みんないってしまう (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 2599
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041970065

作品紹介・あらすじ

恋人が出て行く、母が亡くなる。永久に続くかと思ったものは、みんな過去になった。物事はどんどん流れていく――数々の喪失を越え、人が本当の自分と出会う瞬間を鮮やかにすくいとった珠玉の短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • 私たちが日々生きるということは、新しい人や新しい物と出会うと同時に、今まで当たり前に近くにいた人や、近くにあった物と別れることでもあります。

    人はそんな瞬間を、進級してクラスが変わる時に、進学して学校が変わる時に、そして就職して今までの人間関係がゴロッと変わる時などに経験します。一方で、そういった大きなイベントでなくても『初めての手痛い失恋も、幸せだった新婚時代も、子育ても、夫の帰らない孤独な夜も』やがては過ぎ去り過去になっていきます。私たちが慌ただしい日常生活を送る中では、そういったことをいちいち考えている余裕はありません。しかし、ふと時間ができて立ち止まってみると、悲しかった、苦しかった事ごとはいざ知らず、幸せに結びついていた事ごとも、いつのまにか自分の手の届かないところにいってしまったと感じる瞬間があります。「みんないってしまう」、そんな”喪失感”に苛まれる思いに包まれる瞬間。そんな切ない”喪失感”に満たされた書名のこの作品。それは、そんな”喪失感”から人が何かを得ていく瞬間を見る物語です。

    12の短編からなるこの作品。作品間に繋がりはありませんが、いずれも「みんないってしまう」という書名が表すように、たった一人置いていかれるような心細さを感じる、言ってみれば”喪失感”をテーマにした内容が描かれています。とは言え、”喪失感”を感じる場面は人によって多種多様です。そんな”喪失感”が描かれていく12の短編は、『結婚十五年目にして、いきなり指輪を外そうと試みたのは、言うまでもなく彼女のせいだ』とコーヒーショップの店員に中年男性が恋をする〈ドーナッツ・リング〉、『親が両方いなくなったら自殺しようと』決めていた女性が主人公となる〈不完全自殺マニュアル〉、そして『彼の出したゴミ』への執着にストーカーの心理を見る〈片恋症候群〉など、えっ!というような場面設定の作品含めて、実にバラエティ豊かな短編揃いです。そんな中で私が気に入ったのは次の二編です。

    まずは、一編目の〈裸にネルのシャツ〉。『その日マンションに帰ると、部屋の中には何もなかった』という衝撃。『あまりのことに、私は立ちすくんだ。何が起こったのかすぐには理解できなかった』という光景を前にして呆然とする『私』は、『同居していた恋人が、出て行った』という事実を認識します。『急いで寝室のドアを開け』ると『案の定ベッドがな』く、『床に、シーツと枕カバーがくしゃくしゃに丸めて放ってあった』という光景。『全身の力が抜けた。丸めて放り出されたシーツのように私は床に崩れた』という『私』は、『出て行けといったのは、私だ。だから彼は出て行った』ことを認識します。そして『あんなに泣いた晩はない』と感じたのも『もう五年も前のこと』という今の『私』は、『イラストレーターとしての仕事も順調で、最近小さいながらも事務所を構えることができた』という状況。しかし、『今日の日付を私は忘れることができない。あれから一年、あれから二年、とわたしは毎年数えてきた。今日であれから五年だ』という今の『私』。そんな時電話が鳴りました。『先生、お電話です』とアシスタントの恭子から電話を受けた『私』。それは雑誌編集者の『連載の仕事の催促と今晩の食事の誘い』でした。『今晩はできれば一人でいたくな』い、と思った時、別の電話が鳴ります。それは『もう会うこともないと顔では笑いながら、本当はこの日を待っていたのかもしれない』というまさかの彼からの電話でした。『会わないほうがいいと思うよ』と友人でもある恭子からそう言われて『どんな話か分からないじゃない』と返す『私』。それに対して『どんな話でも同じだよ。自分が何されたか忘れちゃったの?』と詰め寄る恭子を振り切って家に着いた『私』は『昔の恋人に会う時は、何を着て行ったらいいのだろう』と悩みます。そして『深緑のネルのシャツ。元々は彼のもので、着古したので私がもらい普段着にしていた』という彼に縁のあるシャツを着て待ち合わせ場所へと向かう『私』。『…ごめんね。分からなかった』、『そんなに変わったかな、俺』と再開する二人。そして…というこの短編。『彼がいたから、毎日が楽しかった。彼がいたから、仕事も一生懸命にできた』と、かつて『出て行け』といった側なのに、いつまでも彼を思い続けていた『私』の引きずる思いと、再開することによって、そんな『私』が気づくことになる”ある感情”を上手く対比させた好編でした。

