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Amazon.co.jp ・本 (496ページ) / ISBN・EAN: 9784042141181
作品紹介・あらすじ
夢を語りあった幼い頃の日々は過ぎ去り、厳しい現実が四人姉妹を待ち受ける。だが、次女ジョーは母に励まされて書いた小説が認められ、エイミーとローリーは婚約。姉妹は再び本来の明るい姿を取り戻し始める。
みんなの感想まとめ
厳しい現実に直面しながらも、姉妹の絆と成長を描く物語が展開されます。続編では、特にエイミーの成長が際立ち、彼女が貴婦人としての自覚を持つ姿が印象的です。大人になった読者にとっては、共感できる要素が多く...
感想・レビュー・書評
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知った気でいた若草物語。1巻までしか読んでないことに今更気付いて、続編は初読み。
想像を遥かに上回る面白さだった。大人になった今だから、余計に共感できることも多かったし。
長く愛されてる理由がよく分かった。この清さは普遍の価値観な気がする。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』公開記念で『若草物語』に続いて『続 若草物語』。
私が子供の頃は『愛の四姉妹』とか『愛の四少女』みたいなタイトルでした。中学生くらいのときに読んだつもりでいたけど、大筋以外すっかり忘れてました。当時の私にはジョーがローリーを振ってしまうとか、ベスが結局死んでしまうとか納得できなかったんだと思いますが、今回、読んでみたら、え!なにこれ、すごくおもしろいんですけど。
ドラマチックなストーリーもさることながら、メグの質素で素敵な結婚式とか、外国をめぐるエイミーとか、ディテールがとても良い。どんなドレスを着て、どんな花を髪に飾ったとか、そんな部分がキラキラしてます。
訳者あとがきは1968年となっているけれど、文庫版のあとがきらしいので訳自体はもっと前のものと思われます。良い意味で古くさくて生真面目な訳は、説教部分も多い本作によくあっています。
幸せいっぱいの結婚をしたはずなのに貧乏と家事、子育ての現実に悩むメグ、お金持ちと結婚しようとするエイミー、このまま孤独な老嬢(「オールドミス」っていう古くさい読み方、好き)になっていくんだって悲しむジョー。
現代にも通じるテーマだけに、幸せな結婚というハッピーエンドはいささか安易にも感じます。150年前に若い女性たちに向けて書かれたものだからしょうがない気もしますが、オルコット自身はどう思っていたんでしょうか。
映画ではルイ・ガレル(フィリップ・ガレルの息子。『ドリーマーズ』のセクシー兄ちゃん)が演じていたベア先生ですが、原作では「顔かたちだってりっぱとはいえない」男性で、20歳のジョーに対し、40代とかなり年上のおじさんです。それでも誠実な人柄が誰からも好かれていて、知的な会話もできる。ジョーがローリーよりもベア先生に惹かれたのも今なら納得できます。
とはいえ、学校を始めるあたりベア先生のモデルはオルコットのお父さんなのでは。
ジョーに振られたローリーがエイミーに再会して立ち直っていくのもわりと納得できる展開。(エイミーに求婚していたフレッド・ヴォーンは、『若草物語』のローレンス・キャンプでズルをしてジョーを怒らせたイギリス人の少年。キャンプのときにメグのもうひとりの賛美者だったネッド・モファットは、メグの友達のサリー・ガーディナーと結婚してます。)
ほぼ忘れていた私がいうのもなんですが、『若草物語』にくらべて、あまり読まれていなそうな『続 若草物語』。20代くらいの女性だったら今でも共感できるところも多そうで、むしろこっちのほうをぜひ読んでほしいと思いました。
以下、引用。
画室の片隅から人をにらんでいる色の黒い少年たちや黒い目のマドンナたちは、お世辞にもムリーリョを連想させるものではなかった。誤った方向に一条のものすごい光線を引き、油っぽい茶色の影をつけたたくさんの顔はレンブラントのつもりである。丸ぽちゃの貴婦人たちと水ぶくれの幼児たちはルーベンスだった。そしてターナーは、水色の雷とオレンジの稲妻と茶色い雨と紫の雲で表されていたが、その絵の中央にあるトマト色のしみは、見る人の心に太陽とも見えれば浮標とも見え、また水夫のシャツとも王様の衣とも見えるのであった。
「お姉さまは肘を張ってつんとして世の中を押し通していらっしゃりたいなら、そうなさるといいのよ。それが独立だとおっしゃるんでしょう。でも私のやり方は違うんですもの」
