キッチン (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041800089

感想・レビュー・書評

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  • 長らくブクログを休んでいたこともあり、
    今一度、自分の原点を探ろう企画の第4弾(笑)

    学生時代、僕が初めて読んだばななさんの本は 
    「キッチン」だった。 
    恋愛や別れを経験する中で 
    口に出せなかった気持ちや、思春期に自分が見ていた景色や、言葉で表せないもどかしい感覚を、 
    こんなにも見事に 
    美しい『言葉』で表せる人がいたのかと本当に衝撃的だったのだけれど、
    20数年ぶりに読み返した今もその驚きは変わらない。



    主人公は唯一の肉親の祖母を亡くした大学生、桜井みかげ。
    何もやる気が起きず、宇宙の闇に引きこもり
    この世でいちばん好きな場所、『台所』で、
    冷蔵庫のぶーんという音を聞きながら
    眠り続ける日々。

    飽和した悲しみの後には
    柔らかな眠気があとから襲ってくるのを思い出す。

    ああ~そうだ。悲しみってこんなんだったよな。

    ばななさんの小説は、本を開き読んだ時の
    言葉の音感やリズムのつけ方が独特だ。
    この独特なリズムが合わない人は
    多分彼女の小説は合わないし、
    最初から合う人は何を読んでもずっと合うのだ。
    そして事件よりも、
    人間の深い心の動きだけを描いていきたいと
    以前テレビのインタビューでばななさん自身が述べていたように、
    読者は小説の中で大きな事件が起きなくとも
    主人公の心の揺れだけで
    いともたやすく引きこまれてゆく。
    (ハートを掴まれるとはまさにこのことだ)


    同じ大学でみかげよりひとつ年下の田辺雄一。
    生前、祖母と仲の良かった雄一の計らいで、
    雄一とその母えり子(実は父親)の家に居候することになるみかげ。

    いつか必ず、誰もが時の闇の中へ
    ちりぢりになって消えていってしまう。

    みかげや雄一と同じく、
    肉親を早く亡くし、施設で育った僕は
    そのことを身体中に染み込ませながら、生きてきた。

    みかげは僕だ。
    あらためて腑に落ちた。
    だからこそ、学生時代この小説に激しく惹かれたのだ。

    バスの中で見た知らないおばあちゃんと小さな女の子の会話に
    二度とはこない時間を思い知らされ、
    涙が止まらなくなるみかげ。
    みかげが祈る
    『神様、どうか生きてゆけますように』には僕の涙腺も崩壊した。


    好きなシーンを挙げるとキリがない。

    ワープロ(懐かしい!)を買った嬉しさから
    大量に引っ越しハガキを作る雄一とみかげのシーン。

    みかげの夢の中、
    夜中に汗だくで台所を掃除するみかげと雄一。
    お茶を飲んで休憩しながら
    菊池桃子の知る人ぞ知るセンチメンタルな名曲『二人のNIGHT DIVE』を口ずさむ二人。
    真夜中のしんとした台所に歌声が響くシーン。

    えり子さんを亡くし、うちひしがれる雄一と彼を励まそうと大量の料理を作るみかげ。
    そんな二人のみなしごが、初めてお互いがお互いを必要とすることに気づく切ないシーン。

    えり子さんがまだ男だった頃の
    奥さんとえり子さんを繋いだパイナップルの鉢のエピソード。

    旅先で巡りあった『非の打ち所のないカツ丼』を手に、
    傷心の雄一が泊まる旅館に忍び込む
    みかげの奮闘を描いた
    物語のクライマックスシーン。


    そして、記憶に残るたくさんの食事のシーン。
    (この小説ほど、食べ物や食事が血肉となって物語を輝かせているものを僕は知らない)

    光り降り注ぐ朝の木漏れ日の中、えり子さんと食べる
    玉子がゆと、きゅうりのサラダ。

    夜中の台所でみかげが雄一と食べるラーメンと
    真新しいジューサーで作ったグレープフルーツジュース。

    雄一が旅先で食べたとうふづくしの御坊料理。
    (茶碗むし、田楽、揚げ出し、ゆず、ごま、すまし汁、茶がゆ)

    そして、やはり最後に登場するは
    真打ち、カツ丼だ!
    (食事が美味しそうだった小説を挙げるとすれば、まっさきにこの『キッチン』が頭に浮かぶくらい
    強烈な破壊力!)


