ベロニカは死ぬことにした (角川文庫)

制作 : 平尾 香  Paulo Coelho  江口 研一 
  • 角川書店
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レビュー : 371
  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784042750055

作品紹介・あらすじ

ベロニカは全てを手にしていた。若さと美しさ、素敵なボーイフレンドたち、堅実な仕事、そして愛情溢れる家族。でも彼女は幸せではなかった。何かが欠けていた。ある朝、ベロニカは死ぬことに決め、睡眠薬を大量に飲んだ。だが目覚めると、そこは精神病院の中だった。自殺未遂の後遺症で残り数日となった人生を、狂人たちと過ごすことになってしまったベロニカ。しかし、そんな彼女の中で何かが変わり、人生の秘密が姿を現そうとしていた-。全世界四五ヵ国、五〇〇万人以上が感動した大ベストセラー。

感想・レビュー・書評

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  • 大人になったからこそ、希望をくれる絶望の作品だ。
    「スピリチュアル」という単語が陳腐になり、ただの流行語となっている中だが、
    それでも分類上は、スピリチュアルな作品だと思う。

    これは僕個人の話。
    僕の中二病は「革命」とか「主義改変」とかいう社会思想に被れたことだった。
    日本の文化・伝統を否定的にとらえ、標準化した「特殊さ」の無い社会をつくってやるんだと、
    割と真面目に考えた中学生だった。
    (いわゆる黒歴史です、短期でも海外生活を送ったりした今では、日本の伝統文化大好きで、所謂左翼思想は全くありません)

    人は無い物ねだりをする。そして想像できないものには価値を感じられない。
    僕が上記の中学生の頃、死への恐怖はなかった。いつでも死ねると思っていた。
    それは、「自分が簡単に死ぬ」という想像が全くできなかったからだと思う。

    本作品の主人公はベロニカ。
    彼女も、自分自身の根幹とは異なる理由によって自殺を図った。
    死ななかった彼女は精神病院へ収容される。
    そこで、実感を伴った自分自身の死の恐怖を感じつつ、さまざまな患者と、その治療風景を見た。
    結果、彼女は無情にも刻々と無くなっていく生の残り時間の中、よく生きようとし始める。

  • なかなかに衝撃的なタイトルであるが、内容も結構なものだったので、体調悪い中読んでいた私は心身共に持っていかれそうで何度も休憩を挟んだ。しかしパウロ・コエーリョの作品ということと、読みやすさもあり、私はこの物語の結末知りたさに齧り付くように読み進めた。
    精神病棟を題材としているが、患者一人一人にもちゃんと尊厳があり、色々な人生、色々な過去、色々な生き方があり、誰一人として同じ人間等居ないのだと感じた。
    どんな状態であろうとも、生きている限りその人は人間であり、誰にも笑う権利や物扱いすることは許されない。彼等は人間なのだ。

  • ブンガク?
    かかった時間120分くらい

    その昔、『アルケミスト』を読んだ時以来の、パウロ・コエーリョの作品。24歳の若くて美しく、知的な女性ベロニカが自殺未遂によって精神病院に運ばれる。目覚めたとき、自殺未遂のせいで、彼女の心臓は長くてあと1週間しかもたないということを、ベロニカは医師から告げられる。

    狂っているということの反転。スピリチュアルなもののもつ説得性、自己の解放、精神的につながること、などなど、興味深いエピソードをもつ登場人物によって、過去が語られるとき、ベロニカはそのあとわずかな命を、ようやくちゃんと生きようとする。

    まあ、正直なところ、この作品がまあまあ読めるタイミングと受け付けないタイミングがあり、今はまあまあ読めるタイミングであったらしい。ブンガク?というか、スピリチュアル?という感じもするが、よい意味でのインパクトがないこともない、そんな小説。

  • 女性が毒を飲んで死のうとした。
    しかし、毒を飲んだが死ねなかった。
    それから、彼女は病院で過ごす。
    医者は言う。
    「すぐには死ななかったが、あと少ししか生きられないだろう。」