彼女のペンの魔力によって、その「がらくた文」は家の者みんなに安楽な思いをさせるものと化した。「公爵の娘」は肉屋の勘定を払い、「幽霊の手」は新しい敷物を買い、「コヴェントリー家の呪い」は雑貨屋の払いをすませたうえみんなのガウンを買うという恩恵をマーチ家にもたらした。
富というものは確かに結構なものである。しかし貧困もまた楽しい反面をもっている。精神的と肉体的とを問わず一生懸命に働いて得たところの純粋な喜びは、逆境というもののもたらす幸福の一つである。この世の中の賢く、美しく、有用な恩恵というものは、半分くらいは必要という刺激があってはじめて得られるものである。ジョーはそういう喜びを味わうことを楽しみ、お金持ちの娘たちをうらやむことをやめた。そして足りないものは自分の力で整え、他人に一銭の助力も乞わなくてすむことを知って、大きな満足を覚えたのであった。
「美しきものは永遠の喜びっていうのは、あんたのことよ」
というのは彼女はアメリカに生まれ、アメリカに育ったにもかかわらず、こういう称号に対しては尊敬の念をいだいていたが、そういう考えはまたたいていのアメリカ人につきまとっているものであったーそれは今は承認されていないとはいえ、その昔に国王を信頼した忠節の思いなのであって、それがあればこそ、数年前に黄色い毛の若者(プリンス・オブ・ウェールズ)が来訪のおり、世界で最も民主的なこの国民が興奮したのであり、そうしてまたそれはこの若い国が古い国に対して今なおいだいている愛情にもいささか関係があるのである。
「あの人たちが卑劣だかといって、私までそうしなければならないってことはないでしょう。私はそういうことがいやなのよ。私は感情を害したってかまわないのですけれど、それを表にあらわしたくはないの。荒っぽいことを言ったりするよりも、だまっているほうが、かえってあのひとたちに思い知らせることになるんじゃないでしょうか。」
「ひとに打たれたならば、キスで報いるのがいちばんなのです。なかなかそうはできないものだけれどね」
その領地には広壮な荘園だの、大きな館だの、美しい庭園だの、りっぱな馬だのがあるのです。ああ、ほんとに私のほしいものばかりです。ふつう女の子は称号のようなものにとびつくようですけれど、私はそんなあとに形も残らないようなものよりも、こういうもののほうがほしいと思います。
平凡で誠実で美しい人間を見たら、手当たりしだいにそれを研究するように、それは作家としてよい修業になる、というのである。
若者たちはそれをそのときは大して気にもとめないのであるが、のちに世に出てからは、どれほどの成功を遂げようとも、これほどの称賛をかち得ることはないのである。
エイミーのほうではもうはにかみをすてて、思うぞんぶんに彼を踏みにじってやりたいような衝動を感じていた。女の子というものは、男がちょっとでも服従の色をみせると、そんなふうにすることに喜びを感じるものである。
先だってある非常に美しい婦人が、「私は今も変わらず美しいのに、いったん結婚してしまったら、だれも私などにはふりむきもしなくなった」と言ったが、実際多くの婦人はこれと叫びを同じくするであろうと思われる。
それはどんな貧しい者でももつことができる代わり、富める者といえどもお金で買うことはできないものである。
「もっと低いところの、棘のないのをお摘みなさいよ」エイミーが言った。
「それからりっぱなご本を書くことよりも、世界中を見物することよりも、そうやって働くほうが、お姉さまのしあわせなのだってこともね。だって、どこへ行くにも自分といっしょにもって歩けるものは、愛だけでしょう。そしてそれは終わりをらくにしてくれるものなんですもの」
二十五歳の者にとって、三十歳という年はすべての終わりのように思われる。しかしそれは外から見るほどわるいものではない。ひとがもし自分の内にしっかりと頼むものがあれば、十分幸福に暮らせるものである。
「よくわかるわ。でもねテディ、私たちはもうどんなことをしても、少年と少女にはなれないのよ。」
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前作と比べてエイミーが凄く成長した。出だしはまだ、わがままなエイミーが顔を出していたけど、名実共に貴婦人へと変化した。
少々説教臭く、好い人ばかりで最後は申し分なく終わるのだけど、子ども達や若い人達に、こういった作品に触れる機会をもってほしいと密かに願う。 -
続編のが面白いやんけ!
