みんないってしまう (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
3.29
  • (93)
  • (189)
  • (736)
  • (46)
  • (10)
本棚登録 : 2204
レビュー : 205
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041970065

作品紹介・あらすじ

恋人が出て行く、母が亡くなる。永久に続くかと思ったものは、みんな過去になった。物事はどんどん流れていく――数々の喪失を越え、人が本当の自分と出会う瞬間を鮮やかにすくいとった珠玉の短篇集。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 私たちが日々生きるということは、新しい人や新しい物と出会うと同時に、今まで当たり前に近くにいた人や、近くにあった物と別れることでもあります。

    人はそんな瞬間を、進級してクラスが変わる時に、進学して学校が変わる時に、そして就職して今までの人間関係がゴロッと変わる時などに経験します。一方で、そういった大きなイベントでなくても『初めての手痛い失恋も、幸せだった新婚時代も、子育ても、夫の帰らない孤独な夜も』やがては過ぎ去り過去になっていきます。私たちが慌ただしい日常生活を送る中では、そういったことをいちいち考えている余裕はありません。しかし、ふと時間ができて立ち止まってみると、悲しかった、苦しかった事ごとはいざ知らず、幸せに結びついていた事ごとも、いつのまにか自分の手の届かないところにいってしまったと感じる瞬間があります。「みんないってしまう」、そんな”喪失感”に苛まれる思いに包まれる瞬間。そんな切ない”喪失感”に満たされた書名のこの作品。それは、そんな”喪失感”から人が何かを得ていく瞬間を見る物語です。

    12の短編からなるこの作品。作品間に繋がりはありませんが、いずれも「みんないってしまう」という書名が表すように、たった一人置いていかれるような心細さを感じる、言ってみれば”喪失感”をテーマにした内容が描かれています。とは言え、”喪失感”を感じる場面は人によって多種多様です。そんな”喪失感”が描かれていく12の短編は、『結婚十五年目にして、いきなり指輪を外そうと試みたのは、言うまでもなく彼女のせいだ』とコーヒーショップの店員に中年男性が恋をする〈ドーナッツ・リング〉、『親が両方いなくなったら自殺しようと』決めていた女性が主人公となる〈不完全自殺マニュアル〉、そして『彼の出したゴミ』への執着にストーカーの心理を見る〈片恋症候群〉など、えっ!というような場面設定の作品含めて、実にバラエティ豊かな短編揃いです。そんな中で私が気に入ったのは次の二編です。

    まずは、一編目の〈裸にネルのシャツ〉。『その日マンションに帰ると、部屋の中には何もなかった』という衝撃。『あまりのことに、私は立ちすくんだ。何が起こったのかすぐには理解できなかった』という光景を前にして呆然とする『私』は、『同居していた恋人が、出て行った』という事実を認識します。『急いで寝室のドアを開け』ると『案の定ベッドがな』く、『床に、シーツと枕カバーがくしゃくしゃに丸めて放ってあった』という光景。『全身の力が抜けた。丸めて放り出されたシーツのように私は床に崩れた』という『私』は、『出て行けといったのは、私だ。だから彼は出て行った』ことを認識します。そして『あんなに泣いた晩はない』と感じたのも『もう五年も前のこと』という今の『私』は、『イラストレーターとしての仕事も順調で、最近小さいながらも事務所を構えることができた』という状況。しかし、『今日の日付を私は忘れることができない。あれから一年、あれから二年、とわたしは毎年数えてきた。今日であれから五年だ』という今の『私』。そんな時電話が鳴りました。『先生、お電話です』とアシスタントの恭子から電話を受けた『私』。それは雑誌編集者の『連載の仕事の催促と今晩の食事の誘い』でした。『今晩はできれば一人でいたくな』い、と思った時、別の電話が鳴ります。それは『もう会うこともないと顔では笑いながら、本当はこの日を待っていたのかもしれない』というまさかの彼からの電話でした。『会わないほうがいいと思うよ』と友人でもある恭子からそう言われて『どんな話か分からないじゃない』と返す『私』。それに対して『どんな話でも同じだよ。自分が何されたか忘れちゃったの?』と詰め寄る恭子を振り切って家に着いた『私』は『昔の恋人に会う時は、何を着て行ったらいいのだろう』と悩みます。そして『深緑のネルのシャツ。元々は彼のもので、着古したので私がもらい普段着にしていた』という彼に縁のあるシャツを着て待ち合わせ場所へと向かう『私』。『…ごめんね。分からなかった』、『そんなに変わったかな、俺』と再開する二人。そして…というこの短編。『彼がいたから、毎日が楽しかった。彼がいたから、仕事も一生懸命にできた』と、かつて『出て行け』といった側なのに、いつまでも彼を思い続けていた『私』の引きずる思いと、再開することによって、そんな『私』が気づくことになる”ある感情”を上手く対比させた好編でした。

