星の巡礼 (角川文庫)

制作 : 山川 紘矢  山川 亜希子 
  • 角川書店
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レビュー : 97
  • Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784042750024

感想・レビュー・書評

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  • アルケミストを読んで、パウロ・コエーリョという作家を知るために、もう1冊ぐらい読んでおこうと思い手にとった本。

    もう7〜8年前になるが、自分もスペインでの巡礼(カミーノ)の経験があるので、もうこの本を一度読んで当時の余韻に浸ろうかと思ったが、その点でいうとあまりその期待に沿うような内容ではなく、最後までうまく内容に入り込めないまま進んでしまった。きっと、また読むタイミングが異なれば、また違うふうに読めるんだろう。
    (それでいうと、映画「星の旅人」は結構、カミーノの追体験という意味でカタルシスがあったなあ)

    全体のキーワードとしては、
    自分の内なる声に耳を澄まし行動すること、
    前兆を捉えること、
    良き戦いを戦うこと、
    自分は道を歩いているのではなく大いなるものに導かれて道を"歩かされている"ということ、などなど。
    たぶん良き戦いを戦うということに、一番ピンと来なかったんだろうな。


    とはいえ、中でも読んでいて最も印象的だったのは、巡礼が始まる前、ガイドのペトラスと出会ったときの彼の言葉だ。

    旅や巡礼というものは、「再生」であり、「生まれ直す」のだということ。
    言葉のわからない異国に降り立った旅人たちは、生まれてきた赤子のように、すべてのことを新鮮に、注意を払うようになる。そして赤子のような弱く脆い状態だから、誰か人の助けにすがりたくなるし、何気なく親切にされたことも、人生を通しても忘れがたい経験として記憶されるということ。

    きっとこの言葉(考え方)は、また旅に出るときの自分が携えていく言葉の1つになるだろうと思った。


    ====以下、引用====

    P.44
    旅に出るときは、われわれは実質的に再生するという行為を体験している。今まで体験したことのない状況に直面し、一日一日が普段よりもゆっくりと過ぎていく。ほとんどの場合、土地の人々がしゃべっている言葉を理解することができない。つまり、子宮から生まれてきたばかりの赤子のようなものなのだ。だから、まわりにあるものに、普段よりもずっと大きな重要性を感じ始める。生きるためには、まわりのものに頼らねばならないからだ。困難な状況におちいった時、助けてくれるのではないかと思って、他人に近づこうとするようになる。そして、神が与えてくれるどんな小さな恵みにも、そのエピソードを一生忘れることがなきほどに大感激したりするのだ。
    同時に、すべてのものが目新しいために、そのものの美しさしか見ず、生きていることを幸せに感じる。


    P.162
    彼はいつもそこにいて、彼が私をあちらの世界へ連れて行く時には、最も大きな罪、つまり、後悔をあとに残してはいけないよ、と言ってくれる
    (彼=死)


    P.286
    人は、誰かが自分を待っている場所に、あるべき時に、必ず行き着くものだ

  • 解説の薫まどかさんと同じ感想。次読む時には受け取り方が変わってくるかもという予感。

  •  サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼は、映画『星野旅人たち』(The Way, 2010年)で知って以来、興味のある場所のひとつ。
     その旅路を辿れるのかと思い読んでみるが、ちょっと違った。

     RAM教団に所属する著者が、最後の審問に失敗した後に、この巡礼の道を辿った経験を元に書かれたお話。 すなわち、主人公はそのまま著者のことか。
     そのRAM教団はスペインのキリスト教神秘主義の秘密結社で、1492年に8人の騎士によって創設されたもの。マスターと呼ばれる師から口頭でキリスト教の秘儀が伝えられ、各種の審問に合格すると、魔法使い(マガス)になれるというシステムを持っている(あとがき、より)。
     うーん、かなり宗教色の色濃い作品だった。
     キリスト教に馴染みのない日本人としては、ところどころ引用されるキリスト教の教義や、ヨブの記で語られる云々という話が出ると、どうにもついていきにくい。