    一組の男女の再生を描いただけの
    その後のばななさんの小説の原型となるストーリーだし、
    単純明快な話なのに
    何度心が揺れて、気持ちが持っていかれただろう。

    言葉にしようとすると消え去ってしまうものや、
    繰返し繰返しやってくる夜や朝の中では
    夢になってゆくしかない儚い瞬間を
    小説というものに見事に落とし込めた吉本ばなな。

    人はどんなに負けまくっても、愛する人が死んでも、
    それでも生きてゆかなければならないし、
    誰もが暗い闇や息苦しい夜を越えるために密やかに戦っている。

    ばななさんの小説は
    そんな人たちに寄り添う。
    暗闇を歩く人たちの
    言葉にできないはがゆい気持ちを丁寧に丁寧に掬いとる。

    僕はこの小説を思春期に読んで
    たくさんのなくしたものたちの影から
    解放された。
    忘れるのではなく、手放す勇気を持つことができた。

    これは、報われない愛の前で立ちすくんでしまった人や
    誰かをなくした喪失感から立ち直れない人に向けて書かれた小説だ。

    暗闇から一歩前に進む追い風となるであろう、
    寒空の下で飲む
    ブランデー入りホットミルクのような
    切なくもあたたかい一冊なのだ。



    ★小説内でみかげと雄一が口ずさむ名曲、
    菊池桃子『二人のNight Dive 』

    https://youtu.be/gBha86AutgI

  • 死 をとりまくお話が、2編。
    はじめて読んだか、中学生以来に読みました。(あまりおぼえていない)
    「ムーンライト・シャドウ」で泣いてしまった・・・
    とても、とてもつらいこともあるけれど、しっかりと前を向いて生きていこうとする登場人物たちの強さが、伝わってきました。
    吉本ばななは、切り取って部屋に飾っておきたい文章ばかり書くなあ。

  • 生きることと愛すること,食べることと,失うこと.

    初めて読んだのは高校一年生の時,学校の推薦図書に指定されていたからだった気がする.その時もすっかり気に入ってしまって,最初は図書室で借りていたけれども,すぐ本屋さんに走った.大学生になって塾講師のアルバイトをしていたとき,たくさんの生徒に読んでもらいたくて塾に寄贈した.
    そして最近,もう一度買うか迷って,電子書籍を買った.ハイライトが引けるのはいいものですよね.便利な時代になったもんだ.

    こうやって振り返ると,やっぱりこの本は私の原点というか,根幹に近いものなんだなあとすごく思う.こんなに長い年月を経て,繰り返し読む本は,この本以外には存在しない.だいたいのストーリーはもう頭に入っているのに,それでもこの本を開くのは,この文体に込められた空気を,とても愛おしく思うからだと思う.

    幸い親戚もまだ皆元気だし,近しい友人や恋人を亡くした経験は私にはないけれど.だからこの本の真価が分かるのも,当分先なのかもしれない.それでも,みかげの考え方ひいては著者の感受性がとても好きだ.みかげや雄一の誠実さ,こんなに人間臭いのに空虚なところが,相手のことを考えて突発的に行動してしまうところも,本当に大好きだ.

    好きな本は?と聞かれたとき,すぐにこの本が浮かぶけれども,いざ説明しようとするとどうしてもうまく伝えることが出来ない.
    文体が好き?雰囲気が好き?空気が好き?ってなんなんだよってなる.
    でも空気を見つめることが出来ないように,私はこの本への愛をもしや一生,言い表すことが出来ないのかもしれない.

  • あとがきを読んでそうだったのかと思った。
    いわゆる感受性が強い人間というのは、沢山はいないんだそうだ。私は大体の人間の感受性はとっても強くて、だから『北の国から』を観て泣くし、お笑いを観て笑うし、不条理な交通事故をニュースで知って悲しむし、見知らぬ人から失礼なことをされたら怒るものなんだと思っていた。しかし、それはどうやら思い違いだったらしいのだ。

    ここ半年ほど、私は宇宙人のような人物と連絡を致し方なくキープ・オン・ザ・タッチ(継続)しなければならなかった。しかも現在進行形である。断っておくが、相手が宇宙人というわけではなく、立派な地球人である。私は別にNASAの人間ではない。ただ、向こうとのコミュニケートがひっじょうに取れない。キャント・コミュニケートである。不可能に近い。どうしてこちらが「〇〇してよろしいでしょうか?」に対する応答が「どうしてそういうこと聞くんですか?」なのだ。気に障って難癖付けるのを百歩譲って受け流すとしても、せめて質問に対する返事が必要だろう。とにかく新人類、もしくは宇宙人に遭遇してしまったとしか思えないのだ。
    おかげで精神的にずっと滅入っている。周囲の解読班(宇宙人的相手をなんとしても攻略せんがために家族、友人、先輩などなどを巻き込んだ連絡内容解読&返信内容作成班を結成したのであった)は「こんな人、気にするなよ」と気安く言ってくれるが、そうもいかない。あと半年もあるのだ……。
    それを「オマエは気にし過ぎ」と指摘してきた人がいた。そうか、気にし過ぎなのか。今までずっと他人の進路や人間関係、はたまた見知らぬ人の服の裾がほつれているところまで気にしていた私は、いささか気にし過ぎていたらしい。
    感受性とこれを同様のものとみなすのは、なんだか語弊があって不味いかもしれないのだけれど、似たようなもんかなとも思う。変な偏りがある人に響くよう、『キッチン』は編まれたのだと思いたい。