    “みんな逝ってしまった”、この作品を読んで私の胸にこんな言葉が蘇りました。私の祖母が晩年に呟いた言葉です。90歳を超えても元気に生きた私の祖母。昨今、100歳以上の高齢者も八万人を超えるなどしてはいますが、そのそれぞれの知り合いが全て存命というわけではありません。私の祖母も、姉妹、親戚などめぼしい知り合いが全て亡くなってしまって、その寂しさから思わず出てしまった言葉なのだと思います。歳を重ねれば重ねるほどに、日常会話の中に登場する人物が実はとっくの昔に永眠していた、そんなことを知る機会も増えていきます。これはやむを得ないことではありますが、本人にとっては耐え難い”喪失感”を感じる瞬間なのだと思います。そんな感情を描いたのが表題作でもある〈みんないってしまう〉です。『「のんちゃんじゃない?」昼下がりのデパートの中で、私は声をかけられた』という驚き。『もしかして、絵美ちゃん?』と『無意識のうちに、懐かしい名前がこぼれ出た』という旧友との偶然の再開。『最上階にある特別食堂』で『何年ぶりかしら。偶然ってあるのねえ』と、『宇治金時を注文して再びお互いを懐かしがった』という二人。そんな思い出話に花を咲かせる二人の会話の中で『のんちゃん、成井君って覚えてる?』と、中学時代に同じクラスだった一人の男子生徒の名前が登場します。しかし、名前を出したものの、なんとも要領の得ない絵美の会話に思わず『お付き合いしてたの?』と訊く主人公。そんな質問の答えから、二人が全く知らなかったまさかの青春の一ページが判明することになるこの作品。「みんないってしまう」という、言葉の重み、キュンと切なくなるその言葉の意味をしみじみと感じる好編でした。

    そして、そんな表題作で『みんないってしまうんだな』、『この手の中に確かにあったと思ったものが、みんな掌から零れ落ちてしまった』と主人公の思いの中に”喪失感”を重ね合わせていく山本文緒さん。『永久に続くのかと思ったもの』であっても、人の世に永遠などあるはずもなく、私たちは誰しもがこの”喪失感”と共に生きていくことになります。それと同時に私たちは年を取り、体力・気力も衰え、余計に”喪失感”を意識するようにもなっていきます。しかし、見方を変えることでそこには違ったものが見えてきます。『ひとつ失くすと、ひとつ貰える。そうやってまた毎日は回っていく』というその考え方。私たちは”失くす”という言葉でどうしても物事を悪い方向に考えがちです。しかし、『幸福も絶望も失っていき、やがて失くしたことすら忘れていく』という言葉にあるように、失くすのは決して『幸福』だけではありません。その逆、『絶望』と感じた瞬間も時の流れによって過去のものとなっていきます。『ひとつ失くすと、ひとつ貰える』、そんな人生を『ただ流されていく。思いもよらない美しい岸辺まで』と続く私たちの人生。そんな風に考えることで「みんないってしまう」という言葉は、また違う響きを持って私たちの胸に去来するのではないか、そんな風にも感じました。

    『時折ふと以前持っていた物を思い出すことがある。みんなもうどこにもない。かすかな感傷と共に、それらを自分から手放したことを思い出す』とおっしゃる山本さん。人や物に限らず、普段私たちが日常で当たり前にいつまでも共にあると思っているものが、いつまでそこにあり続けるかは分かりません。『急がなければ、今手の中にある物も、そばにいてくれる親しい人も、明日にはいってしまうような予感がして仕方ない』と続ける山本さんがおっしゃる通り、今共にあるとしても、思った以上に早く、あっけなく、また知らず知らずのうちに姿を消してしまう、それもまた、私たちが生きるということなのだと思います。そして、そこに感じる”喪失感”。しかし、それは一方で新たな存在が、その場所を埋めていく、”獲得感”を感じる瞬間なのかもしれません。

    ”喪失感”をテーマにした作品にも関わらず、対になる”獲得感”のおかげで読後がやけにさっぱりとしたこの作品。敢えて結末を読者に委ねることで独特な余韻を醸し出すこの作品。失くすことの切なさの中に、失くすことで見えてくる幸せをそこに感じた、そんな作品でした。

  • 「喪失感を超え、本当の自分に出会う。」
    この本の背表紙に書いてあった文章に、とても共感しました。

    失うことはただただ悲しんだり、寂しい気持ちになるだけでなく、
    自分が人として成長や人に対して優しくなるきっかけを貰う機会でもあるのかなと感じました。

    恋人や信頼を失うことは、もちろん切なくて悔しくなるけど、その先の自分の行動には必ず変化が起きるのではないかと思います。
    そう考えると、喪失感を覚えることのすべてが悪いことでは無いのかな?と思わせてくれる作品でもあると思います。