    “みんな逝ってしまった”、この作品を読んで私の胸にこんな言葉が蘇りました。私の祖母が晩年に呟いた言葉です。90歳を超えても元気に生きた私の祖母。昨今、100歳以上の高齢者も八万人を超えるなどしてはいますが、そのそれぞれの知り合いが全て存命というわけではありません。私の祖母も、姉妹、親戚などめぼしい知り合いが全て亡くなってしまって、その寂しさから思わず出てしまった言葉なのだと思います。歳を重ねれば重ねるほどに、日常会話の中に登場する人物が実はとっくの昔に永眠していた、そんなことを知る機会も増えていきます。これはやむを得ないことではありますが、本人にとっては耐え難い”喪失感”を感じる瞬間なのだと思います。そんな感情を描いたのが表題作でもある〈みんないってしまう〉です。『「のんちゃんじゃない?」昼下がりのデパートの中で、私は声をかけられた』という驚き。『もしかして、絵美ちゃん?』と『無意識のうちに、懐かしい名前がこぼれ出た』という旧友との偶然の再開。『最上階にある特別食堂』で『何年ぶりかしら。偶然ってあるのねえ』と、『宇治金時を注文して再びお互いを懐かしがった』という二人。そんな思い出話に花を咲かせる二人の会話の中で『のんちゃん、成井君って覚えてる?』と、中学時代に同じクラスだった一人の男子生徒の名前が登場します。しかし、名前を出したものの、なんとも要領の得ない絵美の会話に思わず『お付き合いしてたの?』と訊く主人公。そんな質問の答えから、二人が全く知らなかったまさかの青春の一ページが判明することになるこの作品。「みんないってしまう」という、言葉の重み、キュンと切なくなるその言葉の意味をしみじみと感じる好編でした。

    そして、そんな表題作で『みんないってしまうんだな』、『この手の中に確かにあったと思ったものが、みんな掌から零れ落ちてしまった』と主人公の思いの中に”喪失感”を重ね合わせていく山本文緒さん。『永久に続くのかと思ったもの』であっても、人の世に永遠などあるはずもなく、私たちは誰しもがこの”喪失感”と共に生きていくことになります。それと同時に私たちは年を取り、体力・気力も衰え、余計に”喪失感”を意識するようにもなっていきます。しかし、見方を変えることでそこには違ったものが見えてきます。『ひとつ失くすと、ひとつ貰える。そうやってまた毎日は回っていく』というその考え方。私たちは”失くす”という言葉でどうしても物事を悪い方向に考えがちです。しかし、『幸福も絶望も失っていき、やがて失くしたことすら忘れていく』という言葉にあるように、失くすのは決して『幸福』だけではありません。その逆、『絶望』と感じた瞬間も時の流れによって過去のものとなっていきます。『ひとつ失くすと、ひとつ貰える』、そんな人生を『ただ流されていく。思いもよらない美しい岸辺まで』と続く私たちの人生。そんな風に考えることで「みんないってしまう」という言葉は、また違う響きを持って私たちの胸に去来するのではないか、そんな風にも感じました。

    『時折ふと以前持っていた物を思い出すことがある。みんなもうどこにもない。かすかな感傷と共に、それらを自分から手放したことを思い出す』とおっしゃる山本さん。人や物に限らず、普段私たちが日常で当たり前にいつまでも共にあると思っているものが、いつまでそこにあり続けるかは分かりません。『急がなければ、今手の中にある物も、そばにいてくれる親しい人も、明日にはいってしまうような予感がして仕方ない』と続ける山本さんがおっしゃる通り、今共にあるとしても、思った以上に早く、あっけなく、また知らず知らずのうちに姿を消してしまう、それもまた、私たちが生きるということなのだと思います。そして、そこに感じる”喪失感”。しかし、それは一方で新たな存在が、その場所を埋めていく、”獲得感”を感じる瞬間なのかもしれません。

    ”喪失感”をテーマにした作品にも関わらず、対になる”獲得感”のおかげで読後がやけにさっぱりとしたこの作品。敢えて結末を読者に委ねることで独特な余韻を醸し出すこの作品。失くすことの切なさの中に、失くすことで見えてくる幸せをそこに感じた、そんな作品でした。

  • 山本文緒さんの本を、10年いや二十年前に読んだ時、そんなに心引かれた記憶はなかった。
    時はたち、山本文緒さんの小説やエッセイが面白いとか、わかるなあと、かんじられるようになった。
    簡潔な文章で、人の心や情景とかを描写できる作家さん。
    山本文緒さんは、もういないけど、遺していかれた小説を読んでみよう。
    人は、色んなものをなくし、また新しいものを得ながら生きる。
    どの物語も、実際に身の回りで起こってもおかしくないことが綴られている。
    自分だったら、どうする!

