フランケンシュタイン (角川文庫)

  • 角川書店 (1994年11月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784042710011

みんなの感想まとめ

テーマは創造と破壊、そして人間の責任に根ざした深い悲劇です。物語は、若き科学者ヴィクトルが自らの手で創り出した人造人間との葛藤を描いており、彼の自己中心的な行動が悲劇を招く様子が強調されています。怪物...

感想・レビュー・書評

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  •  終始「ヴィクトルてっめえ……!」と思いながら読みました。創った人造人間がグロかったから思わず逃亡→戻ったらいなくなってて「やったー!」→と思ったら人造人間に弟殺されて「おのれ……!」ってお前。悲劇の原因って怪物じゃなくて育児放棄じゃねえか!
     生理的嫌悪はどうしようもないもんだけど、フランケンシュタイン・コンプレックス(被造物が創造者に逆らう危険性を盲信すること)って言い得て妙だったんだなあ。元ネタだから当たり前だけど、怪物に対するヴィクトルの態度がまんまだ。被造物が邪悪だったから創造者に逆らったネタが多い中で、元ネタであるこれが被造物を邪悪と描いていないのは何だか皮肉だなあ。
     解説によると結構著者の生い立ちが反映されている作品だそうで、著者が怪物=生まれながらの悪と書かなかった理由が腑に落ちてスッキリ。そしてやっぱり怪物に感情移入しちゃうからヴィクトルにギリッとなる。ギリッ。

  • 日本人のフランケンシュタイン観はデカくて怪力でフンガーというように藤子不二雄Aに洗脳済みであるが、モノホンのフランケン(怪物のの方)は喋る喋る。あと、失楽園とか若きウェルテルの悩みとか読んでる。ちょうインテリ。そしてフランケン(人間の方)はちょう自己チュー。つーか、判断ミスが判断ミスを呼ぶデスマーチ。
    話の構成も切り貼りのフランケン感満載で、昔の翻訳ブンガクにつきものの鬱陶しい感じを我慢できるなら、もう一度読みたい。
    最後に、トゥートゥープマシェリーって作者のメアリー・シェリーのことなんだよ、っていう嘘を思いついたのでメモ。

  • 2026年度 第5回 古典ビブリオバトル

  •  フランケンシュタインと言うと、多くの人はドイツ人かと思われるかも知れませんが、小説の中では「生まれつきのジュネーブ人」となっています。この物語が書かれるきっかけとなった出来事があったのは1816年。ジュネーヴ州はその前年にスイス連邦の一員となっていますが、それ以前はずっと半独立の都市国家でした。現在でもジュネーヴ州の正式名称は誇り高く「ジュネーヴ州共和国」です。

     1816年5月、詩人である夫のパシー・ピシー・シェリーと共にジュネーヴに遊びに来ていた英国人のメアリー・ウルストンクラフト・シェリーは、同じく詩人のバイロン卿の別荘を訪れ、バイロンやその友人のトリポリと一つのコンクールの約束をします。それは、当時流行っていた俗悪な幽霊物語ではなく、真の文学的な怪奇文学を書き上げるというものでした。これが文学史上かの有名(?)な「ディオダディの館の幽霊会議」です。結局、バイロンもシェリーも忘れたのか書けなかっのか、約束を果たしていないのですが、ポリドリは『吸血鬼』というホモセクシャル的な小説を書き上げ(正直言って、あまり面白くない)、メアリーは名作『フランケンシュタイン、現代のプロメテウス』をものにしました。この顛末は、それ自体が1986年に英国でケン・ラッセル監督作品『ゴシック』として映画化されています。なお、バイロンの別荘は今もレマン湖畔に残っており、観光船から見られる(ことになっていますが、私はどれがそうだか見分けがつきませんでした・・・)。


    (小説のあらすじ)
     北極探検をしていた若い貴族の船に、犬ゾリで流氷上を走っていた男が救助された。彼はフランケンシュタインと名乗り、自分の身の上におこった不思議な物語を語る。 フランケンシュタインはジュネーヴ人だったが、南ドイツのインゴルシュタットで科学を学んでいた。しかし、野心的な彼は禁断の道、「生命の創造」に手を出してしまう。そして、とうとう完成した新生命は身の毛もよだつような見にくい巨人だった・・・。


