新編 日本の面影 (角川ソフィア文庫)

制作 : Lafcadio Hearn 
  • KADOKAWA/角川書店
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レビュー : 47
  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784042120049

作品紹介・あらすじ

美しい日本の愛すべき人々と風物を印象的に描いたハーンの代表作『知られぬ日本の面影』を新編集。赴任先の松江を活写し、日本人の精神にふれた傑作「神々の国の首都」、西洋人として初の正式昇殿を許された出雲大社の訪問記「杵築-日本最古の神社」、微笑の謎から日本人の本質にアプローチする「日本人の微笑」など、ハーンのアニミスティックな文学世界、世界観、日本への想いを色濃く伝える11編を詩情豊かな新訳で収録する。日本の原点にふれる、ハーン文学の決定版。

感想・レビュー・書評

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  •  日本名 小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、1840(明治23)年、日本にやってきて初めて書いた「知られぬ日本の面影」の翻訳アンソロジーである。
     ハーンは来日後、間もなく会った親切な英国人教授に「日本の第一印象は、出来るだけ早く書き残しておきなさい。」と言われ、あわただしく書き留めたものをまとめた。本当によく書き残してくださったと思う。なぜかというと、その時外国人ハーンが見た、今から180年前の日本は、我々の国だけれど、もうそんな素敵な国は世界のどこにも無いのだから。
     「東洋の第一日目」という章からの抜粋。
      『人力車ほど居心地の良い小型の車は想像できない。わらじ履きの車夫の動きに合わせて揺れる、キノコのような笠越しに見える通りの景色には決して飽きることなく想像を掻き立てられる。まるで何もかも、小さな妖精の国のようだ。まるで、人も物もみんな小さく、風変わりで神秘的である。青い屋根の小さな家屋、青いのれんがかかった小さな店舗、その前で青い着物姿の小柄な売り子が微笑んでいる。………見渡す限り幟が翻り、濃紺ののれんが揺れている。かなや漢字の美しく書かれたその神秘的な動きを見下ろしながら、最初はうれしいほど奇妙な混乱を覚えていた。町並みの建築や装飾に、すぐにそれと分かるような法則は、感じられない。それぞれの建物に、一風変わった、特有のかわいらしさがあるようである。一軒として他とそっくりな家はなく、全てが戸惑ってしまうほど目新しい。』

     スピリチュアルなものに惹かれるハーンは、上陸した横浜から神々の国、出雲へ人力車を乗り継ぎながら(すごい)四日間の旅をする。その過程で、山あいの田んぼ、杉や松の森の薄暗い影、遠くの藍色の山並み、藁葺屋根の連なり、道端の小さなお地蔵様や祠など、日本独特の田舎のやさしい景色を目にする。
     松江に着いて迎えた最初の朝の印象。
     『山の麓という麓が霞に覆われている。その霞の帯は、果てしなく続く薄い織物のように、それぞれ高さの違う頂きを横切るように広がっている。その様子を日本語では、霞が「棚引く」と表現している。』

     出雲大社で外国人として初めて本殿への昇殿を許され、宮司に謁見しお話を伺う機会を持った後は、山陰地方の神秘的な海辺の村を旅し、そこに伝わる伝説や宗教など興味深い話を収集する。
     そして、一年ほど松江で中学校と師範学校の英語教師として赴任するのだが、そこで、日本の学校について今から見れば意外な印象を伝えている。
     『近代日本の教育制度においては、教育は全て最大限の親切と優しさをもって行われている。教師は文字通り教師(teacher)であって、英語の“mastery”の意味におけるような支配者ではない。教師は彼の教え子たちに対し、年上の兄のような立場にある。………どの公立校も、まじめで、固有の精神を持ったひとつの小さな共和国であって、そこでは、校長と教師は、大統領と内閣の関係に立っているに過ぎない。』
    私の親の時代は、もっと教師は威圧的であったと聞くし、私はそのような教師には巡り合わなかったが、「日本は管理教育」と長らく言われていると思う。ハーンの居た学校がたまたま民主的な学校であったのかもしれないが、まだ、明治23年ごろはそのようなのびのびした教育であったのかと思った。
     『日本人の微笑』という章では、イギリス人は深刻で生真面目であるが、日本人は決して生真面目で深刻ではなく、その分、幸せだと思うと書いている。そして、苦しかったり、悲しかったり、愉快でないときでも、相手に不愉快な印象を与えないため、いつも微笑を浮かべている日本人の礼儀作法を美しいと書いている。