    死を意識して生きれば、あまり良いとは言えない環境である病院も悪くない。
    死を望んでいた彼女は生を望むようになる。
    ―――
     結論としては、毎日死を意識して生きれば今日を生きるということはかけがえのないことだ、ということを言いたい話だと思う。
     私たちは毎日自分にとって最高だといえる環境では生きていない。親子の関係、夫婦の関係、仕事の関係、金銭面、友人関係…さまざまなことにネガティブな思いを感じる。
     けれども、仮に今自分の命が、あと5日間くらい、長くて1週間しか生きられないと知ったら、どう思うか。
     つまらない毎日も特別な1日になるだろう。
     そういうことを感じさせてくれる話だった。
     結論は上記に書いた通りだが、死のうとした女性が生きたいと思うまでの過程を描いている。
     どう考えるかはその人の経験過程により説得力を増す。
     あなたは生に価値を感じるだろうか。

     もっとも、時を忘れてどんどん読み進めたいとは思わずたんたんと読み進めた。あと、「マスターベーション」なる単語が出てくるので、あまり子供には読ませたくないかなぁ、という感想。

  • 狂っているのは、狂人か、人々か。

    はたまた『狂人』とは「ある社会の多くの"普通"とは違う人」という意味しかもたない語なのかもしれない。

  • 「アルケミスト」は夢に向かって旅する話だったけど、こちらは、夢にふたをして心が分裂してしまった人たちの物語。そして、自分を取り戻す物語。
    パウロ・コエーリョはまる!

  • 高校の図書室にて。
    死に至る心情には物凄く共感した。かつてそういうことを考えて勝手に世界に絶望したことがあったので。
    考え方を変えることって大切。これは今色々と模索して実践してる。
    日常の些細なことに喜びを感じる心。これがなぁ……。精神的に苦しくない時はさりげない風景に心ひかれたりもするけど。

    普段から「いっそ狂えたら"幸せ"になれるのかな」って考えたりしていたから、施設内の人の考えには共感を覚えた。
    他の作品も読みたい。

  • 読んでちょっと焦った。私も同じ普通の人で、何も変わらない毎日を選択した。苦しんで生きるより、私も死ぬべきなんじゃないかって。
    愛は、消えていくのが普通だよね。ならばどうしたら幸せでいられるんだろう。
    後半の展開もベタだけど悪くなかったです。

  • 本屋さんで見かけてタイトル買いした一冊(こんなタイトルで・・・)

    若くて希望もある女性が自殺未遂をし、その後遺症で一週間しか生きられなくなり、残された時間を精神病院で過ごすというお話。

    これだけみると話のインパクトだけの本かと思った。でも違った、めっちゃディープだった。

    自分らしくあることや生きることへの希望、精神的な不安がじーっくり書かれている。きっと誰もが抱えている精神的な問題だろなー。
    段々変わっていくベロニカを見て、周りの人も変わっていく。暗いけど面白かった。

  • えーと、アルケミストに続いての二作目のパウロコエーリョ。
    ちなみに、パウロコエーリョの持つ不思議な世界観は決して、
    嫌いではないがこのひとの文章には文学性みたいなのは、
    ないと思う。
    無論訳されたものを読んでいるくせして、文学性を説くのは、
    あれだとは思うけれど、うん、あれだが、まぁ、あれだが、
    とはいえ、この人の描こうとする世界みたいなのは、
    魅力的だと感じる。題材がいいと思う。
    アルケミストは、真っ向からご都合主義と勝負するような内容で、
    それは面白かったのだけれど、主人公の自主性がまるで感じられず、
    そのあたりがこれどうよ?っていう感じではあった。

    で、本作。
    これは、日米両方で映画化されているのかな?
    というわけで、なるほど、なかなか有名なようだ。
    とはいえ、題材自体がすごく面白い。

