トウェイン完訳コレクション アーサー王宮廷のヤンキー (角川文庫)

  • KADOKAWA (2009年12月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (576ページ) / ISBN・EAN: 9784042142089

作品紹介・あらすじ

アメリカ人ハンクが昏倒から目を覚ますと、そこは中世アーサー王の時代だった! 現代科学の知識で魔術師マーリンに対抗し次第に王宮での地位を固めていくが……SF小説の元祖とも呼ばれる幻の名作!

みんなの感想まとめ

異なる時代を生きる主人公が、現代の知識を駆使して中世のアーサー王宮廷に挑む物語は、ユーモアと風刺に満ちています。主人公は魔術師マーリンと対抗し、科学技術を用いて様々な改革を進める中で、アーサー王や騎士...

感想・レビュー・書評

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  • 『トムソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』で知られるマーク・トウェインのタイム・スリップ小説。

    イギリスのウォリック城を見学していた”私”が、奇妙な男に出会うところから物語が始まります。その男の話す内容は、アーサー王と円卓の騎士について、まるでその時代にいたかのような口ぶりです。驚きから我に帰るといつの間にか男の姿はなく、夕刻に宿泊先のホテルにいると、男が部屋に訪ねてきて自分の来歴を語りだしました。

    男の父は鍛冶屋、叔父は蹄鉄工で、2人の元で手先の腕を磨き、軍需工場に勤めてからは、当時考えられるあらゆる技術を身に付けて現場監督の親玉にまでなります。しかし、手下と喧嘩して鉄梃で殴られて気を失ってしまい、目覚めるとそこは1300年以上の昔、528年のアーサー王在位の宮廷でした…

    この物語、前半のマーリンとの魔法比べとその後に地位を固めてしばらくの間がとても面白い。持ち前の技術力の高さと豊富な知識や学力で、次々と改革をして行く様を、風刺の効いたギャグで笑いを誘います。

    中盤は、アーサー王と2人で身分を伏せた隠密行動で、民衆の不満を垣間見る旅に出ます。しかし、奴隷制や教会への不満、選挙や共和政治など、風刺を散りばめて語っているのは、ちょっと欲張りすぎかなと思いました。そのせいで全体が560ページもある長篇になってしまっているのが残念。言いたいことはわかるけど、もう少しコンパクトにして欲しかった。

    終盤は、ある経済政策がもとで内戦状態になり、力を持った教会の騎士たちとの戦いで、著者が生きていた19世紀の技術力と兵器による圧倒的(一方的)な戦いが繰り広げられますが、ちょっと残酷な気もしました。

    ラストは”私”に手記を手渡すくらいなので、当然、元の時代に帰ってくる方法があるのですが、それは読んだ人だけのお楽しみ。

    それにしても、タイムパラドックスもなんのそののやりたい放題な描きっぷりは、ある意味で著者の晩年に訪れる精神状態を垣間見ているようで興味深かったです。

  • 『アーサー王宮廷のヤンキー』!? なんだか手に取るのも躊躇してしまいそうなタイトルで大丈夫かしら? ちなみにオリジナルタイトルをみても、『A Connecticut Yankee in King Arthur’s Court』(ニューヨーク版)、『A Yankee at the Court of King Arthur』(イギリス版)ということで、ふふふ、ちょっと怖いもの見たさでページをめくってみました。

    マーク・トウェイン(1835~1910年)といえば、『トム・ソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』があまりにも有名で、おもしろくてリーダブルな作品を残していますが、どうも少年少女向けの印象が強かったり、笑えるホラ話のような短編のイメージに凝り固まっていた、なんとも無知な私でした。
    先日久しぶりにトム&ハックの冒険譚を再読したのを機会に本作に手を伸ばしてみると、いやはやびっくり仰天! トウェインの印象ががらりと変わってしまいました。

    ***
    ある日トウェインがイギリスのウォリック城を見学していると、一人の不思議な男に出会います。中世の騎士の甲冑にやたら詳しい、ツアーガイドの説明にちゃちゃを入れる……コネティカット出身だというその男は、一冊の本をトウェインに託して姿を消します。羊皮紙に書かれた古文書のようなそれをひもといてみると、そこには驚くべきことが綴られています。6世紀のイングランドに迷い込んだコネティカットのヤンキーが、あの伝説の王アーサーの参謀へのぼりつめていく、奇想天外な回想録。

