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Amazon.co.jp ・本 (768ページ) / ISBN・EAN: 9784042079002
感想・レビュー・書評
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角川文庫版は廃版なので、世界文学全集で「ガラス玉演戯」で探すと見つかるかもかもかものはし。ヘッセ最後の小説。この独創性、このヘンテコさ、この圧倒的な筆力。これってほとんどSFです(笑)。音楽と宇宙を旅できる本。
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先ず、音楽を2曲紹介したい(聞いて損はありません)。
フランスのプログレッシブロック・バンド「クリアライト(Clearlight)」が、ヘッセの『知と愛―ナルチスとゴルトムント』を音楽で表現した。
● Clearlight - Narcisse et Goldmund
https://www.youtube.com/watch?v=lPGMmm1NHNI
https://www.youtube.com/watch?v=BaL-4WVNIEY
GoogleのAIによる解説:
「1975年に発表されたクリアライトの2ndアルバム『Forever Blowing Bubbles』の6曲目に収録されている。
クリアライトの中心人物は、バンド主宰者であり、キーボード奏者・作曲家であるシリル・ヴェルドー(Cyrille Verdeaux)。彼はクラシック音楽の素養を持ちながら、精神世界や文学、サイケデリック・カルチャーに深く傾倒していた。
1970年代のヨーロッパ(特にプログレやヒッピー・カルチャーの圏内)において、ヘルマン・ヘッセの作品は「精神的探求」や「自己の発見」のバイブルとして爆発的な人気を誇っていた。シリル・ヴェルドーもその影響を強く受け、小説の世界観を1つの楽曲として構築した。
楽曲「Narcisse et Goldmund」は、小説が持つ「対比と調和」のテーマを、プログレならではの多彩な楽器編成で繊細に表現している。
・対比の表現:小説における「ロゴス(理性・宗教)」を代表する聖職者ナルチスと、「エロス(感性・芸術)」を代表する放浪の彫刻家ゴルトムントという正反対の2人の生き様を、音楽のダイナミズムで描き出している。
・極上のメロウ・シンフォニック:アルバム全体の中では比較的穏やかで、非常に美しいメロディを持った楽曲である。透明感のあるピアノや浮遊感のあるシンセサイザーのレイヤーが、中世ヨーロッパの修道院や大自然の情景を連想させる。
・ソプラノ・ボーカルの導入:クリアライトの1stアルバムは完全なインストゥルメンタル(歌なし)だが、この曲では女性ボーカル(ベアトリス・ドーボンヌ)によるスキャットや美しい歌唱が導入されている。この世のものとは思えない天上的な歌声が、ヘッセの描く宗教的な清廉さと、芸術への官能的な情熱を同時に引き立てている」。
「クリアライト」の曲から連想するのは、スウェーデンのプログレッシヴロック・プロジェクト「パル・リンダ―・プロジェクト(Pär Lindh Project)」 の「Gunnlev's Round」。
● Pär Lindh Project - Gunnlev's Round
https://www.youtube.com/watch?v=Nr84c8nJu7M
https://www.youtube.com/watch?v=Z2ahapcTWug
GoogleのAIによる解説:
「パル・リンダー・プロジェクトが1994年に発表した名盤アルバム『Gothic Impressions』 に収録されている楽曲「Gunnlev's Round」 のタイトルは、直訳すると「グンレヴの輪舞(ロンド)」あるいは「グンレヴの階唱(ラウンド)」という意味になる。
Gunnlevは、古代の北欧(ヴァイキング時代)に見られたスウェーデンの男性の古い名前(古ノルド語)。
・歴史的背景:スウェーデン国内に現存する11世紀のルーン石碑(ルーンストーン) には、「東方(ロシアやカスピ海方面)へ遠征し、帰らぬ人となった勇敢な船乗り(父親)グンレヴのために息子たちがこの石を建てた」といった碑文が刻まれているものが実在する。
・バンドの主宰者であるパル・リンダーはクラシックや中世音楽、北欧神話、ゴシック建築などに深い造詣を持つため、この曲名も「中世・ヴァイキング時代のスウェーデンの英雄や先祖」をイメージして名付けたと考えられる。
【総合的な楽曲の意味】
この楽曲は、美しくもどこか哀愁を帯びた女性ボーカルのハミング(言葉を伴わないスキャット)が印象的な短編インストゥルメンタル曲。これらを踏まえると、「Gunnlev's Round」というタイトルは、「古代スウェーデンの戦士(または船乗り)グンレヴの魂を鎮めるために、人々が円になって歌い踊る幻想的な中世の儀式」を音楽で表現したものと解釈できる。アルバム全体のテーマである「ゴシック(中世・幻想的)」な世界観を、自国の歴史のルーツと結びつけた象徴的なタイトルと言える。
パル・リンダー・プロジェクトの黄金期を支え、「Gunnlev's Round」でも美しいスキャットを響かせていた中心的な女性ボーカリスト、マグダレナ・ハグベリ(Magdalena Hagberg / 結婚後の本名はマグダレナ・ベリ:Magdalena Berg) は、闘病の末に2007年に若くしてこの世を去っている」。
パル・リンダー・プロジェクトのマグダレナ・ハグベリさんの歌声は、本当にきれいだった。ご冥福を祈ります。彼女の素朴で美しい歌声をもう1曲。
Par Lindh - Song of the Dwarfs BIlbo
https://www.youtube.com/watch?v=maBZAlrLgco
https://www.youtube.com/watch?v=Foi9fGXssZM
それにしても、GoogleのAIの調査能力は凄い!!!