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素晴らしい
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原題はGood Wives
前作の若草物語で少女だった四姉妹が結婚や恋愛を経て大人になっていくのが切なくもあり感慨深くもある。
メグとジョーが互いに異なる結婚観について語り合うあとにローリーがエイミーを連れて帰ってきて、屋根裏でジョーと会話するシーン。ここの台詞があまりにもあっさりしすぎてて、作者のオルコットはやはりジョーを結婚させたくはなかっただろうなあと思う。
子どもの頃に読んだのとは違う味わいがあってとてもよかった。 -
とりあえずこの本ではなくて、児童向けに出ていた某文庫の抄訳版に言いたいことが最初にあります。
なぜ、なぜ、なぜそこを省略したあああああああああ。
……ええと、この巻では上巻のメグに続き、二人の妹がそれぞれ生涯の伴侶を見つけ、そして幸福かつ社会に開かれ、働きかけてゆく家庭を築くまでの物語、でもあるのですが。
彼女たちがどうして彼らを好ましいと思ったのか。最初の、あるいは最悪の時の印象。痛みをともに乗り越えるようす。彼ら彼女らが、当時らしく、気軽に明かされない互いの気持ちを推測して思い悩むようす、恋のライバルにあたる人物や物事を想定して嫉妬に駆られたり、それでも自制しようとして苦しみ、光を見出すまで……がメロドラマに走りすぎない程度に、一見客観的にユーモアを交え、それでいて情緒豊かに描写されています。
たとえ小学校中学年向けの抄訳版だったとしても、わからないことはないと思うんだ。確かに姉妹の一人の運命は劇的で、彼女の遺していく訓えもあって、古今東西こういった文学を読もうという人の琴線には触れるだろう。
けれども、少女小説を読もうという人のためには、決して省略してはいけない、それが「恋に落ち、ゴールインするまでのプロセスの一段一段」ではないでしょーか!
この本の感想。「……と、拳を固めて力説するぐらいよかったです。そこが。」 -
読書日:2016年12月26日-2017年1月1日
Original title:Little Women. Married or Good Wives.
Author:Louisa May Alcott.
Bethが息を引き取る[第十七章 死の影の谷]は、
章そのものが物悲しい気持ちにさせられます。
救いだったのは、死そのものは怖くないと彼女が言った事です。
怖がればきっと天国に行けないでしょうし…。
家族の中で一番早く神様の元へ旅立ってしまったけど、
心穏やかに過ごしていると思っています。
それからLawrence少年の心の成長が今巻で一番の見所ではないでしょうか。
Joeが好きで好きで勇気を振り絞って告白したのに、
断られて傷心の旅に欧州へ祖父と行って……。
次巻までは傷が癒えないのでは…とやきもきしておりましたが…。
落ち着いて本当に良かったです…! -
2013.11.15読了。
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高校時に担任の先生からいただいた。続編があるとは知らなかったもので。
ローリーとジョーはくっつくもんだと信じて疑わなかった私に先生は優しく、『まぁ読んでごらん』と言ったのであった。
オルコット氏に100年越しの手酷い裏切りを受け読み終わった後はしばし放心状態。すぐさま先生へ手紙をしたためた。
ジョーは、私の憧れです。 -
そういう風に話が続くんだ!て感じ。
人間関係とか、恋模様とか…今と変わらないんだなーって感じる。
あくまでフィクションだけど、その時代が反映されてることに違いはないよね?
赤毛のアンでも思ったんだけど、昔の小説って主人公が普通に年齢重ねていく様とか、主人公の子供が主人公になったりするよね。
今は、主人公のある時期のあるエピソードだけが描かれてる感じ。
昔は人生を描いて、読者はそれに自分を投影させてたりしたのかな。 -
ローリーがジョーにプロポーズして失恋するシーンが最強にも え る !!
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