プロント (角川文庫 赤 レ 4-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (397ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784042692010

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  • この奇妙な題名は英語ではなく、イタリア語。意味は“もしもし”。そう、電話に出る時に云うあの“もしもし”だ。レナード作品の舞台といえば、フロリダのある南アメリカやメキシコなどの中南米が多いが、本書では海を越えたイタリア。しかし地中海に面したこの国はヨーロッパでも温暖な気候であり、ラテン系民族が多くて国民性は陽気だから、扱う人物達もそう変わらないのだろう。

    スポーツ賭博師であるハリー・アーノウは65歳で引退し、イタリアの地で晩年を過ごそうと計画していた。しかし儲けをくすねていたことが元締めにばれた上、FBIが元締めを逮捕するために張った罠のおかげで、命を追われるようになった。保釈されたハリーは早速憧れの地イタリアに飛び、恋人を呼び寄せるが、元締めの手下と警官も彼の後を追ってきて・・・。

    主人公が66歳というのがまず驚く。1993年の作品である本書を著わした時のレナードの年齢は68歳だから、同じ年代の人物を主人公にしたようだ。このハリーは実在した詩人エズラ・パウンドに心酔しており、彼のゆかりの地であるイタリアで隠居生活を送ることを理想としているのだが、面白いことに心酔する詩人の詩をちっとも理解していないのだ。こういうミーハー心というのは日本人も往々にしてあることで、映画・ドラマや音楽や小説・エッセイなどをろくに読んでなくても「ファンです」と公言する輩はかなりいる。
    大抵のアメリカ人は引退後の生活をフロリダで暮らしたがるそうだ。人生残りの日々を南国でお気楽に暮らしたいというパラダイス願望というのがあるのだろう。無論私もそういう生活に憧れるのだが、何もせずに暮らすというのが出来ないのが日本人の特徴で、退職してもなお働きたいという人が多くいる。この辺は全くアメリカ人は理解できないらしい。
    このハリーの願望がそのままレナードのそれを投影しているかどうかは解らないが、風光明媚なヨーロッパというのはやはりアメリカ人にとっても憧れではあるようだ。エルキンズなんかは特にその作品を読むとその傾向が強いことがよく解る。しかし物書きとしてなかなか踏み切れないところがあるだろう。まあ、当っているかどうかも解らない勘繰りはこの辺で止めておこう。

    本書でも個性的な面々が本作は出ているのだが、なんか全体的に話が散漫に感じた。レナードには珍しく、主人公のハリーがなかなか動かないキャラクターだった。賭博師という裏社会を渡り歩いた彼の老獪さはあるものの、やはり従来のレナード作品に出てくるような元シークレットサービス、元特殊部隊、警官、刑事らとは違い、肉体的な動きが少なく、知謀知略、いや正確な書き方をするならば悪知恵を働かせて戦うのではなく生き延びることを模索するキャラクターというのはある意味レナードにとっても挑戦だったのかもしれない。が、しかし本書を読むには成功しているとは思えない。

    本書は当初ハードカヴァーで出た。けっこうな分量もあり、それなりに値段も高かったように思う。これは文藝春秋がレナード作品を同じ版型で出していたことを受けての出版だったのだろうが、本書が訳出された94年では既に文藝春秋は文庫へと版型を移行しており、角川書店は遅きに失したようだ。私は文庫版で本書を読んだが、実際この後同会社から出たレナード作品は『ゲット・ショーティ』以降、文庫で出版されているから、本書はあまり売れなかったのだろう。これは世の流れを読み誤った出版社側のミスでもあり、版型を決める際に中身を吟味すべきだったと思う。
    海外ミステリの不況が嘆かれる昨今だが、昔から海外ミステリの出版状況を見ていた私にしてみれば、本書のようなコストパフォーマンスの低い作品をハードカヴァーで出して利益を得ようとした出版社側の怠惰も大いにあるのではないかと強く思う。
    そういう意味では罪深い一冊ではないだろうか(ちょっと云い過ぎ?)。

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