    台所、母親の象徴。そこに母はいない。母性はあれど、母はいない。家族を失うということ。それも二度。なかなか嫌なものだろう。一回で御免だ。でも、実際はどうなのか知らない。知りたくないけどね。
    だが、考えてみれば人間というのは基本的にたいてい一、二回家族を持つことになるようだ。一回目は生まれた家。二回目は自分が作った家。それ以上となると、まあ複雑でややこしい面倒な事情でもあるのだろう。そして、それだけの回数自分の何かを失う日があるのだ。それが一体何なのかは分からない。一部と言ったって何一つ欠けたところは無いし、心も元気が無いだけで失ったわけではない。空間が出来てしまっただけ。
    私もいつか大切な家族を失った時に、キッチンと仲良く夜を明かすかもしれない。ソファで寝るかもしれない。すぐに元気になることは無理だけど、流れていく自分の月日をうんざりするぐらい思い知って、どうにかこうにか動いていけたらいいなと思う。

  • こんなにも透明感のある本を読んだのは
    初めてかもしれない。

    大切な人を亡くした人なら、必ず共感できると思う。
    どうしても避けられない死、どこにもぶつけようのない
    やるせなさだったり、心にあいた暗くて
    大きな穴のような絶望感を表すのがとてもうまい。

    それが、暗いだけでなく、時たまふっと笑える表現が
    挟まっているから、ただ重く悲しい話では
    なくなっている。
    だけど、決しておちゃらけてはいないというか…


    死は辛いけど、生きていかなきゃいけない。
    決して忘れるわけではないけど
    前に進まなければならない。
    そこの葛藤が、すごく共感できた。

    独特の言い回しやリズムも
    読んでいるうちにくせになります。

    キッチンもムーンライトシャドウも、
    明るさを感じさせる終わり方なのがすき。


    携帯電話が全然出てこないので、もしかしたら…
    とは思ったけど、けっこう前のお話なんですね。
    全然古くささを感じませんでした。


    あの私の幼い面影だけが、
    いつもあなたのそばにいることを、切に祈る。
    この一文がすごくグッときました。

  • しばらくぶりに再読。「満月ーキッチン2」が特によかった。自分の持てなかったものを持っている女性たちに対する視線が自分のそれと重なり、「人はその人を生きるようにできている」のだと。逃れようと頑張っても結局はそうなってしまう自分の生まれや育ちからくる人生を受け止め、歩み、時たま見られる美しいものを大切にしていくしかないのだ。「起きて、着替え、また現実の一日へスタートする。くりかえり、くりかえしスタートする。」
    もう生きてはいけないくらいどん底の状況でも、生きる。必ず。

  • 家族を無くした人生の孤独を感じました。
    でもそんな孤独の中で、しっかりと自分を保って、プラトニックな関係を温めていくみかげと雄一がただただ羨ましい。

    みかげさんはスクールに料理を習いにきた女の人たちを見て、『幸せを生きている人たちは本当に楽しいことを知りはしない』みたいなことを言うけれど、人生の楽しみや充足に本当とか本当じゃないとか、そんなことあるのかなと思ったりもした。
    寂しい想いをしてきた分、私は彼女たちより本当の楽しみを知っているんだ、って。そういったところに顔を出すちょっとしたささくれみたいなものが、綺麗過ぎなくて好きだけれど。

    えり子さんの手紙では、人の気を引こうとして、人の嫌がることをしてしまう人のことが書いてあって、何だか自分のことを言われているようで、胸を突かれました。

    この作品を通して感じたのは、やっぱり人間が最終的に行き着くところは、恋とか愛みたいに情熱をもって語られるものじゃなくて、家族的な穏やかさなのかな、ということでした。

    隣に寄り添ってくれる人ってありがたいものだったんですね。
    それを強く感じるのは、失ってしまってからってのが悲しいところです。

    私もいつかそういうものを失ったり、手に入れたりするのかと思うと、時間が止まって欲しいような、進んでほしいような、やりようのない感情がふつふつと沸いてくるのを感じました。