    この作品が世に出た1889年当時は、アーサー王と円卓の騎士の活躍を描いたトマス・マロニー『アーサー王の死』のパロディだと揶揄されたそうですが、いやいや、決してそれだけでは終わらないところがトウェインの才気煥発なところですね。

    ファンタジーの形式をとりながら、絶対君主制、キリスト教会権威、王権神授、階級制度と差別、経済社会や労働の意義といった広範な文明論を、おかしな物語の中にじっくりこってり、シニカルなユーモアたっぷりで、う~ん、同世代の我らが夏目漱石先生の文明論も危ういかも(笑)。くしくも1889年はあらたな君主制をしいた大日本帝国憲法の発布……文明に逆行するなんとも皮肉なことで。

    ある日アーサー王とヤンキー参謀はお忍びで村々を見回っていると、二人は奴隷商人に囚われてしまいます。鎖に繋がれた多くの奴隷たち、乳飲み子を抱いた女の背を激しく鞭打つ奴隷商人、泣き叫ぶ女の様子に思わず目を背けた男に激怒した商人は、さらに激しくその奴隷男をも打ち据えます。その様をやんやと愉しげに眺めるやじ馬の巡礼者たち……。

    「彼らの心はこれまで毎日のように奴隷制度に慣れ親しんでいるので、あまりにも無感覚になってしまっているのだ。そのため、批評をうながすこうした光景の中には、別の見方だってある、ということに気がつかないのだ。これこそ奴隷制度がなしうる本質的な事柄であって、要するに人間のもつ感覚の外側の部分とでも言うべきものを無感覚にしてしまうものなのだ。なぜなら、この巡礼者たちにしても心の底はやさしい人たちなのであって、彼らは決してその奴隷商人を黙って見逃しはしなかったはずだからだ。もしその商人が「馬」をそのように扱おうとした場合にはだ」

    不合理な慣習であればあるほど人は容易に変えられないのかもしれません。奴隷や差別は許されない、今でこそ言えるわけですが、トウェインの時代はそうではなかったし、いまでも差別は形を変えて隠微に根強く残っているわけです。ふとこれまで当たり前だと思い、日常的にやり過ごし、別の見方だってあるということに気がつかない私たちの固定観念、あるいは価値観と呼ばれるものこそが、もしかすると不合理な慣習だったりするのかもしれない。

    この物語の構想が『ハックルベリー・フィンの冒険』の直後だったということからみても、トウェインはとりわけ君主(王、元首)、貴族、聖職者、奴隷といった階級社会や差別を呪い、それを痛烈に批判していて、本のページから自然発火して燃え出しそう……少年の冒険譚からは読み取れなかった、作者のこんな激しい一面にちょっとたじろぎます。

    さらにヤンキーは、労働の喜びや豊かな社会についても語ります。
    「…知的「労働」とはそもそも呼び名が間違っている。それは喜びであり道楽であって、それ自身がすでに最高の報酬となっているのだ。どんなに少ない報酬を受けている建築家だって、技師だって、将軍だって、作家だって、彫刻家だって、画家だって、弁護士だって……歌手だって労働しているときにはおそらく天国にいるはずだ」

    「…どれだけの賃金をとるかということではなくて、その賃金でどれだけ多くのものが買えるのかということが重要な問題なのだ。それこそが決め手となって、賃金が本当に高いのかそれとも名目のうえで高いというだけにすぎないのか、ということがわかるのだ」

    トウェインの鮮烈な文明社会への問いかけは、当時のアメリカやイギリスのみならず、それから100年あまり経た今もなお、色あせることなく世界に発せられているよう。時間と空間を超えても決して変わらない人間性と、かたや刻々変化していく人間社会に対する彼の鋭い洞察力には驚きの連続で、そんな彼の一面を発見できたのはほんとうに幸運でした♪ やっぱり本はいいですね。いつでも書架で読む人を待っていてくれます。

