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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784042212010
作品紹介・あらすじ
孤児となったパレアナは気難しい叔母さんに引き取られたが、どんな事からでも喜ぶことを捜し出す〈何でも喜ぶ〉ゲームで、その頑なな心を溶かしてゆく。やがてその遊びは、町全体に広がった……。
みんなの感想まとめ
逆境にあっても明るさを失わず、周囲に幸せをもたらす少女の物語は、希望と勇気を与えてくれます。主人公のパレアナは、亡き父から教わった「何でも喜ぶゲーム」を通じて、どんな状況でも良い面を見つけ出す力を持っ...
感想・レビュー・書評
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亡き父から教わった「なんでも喜ぶゲーム」を堅持し、懸命に生きようとする少女パレアナの話。
逆境にめげずに健気に頑張る少女を好きにならない人なんていようか。
どんな時でも悲観に流されずに健気に頑張るパレアナの姿に心を打たれた。
彼女の姿は「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」というアランの言葉をまさに体現している。
いつも心にパレアナを宿せば、どんな嫌なことがあっても頑張れそうだ。 -
少女パレアナを読んだ。
少女パレアナは知らなくても愛少女ポリアンナ物語をテレビで観た人は多いだろう。
どんな逆境でも良かった探しをして回りを幸せにしていく。
その原作で、1913年に出版されたという。
ただ、ポリアンナ症候群は、直面した問題に含まれる微細な良い面だけを見て負の側面から目を逸らすことにより、現実逃避的な自己満足に陥る心的症状のことである。 別の言い方で表すと、楽天主義の負の側面を表す、現実逃避の一種だと言い換えることもできるらしい。
しかし、私はよくスーパーポジティブとは言われるが、やはり、ポジティブの方が良い未来が待っていると私は思う。
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子どものとき、英米の「少女小説」というものを読んだ。嫌いだったのが「パレアナ(ポリアンナ)」と「赤毛のアン」である。どちらも想像したことを過剰なほどに喋るわずらわしい少女という印象だった。特にパレアナは、「鏡がなくて嬉しいわ、そばかすを見ないで済むから」っていう「よろこびのゲーム」に心底ムカついた。(ひねくれた子どもだったので。)
ちなみに好きだったのは「秘密の花園」のメアリー。「若草物語」のジョーは魅力的だけど、自分とは遠いと感じた。「足長おじさん」のジルシャー・アボットも想像力豊かな少女ではあったが、それはエンタメ的あるいは文学的な才能であり、不快感はなかった。
しかし、大人になって『赤毛のアン』を読み返したら、小説としてとてもよくできていること、アン以外の登場人物もきちんと描かれていていること、何より孤児であり、誰からも必要とされないアンの不安や孤独というものを、自分はちっとも理解していなかったなと反省したのである。(アンシリーズは一から読んでみたいと思っている。)
で、パレアナを数十年ぶりに読んでみた。
ちょっと前に『ぼく、ディヴィッド』を読んで、意外と良かったということもあり。
読んでみたら、基本パターンは『ぼく、ディヴィッド』と同じである。無垢な子どもがやって来て、周りの人々を幸せにする。こじれたままになっていた恋愛関係を修復する。もちろんハッピーエンド。
人気があったのは、語りが巧みであることと、全てが上手く行って(謎も解けて)、満足感を得られることにある。また、キリスト教的な倫理観を強化してくれるところが、キリスト教徒の家庭で読む本として大ヒットとなったのだなと理解できた。
「よろこびのゲーム」も、聖書に基づいている。キリスト教徒の少ない日本人はあまり気に止めなかったところだろうが、ここが一番重要なのだろう。
無垢なる子どもというのは神の再来なのだ。パレアナの父が牧師だったことも納得である。
で、パレアナを好きになったか、というとNOである。やっぱり苦手なキャラクターである。
小説の出来としては出自にミステリー要素も絡んだ『ぼく、ディヴィッド』の方が良いと思う。
しかし純文学ではなくエンタメである。読者を気持ちよくしてなんぼ。そういう点では立派な作品であると思う。 -
この本を読んだ読者が、どんな状況でも喜びを見つけられる人となれますように。
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あまり洋書と相性がよくないのですが、今回もはまりませんでした。
とにかくポジティブを貫くパレアナですが、おしつけがましい、もはやウザイ。
私の心は純粋さをうしなったようです(笑)
好みは別として、初版昭和37年という名作に出会えたきっかけはブクログだったので感謝です。 -
どんな状況下でも楽しみを見出す。
幸せに過ごすための絶対条件だと思っているので、パレアナの生き方はまさしく最善策だと思う。
よろこびのあそび
私は、楽しみを見出すことをミッションだと思っていたが、あそびと思うことがより楽しいかもしれない、と思った。
与えられたこの命。我慢してやらなくちゃいけないこと、辛いこと、沢山あるけど、その中で一つでも多く喜びを見つけて、楽しめる人の方が絶対とく!!
