銃口 下 (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041437261

作品紹介・あらすじ

昭和16年、北森竜太は治安維持法違反の容疑で、7カ月も勾留、釈放されたものの退職させられ、追い打ちをかけて召集される。苛酷な軍隊生活で身も心も衰退した20年8月15日、満州から朝鮮への敗走中に、民兵に銃口を突きつけられた-。純粋な心根の青年教師が戦争に翻弄されていく悲劇。かつて北森家で命を助けられた朝鮮人労働者金俊明の運命。軍旗はためく昭和を背景に戦争と人間の姿を描いた感動の名作。

感想・レビュー・書評

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  • 大正天皇の御大葬から昭和天皇の御大葬まで、昭和史のような時代を背景に生い立ち、教師として生きていく主人公「北森竜太」を描く。

    裕福な家庭に生まれた素直な少年の彼が、小学校時の受け持ちの先生の影響を受けて教師となる。

    天皇のご真影を拝する学校教育に何の疑問も感じず、その時代のごく普通の教師であった。

    しかし、情熱を持ってした綴り方指導が言論統制の当局の目にとまってしまった。

    治安維持法で勾留され、教師をやめさせられ、教師なら免除になって逃れていた軍隊への召集もかけられ戦争に参加しなければならず、さまざまな苦難を味わうことになるのである。

    ストーリーは太平洋戦争のあとさきに限られており、戦後の教師はどうだったかというテーマもあれば昭和をたどったことになろうが、そこまでは筆が及ばなかったようである。

    だから教師の昭和史と言うより、国策により権力を持った憲兵が、自分の保身のためどんな風に悪知恵を働かせ罪を作って個人にかぶせ翻弄させられるか、さすが三浦綾子さんの筆運び、迫真に描かれてあり、読後すごく怒りを覚えさせられた。

    思えば状況は今も同じようである。
    実際検事局が状況証拠を捏造したりするのをまのあたりにしたのだもの、油断ならない、怖ろしい。

  • 小説「銃口」は、小学館「本の窓」誌1990年1月号から1993年8月号まで37回にわたって連載された。取材を開始した時期から数えると4年の歳月を要したことになる。非常に長い小説を書き終えたという思いと共に、なぜか本当に終わったという気がしない。
    当初、編集者の真杉章氏から「昭和を背景に神と人間を書いて欲しい」との新連載のテーマを提示されたのであるが、昭和の年代全般に亘ることは到底できなかった。戦時を重点に、最後は昭和天皇大葬の日をもって形を整えるにとどまった。やはりもっと書かねばならなかったという思いが残る。(412P)

    三浦綾子は「あとがき」でそう述べている。どんなに手を尽くした看病をして親族が亡くなってもあとには後悔が必ず残るように、我が子同然の作品を書き終えた直後には、書き切らなかったことが見えて仕方ないのだろう。しかし、それはまさに仕方ないことである。

    私は当初「綴方教育に情熱を注いでいた教師が、不当に治安維持法で逮捕されて、不屈に頑張る話」だと勝手にこの長編小説の内容を予想していた。ところが、下巻に至ると物語は予想外に満州戦線での話に移る。

    上巻でも下巻でも、主人公の他に必ず良心的な人間(ほとんどはキリスト信者ではない)が登場する。主人公はむしろ彼らに学びながら成長する物語の語り手のような存在であった。

    戦争という「人類の最大の罪」とも言うような事態の中で、本来「善き者」「であるべき」人間の取る行動は、どのようなものだったのか。政治の動く中枢から遠く離れた旭川と満州が舞台の、普通の人間たちの物語である。

    普通の人間たちの様々な「選択」が、ここに描かれている。
    「どうしたらよいかまよった時は、自分の損になる方を選ぶとよい」
    そのように云う坂部先生は、一つの理想像である。理想像は非業の死を遂げる。

    もっとも象徴的なエピソードは、帰還の汽車を待つときに出会った焼け出された子どもと竜太の話だろう。貴重なおにぎりを分け合うべきか竜太は躊躇する。あれをどう取るか、でこの小説の感想は様々に分岐するだろう。
    2015年3月27日読了