さて、本題に入る。私はうっかりして、ヘッセの作品はほとんど売り払ってしまった。大へん軽率なことをしたと反省している。『荒野の狼』、『シッダールタ』、『東方巡礼』、『ガラス玉遊戯(演戯)』は手元に置きたいと思う。幸い『荒野のおおかみ』、『シッダールタ』は手元に残してあるが、『東方巡礼』、『ガラス玉遊戯』は入手が難しい。
この度、やっと、中古の角川文庫上・下セット(本書)を、¥1,731で手に入れることができた。井手賁夫氏の訳は堅実であり、また上巻に載せられた「解説」も充実しているので、まずは一安心。井手賁夫氏はあまり知られていないと思う。井手賁夫の経歴は以下の通り。「いであやお、1910-1995。岡山県生れ。1935年慶應義塾大学文学部卒。東海大学教授、北海道大学教授歴任。日本独文学会会員、日本山岳会会員」。清水書院の『ヘッセ (人と思想シリーズ 89)』を著している。
『ガラス玉遊戯』は不思議な印象の小説である。「ガラス玉遊戯」とは何だろうか?ヘッセが考案した「架空の遊戯(遊び)」であり、ヘッセの理想を集約し、荘厳に高尚に美化しされた瞑想方法とのこと。小説『ガラス玉遊戯』は、この瞑想法「ガラス玉遊戯」の理想を、物語によって説明する内容になっているという。ネットの解説にこう書いてある。
<【内容】未来の架空州カスターリエンを舞台に、あらゆる学術・芸術・宗教の精髄を一つの形式的ゲームへと象徴化した「ガラス玉演戯」の最高位マギステル・ルーディに登り詰める学者ヨーゼフ・クネヒトの伝記形式で書かれる。精神の純粋な秩序を守る学徒共同体と、現実の歴史・政治との断絶に気づき、クネヒトは最後にその世界を自ら離脱していく。付属論文と遺稿詩も物語の一部として配され、虚構の学術史と実在の人物の影が重なる。>
因みに、高橋健二訳の『新潮世界文学 37 ヘッセ 2 (37) シッダールタ・知と愛・ガラス玉演戯・小品』は、現在(2026年7月)、中古本が¥4,980もする。
さて、高橋健二氏はヘッセの翻訳者としてよく知られている。残念ながら、私は高橋建二氏の訳は、あまり私の好みに合わない。ゲーテ『ファウスト』を読む時も、井上正蔵氏の訳と比べると、高橋建二氏の訳はこなれていない(読みずらい、わかりにくい、軽い)と感じる。そういうことよりも、不思議なことがある。戦前からヘッセの翻訳・紹介に努めていた高橋建二氏が、どうして戦時中にナチスを礼賛し、大政翼賛会宣伝部長になったのだろうか?矛盾するように思える。時間があれば、その辺の事情を調べてみたい。下記の2著が参考になりそうだ。
・高田理惠子(著)『文学部をめぐる病――教養主義・ナチス・旧制高校』(松籟社、2001)
・関楠生(著)『ドイツ文学者の蹉跌: ナチスの波にさらわれた教養人』(中央公論新社、2007)
高田理惠子氏の本は持っているが、内容は信頼できる。関楠生氏の本は、まだ持っていない。最初は私家版『高橋健二とナチズム : あるいは一ドイツ文学者の病歴 : 忘れっぽい人のために』として出版したようだ。内容はわからないが、タイトルが愉快である。たまたま、Amazonで関楠生氏の本に対する小谷野敦氏のレヴューを見つけた。とても参考になるレヴューなので、謹んで、ここに、掲載させていただく。
<東大教授だった著者が、同じドイツ文学者の高橋健二が、戦時中、どれほどナチスドイツを礼賛したかを検証した本である。ほかに秋山六郎兵衛なども俎上に上っている。しかし不満を禁じえないのは、80歳を超えた著者が、高橋が死ぬのを待ってこういう仕事を始めたこと、また戦後、ペンクラブ会長を務めたとはいえ中央大教授だった高橋を攻撃しつつ、自分の父親であるドイツ文学者の関泰祐、あるいは東大の手塚富雄らが何をしていたか、書こうとしないことである。実際、手塚もナチス礼賛に協力したことは書いてあるのに、索引から手塚の名は落ちている。あの戦争中、ほとんどの文化人は協力したのであって、高橋については以前から知られていたことだし、自分の周囲については遠慮してしまう姿勢を見ると、この人はもしああいう時代がまた来たら、率先して協力するのではないかということだ。>
小谷野敦さん、ありがとうございます。
ほんわかと浮かんでくる高橋建二氏の人物層は、情熱家で、惚れっぽくて、頼まれると断れない「お人よし」で、騙されやすくて、決め手になるのは、「忘れっぽい人」のようである。そういう高椅建二氏ならば、何だか私は好感を持ってしまう。
本書の内容から逸脱した感想で申し訳ない。
お終い
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