     フランケンシュタインと聞くと、あの頭が筒のようで、半白眼、首にボルトが差し込まれた巨人のモンスターを思い浮かべますが、それはアメリカのユニバーサル社が戦前に製作した映画『フランケンシュタイン』での怪物のイメージがあまりにも強いからです。ボリス・カーロフという俳優がモンスターを演じましたが、まさにはまり役だったので、皆がフランケンシュタインと言う名はあのモンスターを指すと思いこんでしまいました。

     下って、英国のハマーフィルムというプロダクションが作ったシリーズでは、ちゃんとフランケンシュタイン博士が主人公になっており、これを故ピーター・カッシング(『スターウォーズ』ではモフ・ターキン総督役を演じました)が演じてはまり役となりました。一作目の『フランケンシュタインの逆襲』で怪物を演じたのは、後にドラキュラ役で有名になるクリストファー・リーです。ものすごく醜いメークだったが、これは版権上ユニバーサル社のメーキャップを真似ることが許されなかったためです。


    (あらすじ2)
     怪物は逃走し、フランケンシュタインは失意の内に病気となり、何ヶ月もたってからようやくスイスへと帰る。しかし、彼の帰還を待つように不幸が幕を開けていた。彼は愛する弟の死とその殺人犯として裁かれる幼なじみの姿を見ることになる。怪物が彼の一家に魔手を延ばしていたのだ。モンブランの麓で怪物と再会したフランケンシュタインは、怪物が醜いが故に人間から裏切られ、受けてきた仕打ちを聞く。そして、怪物が人間界と交わりを絶つ条件として提案した「同類(=女の怪物)」を作ることに同意をしてしまう・・・。


     映画に登場する怪物は、最近のF・F・コッポラ監督の『フランケンシュタイン』(ロバート・デ・ニーロが怪物役)等を除くと、昔から「でくの坊」に描かれることが多いのですが、原作ではちゃんと知能を持ち、言葉も独学で修得する孤独に悩む魂として描かれています。

     コッポラの『フランケンシュタイン』は、細かい点は相違がありますが(親の職業、小間使いの想い、怪物の隠れた家の家族構成etc.)、大筋では概ね原作に忠実ですが、同じくコッポラが作った『ドラキュラ』と同じく、後半は大胆に変えてあります。女怪物は原作では作られないままでした。でも、映画の解釈のように自分の恋人が殺されたら、生き返らせようとする方が自然だろうと思います。また、作った怪物をユニバーサル版では雷を使い、またコッポラ版では電気ウナギを使って蘇らせているが、原作ではこのあたりのノウハウについては全く書かれていません。


    (あらすじ3)
     英国に渡ったフランケンシュタインは孤独に女の人造人間創造に打ち込むが、追いかけてきた怪物の野蛮なおぞましい姿を見て、二度と過ちを繰り返すまいと考え、創造途中の女の怪物を破壊してしまう・・・。


     ユニバーサル版の続編『フランケンシュタインの花嫁』では、これまた有名な美しい女性モンスターまでが登場します(この女怪物のデザインはすごい傑作で、今でも古さを感じない。演じるエルザ・ランチェスターの美しさも特筆に値します)。原作では結局完成しなかった女怪物を映画では見ることが出来ますが、原作でフランケンシュタイン博士が心配していた通りに、女性モンスターは怪物の醜さに驚き、露骨に拒否してしまいます。

     今でもハリウッドにあるユニバーサルスタジオに行くと、彼らモンスター達に合うことが出来ます(メークはかなりお粗末ですが)。なお、女性モンスターのエピソードは、「ブライド」という映画(何とジェニファー・ビールスとスティングが主演した)でまた違った形で描かれました。


    (あらすじ4)
     連れ合いを破壊された怪物は、フランケンシュタインの結婚式の晩には不幸を与えると宣言し、フランケンシュタインの無二の親友をも手に掛ける。フランケンシュタインはジュネーヴに帰ると、幼なじみのエリザベートと結婚する。ハネムーンの夜、泊まったエヴィアンではまた不幸な結末が・・・。


     というわけで、フランケンシュタインは自己の不始末の為に滅んで行くわけですが、極端な話、どうして作り上げた怪物が逃げないように鎖でつなげるとかしなかったのかと思ってしまいます。フランケンシュタインはそこかしこで自分の過ちに悩み、狂気に陥り病気になっては倒れて何日も過ごしていますが、その間に怪物は次々と悪事を重ねていきます。これは、はっきり言って、周りの者にとっては全くいい迷惑でしかありません。