全ては考え方次第 -
パレアナ、ちょっと喋り過ぎで鬱陶しいかなぁとも思うが、、好感がもてる様描かれてる。ほっ。
なによりも筆者の”なんでも喜ぶ”を子供のゲームにする発想が凄い。
生まれ持った楽観主義じゃなくても経験を積めば楽観主義になれるのだと!ゲームの取り付きの難しさやその効果が時間を経て知らず知らずに現れる様に納得。うんうん。継続が大切。
悲観的な時、気持ちをポジティブに持って行くのが難しく一旦ポジティブになったら全てが易しくなり、周りもポジティブに巻き込むのだと。
また、良い面を見ようとする姿勢が人にその期待に応えようという心理になるのも同感。フォード牧師の気付きに拍手。
それより、パレアナはたしかに変な名前だけどポリーアナなんじゃない?どう?パじゃなくポ、、、、
続編もあるのね。 -
かなり昔だから、版は違うけど。子供の頃読み大好きな一冊だった。
その後、少女ポリアンナ、として、テレビアニメになっていた。喜びゲーム。に子供時代は随分救われたが、大人になっても役に立っている -
気難しい叔母さんに引き取られたパレアナが、亡き父親とはじめたある「ゲーム」をすることで周囲の人の心を溶かしていく感動的な物語。前向きで明るいパレアナが愛らしく、その芯の強さにもひかれます。叔母さんの昔のことで少し謎解きのようになっていてそれも楽しめます。最後は与えていただけでなく、与えられていたということにも気付かされる本当に素敵な物語。いらいらしたり、後ろ向きになったときにぜひ繰り返し読みたい作品です。私は村岡花子さんの訳が好きです。
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パレアナがする遊びが、やってみたくなる。
普段、ネガティブがちな私からすると眩しい存在。 -
好きな一節
…わたしが月曜日の朝をひどくきらっていることを知りなさると、パレアナさまはいつだったか『まあ、とにかく、ナンシーや、一週間のどの日より月曜日の朝、喜んでいいと思うわ。だって次の月曜日が来るまでに、まる一週間あるんだもの』… -
泣ける。喜び探しを見習う。
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よかった探し、のパレアナさん。実は初めて読みました。
こういう精神はやはり敬虔なクリスチャンだからこそ完遂出来るのかなあと宗教心の薄い自分はぼんやり思いました。それにしてもチルトン先生、一人の女の子の人生がかかってるんだからプライドなんて捨てたら?と個人的には思いますがあの当時の社会では一度振られた紳士からまた交際を申し込むとかは言語道断なことだったのでしょうか。続きも今度読んでみようかなあと思います。 -
子供の頃にこの本に出会い
物ごとのよいところに目をむけるパレアナを
お手本にしてきた♬
ハウス食品のポリアンナもみ
とても好きだった!!
久しぶりに読み返してみよう。
村岡花子さんの訳も好きです。 -
「喜ぶ」のが難しくなったら、またこの本を読み直そうと思います。
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パレアナの喜びの遊びはデールカーネギーで言うことの「自分の恵まれている点を考えよう」と同じ発想ですね。結婚していないとは言え、経済的に何不自由していない人が不満を述べている点は、何か今の日本人に共通するものを感じます。
まあこの思想が行き過ぎると、ただの聖者になってしまいますが、不平・不満を感じたときにはまず「喜びの遊び」をやっていつまでも悪い考えに頭を冒されないようにするのは大切なのでしょうね。 -
前向きにですな。
著者プロフィール
村岡花子の作品
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