    ムーンライト・シャドウは恋愛の絡んだ話のようだったので、なんとなく、キッチンから受け取った静謐な雰囲気を壊したくなくて、読むのはしばらく後にしようと思ったわけです。
    それくらい、キッチンの読後感が良かったということかもしれません。

    もっと早く出逢えてたらな、と思った作品でした。

    ・追記

    しばらく時間をおいて、ムーンライト・シャドウも読んだら、思っていた話と全然違いました。

    四年間連れ添った恋人との死別を乗り越えるまでの悲しいストーリーに、共感を覚えました。
    離別してみるとその人との時間が急に貴いものに感じたりすることはありますね。
    どうしてもっとよくしてやれなかったんだろう、と後悔したり。
    過去の思い出が甦って心がくすんだようになってしまったり。

    死別ともなれば、相思相愛で引き裂かれるのですからつらさは倍増でしょうね。

    でも、人は皆いつかは誰かとお別れをしなきゃならない。
    すれ違いの中に生きているんだということを強く感じさせられました。

    一生添い遂げる、想い続けるみたいな恋愛がしたいと思った時期もありましたが、そんなのは幻想なのかもしれない、そんな風に思い始めた頃合いに読んだので、とても琴線に触れました。

    後悔を残さないためにも、隣でなんの気なく笑ってくれる人達を大切にしようと思える作品でした。

  • 読み終わると不思議な感覚になる。
    暖かい気持ちになるような、とてつもなく寂しい気持ちになるような・・・。
    どう言葉にするのが適切なのか分からないけど、とにかくすごくよかった。

    分かるような、分からないような。
    希望のような、絶望のような。
    笑いたいような、泣きたいような。

    何だかそんなものを感じました。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「読み終わると不思議な感覚になる。」
      へぇ、、、よしもとばななって、ちゃんと読んだコトがなくて、近々初挑戦?
      「TUGUMI つぐみ」と「パ...
      「読み終わると不思議な感覚になる。」
      へぇ、、、よしもとばななって、ちゃんと読んだコトがなくて、近々初挑戦?
      「TUGUMI つぐみ」と「パイナツプリン」を読もうと思ってます。その次は「キッチン」にしようかなぁ~
      2013/07/31
  • 読まず嫌いで読んでいませんでしたが、とうとう読んでしまった!

    感想→マジメに泣いた。

    すごくイイ。ごめんなさい、私が間違っていました。
    一気にファンになりました。

  • 吉本ばななさん、初めて読んだ。
    近い人の死を乗り越える、2件の話構成。
    感性フルな作家さん。好きになった。

    1件目。主人公はこの世で一番台所が好き。どこのどんなのでも、それが台所であればつらくない。いつか死ぬ時が来たら、台所で息絶えたいと思う。心を安らかに保つ場所が、彼女にとっては台所。一般的ではなさそうな場所を、それでいいとして設定するところがまず、いい。

    30年も前に書かれた本に、愛した女性の死を乗り越え性転換した男性を登場させるところも、いい。万年筆と恋人に対する愛情が同質な人もいるかもしれない、という表現で、愛の質や重みを本人以外が量ることなどできないと触れるところも。
    生まれてからずっと幸せを生きる人がいる一方で、主人公は死を孤独を常に近くに感じて生きてきた(と、本人は思っている)。切り立った崖っぷちを歩き、国道に出てほっと息をつき見上げる月の美しさを知ってしまった主人公は、だからこの先も後者の生き方をしたいと思う。いい。

    2件目。突然恋人を失った主人公。恋人と兄を失った、恋人の変わった弟。大事な人を失っても日々は続いていくから、ちゃんと切り替えなきゃいけないという普通の話なのだが、その境地に至るまでの描き方がいい。主人公の最後の語りが特に好き。

    2件とも、多様性をそれでいいとして、むしろ魅力的なものとして描いている。いい。日に当たって生きる人にはもしかするとわからない次元の感性が描かれている。死を乗り越える話なのに、暗くないところも好きだ。

著者プロフィール

吉本ばなな(本名:吉本 真秀子 よしもと まほこ、旧筆名:よしもと ばなな)
1964年、東京都生まれの作家。日本大学芸術学部文芸学科卒業。卒業制作の「ムーンライト・シャドウ」が日大芸術学部長賞を受賞。また「キッチン」で第6回海燕新人文学賞を受賞、デビュー作となる。
1989年『TUGUMI』で山本周五郎賞を受賞。1996年イタリアのフェンディッシメ文学賞(35歳以下部門)、1999年イタリアのマスケラダルジェント賞文学部門を受賞。2000年『不倫と南米』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。その他代表作に、映画化された『アルゼンチンババア』などがある。
海外での評価が高く、著作が多くの国で翻訳されてきた。

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