     フランケンシュタインのような人間を家族や友達に持ったら命がいくつあっても足りないでしょう。しかも、創られた怪物はどういう訳か頭が良く、食物も木の実で十分、敏捷で頑強というスーパーマンです。これでは、ひ弱な学究の徒フランケンシュタインに勝ち目はありませんね。

  • 結構長くかかってしまった、苦しい話だから。
    怪物に同情するコメントが多く見受けられたから、社会的な読者が多いのかなと思いました。
    ヴィクトルの恐ろしさも計り知れなかっただろうけどね。

    科学者の使命を履き違えてしまった若きヴィクトルは、後世に偉大なる教訓を与えてくれました。
    理屈じゃ世界は動かせないって言うけど、理屈で世界が狂うこともあるから、なんでも使い方次第ってことを思い知らされた1冊でした。

    人間、いとも簡単に死ぬのね。
    私も日々を豊かに満足に生きます。
    いつ怪物が現れても、慌てず、話ができる余裕を持つために。

  • 訳が、中学生の英語の授業のような直訳で目が滑る…
    さて、日本人の感性だと怪物の方を応援したくなること必須なのではないだろうか。ヴィクトルが屑過ぎて理解に苦しむ。
    化け物はどっちだよ。

  • w

  • この本は、人並以上の知性、情動、身体能力を持ちながら、その醜さゆえに人々に恐れられながら暮らしていた

    怪物の話です。
    怪物は、人間のように悩んだり、葛藤したりして、過ごしている。また、自らの存在に苦悶する孤独な状況下で生活をしている。
    ちなみに、フランケンシュタインは怪物の名前ではなくて、科学者の名前です。

  • (2015.02.28読了)(2015.02.18購入)
    Eテレの「100分de名著」に取り上げられたので、読んでみることにしました。
    1818年3月11日に初版が刊行された本ということですので、200年前の本ということになります。
    この文庫本は、1953年(昭和28年)が初版ですが、思った以上に読みやすかった。
    「まえがき」と「結び」は、ロバート・ウォルトンから姉に宛てた手紙になっています。北極海を通る航路を探そうとしているようです。
    1776年から1780年にかけて、先日読んだ、「キャプテン・クック」が太平洋と大西洋を結ぶ北方航路を探検する航海を行っていますので、それにヒントを得て書かれたものでしょう。手紙の日付が一七××年になっていますので。
    ウォルトンの航海の途中で出会った男が、フランケンシュタインでした。
    第一章からは、フランケンシュタインが、ウォルトンに語った話という形になっています。
    フランケンシュタインは、ジュネーヴ人とのことです。父は、ジュネーヴ共和国の公職を長いこと務めた後、妻と二人で、イタリア、ドイツ、フランスなどを漫遊していた。
    フランケンシュタインは、ナポリで生まれた。
    フランケンシュタインは、いろいろ学んだ後に、人造人間を作ってしまう。フランケンシュタインは、失敗作と思ったが、人造人間は、自分で学習しながら言葉を覚え、生き続ける。体が巨大で、顔が見にくかったために、人間に近づくと攻撃されてしまう。
    人造人間は、悩んだ末に、フランケンシュタインに人造人間の相手をしてくれる女形の人造人間を作ってくれるように依頼する。そうすれば、人間社会とは別のところで、生きることができるということなので、フランケンシュタインは、一旦は了承する。
    女形の人造人間が完成間近なところで、女形の人造人間が男型の人造人間とうまくやっていけるかどうかが不確かであると、思い、断念してしまう。
    人造人間との約束を破ったために、フランケンシュタインは、親友や花嫁を殺されてしまう。フランケンシュタインは、自分の作った人造人間を何としても処分してしまわない限り自分は死ねないと、北極海で、人造人間を探しているところだった。
    というお話です。
    予想していたのと、全然違う内容で、かなりおもしろく読めました。ところどころに、版画の様な挿絵が挿入されており、こちらも楽しめました。原作に入れられていたものでしょうか? 解説では触れられていないのが残念です。
    海外小説をお好きな方には、お勧めです。

