆く、愚かで、弱く恐ろしい。
    確かな悪(罪)がそこに存在していて、ともすれば何が原動力なのかと問いかけたくなるような善もまた存在している。
    そのような不完全さがあるから、その不完全さに気づいた竜太は、自分が、人が、いかに確たるものを何も持たずに、闇の中を生きているかを思ったのだ。
    そして話はそこで終わらず、確かな光があることも示されている。竜太や山田曹長が人ならざるものの存在を覚え、祈りを求めるところに、この物語の救いがある。人の救いがある。

    三浦綾子の小説は、氷点に然り、塩狩峠に然り、他に道はなかったのかと思うような最後が多い。本作でのバットエンドも正直覚悟していた。最悪、曹長も竜太も無惨な死を遂げることになるかもしれないと。
    むろん多くの死と悲しみはあったが、この二人が生き続ける未来が描かれたことが、読者にとっての何よりの救いだろう。
    また暗く苦しみのあるこの物語を、止めることなく希望を持って読み切ることができたのは、主人公竜太の清らかで真っ直ぐな性格と、彼に与えられる幾人かの人格的な師や上司、金俊明、そして家族と妻芳子の存在にある。
    竜太の半生を通して、その一人一人が彼を介し、私たちに多くのことを語っている。

    物語の最後の最後に、「尾を引いているようだ」と年老いた竜太が歯切れ悪く口にする。綺麗さっぱりハッピーエンドじゃないところがやはり三浦綾子だなぁと思う。
    この物語が書かれたのは1994年のことだが、それから30年以上たった今、彼女の警鐘は確かに現実のものとなって現れているように感じる。
    あとがきで「昭和時代が終わっても、なお終わらぬものに目を外すことなく、生きつづけるものでありたいと願いつつ」と書かれている。
    平成が終わり、令和が始まり、またあの時代が思い起こされるようになった現代で、この銃口に書かれたかつての現実から、そして三浦綾子が感じた"今なお終わらぬもの"から、私たちは目を外すことなく生きているだろうか。
    私はむしろ、終わらぬものどころか、何があったかすら正しく認識していなかったように思う。
    かつての日本がどうであったか、今どこに向かっているのか、終わらぬものとして何があるのか。
    それを正しく知り、三浦綾子のように目を外すことなく生きていきたいと思う。

    歴史が繰り返されることのないようにと、ただ神に祈りつつ。

  • 戦前、戦中、戦後。激動の時代を描いている。軍国主義に逆らうものを理不尽に弾圧する勢力、長いものに巻かれる主義で積極的に従う者と、自分の中の正義を見失わない者。大変な時代だった。二度とあのような時代に戻らないことを祈る。

     キリスト教思想を織り込むところは、コマーシャルが入ったように思えて、少々興ざめ。

  • 治安維持法による数ヶ月の拘束。釈放後の保護監察による監視、赤紙による召集により満州関東軍へ、軍隊内の暴力、敗戦と帰国など、暗い展開のなか、主人公の周りには、人の心を持った善人が多くいる。
    ストーリー展開されるので、大戦の年譜が頭に入りやすい。
    1941.12真珠湾
    1942夏くらいから、敗戦続き
    1945.8原発2発で、敗戦。
    配色濃厚の状態から、よく3年も戦争を継続したと思った。。

  • 下巻は話が上手く出来過ぎて拍子抜け。
    もっと悲惨な状況に陥りながらも、何とか立ち直ってハッピーエンドが良かったのかな。

    たとえば↓みたいな展開…

    坂部先生が取調べ中に獄死したのを知り、竜太は精神を患う。
    拷問にも全く反応せず、かと言って二人も殺すのは流石に特高も躊躇し、仕方なく保釈。
    帰宅後は芳子や家族の懸命な献身で何とか立ち直るも、それを見越したかのように徴兵。
    軍隊でも上官からの執拗なイジメで、これまた精神的に参ってしまうが、軍に出入りする中国人に助けてもらい、脱走して匿ってもらう。
    そして、中国人街でみた日本軍の狼藉振りに憤慨し、義勇軍に参加することに。
    義勇軍では、日本軍の内部を知る竜太は活躍し、益々重要な役割を担わされ、その過程で、朝鮮人の隊長と知り合うが、世間話をするうちに彼が金俊明であることが判る。
    終戦後、竜太は「日本には帰れない身分だ」と帰国をためらうが、金俊明から「お父さんと美千代さんに元気で暮らしていることを伝えて欲しい」と請われ、ひっそりと帰国を果たす。
    旭川では案の定、両親は脱走兵の親として蔑まれ、店をたたみ、ひもじい借家住まいをしていた。
    しかし竜太と芳子は、昔の同僚や、教会の人々の助けで両親を救い、自身の名誉も回復し再スタートをすることに…