  • 本作に関しては、頁を繰り続ける都度、物語が進めば進む程に「如何いうように?」という興味が高まる感じだ。頁を繰り続ける程に「停められない」という度合いが高まる。そして夢中で読了に至ったのである。
    本作は少年時代に小学校の教員を志すようになり、その道へ進んだという北森竜太という青年が主人公だ。作中の殆どの部分がこの北森竜太の目線で綴られている。
    上巻は北森竜太の少年時代、長じて教員となり、教員としての活動に励みながら、同じく教員となった子ども時代からの馴染である女性と幸せな家庭を築くことを夢見るようになって行くという展開である。昭和に元号が改まったような頃から、昭和17年頃迄の経過となる。
    下巻はおかしな事件に巻き込まれた北森竜太の苦悩、それでも幸せな家庭を築こうとした想いが、戦争という時代の渦に砕かれる様、満州でのこと、そして終戦後の帰国に纏わること等ということになる。
    実在の地名等も多い他方、一部に架空の地名等も交る。作品を鳥瞰すると、昭和の初めから終戦直後頃の時期の20年間程を描く大河小説という雰囲気だ。が、核心は上巻の最後の辺り、おかしな事件に巻き込まれて行く経過と苦悩なのであろう。
    北森竜太は旭川の質店の息子である。両親、姉、弟という家族である。近所に同じ年の従兄弟の楠夫達も在って兄弟同然だ。竜太は小学校で出会った坂部に惹かれ「あの坂部先生のように」と教員を志し、中学から師範学校へ進み、教員として採用されるという経過である。
    教員としての活動に関することだが、「あの時代の学校?」という様子が非常に詳しく描かれる。そして熱心に授業に取組む竜太達の様子も凄く引き込まれるモノが在る。
    そして「綴り方」である。これは国語関係の課業の一つとされ、書き言葉を学ぶものなのだが、小説の描写等によれば「作文」ということになる。自由な主題で、または与えられた課題で児童が作文を綴り、教員が講評する、または教室で綴った児童が朗読し、教員や児童達が話し合うというような取組が為されている。
    この「綴り方」であるが、言葉を読み、解釈し、考え、その考えたことや見聞を言葉で伝えて行くというようなことが、学習や暮らしの基礎として重要と見受けられることから、授業の充実や児童の関心を高めようと熱心に研究しようという教員達が在った。こういう人達が集まりを持って意見交換をしようというような活動をした。そこから波紋が拡がるのである。
    戦争の時代に入って行く中で<治安維持法>やそれに伴う警察や軍の憲兵の活動が拡がる。北海道では「綴り方」の授業の研究をしようとしていた集まりに参加した教員達が密かに逮捕され、「赤化思想」等と決め付けられ、教員を依願退職することを無理強いされたという事件が実際に在ったのだという。私財を投げ打って弁護士費用を出した人物の支援と、熱心な弁護士の活動で、逮捕された関係者の中で起訴された人達は「有罪ながら執行猶予」と、受刑することは辛うじて免れたそうだ。
    本作の核心は、北森竜太がこの「綴り方」の教育を研究しようという集まりにほんの少しだけ関ったということで、逮捕されて退職を強要され、戦争の渦中にも身を投じるようなことになるという様子である。
    それにしても<治安維持法>やそれに伴う警察や軍の憲兵の活動というようなモノは禍々しいものだ。念願し、熱心に勤めていた教員の仕事を奪われた竜太は、父親の伝手等で勤めるようになった新しい職場にも監視が入って孤立させられて1ヶ月も居られないようにされ、酷く孤立させられてしまう。
    題名の『銃口』は、恐らく「何時でも、何処でも、銃口か何かを突き付けられているかのような気分を強いられる羽目」という竜太の様子を暗示するものなのだと思う。
    言葉を読み、解釈し、考え、その考えたことや見聞を言葉で伝えて行くというようなことが、学習や暮らしの基礎として重要と見受けられるとして、本作の竜太や教員達が研究しようとするのだが、これは「時代を問わずに大切なこと」のように思う。
    他方に「集まれば危険」と、密かに関係したと見受けられる人達を逮捕して、そういうことを全く公にせず、個人の仕事や尊厳を踏み躙ってしまうような振舞いに及ぶという、怖ろしい状態が嘗ては在った。こういうのは「時代を問わずに忌避するべきこと」のように思う。
    読後の余韻に浸りながら思った。「学習や暮らしの基礎」となるような、言葉を読み、解釈し、考え、その考えたことや見聞を言葉で伝えて行くというようなことが大切にされているであろうか?考えたことや見聞を言葉で伝えるという程度のことを、蔑む、危険視するというような、妙なことが行われてはいないであろうか?そういう余韻が在って、本作に関して「変な旧さは微塵も無い」という程度に思った。少し言い換えれば、本作で問われているようなことを、現在でも少しは考えなければならないのではないかということだ。
    作中の竜太だが、色々な叙述から推定して1918(大正7)年頃に産まれている。本作の制作に着手されているのは1989(平成元)年、1990(平成2)年だ。作中の竜太と同年代の人達は70歳代の初めというような感じになっている頃である。本作で参考にされた様々な証言のようなモノに関して、70歳代位であれば「来し方を語る」というように直接に詳しく話して頂くということが叶う可能性も高いと見受けられる。そういう意味で、「この機を逃せない!」というタイミングで得た情報を反映させることが叶った本作かもしれない。
    本作を綴った三浦綾子は1922年生まれである。作中の竜太達より少しだけ若いが、殆ど同じ時代を潜って、昭和の最後を迎えていた。そういう中での「想い」が強く、色濃く反映された力作がこの『銃口』であるとも思う。
    余韻も深い本作を広く御薦めしたい。