    「まぁこれといった挫折をするでもなくほどほどそこそこに、
    愉しんで生きてきたベロニカだが、その平凡さみたいなものに、
    倦んで彼女は自殺を試みる。病院で目覚めると、
    あなたの心臓はもってあと一週間だと告げられる」
    というこの極限の設定がすこぶる面白い。
    いわゆる天罰みたいなものだ。
    とはいえ、ラストは読める。
    実は、医者の虚言でした、みたいな、結末。
    それだけは撤回してくれと祈り続けたわけだが、
    やっぱり思ったとおりの結末、そして、ラストはやはり、
    いくらかご都合主義的なもの。
    まぁ、それがこの作者のスタンスなのだから否定はしないが。

    しかし、途上の物語も、ベロニカってよりは、
    ベロニカの周りのひとにばっかり焦点があたっていたりして、
    このすこぶる面白い設定に真っ向から勝負できていない。
    ベロニカ自身がこの極限の中でどうするかよりも、
    ベロニカにみなが触発されていくという物語になってしまっていて、
    まぁ、なんというか。
    ベロニカの心理状態も、序盤あたりはかなり真に迫っていたけれど、
    後半はかなり描写が省かれている感が否めない。
    それでも、読み物としてのストーリー性はしっかりしているし、
    面白いし、作者自身のメッセージみたいなのも伝わってくるから、
    完成度としては高いのだろうけれど、
    正直言って期待が裏切られたというのもまた一つ。

    それでも、心に残るような箇所はいくらか見受けられた。

    「とある国がありました。
    魔法使いが井戸の中に、みなの精神をおかしくする毒薬を混ぜたので、
    みなはおかしくなりました。王様は、みなに井戸の水を飲まないように、
    言いました。王様は王族用の井戸の水を飲んでいたので、大丈夫、
    だったのでした。しかし、おかしくなった民衆は反抗します。
    王様はおかしくなってしまったと。
    王様は王座を退く決意をしましたが、お后様が、
    わたしたちも毒薬の混ぜられた井戸水を呑みましょうと提言し、
    二人ともおかしくなり、しかし、民衆は王様は正常になられた、
    と喜んでその国は周りから見ればおかしな国でしたが、
    王様は最期まで王位についていることができました」

    というこの物語。
    やはりくるものがある。

    他にはこういう台詞もある。

    「ネクタイがある。ネクタイをしていることには権威だとか、
    そういう意味しかなく、ほんとうのところ意味などなくて、
    形式的なものにすぎない、しかし、ネクタイを指差して、
    これはなにか?ときいたときに、ネクタイだと答えられずに、
    首を圧迫するものだと答えてしまうものは狂っているのである」
    これは物語の登場する医師の言葉である。
    つまり、当たり前だと共通認識されているものを、
    何も考えずに受け容れることこそが、社会の成員になる方法なのである。
    要するに社会で巧く生きていきたければ余計なことは考えず、
    馬鹿であればいいとそういうことなのであろう。
    しかし、考えてしまうひとっていうのは、つまり狂気へとの一歩を、
    踏み出しているということになる。
    それなら、正常な振りをしていればいい。
    他者と違うことをそんなに怖れなくてもいい。
    排斥されるときは排斥されればいいじゃないか。
    とまで、作者は考えを突き進めている。

    また、医師はこうも言っている。
    「ひとは誰しもが狂っている。
    しかし、それを懸命に隠して普通であろうとする。
    だが、そこには無理がかかる。その無理こそが、
    彼らの精神状態をかき乱すのだ」とこれは一つの本質だろうが、
    これを社会は認めてあげることができないのだ。
    なぜなら、これは社会が抱える欠点なのだから。
    欠点を認められる存在なんて実はあんまりいないのだ。

    さて、個人的に狂っているというのは、まずは二つある。
    つまり、普通と違うことを考えているということ。
    もうひとつは、普通という観念を当たり前のように受け容れていること。

    前者と後者。はてさて。
    前者が狂っているとすると後者は正常になる。
    後者が狂っているとすれば前者は正常になる。
    これはすこぶる面白いテーマだ。

    とはいえ、これでは議論がすすまないので、前者が狂っていると定義する。
    すると、じゃあ、前者はいけないのか?となる。
    そこで、無理に前者はいけないとすると、無理が出る。
    なので、自分なりの折り合いをつける必要がある。

    まず、すんなりと受け容れられるひとは、そのままいればよろしい。
    (つまり、余計なことは考えないある種の単純な人間=大衆である)
    で、考えながらも、ある程度の自分なりの結論を出したり、
    まぁ、考えることがあっても基本的にすすんでいけるひと、
    これもまあこれでよろしい。
    考えることで生きて生きたいひと、これはそういう道につけるだけの、
    実績やら実力やらが必要となってくる。
    つまり、学者やらアーティストやらそういう職業。

    とはいえ、そこからもなお踏み外れてしまうひとに対して、
    どういうアプローチをとっていくことになるのか?