    【目次】
    まえがき―ウォルトンの手紙
    一 フランケンシュタインの生立ち
    二 愛人と親友
    三 学問の町
    四 生命の創造
    五 造られた巨人
    六 エリザベートの手紙
    七 最初の犠牲
    八 冤罪のジュスティヌ
    九 造り主の悩み
    一〇 巨人との対決
    一一 巨人の身の上話
    一二 悲嘆に沈む一家
    一三 人間に学ぶ
    一四 サフィの身の上
    一五 しるにつれて募る悩み
    一六 創造者をたずねて
    一七 女の怪物を造る約束
    一八 研究のためイギリスへ
    一九 二度目の創造
    二〇 創造を中止して
    二一 殺害の嫌疑
    二二 故郷に帰って
    二三 結婚の夜
    二四 追跡
    結び―ウォルトンの手紙(続き)
    解説  山本政喜

    ヴィクトル・フランケンシュタイン
    ウイリヤム
    エリザベート・ラヴェンザ ミラノの貴族の娘
    アルフォンス・フランケンシュタイン ヴィクトルの父
    カロリーヌ・ポーフォール  ヴィクトルの母
    アンリ・クレルヴァル ヴィクトルの親友
    ジュスティヌ・モリッツ フランケンシュタイン家の召使い
    アガータ 妹
    フェリックス 兄
    老人 盲人、ギター
    サフィ アラビア人

    ●人間社会の体制(134頁)
    フェリックスがアラビア人に教えることを聞いていると、人間社会の奇妙な体制が私にわかってきた。わたしは、財産の分配のこと、莫大な富と浅ましい貧乏のこと、賤しい血統と中位の高貴な血統のことを聞いた。
    ●拾いもの(143頁)
    幸いその書物は私が学んだ言葉で書いてあった。それは『失楽園』と『プルタークの伝記』と『ウェルテルの悲しみ』だった。
    ●私は誰だ(144頁)
    私の頭はできあがっていなかった。私には頼る者もなく、縁続きの者もなかった。『私の死の道は自由であった』そして私の抹殺を嘆く者は一人もいなかった。私の体は醜悪で、身の丈は巨人なみだった。これはいったい何を意味するのか? 私は誰だ? 私は何者だ? どこから私は来たのか? 私の行く先はどこだ? こういう疑問が始終起きたが、それをとくことはできなかった。
    ●怪物の望み(148頁)
    この人たちを見ていればいるほど、その保護と親切を受けたいという私の願望がますます強くなり、この人たちに知られ愛されることを望み、この人たちに愛情をこめた目で見られることが私の野心の極限となり、軽侮し恐怖して面をそむけられることはあるまいと考えた。この家の戸口に立った貧乏人で、何もくれずに追い払われたものはないのだから。私はわずかな食べ物や休息よりは大きな宝を求め、親切と同情を要求したいのであるが、全然その資格がなくはないと信じた。
    ●女の怪物(190頁)
    今また同じものを造ろうとしているのであって、その気性がどういうものになるか、前の場合と同じようにわからないでいるのであった。それはその相棒より一万倍も悪いものになるかもしれず、殺人や悪事をそれ自身のために喜ぶかも知れなかった。
    ●恐怖(232頁)
    ウィリヤムの死、ジュスティヌの処刑、クレルヴィルの殺害、そして最後に私の妻の殺害。しかもその瞬間にも、ただ二人だけ残っている私の身内も悪鬼の悪意から安全ではないことがわかっていた。
    (2015年3月2日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    若く才能あふれる科学者フランケンシュタインは、死者を甦らせることに情熱をそそぐ。しかしその結果、生み出されたものは世にも恐ろしい怪物であった。その怪物は自らの孤独と悲しみから創造者フランケンの愛する家族を次々と襲ってしまう…愛する者を怪物から守ろうとする若者の苦悩と正義、醜く造られてしまった者の不条理な孤独と絶望の運命を描いた、壮大なゴシック・ロマン。

  • 思った以上に古くない。フランケンシュタイン博士への批判が多いようだが、うーん…。読む価値あり。

  •  フランケンシュタインとは造られた存在の名前そのものではなく造り出した人間の名前なのだということを知る人はいったいどれだけいるのでしょう。
     誰も彼もが知っているであろうゴシック・ホラーのひとつ。

     ブックオフで三百円で購入しました。

     心情が幾分冗長ではあれども中盤から後半にかけての怒濤の展開には目を見はるものがあり、生きているうちに一度は読んでおいたほうがいい一作です。
     作者は女性なのですが、この≪フランケンシュタイン≫は彼女の子供の一人とも言えよう、という解説を見て納得。
     生まれいでた存在は怪物のような存在だと語られるけれども、イコール悪ではなく、その生い立ち(というか遍歴というか)いかんなのだと。
     性善説か性悪説か、ですね。