  • 日本の悲しい歴史。

    あたたかい人に出会えた竜太。民族は関係なく人であると言った父

  • 近堂上等兵のように生きたい。

  • 国のかたちはその時代の法律で簡単に変わってしまって、思想や生き方が国家に不都合という理由だけで投獄され、拷問を受ける。その失意も醒めないうちに戦争に駆り出され、さらに理不尽な世界を目の当たりにする。

    それはほんの70年前、この国で起きていたこと。何を大切に生きるべきか。辛い体験と、尊敬すべき人たちとの交流を通して、小学校教師の若者がたどり着いた結論。それこそが、悲惨な戦争でこの国が学んだ教訓だったのではないか。忘れてはいけないことがある。

  • 人間、とっさの言動がその人間の真価

  • 上巻に記載

  • 治安維持法違反の容疑で勾留された竜太。釈放されても辛い日々が続く。芳子とやっと結婚できるという時に、戦争に召集される。過酷な軍隊生活。

  • 旭川などを舞台とした作品です。

  • 戦中、旭川の質屋の長男として生まれた、主人公。
    質屋という商売だったが、人情にあふれる恵まれた環境で育つ。
    戦中の理不尽な天皇崇拝の教育で、唯一の小学校の時の担任だった恩師は
    納得できる思想・生き方、何が大事か?を教えられ、
    主人公は憧れて教師を目指す。

    とは言え、主人公は戦時教育に反していたわけではなく、
    根本には天皇を崇拝する心は、多くの当時の国民と同じように持っていた。
    まっすぐな心そのまま、教師になったが、
    思想統制の波にかかり、どん底に落ちていく。

    当時の思想統制の怖さと、今の自由さを実感させられ、
    本当に今に生まれてよかったと思います。

    主人公は当時の数ある事件の一人の話に過ぎず、
    同じ境遇の、またそれ以上に不幸な目にあった人が
    たくさんいるとなると、本当に暗い時代です。

    そんな中でも主人公とその恩師は
    差別のない人としての生き方を通していきます。
    確かにこんな先生は今の時代でもいないと思います。

    人を差別するには理由があり、止むをえないこともあると思います。
    しかし、理由のない差別や、理由にならない差別もたくさんあります。
    それが横行していた時代。人間の理性とは本当に怖いものです。

    後半は軍隊に配属され、その中でもまた、
    当時の思想の中でも、たくさんの種類の人間がいたことがわかります。

    日本がした酷いこと、された酷いこと。
    どっちも鮮明に書かれている部分があります。

    とても辛い話なのに、人間はまだ戦争してると思うと、
    とても悲しいことです。

    思想は制限できない。というのも理解できる内容。

    この話は子供と子持ちの親に読んで欲しいと思った。
    生き方の本質というか、子供に教えることが、目先のことばかりに
    ならないようにしたい、と思えるから。

    新年一発目から戦争ものでした。
    上下巻で内容もさることながら、ページ数もヘビーです。

  • 読みやすい文章で、戦前から戦後まで主人公の人生をたどりながら、さまざまな出来事を知ることができます。どんな状況であっても、自分の信念を曲げない生き方は自分を救う結果になるのだ。

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著者プロフィール

1922年4月、北海道旭川市生まれ。1959年、三浦光世と結婚。1964年、朝日新聞の1000万円懸賞小説に『氷点』で入選し作家活動に入る。その後も『塩狩峠』『道ありき』『泥流地帯』『母』『銃口』など数多くの小説、エッセイ等を発表した。1998年、旭川市に三浦綾子記念文学館が開館。1999年10月、逝去。

「2023年 『横書き・総ルビ 氷点(下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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