    個人的には、病気なのか、個性なのかで、個人的には、
    個性でいいんじゃないかと思う。
    中には、私は病気です、と公言してるひとたちもいる。
    それはある種で勇気の要ることだとは思うが、
    私は病気ではありません、これは、わたしの個性なんです、
    といえるひとはいないものかと思う。

    いいじゃん、それで。
    たしかにひとと違うかもしれないけれど、これでいいのさ、
    っていえるひとはいないものか。
    遺伝子が異常を起こしているのかもしれない、
    化学物質が不足しているのかもしれない、けれど、
    それは個性じゃ駄目なのかい?
    乙武さんは個性で、うつは病気なのかい?
    両方とも個性でいいじゃないって感じるのはおかしなこと?

    とはいえ、気持ちはわかるけれど。
    つまり、逸脱する自分が、その逸脱具合が、なんつーか、
    すごく中途半端なのだ。中途半端。
    ずば抜けてないから、個性って言い切るには少し弱くて、
    けれど、逸脱はしてて、身の置き所に困ってしまうのだろう。
    けれど、逸脱してしまえば、狂人だといわれ気持ち悪がられる。
    それでもなにかしら大成すれば世間は一定の評価をくれるけれど、
    あるいは狂っていることを才能なのだと見逃してくれるけれど、
    そうなれなければただの狂人になってしまう。
    だから、そこでの戦いってやつはある意味でなによりも、
    生々しくて凄まじいのだ。
    ただここで戦えてるってことはすごく幸せなことかもしれないとも感じる。
    こういう戦いを経ずにして、終える人生は、なんていうか、
    種の生存のためだけに生きてるようなものじゃんか、って思われるので。

  • タイトルは知っていて、古本屋で目に留まり購入

    まず、日本語訳が読みにくいと思ったのは自分だけではないはず。
    直訳すぎやしないか。もう少し日本語に合った表現に書きかえるとかないの。まあニュアンスが変わってしまう問題とかあるのかもしらんけどさ、それにしてもと感じてしまった。
    そのおかげで、物語にまだ盛り上がりがない前半部分は非常に苦しんだ。


    しかしどんどん話が展開していくにつれて、そこまで気にならなくなった。それくらい興味深かった。
    これ読んだ人はもれなく自らを省みると思う。はたして自分は、と。おもしろかった。

    しかしやっぱり日本語訳がどうも気に入らないのと、自分自身がこの話を完全に理解できていない気がするのを考慮すると、評価は星4つになった

    ただし、その直訳感がすばらしく働いたのか、日本語版タイトルは秀逸。「ベロニカは死ぬことにした」

  • 若さと美しさと素敵な恋人や家族に恵まれていたが、単調な日々の繰り返しに絶望したベロニカは、自殺未遂をはかる。
    一命はとりとめたものの心臓を壊してしまったベロニカは、たびたび襲ってくる心臓発作に苦しみながら、わずかに残された余命をサナトリウムで過ごしつつ生きることの意味や産まれてきた理由を追及する作品。

    やっぱり 毎日 生きていること 変わらないこと 目に見るもの 耳に聞くもの 自分の世界にかかわったもの
    すべてのものに感謝しなければ、いけないんだなと。。。そう感じました。今ある一瞬を、当たり前と思ってはいけないのですね。
    残りわずかな時間しか残されていなかったベロニカにとって、生きることへの渇望はすさまじいものでした。
    自分のうまれてきたことの理由づけを、早くしなければいけないという使命感に駆られているさまが痛々しくもありまあしたが…それでも 自殺する前まで営んでいた何気ない日常に対する気持ちの変化(絶望から希望へ)はきっと彼女の精神を救ったことでしょう。