  • 2013

  • 最初は古典特有の心理描写が続いて話が進まず、昔の人の心理なので、共感できるとこも多くなく読みづらいと感じる。途中のエピソードも話の本筋に必要?と思ってしまうが、反対に分かりやすい軟派な文章ばかり読んでいるから、そう感じるのだろうなとも思う。

    人造人間が主人公に再会する場面から話に引き込まれ、人造人間の主張に共感し憐れに思う。もっと若い頃に出会ったならば、もっと心に響き感じるところもあったかと思う。

    主人公の弱さと身勝手さがよりこの話の悲しさを大きくしている様に感じるが、正義とは人の数だけあるよなとも思う。
    話の構成としても面白く、フランケンシュタインとは聞くが、このような話とは知らず(人造人間の名前かと思っていた)読んで良かったと思う一冊。

  • ヴィクトルの言動にイライラしっぱなしでした。

    見た目が奇形なだけで決して怪物なんかじゃなかったのに…
    怪物の生い立ちと人生を思うと悲しくてしょうがない。

    ヴィクトル、何であんたが悲劇面してんだよ。
    勝手に造られてこんな扱い受けてる怪物のが悲劇だよ。
    ヴィクトルはちょっと自業自得じゃね?

    とか思ってしまった。

  •  フランケンシュタインって怪物を造った博士の名前だったんですね。知りませんでした。じゃあ、怪物の名前はというと名無しの権兵衛です(表現が古い?)
     
     この権兵衛君は、こんな醜い生き物に俺を造りやがって!と博士を恨むんですが、博士を殺したのでは恨みがはらせないと、博士の親しい家族や恋人を次々と殺していってしまいます。殺しては、やーい、ざまーみろとばかりに逃げ回り、終いには南極まで逃避行、怪物を追った博士はあわれにも南極で息絶えます。
     
     人から恨みを買うと後が怖いぞ〜、という古典的なお話でした。ある意味ゴシックホラーの傑作との評価は間違ってなかったです。
     
     なんかけなしているような文章になってしまいましたが、すごく面白かったです。



  • フランケンシュタイン博士が生命としての"怪物"を生み出すまでの描写が希薄というかあまり掘り下げて書かれていないのが、逆に理屈臭さを排除している感があってよかった。訳にもよるのだろうけれど、個としての"怪物"の感情が、理性的な言から滲み出ているように思えた。また、博士にも"怪物"を生み出した科学者から、生み出した"親"としての微妙な変化が感じ取れたのが印象深い。

  • モンスターを作るまでの具体的描写ってまったくないのだね。それと、モンスターといってもものすごいインテリで、「失楽園」「プルターク英雄伝」「若きウェルテルの悩み」を読みこなしたりしている。いくら頭良くても、生まれると同時にそれだけの理解力を身につけるとは考えにくいのだが。
    いわゆるフランケンシュタインのイメージがもっぱら映画によって作られたものを確認。原作はかなり理屈っぽい。

  • 563夜

  • 意外と知られていないが、フランケンシュタインとは科学者の名前であります。

  • 子供の頃は物語の内容を知らずに恐れていたフランケンシュタイン。
    原作を読んだときは本当に驚かされた。読む年齢によっても感じるポイントが変化する奥深い人間のドラマである。

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著者プロフィール

Mary Wollstonecraft Godwin Shelley.
(1797-1851)
政治思想家で作家のウィリアム・ゴドウィンと
女権拡張論者で作家であるメアリー・ウルストンクラフト
の間にロンドンで生まれる。
急進的思想を持ってゴドウィンの思想に共鳴した
ロマン主義詩人パーシー・ビッシュ・シェリーと
駆け落ちの末、結婚。
1818年に初の小説『フランケンシュタイン』を出版して
一躍有名になる。
その後、ゴシックな作品のみならず、歴史小説や
ヴィクトリア時代風の家族的なテーマを扱った小説、
さらには人物伝、旅行記など、多彩な執筆活動を行った。
そこでは西洋古典から同時代のヨーロッパ文芸にまで
至る該博な知識と、欧州様々な土地での体験が
ふんだんに発揮されている。
また、夫亡き後はその作品を整理して
詩集の編集・出版にも尽力した。

「2018年 『マチルダ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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