純愛小説 (角川文庫)

著者 : 篠田節子
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2011年1月25日発売)
3.20
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  • Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041959060

純愛小説 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 中年以降の恋愛を描いた4作品の短編集。「純愛」というと若者の辛く切なく清らかな恋愛を思い浮かべることが多いだろう。しかしこの本は40代後半から60代の恋愛、表面だけみていると非道徳的、あり得ない、ある意味きたないとさえ感じてしまうが、それぞれに主人公の「今」の純粋でまっすぐな気持ちが描かれている。若い人たちが読むのとは違い、同世代だけに共感するところも、また普通では受け入れがたい複雑な感情も理解出来る部分も多い。長い人生を生きた人の純愛である。

  • 4つの大人の恋愛。
    どの話も『純愛』?という感じの話 女の中にある暗い感情がひしひしと伝わる。
    『蜂蜜色の女神』は美しい妻がいながら一回り年上の女に溺れていく和臣。とても不思議な話だった。結局希恵はどんな容姿だったのか?

  • まっすぐだけど、複雑な素敵な一冊。

  • 篠田節子さんの弥勒を読んで、あまりの想像力と文章力の素晴らしさに、他の作品も読んでみようと思って選んだこの一冊。
    4つのお話が入っています。
    弥勒ほどのインパクトは無いものの、おばあさんが家を売ってなにもかも失ってしまう話はちょっと印象的だったなぁ。
    どの話にも性的な描写がちょっと多い気がした。
    最後の47才の女性にのめり込む話も印象的。
    うーん、もう一冊読むか!

    と思ってみたら、
    秘密。―私と私のあいだの十二話で短編を読んでるんだよね。
    記憶ないわ。

  • 読みやすかった。好きな人にお金を持っていかれちゃう話が1番印象的。

  • 4編からなる短編集。
    どれも、タイトルの「純愛」をストレートに感じさせるものではないが、読んだあとに純愛とは?を考えさせる作品だ。
    特に冷静な第三者の眼から分析される恋愛が、最後には驚きをもって締めくくられるさまは、恋愛の複雑さを物語っている。

  • 表題作の通り、恋愛をメインにしているものの、恋愛ものを読んでいるような感じじゃなかったのは、主人公が当事者ではなく、傍観者だからかな?
    息子の初めての恋愛に振り回される両親が面白い『知恵熱』なんかはほのぼのとしているけれど、母親の介護や家族のために女性としての一生を終えてしまったかのような静子の老いてからの恋を扱った『鞍馬』や、妻も子供も大事だと思いながら年上のさして魅力ある女性とも思えない人と不倫をしてしまう『蜂蜜色の女神』なんかは、これはホラーか?と思うくらいだった。
    恋愛をこんな変化球で書けるなんて、凄いとは思いましたが、好きかどうかというと微妙なところでした。

  • 女性の視点からの恋愛小説と思う。
    おじさんには理解できない物語もある。

  • #bookoff

  • こないだ本読み友だちが「おもしろい」と言ってたので、借りてきて読んでみる。たしかにおもしろかった。えええっと思い、目が更新されるようだった。

    このタイトル、「泣ける」とか「せつない」とか「甘い」とか、そんなコトバとともに"純愛"がどーのこーのと売り出される小説群と似たもののようにみせかけて、かなり違う。むしろ、そういうマクラ言葉で売られる小説に(ケッ)と思う人向けかもしれない。

    表題作は、吉岡という編集者が主人公。自分が担当することになった作家は才能がない、新人賞をとった一作だけで確実に消えるだろう、うちの会社では担当作家の実績が編集者の実績になるのにこれじゃ…と、古くからの友人・柳瀬に愚痴ったら、思いがけない言葉が返ってきた。

    「なけりゃ引き出してやるのが、吉岡の仕事だろ」(p.20)、「そいつの最大の才能は凡庸さだ。退屈な凡庸さを世間が共感する凡庸さに転化させる。それが君の仕事だ」(p.21)と柳瀬は言うのだ。凡庸の何が悪い、と柳瀬はこう言った。

    ▼「何か間違えてないか、吉岡。自分の作りたいものを作って、売れないのは客が悪い、じゃ通らないぞ。買い手のニーズをきっちり調べて把握する。それが物作りの出発点だろう。いいか、世間の99パーセントは凡人だ。そいつらの気に入るのは、上から70パーセントのところにいるやつが作り出したものだ。決して最先端を走っている天才が作るものなんかじゃない。世間一般の読者が何を読みたいのか、君はちゃんとリサーチしてるのか?」(pp.20-21)

    こうした柳瀬とのやりとりは、吉岡にとって不愉快で腹立たしいものだったが、それから無意識のうちに、その担当作家の「凡庸さ」を才能に磨き上げようと努力しはじめていた。

    そして数年後、純愛ブームのさなかに、ついにベストセラーに躍り出た。吉岡は、社内に「純愛小説」のシリーズもつくった。あのときの柳瀬の言葉がなかったら、自分はいつまでも不平不満を並べる、正真正銘の負け犬になっていただろう、と吉岡は思う。

    作りたいものと、売れるものとが一致することはなかなかない。柳瀬の言うように「自分の好きなもの、思い入れのあるものを本にするのは仕事とは言わないんだよ」(p.19)というのは、そうなのだろう。「売れる」ものをほとんどつくったことがない私は、ちょっと考えてしまった。

    表題作の話のメインは、柳瀬夫婦の危機で、そこに「純愛小説」のようなことは物語の中だけと考える吉岡のような女と、「純愛小説」に出てくるような男は実在するのだと思う柳瀬の妻のような女が絡んで、思わぬ結末になる。

    「鞍馬」は、篠田の『長女たち』を思わせるコワさがあった。これは、「父のため、妹たちのため、母のため」に生きてきた長女の話なのだ。

    タイトルだけでは手に取らなかったかもしれないが、読み終わってみると、このタイトルで書かれた4つの話が、「純愛」というイメージを広げている、と思えた。

    (7/19了)

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