  • 著者、山本 文緒さん(1962~2021)の作品、ブクログ登録は4冊目。

    本作の内容は、次のとおり。

    ---引用開始

    恋人が出て行く、母が亡くなる。永久に続くかと思ったものは、みんな過去になった。物事はどんどん流れていく――数々の喪失を越え、人が本当の自分と出会う瞬間を鮮やかにすくいとった珠玉の短篇集。

    ---引用終了

  • 「喪失感を超え、本当の自分に出会う。」
    この本の背表紙に書いてあった文章に、とても共感しました。

    失うことはただただ悲しんだり、寂しい気持ちになるだけでなく、
    自分が人として成長や人に対して優しくなるきっかけを貰う機会でもあるのかなと感じました。

    恋人や信頼を失うことは、もちろん切なくて悔しくなるけど、その先の自分の行動には必ず変化が起きるのではないかと思います。
    そう考えると、喪失感を覚えることのすべてが悪いことでは無いのかな?と思わせてくれる作品でもあると思います。

    ◆印象に残った
    ①ドーナッツ・リング
    ②みんないってしまう
    ③片恋症候群

  • 短編…それぞれの話が ふわっと広がってフッと終わるかんじ。
    読んでいて妙に身近に感じるものもあった。
    裸にネルのシャツと
    愛はお財布の中 が好きだ。身近なストーリーではないけれど…。

  • 短い中で、人の汚いところが描かれ、人の無情さが描かれている、いってしまう者と残されるもののコントラストに惹きつけられる短編集。

  • みんないってしまう…なんかこの言葉が凄く寂しい響きに感じますね、置いてかれ感みたいな印象があるし共感する箇所もあるのだけれど、いく側にも自分がなってる箇所もあると思うし、いく側の割合が多いと、みんないってしまう…と思う機会も減ると思う。
    読後、改めてアタシはどっち? と考えると『いく側』だと思うナ

  • それなりに懸命に生きている人たちだが、何かにしがみついてしまう、そして何かを失ってしまう危うい感じが満載。それぞれの心の底に横たわる淋しさが、あざとくない筆致に絡められていて、どの登場人物たちにも惹きつけられていく。結論の引き方も、余韻を残しつつ、でも絶望だけではない感じに救われる。

  • 久々文緒さんの本が読みたくなって手に取った短編集。そうそう、こんな感じだった。
    劇的な出来事があるわけでなく、色んな年代や環境の女性の話。
    仕事が上手く行ってない時に捨てられた元彼からの電話。平凡な容姿だけどすっごく仕事ができて、上司にいいように扱われ、アルバイトにも優しくしたらなめられ、人付き合いが下手な女性。大学で助手してて12歳下の子好きになっちゃった、死ぬつもりでいるももちゃん。財布なくした見栄張りOL。オシャレ大好きでキレイなのに自信の持てないいとこ。ハムスター。まくらともだち。友達募集。
    どれも絶妙。所詮作り話だけど、実際色んな人がいて、みんなもがいて生きてるんだろうな。私も自分の人生、私なりに頑張ろう。

  • 喪失がテーマになっている短編集。気持ちのいい話もあれば、良くない行動が後味の悪いラストを招いてしまうものもあり、どうしてこんな行動を・・・の答えは無くしてしまうことへの恐怖。
    『裸にネルのシャツ』
    愛し合っていたはずなのに私がアーティストとして売れなくなったら離れていった恋人。穴に落ちた私を見捨てた恋人を、今度は私が穴の上から見下ろす番になったときの感情の揺らぎには何が込められているのか。私があんなに愛した彼はもういなくなってしまったとも、彼をあんなに愛した私はもう私の中にいなくなってしまったとも取れると思います。
    『ハムスター』
    修学旅行中に家族に世話を頼んだハムスターを殺されて家出を決意した次女。何も大げさなとは思いましたが、次第に見えてくる家庭像は異様なものでした。自堕落とは違うようですが、この生きてるだけの無気力な様子はどうなのでしょう。死んでしまったハムスター家族から一匹だけ見つからなかった個体と家出した次女の姿が被ります。長女は次女の価値観を冷笑していましたが、ハムスターのように増えていくこの家族がいつか共食いして果てるような事態になるかもと思うと怖いです。
    『みんないってしまう』
    人生も還暦を迎え、今までに触れてきた多く人や物が離れていく。そしていつかは離れてしまった悲しささえも忘れてしまうでしょう。でも新しく増えるものもあるわけでまさに"諸行無常の響きあり"だと思います。
    『イバラ咲くおしゃれ道』
    普通とは違うレベルで着ていく服が無いと嘆くおしゃれ女。一度着た服はすぐに捨て"人は見かけの美学"を追求し苦悩する姿は悪く言うとちょっとおバカっぽいですが、自己肯定感が低すぎるために頑張っていたことが分かってからは、鶴ちゃんがとても健気に見えてきました。失恋で大荒れになってしまいましたが、必死さから解放されて純粋におしゃれの楽しさが残ったようで清々しいです。

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著者プロフィール

1987年に『プレミアム・プールの日々』で少女小説家としてデビュー。1992年「パイナップルの彼方」を皮切りに一般の小説へと方向性をシフト。1999年『恋愛中毒』で第20回吉川英治文学新人賞受賞。2001年『プラナリア』で第24回直木賞を受賞。

「2023年 『私たちの金曜日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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