    • nejidonさん
      アテナイエさん、こんにちは(^^♪コメント欄ではお久しぶりです!
      今朝がた見つけたレビューに思わずポチったら、数が増えてました。
      ふふ、...
      アテナイエさん、こんにちは(^^♪コメント欄ではお久しぶりです!
      今朝がた見つけたレビューに思わずポチったら、数が増えてました。
      ふふ、見つけたのはワタクシですわよって喜んでます・笑
      タイトルの「ヤンキー」でちょっとうろたえますよね。
      かつて「トム・ソーヤー」から「ハックルベリー・フィン」を読み、それから「不思議な少年」を読みました。
      そして私も驚きました。少年少女向けとはまるで違うトウェインの素顔に。
      口の悪い皮肉屋で、ペシミスティクで。
      でもそれが世の普遍的な真実を言い当てていることに気が付き、むしろ好きになりました。
      そこから再度トムとハックを読み返し、ますますファンになったものです。
      作家さんの別な面を発見して更に読みたい本が増えていく。本当に本ていいですよね。
      ということで、今年もよろしくお願いします。
      2020/01/07
    • nejidonさん
      アテナイエさん、今更ですがフォローさせていただきますね♪
      アテナイエさん、今更ですがフォローさせていただきますね♪
      2020/01/07
    • アテナイエさん
      nejidonさん、こんばんは! コメント欄ではご無沙汰しています。以前にnejidonさんの体調などもわからないままコメントしすぎたかも...
      nejidonさん、こんばんは! コメント欄ではご無沙汰しています。以前にnejidonさんの体調などもわからないままコメントしすぎたかもしれません、大変失礼いたしました(ご丁寧な返答に感謝します♪)。
      また以前の私のレビューをお読みいただきありがとうございます。久しぶりに自分のレビューを読んでみて、ありゃ? こんなこと書いたかしらん? と妙に懐かしい気分になっています。トウェインは短編のホラ話もおもしろく笑わせるし、まことに可笑しく珍しいアメリカ南部作家ですね。この人のおかげで私は南部作家フォークナーを読む機会がありましたので、心中とても感謝しています。ほんとに本とは不思議ですね~。読んでいるうちに、脳内のどこへでもどのようにも繋がる神経細胞のようですし(たびたび接触不良になりますが…笑)、かたや古今東西、世界中、言語は違えども同じ本を手にして感激した人たちとも繋がるような気がするし、いつでも誰でも、書架で待っていてくれます。ほんとにいいものですね。
      これからもnejidonさんのレビューを楽しみにしています。私は書くのも遅ければ、読むのも遅いので、ゆっくり味わいながらですが。こちらこそ今年も宜しくお願いします(^^♪
      2020/01/07
  • 第34章
    いやはや、これを見てもわかるとおり、国王なんていうものは、神々しさなんか何もないのだ。とどのつまり、浮浪者と変わりないのだ。ただの安っぽい、中身がからっぽのオモチャにすぎないのだ、それが王さまだと知らないときにはだ。しかし、いったん王さまだということがわかると、いやはやあきれたものだ、その姿を見ただけで、人は息をのむのだ。われわれはみんなバカなのだ、と思う。生まれたときからそうなのだ、たしかにそうだ。



    マークトウェインの、トムソーヤーやハックルベリーフィンではなくなぜか「じゃないほう」の『アーサー王宮廷のヤンキー』。いきなりネガティヴ要素を書くのもアレですが、昔の作品で昔の文庫だから活字も小さく、19行×42文字で会話文も少なく、1頁に文字がびっしり……それが550頁ほどで分厚い(新潮文庫の最近のものは16行×38文字だとか)。まあマークトウェインだし、とくに文章が難解ではないのだけど、よその図書館から借りて「返却期限厳守!」なこともあり、なかなか読み終えられず辛かったです。

    読んだきっかけは『聖戦士ダンバイン』から。某Xでダンバインが話題になると毎回決まって「それ以前の和製ファンタジーは?」「それ以前の異世界(転移/転生/召喚)ファンタジーは?」という、日本のファンタジー受容史の話になる。何度も話題になっているし、結局は「ジャンル論」の話になるのでけっこうバカらしいのだけど、私見で押さえておくポイントはいくつかあると思う。