  • 治安維持法による数ヶ月の拘束。釈放後の保護監察による監視、赤紙による召集により満州関東軍へ、軍隊内の暴力、敗戦と帰国など、暗い展開のなか、主人公の周りには、人の心を持った善人が多くいる。
    ストーリー展開されるので、大戦の年譜が頭に入りやすい。
    1941.12真珠湾
    1942夏くらいから、敗戦続き
    1945.8原発2発で、敗戦。
    配色濃厚の状態から、よく3年も戦争を継続したと思った。。

  • 下巻は話が上手く出来過ぎて拍子抜け。
    もっと悲惨な状況に陥りながらも、何とか立ち直ってハッピーエンドが良かったのかな。

    たとえば↓みたいな展開…

    坂部先生が取調べ中に獄死したのを知り、竜太は精神を患う。
    拷問にも全く反応せず、かと言って二人も殺すのは流石に特高も躊躇し、仕方なく保釈。
    帰宅後は芳子や家族の懸命な献身で何とか立ち直るも、それを見越したかのように徴兵。
    軍隊でも上官からの執拗なイジメで、これまた精神的に参ってしまうが、軍に出入りする中国人に助けてもらい、脱走して匿ってもらう。
    そして、中国人街でみた日本軍の狼藉振りに憤慨し、義勇軍に参加することに。
    義勇軍では、日本軍の内部を知る竜太は活躍し、益々重要な役割を担わされ、その過程で、朝鮮人の隊長と知り合うが、世間話をするうちに彼が金俊明であることが判る。
    終戦後、竜太は「日本には帰れない身分だ」と帰国をためらうが、金俊明から「お父さんと美千代さんに元気で暮らしていることを伝えて欲しい」と請われ、ひっそりと帰国を果たす。
    旭川では案の定、両親は脱走兵の親として蔑まれ、店をたたみ、ひもじい借家住まいをしていた。
    しかし竜太と芳子は、昔の同僚や、教会の人々の助けで両親を救い、自身の名誉も回復し再スタートをすることに…

  • 日本の悲しい歴史。

    あたたかい人に出会えた竜太。民族は関係なく人であると言った父

  • 近堂上等兵のように生きたい。

  • 国のかたちはその時代の法律で簡単に変わってしまって、思想や生き方が国家に不都合という理由だけで投獄され、拷問を受ける。その失意も醒めないうちに戦争に駆り出され、さらに理不尽な世界を目の当たりにする。

    それはほんの70年前、この国で起きていたこと。何を大切に生きるべきか。辛い体験と、尊敬すべき人たちとの交流を通して、小学校教師の若者がたどり着いた結論。それこそが、悲惨な戦争でこの国が学んだ教訓だったのではないか。忘れてはいけないことがある。

  • 人間、とっさの言動がその人間の真価

  • 上巻に記載

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著者プロフィール

1922年4月、北海道旭川市生まれ。1959年、三浦光世と結婚。1964年、朝日新聞の1000万円懸賞小説に『氷点』で入選し作家活動に入る。その後も『塩狩峠』『道ありき』『泥流地帯』『母』『銃口』など数多くの小説、エッセイ等を発表した。1998年、旭川市に三浦綾子記念文学館が開館。1999年10月、逝去。

「2023年 『横書き・総ルビ 氷点(下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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