     今の日本を見たらハーンはどう思うだろう。自分の知らない日本を教えてくれた外国人の記録。記憶にはないけれど、どこか体の奥に眠る記憶のようなものをくすぐられ、照れ臭く、申し訳なく、温かく、涙が出そうな、自分のひいおじいさんの友人から聞いた自分の先祖の話のような素敵な記録であった。

  • あとがきで訳者が言っている通り、西洋文明を過剰に批判し日本文化を過剰に賛美している感じはあるものの、知らなかった明治時代の日本の風俗が細かく描写されていて、とても興味深かった。今ほど西洋に感化されておらず、独特の文化が色濃く残っていた時代に日本に暮らしたハーンと、現代を生きる日本人である私の目が同化するのが面白い。それほど、この時代の日本と現代の日本とが変わったということなのかもしれない。
    古来からの日本文化を改めて美しいと感じられた一冊だった。

  • 2012.8記。

    突然ですがやっぱり地元の夏祭り・盆踊りというのはよいものです。なぜか振付を熟知しているおばちゃん、よくわからない役割を与えられてねじり鉢巻きで周囲ににらみを利かせているおっさん・・・

    私が小学生(30年前、1980年前後)のころから変わらない風景だが、思えばこのおっさんおばちゃんも30年前はせいぜい30代。つまり1980年代にはそこそこ「盆踊りだせー」とか言っていた世代ではないのだろうか?2030年ごろには僕も地元の公園辺りで「自治会」のテントの下で東京音頭の音量を調節したりしているのだろうか?日頃は都心に電車で働きに出てしまう僕だが、そうやって将来どこであれ地域の行事の継承役の一角を担えるならそれは嬉しいことだ・・・こういう廃れそうで廃れない日本の季節の風物詩を大事にしたいと思う今日この頃。

    さて、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が描写した(おそらくは19世紀末の)出雲における盆踊りの様子は、日本人が読んでもめまいがするほどに美しい。
    以下、少し長いが引用です。

    「かつてのお寺であった本堂の陰から、踊り子たちが列をなして月の光を浴びながら出てきて、ぴたりと立ち止まった。(中略)・・・すると、太鼓がもうひとつ、ドンと鳴ったのを合図に、さあ、いよいよ盆踊りの始まりである。それは、筆舌に尽くしがたい、想像を絶した、何か夢幻の世界にいるような踊りであった・・・(中略)こうして、いつも無数の白い手が、何か呪文でも紡ぎだしているかのように、掌を上へ下へと向けながら、輪の外側と内側に交互にしなやかに波打っているのである。それに合わせて、妖精の羽根のような袖が、同時にほのかに空中に浮き上がり、本物の翼のような影を落としている。(中略)・・・空を巡る月の下、踊りの輪の真ん中に立っている私は、魔法の輪の中にいるような錯覚を覚えていた。まさにこれは、魔法としかいいようがない。私は、魔法にかけられているのである。幽霊のような手の振り、リズミカルな足の動き、なかでも、美しい袖の軽やかなはためきに、私はすっかり魅了されてしまっていた。幻影のように、音も立たない、なめらかな袖の揺れは、あたかも熱帯地方の大きなコウモリが飛んでいるかのようである。いや、夢だとしても、こんな夢はこれまで見たことがない。」(ラフカディオ・ハーン「日本の面影」(池田雅之訳))

  • トリップ小説である。冷静でありながら情熱的に昔の日本の景色、風習、人柄を書き尽くしている。読むだけでその当時、おそらく明治時代、まだ江戸の匂いが色濃く残る時代へ連れていかれる。小泉八雲はもともと新聞記者だっただけあり、事実を正確に伝えようとする描写力とそこから導き出される日本という国への分析力、そして詩的な表現力が圧倒的に優れている。これを翻訳した人もいい。今を生きる日本人として、根底に根差しているものがなにか、優しくしかし鮮烈に教えてくれる素晴らしい本である。

  • 小泉八雲がなぜ日本をそして出雲を愛したのか?日本に上陸したときからの彼の行動が克明に記録されていて彼が非常に新鮮な感情を持ったことが良くわかる。初日に漢字という表意文字の絵画的美しさに感動することから始まる。そして、社寺を精力的に廻った記録は日本を眩いばかりに美しい国だと感じた様子が感動的な文章で示されている。私には彼の反キリスト教的な性向が大きく影響したように思われるのだが…。盆踊りを見た時の描写はエクスタシーとしか言いようがない表現である。そして人力車の車夫の背中から見た動きなど。ホーホケキョ(法華経)となく鶯にまで感動しているところは笑えるほど。怪談めいた民話が多く紹介されていることも、小泉が日本の不思議さの中に美を感じていた証拠のように思われた。