     とはいえ、どの宗教であろうと、教えの根っこのところは、人として如何に人生を謳歌するかを教えているものと思っているので、ややこしことは無視して、エッセンスの部分だけ、自分が共感できるところだけ感じていけばいいかなと読み進んだ。

     が、サンチャゴへの道を題材に選んではいるが、特にその風景や、旅のエピソードが語られることも少ないので、旅行記として読むには、ほとんど用はなさなかった(主目的は、どちらかと言えば、そちらが目的だった)。

     主人公が、べトラスというガイドと共に、道中いろいろ”演習”と呼ばれる教義の実践を指示され、時折、禅問答のような会話を繰り広げながら旅を続ける。

    「時間はいつも同じ速さで進むというものではないからね。どれだけ時間が早くすぎるか、それを決めるのはわれわれなんだよ」

    「自分の夢を殺すと、まず最初に時間が足りないという症状が現れる」

     なんとなく、昔読んだ『イリュージョン』(リチャード・バック)にとても雰囲気が似ている。『イリュージョン』は非常に示唆に富んでいて、今でも心のバイブルとも言えるほど、その”教え”は当時、強烈に印象に残ったもの。本書も、読むタイミング、年代が違えば、また感じ方も違ったかもしれない。

     が、今、じゃなかったかな。悪くないんだけど。
     また、いつの日か読み返す機会があれば・・・。

  • イスラムの伝統では一生に一度マホメッドがメッカからメディナへ行ったのと同じ巡礼の旅をしなければならないと定められていると同様に10世紀までのキリスト教教徒もまた3つの聖なる巡礼の道があると信じていた。第一の道はローマの聖ペドロの墓への道。第二の道はエルサレムのキリストの墓へ詣でる道。第三がサンチャゴの遺骸に詣でる道。
    不安定な平和。成長と創造のプロセスにある世界の平和、その世界は成長するためには動き続けなければならないこと、前進しなければならないことを知っているように見えた。大地震や凶暴な嵐は自然の残酷さを示しているように見えるかもしれないが旅の途中の移り変わりに過ぎない。
    自然それ自体も悟りを求めて旅をしているのだ。

    夢は魂に栄養を与える。人生で何度となく自分の愛が打ち砕かれ失望する時を体験する。それでも夢を見続けなければならない。そうでないちわれわれの魂は死に、アガペは魂に達することができない。

    誰が正しく、誰が真実を知っていたかは問題ではない。大切なのはそのどちらも良き戦いを戦ったということを知ること。良き戦いとはわれわれの心がそう命じるがためにわれわれが戦う戦いのこと。英雄たちの時代と違って、良き戦いの戦場はわれわれ自身の中に移行した。

    良き戦いとは夢のために戦われる戦い。

    死んで腐敗した夢は希死念慮にかわる。夢を救い出すための唯一の方法は自分自身に寛容になること。

    一時期すごくハマったコエーリョだけど今はあまり共感できない。嘘くさいというか怪しい神秘主義に走りすぎていると感じる。もう少し現実の世界を見た方がいい。そこ盲信がまさに争いを引き起こしているということを。