    ・まずダンバインでさえ「和製/異世界(召喚)/ヒロイック/ファンタジー/ロボット/アニメ」と、ジャンルを細分化できる
    ・ファンタジーとSFの違いとは?
    ・国産ファンタジーの最古の例はたぶん『竹取物語』
    ・毎回話題になる文脈での「ファンタジー」とは、たぶん西洋のヒロイックファンタジーのこと
    ・海外の異世界ファンタジーは当然古くからある。『不思議の国のアリス』『オズの魔法使い』等
    ・70年代はハヤカワ等がヒロイックファンタジーを邦訳していて読まれていた。『指輪物語』も同様
    ・70年代富野作品とオカルトブーム。『海のトリトン』『勇者ライディーン』。ついでにヤマトとガンダム。当時のオカルトはSF寄りの認識
    ・『指輪物語』等ハイファンタジーではなくローファンタジーは日本でも沢山あった。例えば魔女っ子もの。異世界転生ものはロー(日常)からハイ(異世界)に行くからたぶんその中間
    ・ダンバインの直前で直接的な影響として『コナンザグレート』『ダーククリスタル』
    ・ダンバイン以降はもちろんファミコンブームで、ドラクエ等RPGが作られる。それと『ロードス島戦記』等で今に続く



    長くなったが、というわけで「中世の異世界に現代人が転移するファンタジー」の古い例として挙げられるのが、『アーサー王宮廷の(コネチカット)ヤンキー』。1889年発表、19世紀末です。因みにアメリカでの原題はコネチカットヤンキーだけど、角川文庫版は題名のみイギリス版を採用して、コネチカットがつかない。少し前にブルフィンチの『アーサー王物語』を先に読んだのは、実はこれを読むため。角川文庫版はどちらも大久保博さんが翻訳。

    「ファンタジーとSFの違い」に関連して、主人公ハンクモーガンは、喧嘩で殴られて過去(というか伝説の世界)へ行く。例えばこれがタイムマシンや超能力で過去に行くならSFになる。話の類型で、わりと最近のもので最も近いのは、ドラマ化もされた村上もとかの『JIN-仁-』。

    マークトウェインを初めて読んだけれど、「こんなに社会派だったの!?!?」と驚く。これまたジャンル論になりますが、昔は今みたいに「社会派」とか無くて渾然一体、中に織り込まれている。皮肉とユーモアのきいた風刺小説。
    どのあたりが社会派なのか。当時は南北戦争が終わって20年ちょい、トウェインも一応従軍している。だからここで語られるのは、その当時のアメリカのこと。
    具体的には、フランス革命があって、それ以前に自由主義で建国されたアメリカ。南北戦争での保護貿易vs自由貿易、奴隷制度。そして資本主義経済。つまり「アメリカばんざい!」であると同時に(トウェインらが言う金ぴか時代)、それ以前の体制(特に南部)や、古いイギリス、ヨーロッパの価値観を批判、風刺している。ついでに、ニューディール政策の語源もこの本のとある箇所から。

    ブルフィンチ版『アーサー王物語』の感想として、中世なので当然ではあるけれど「キリスト教的価値観が強い」と感じた。トウェイン本人も無神論者だったらしいが、教会の権力や、魔術師マーリンに代表されるオカルトには徹底的に対抗する。ここで持ち出されるのは当然「科学」。原典における「聖杯」は、この作品では「科学」に置き換えられるのではないか?と、なんとなく思った。

    ラス殺陣があって一応盛り上がって終わるけれど、その描写は南北戦争での死屍累々の様子ではないか。近代戦に近づくにつれ、つまり「科学」が発達するにつれ、戦争の死傷者数は増えていく。トウェインがどこまで意識して書いたかは不明だが、主人公ハンクは地獄を作り出し、そして地獄を見る。



    大久保博さんによる解説で、トウェインと同年生まれが坂本龍馬、天璋院篤姫、松平容保とあるが、1836年なので1年ずれているのは暦のずれによる勘違い?1835年だと、岩崎弥太郎、福沢諭吉、土方歳三、小松帯刀ら。ほかに、西太后や鉄鋼王のカーネギー。だから本当に、幕末の志士たちと同世代にあたる。
    また、この本が発表された1889年に大日本帝国憲法の公布。作中、民主制を作ろうとするハンクに対して、部下のクラレンスが意識せずに「立憲君主制」を提唱している。