  • ラフカディオハーンが書いた、日本の風景。
    19世紀後半に日本にやってきた彼は、山陰をまわり出雲国へ向かう。

    その中で当時の日本人の良さ、日本の良さをとても美しい言葉で著している。
    彼が村人などから聞いた人柱伝説や逸話などもたくさん紹介されており、いかに当時の日本がいわゆる"古き良き日本"であるかを感じる。

  • 宛ら御伽の国、「古き」時代の日本。
    「良き」かどうかは知らない。

  • 運命的な出会いをしたので、読んでみた一冊。

    ラフカディオ•ハーンを魅了せしめたものは、「あはれ」なるものたちであった。
    見るものだけでなく、見えないものをも感じ取ろうとする姿が素敵だと思う。

    島根の生活の中で、風情や人情への感嘆を述べ続けるハーンだが、本当だろうか?と疑問に思う所もないではない。
    それほど、彼の日本に対する肯定的な愛情が溢れている。

    この話の中で描かれる、教育の在り方に今日の私たちは驚くことだろう。
    教員による体罰のない時代、そして生徒たちが理を持って教員を非する姿。礼儀、道徳観。

    うーん、意外であった。
    浅くだが調べてみると、江戸時代には藩校、寺子屋において体罰というものはほとんどなかったらしい。

    島根を旅行する際に、読んでみてほしい一冊。
    彼の感じた趣が、今も残されている地だと思う。

  •  本書は1890年(明治23年)ハーン氏が初めて日本に訪れたその第一印象を書き記した本の翻訳アンソロジーとなっています。ハーン氏は当時40歳。ギリシャで生まれ、イギリスで少年時代を過ごし、19歳で単身アメリカに渡っています。アメリカでは新聞記者として活躍しましたが、明治23年に汽船で渡日。横浜から島根県松江の尋常中学校の英語教師として赴任しました。
    彼の人生は流転に次ぐ流転って感じなんですが、渡日してからの14年間、亡くなるまでは日本で暮らされていたようです。

     本書の内容は、彼が日本に初めて訪れた時の第一印象と、その後1年過ごした松江の尋常中学校でのこと。日記、というよりも文学的な、美しい文章になっています。その間日本で見聞きした動揺や風習、人々のことを好奇心一杯に語っています。当時の日本は向かい来る戦争に備え、国を再建している真っ最中。現代日本人にとっては、一番振り返りにくい時代なんじゃないかな。特に彼は士官学校の英語教師として赴任したわけで…その辺の好みは人それぞれかと思いますが、天皇崇拝なんかについても書かれています。ちなみに彼は日本の宗教にも文化にも天皇にも多大なる敬意を払ってくれています。

     文章ですが、これは訳者の方が凄いのか、それともハーン氏が凄いのか…とにかく美しく瑞々しい。本を読んでいるとハーン氏の未知の国への憧憬と尊敬の眼差しが見えるようで…というか、ハーン氏の中に入って当時の日本を観ているかのようなワクワク感が凄まじいです。追体験ってやつなんでしょうか。自分の国のはずなんだけど、なんだか全てが新鮮で、とっても良いものに見えてくる。

     ハーン氏の感性は鋭く繊細で、慈愛に満ちています。道ばたの草木の生命力、お地蔵さんの愛らしい笑み、神々しい山並み、子どもたちの美しい眼差しに、美しい作法。日本人が当たり前に思っている事、または忘れてしまったことを、大事に大事に語り記し、惜しみない賞賛をくれています。本当に誰かに脅されてたんじゃ…ってくらい褒めてますよ。多分何も知らずに読んだらちょっと驚くと思う。

     実はブックオフで105円で購入したんですが、元値で買うべき本だったな…とちょっと後悔してます。それだけの価値がある本です。明治の日本の様子を知る上でも、とても秀逸です。

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著者プロフィール

1850年、ギリシアのイオニア諸島にあるレフカダ島で、アイルランド人の父とギリシア人の母との間に生まれる。幼くして父母と別れ、19歳でアメリカに渡る。以後、世界各地を転々とし、90年に通信記者として来日。同年、小泉節子と結婚。96年に帰化し、小泉八雲と改名。英語、英文学を講じる一方、日本人の内面や日本文化の本質を明らかにする作品を描き続けた。1904年没。

「2019年 『小泉八雲東大講義録 日本文学の未来のために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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