  • フランスのピレネー山脈の麓からからポルトガルのサンチャゴまでの巡礼の旅の話!
    私も旅をしたいなぁと思いました。

  • 2014.2.19

  • いろいろわけのわからない点があるが、共感できる点もある。また時間を置けばわかることもあるかもしれない。

  • 宗教色がかなり濃い 読み込めない。
    巡礼の意味や発想は知っておくにはいいかなと思う。文化の違いをひしひしと感じる。

  • (2006.12.08読了)(2006.03.29購入)
    スペイン北部にキリスト教徒の巡礼の道と言うのがあります。聖ヤコブの遺骸に詣でる道です。ヤコブ(Jacob)は英語ではジェームズ、フランス語ではジャック、イタリア語ではジャコモ、ラテン語ではヤコブと呼ばれます。スペイン語ではディエゴですが聖ヤコブは、サンティアゴ(Santiago)となるようです。
    「星の巡礼」と言う題名からこのサンティアゴの巡礼の道を辿るキリスト教徒の少年の話なのだろうと勝手に決めて、読み出したのですが全然違う内容でした。
    途中で読むのをやめるべきでしたが、読み出したら何とか最後まで読んでしまおうという主義なので、最後まで読みました。小説は、ある程度主人公と同化して読むものですが、残念ながら同化できませんでした。
    主人公は、神秘主義の世界的な秘密結社「トラディション」の会員で、いわば免許皆伝をもらい損ねて、ブラジルからスペインの巡礼の道に出かけ、もう一度免許皆伝をもらうための修行を課される。認められると「魔法使い」になれる。この本の原題は、「魔法使いの日記」です。原題のままで出すか、せめて副題にでも「魔法使いの日記」を入れてもらえば、読まずに済ませられた様に思う。
    神秘主義に興味をお持ちの方向きの本と言うことでしょう。

    ●キリスト教徒の三つの聖なる巡礼の道(18頁)
    巡礼の道を究めると一連の祝福と免罪が与えられる。
    第一の道は、ローマの聖ペテロの墓への道であった。第二の道は、エルサレムのキリストの墓へ詣でる道であった。第三の道は、使徒の一人であるサンチャゴの遺骸に詣でる道であった。その場所はサンチャゴ・デ・コンポステーラ(星の野原)と呼ばれる。
    ●イエスとヨハネ(79頁)
    「洗礼者ヨハネは砂漠へ行ったが、イエスは罪人の中へと入り、最後まで旅をし続けていた」
    ●時代(143頁)
    「私(老婦人)が子どもの頃には、少なくとも一日に一人は巡礼がここを通って、コンポステーラに向かっていったものよ。戦争とフランコの時代の後は、何が起こったのかわからないけど、巡礼は止まってしまってね。きっと大きな道路を作ったからでしょうね。この頃は、みんな自動車で旅行しますものね」

    著者 パウロ・コエーリョ
    1947年 ブラジル、リオデジャネイロ生まれ
    1970年 メキシコ、ペルー、ボリビア、チリ、ヨ-ロッパ、北アフリカを放浪
    1974年 反政府運動の嫌疑をかけられ投獄
    1987年 「星の巡礼」を出版
    ☆関連図書(既読)
    「アルケミスト」パウロ・コエーリョ著・山川紘矢・亜希子訳、角川文庫、1997.02.25

    (「MARC」データベースより)amazon
    スペインの北部を東西に横切っている巡礼の道、「星の道」と呼ばれる古来からの道を歩いたことにより、オカルトや魔法に夢中だった著者が真のマスターへの道とは何かを発見するまでの物語。

  • かなり前に読んだ本なのであまり内容は覚えていませんが、ちょっとスピリチュアルすぎてついていけなかった覚えがあります。
    しかし、当時は自分も小学生だったか中学生だったか、とりあえず若かったので(笑)、本書に書かれてあった瞑想のようなものを実践したことがありました。
    確かベッドに横になって胸の前で両手を合わせ、目を閉じて「今、もしも自分が死んだなら、自分のいない世界はどうなるか」というようなことを考えるものだったと思います。
    今思い返してみると恥ずかしくなるのですが、とりあえず号泣したように記憶していますw

著者プロフィール

1947年ブラジル、リオデジャネイロ生まれ。現代において最も影響力のある作家の一人。ブラジル文学アカデミー会員。著作の多くが世界的ベストセラーとなり、81か国語に翻訳され、これまで170以上の国々で2億部以上を売り上げた。フランスのレジオンドヌール勲章を受章。ほかにもさまざまな国際的な賞を受賞している。2007年には国連ピース・メッセンジャーに任命された。

「2018年 『不倫』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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