    ところで、やはりジョージオーウェルがマークトウェインについて評論を書いている。この『アーサー王宮廷のヤンキー』を下敷きにした文章で、トウェインの事をボロクソに言ってます笑。トウェインが亡くなった年にオーウェルはまだ7歳だったから、その世代差……というより時代差と、オーウェルはより徹底的な社会派、そしてたぶん行動主義の人。

    もう少し検討したいのは植民地ものや白人酋長ものとの差異。民族的、人種的な見下しとは逆に、アメリカの旧宗主国を風刺している。


    南無ブグウジジイルルイグククク!←面白かったやつ

  • 元祖?知識無双系転生もの。6世紀のイギリスにタイムスリップした19世紀のアメリカ人が、魔術師マーリンを科学知識で押しのけアーサー王の側近となる。石鹸、爆薬、電信、銃、機関銃、等々を開発したり、人々を啓蒙し民主主義を定着させようとしたりもするのだけど…。
    明治期の作品なのに、ユーモアというかギャグが全然さび付いていないのが凄い。

  • 19世紀のコネチカット出身の男が6世紀のアーサー王の時代にタイムスリップして、もっている知識で王の側近にまでなっちゃう話。

    題名が「ヤンキー」なので、どんな話だとビビってたが、いわゆる「ヤンキー」は出てこない。アメリカのヤンキーのことだった… 雰囲気は「吾輩は猫である」に似てる。笑いどころもあるし、社会批判チックなところもあるし。「猫」物に飢えてた私としては満足。

    にしても、貴族ヤバすぎ。やりたい放題すぎて読むのに手が止まる箇所もあった。あの時代に生まれなくてほんとよかった…

    教育の重要性も感じた。小さい頃からの教育は洗脳にもなり得るよね。自分にも子どもがいるので、ちゃんと考えさせる教育をしようと決意。

    あとラスト。マーリンってずっと小物扱いだったけど、ちゃんと魔法使いじゃん…19世紀まで眠らせるとかそんな魔法使えるんじゃ、一流だよ…

  • あぁ〜読み終えてしまった・・・大事にとっておいた、なかなか手に入らない美味しいクッキーを食べてしまった・・・という感じ。本当にマーク・トウェインの世界に入り込んだのは久しぶりだ。物語としても面白く、人生や人間に対する様々な示唆を与えてくれる。人間の本質を物語の中で見事に表現する名人だと思う。
    物語に出てくる騎士、大衆、奴隷、貧富、差別、理不尽な風習や概念に凝り固まった人達。しかし、我々は決して彼らのことを笑うことも憐れむこともできない。それは鏡に映した我々自身だから。マークトウェインは21世紀の現在もこの先もずっと同じであるということを人間の変わらぬ本質を教えてくれる。それを悲観することはない、そのせいで悲しみも、喜びも、悲劇も、人生の素晴らしさも生まれるのだから。それが人間なのだから。
    マークトウェインにはついつい色々考えさせられてしまうが、そういうのを抜きにして、アーサー王とヤンキーの物語はとても面白い。SFとしても楽しめるし、ディッケンズのように虐げられた人々を扱った部分は目を背けたくなる位辛く、胸が締め付けられるが、ハラハラドキドキする冒険もある。最後はせつない思いをしたが、主人公との時空を超えた旅は充実したものであった。

  • 面白かった。高貴なお方達のくだりはめっちゃ笑えた

  • まっとうな異世界もの

  • 6世紀ブリテン島に転移した19世紀の兵器製造工場主は、遍歴の騎士に「魔法使いだ」と捕らえられアーサー王宮廷に引っ張っていかれた。火刑になる寸前、予言した日蝕が起こって運命逆転、宮廷付き大魔術師となったが…/密かに火薬を作り銃を作り、教会以外で読み書きと科学知識を与える軍人学校も…電信電話網も/アリサンド・ラ・カルトルワーズ美女を割り当てられて「魔物退治」の旅に出て、よくわからない結末でなぜか「大成功」となって美女が妻となり愛称サンデー/中世に馴れ段々に残酷になっていく/しっぺ返しに国王とともに奴隷に売られ