    ◆印象に残った
    ①ドーナッツ・リング
    ②みんないってしまう
    ③片恋症候群

  • それなりに懸命に生きている人たちだが、何かにしがみついてしまう、そして何かを失ってしまう危うい感じが満載。それぞれの心の底に横たわる淋しさが、あざとくない筆致に絡められていて、どの登場人物たちにも惹きつけられていく。結論の引き方も、余韻を残しつつ、でも絶望だけではない感じに救われる。

  • 人は良い時は寄って来て、悪くなると去っていく。それは痛いくらい知っている。本当に苦しいとき、そばに居て一緒に泣いてくれたのは誰だったのか、思い出して欲しい。そして、かけがえのないその人を大切にしましょう。
    少女に恋をしたのは昔の僕でした。すっかり歳をとって、見た目も変化して、あの頃に戻れたならと。でも人は心まではそんなに成長しないものです。僕は僕で、今も昔も君に想いを伝えることは出来なかったでしょう。もう二度と指輪が外れぬように、似た者同士、美味しいと笑い合えること、今ある幸せを大切にするようにと僕は今日も太っています。
    他人の素顔、心根は想像とは全く異なっていたりします。いつも全身ブランド物で誰よりも着飾る彼女は、誰よりも自分に自信が無くて悩んでいる。一度全部殻を脱ぎ捨て素の自分と向き合えば、雁字搦めから解放された新しい自分が心から笑っているかもしれません。

  • 無くしてしまったとき、何かにぶつかったとき、ふとしたときに、自分の鎧にしていたものは何だったのかに気付く。

    そうやって見たくないことを拾い上げながら、鎧の種類を変えながら、やっぱり前を向いて進んでいく。

    立ち止まらないと見えない景色なんだろうな。と、励ましていたい。

  • 一話が短いストーリー仕立てなのにとても話がまとまっていて、長編作品しか読んだことのなかった自身は山本さんはショートストーリーもお得意なのかと感心してしました。
    いってしまうものが、人物に留まらず自分の内にある一部の感情を描いいることがとても興味深かったです。

    喪失感情は誰しももっているんだけれども、人は喪失したことさへも時間の経過とともに忘れていく。喪失したことで得るものもあるし、そのまま何も得ずにいってしまうものもある。
    自分の人生を振り返ってみたら、ほんとにそうだなと思いました。

  • 山本文緒さんの作品、好き。
    読者層の大半は女性なんだろうけど、なぜか登場人物の心情にわりかし共感できる。

    各話の結末、オチを読者にいい塩梅で委ねるのも
    安っぽくなくて、考えさせられて気持ちいい。

    恋愛も人生も一筋縄ではいきまへんなー(20代男性)

  • 新年読書二冊目!失う事は寂しかったり哀しかったりするけれど、全ての物語がそれだけでは終わらない。喪失の先の未来に希望が見える話もあった。私的には、するすると読める文体で1日で一気に読みました。

  • 「対象喪失」をテーマにした短編集。

    昨年、人生は選択の連続で、選択するということは、代わりに何かを捨てることだと気がついた。
    そして時が経ち、何かを捨てることは、「喪失」ではなく、「変化」なのだと気がついた。

    何かを守るために喪失する。
    何かを喪失したが故に何かを得る。
    切ないけれど、人間は取捨選択しながら生きているのだから仕方ない。

    失っても失っても残っていく、欠片のようなもの――。
    実はそれが、本当に欲しかったもの・望んでいたものなのかもしれない。

    昨年、大事なものを失ったと思っていたけれど、
    本音を言えば、失ってホッとしている自分がいる。

    本当は心のどこかで失いたかったのかもしれない。
    捨てるべきものを捨てられない自分がいたことに目を瞑っていただけ。
    捨てられないままズルズル生きていたら、逆に自分が捨てられた。
    それでよかったんだと思う。

    それが、今後の自分の人生を守ることにつながったという変な確信があるから...

  • ドーナツリングの話がすごく良かった。
    何かを得ると何かを失ってしまう、そしてその失った何かを何であったかさえ人は忘れていってしまうのよね、、悲しい、喪失。だけどそれがこの世の摂理であって現実なのだなあと思わされる作品

全205件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1962年神奈川県生れ。OL生活を経て作家デビュー。99年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞。著書に『ブルーもしくはブルー』『あなたには帰る家がある』『眠れるラプンツェル』『絶対泣かない』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『そして私は一人になった』『ファースト・プライオリティー』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』『自転しながら公転する』など多数。

「2021年 『ブルーもしくはブルー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

山本文緒の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
山本 文緒
吉本ばなな
宮部みゆき
有効な右矢印 無効な右矢印

みんないってしまう (角川文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×