  • アーサー王伝説の世界に、コネチカット州に住むちゃきちゃきのヤンキーがタイムスリップ。現代(19世紀)の知識をフル活用して奇跡を起こし、アーサー王の執政官として、政治・社会改革に挑む。

    著者は、主人公の言葉を借りて、中世の頑迷固陋な社会システムと共に、現代社会をも強烈に風刺している。

    翻訳のためか読みにくくて、読みきるのは結構しんどかった。

  • 歴史改変SFというジャンルがこんなにも面白いものだったんだということを教えてくれる本。

  • アーサー王の時代にタイムスリップした”ヤンキー”がまず作ったのが特許制度という設定に興味を持ったので読んでみたが、特許制度についてはほとんど出てこなかった。トムソーヤやハックルベリ・フィンといった、夢あふれる少年小説かと思いきや時代風刺色が強く、真剣に読むと難しい。マーク・トウェインが生まれたのは1835年。篤姫、小松帯刀、坂本龍馬、福澤諭吉、松平容保、土方歳三らと同級生らしい。アーサー王宮廷のヤンキーが出版されたのは1889年。南北戦争が終わって24年、日本では大日本帝国憲法が発布された。日本の特許法が公布されたのは1885年。その時代の小説と考えると、確かに興味深い。

  • 読み切れなかった~

  • 字詰めが細かすぎて読みづらいため頓挫。

  • マーク・トウェインにこんな作品があるのを知らなかったのだが、朝日新聞の読書欄の紹介で知った。本屋さんでタイトルだけを見たなら購入しなかっただろう。構想は、なんとなく『ドン・キホーテ』を思わせるもの。痛快と言えば痛快だが、筆者の主張がダイレクトに語られ過ぎている点は、物語としての妙味に欠けるか。正直に言えば、中盤以降はやや退屈かな。

  • この作品のことはずっと前から知っていた。作者が誰かもわかっていた。だが、作品名がずーっとわからなくて、どうやって探したらいいか困っていた。

  • ロラン夫人の「自由よ、汝の名の下でいかに多くの罪が犯されたことか」に対する反論のようなテーマ性を持ちつつも、「モンティ・パイソンのホーリー・グレイル」よりシュールでブラックなギャグが多数散りばめられている。

  •  ハラハラしてワクワクして、そしてラストにちょっとウルウルした。中学時分に読んでそんな印象を持った思い出の一冊。改訂版ということで久しぶりに読んでみた。
     こんな理屈っぽい話だったか。もっと、、、こう、、、何というか、タイムトラベルもの、そんな楽しさに満ちてたんじゃなかったか。
     同窓会なんか出なきゃよかった。そんな気分を味わいました。

  • 19世紀の人間が、6世紀のアーサー王時代にタイムスリップする話。
    手に職ある大人がタイムスリップすると、いろんなことができるんだなあと。
    普通、時代に干渉しない方向に行くのがセオリーなのに、コネチカットヤンキーは違うよ。
    積極的に変えたろう、政治ぎゅうじったろうという志だよ。
    さすがアメリカ人は考えることが違うよ。

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著者プロフィール

Mark Twain
アメリカの作家。1835年11月30日ミズーリ州フロリダ生まれ。本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズ。4歳のとき、ミシシッピー河畔のハンニバルに移住し、12歳で父を失い、印刷屋に奉公する。1857年ミシシッピー川の水先案内人を経て、1861年新聞社に勤めマーク・トウェイン名で文筆活動に入る。『トム・ソーヤーの冒険』(1876年)や『ハックルベリ・フィンの冒険』(1884年)など幼年時代の自伝的小説で20世紀アメリカ文学に影響を与える。その後も冒険や自然の要素を取り入れた小説のほかに、エッセイ、旅行記など数多くの作品を発表し、当時のアメリカで最も人気のある作家となった。1910年4月21日、74歳で死去。

「2025年 『ハックルベリー・フィンの冒険』 で使われていた紹介文から引用しています。」

マーク・トウェインの作品

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