    それにしてもベロニカの公開オナニーにはちょっとたまげましたね~;;

    これ映画化されてるみたいだけどやっぱりR-15指定になってるんね…

  • 真木ようこ主演の映画はどうなんだろう。
    原作は素晴らしかったが、ラストはなんとなくこの話にふさわしくないような気がした。というか、あのラストがなくとも圧倒的な心理描写にすっかり満足していただけかもしれない
    時間をおいてまた読んでみようと思った

  • 美しく知的なベロニカが後半そのままにか弱い振る舞いをする時、「ベロニカ」や「彼女」ではなく「女の子」と表記するところが好きだった。憂鬱についての多くの文には、新鮮さは特に感じなかった。

  • 死に直面することは最良の生をもたらす。
    人によく思われ行儀よく思いやりにあふれる人でありたいと、誰かに遠慮して無難に生きることは自分を殺すことだ。
    自分を解放し、人に失礼かどうかなんて考えず、思うように生きろ。誰かに狂ってると思われても気にするな。

    自分のスペースのために戦ってる野生動物の姿に少しは敬意を払え。
    イゴール博士の粋な実験で自分を取り戻す人々の話。

  • 初めて手を出したブラジルの作家、神経症が主なテーマ。リュブリャナの鬱屈とした描写と重なるのが良いね。ただ終わり方はややチープな感じ・・・。

  • 3

  • ベロニカは死ぬことにした (角川文庫)

  • 死にたいや、居なくなりたい、と書いたわけではないのにこの本はきっとあなたを救ってくれると勧めてくれた高校教師に感謝している。

  • 2017年に読んだ中で1番の作品。

  • 生きることに活力を感じた。

  • こういう人たちの理解のための縁になればと思って読んだのだけど、あまり物事を深く考えることのなかった私のような人間には難しい本だ。
    生きる意味について考えないこともないが、日々暮らしていくのにいっぱいいっぱいで、そしてむしろ生きる意味を考えると自分の人生が虚しく感じられてしまって精神的に危険なので逃げてしまっている現状を痛感した。でもその事で日常生活が破綻してしまうと自分の生活も家族の生活も立ち行かなくなるので、騙しながら生きていくんだと思う。

  • おもしろかった。言いたいことはなんとなくわかったし読んでいてなんだか自分も強くなったような気がしたんだけど、難しかったから、また読もうとおもう

  • ※間違って消してしまったので再投稿
    再読。約五年ぶり。たしか前は友人に借りたんだった。 
    訳されてはいるけれど、再度自分に馴染む言葉に脳内翻訳しながら読んでいく必要があった。 
    大学生の時には上手く文意を解することができてなかったような記憶があるけれど、 
    今、やっと読書に慣れたのか、物語がすんなり入ってきた。 

    文庫本248頁の最後があまりに良すぎて、あの一文で終わったら良かったのに、なんて思ってしまった 
    でも物語としては最後の説明というか、あのオチがきっと不可欠なんだよね… 
     
    その他にも所々でなんとも言えない良さを感じた。 
    ベロニカの不安定だった精神がだんだんと落ち着いてくる様、マリーが離婚を告げられた瞬間。
    そして何より、ベロニカが外へ出たいと訴える場面。

  • スピリチュアリズムというものの害悪性を結晶化したら、およそこんな作品になるだろうか。

    まず、この作者はおよそ病苦ってものを知らない。身体の病はもとより、精神の病もまた気の持ちようや心がけ、思い切った行動の変化、といった手段ではどうにもならないことを理解していない。そして現実の病者たちの苦悩、葛藤、果てしない忍耐の中での試行錯誤の日々に思いを寄せる優しさも想像力も欠いている。そのくせ、彼らを手前勝手なストーリー展開のネタとして、好き勝手に消費して顧みない。

    さらには、そのストーリー展開にしてからが、自らのスピリチュアリズムを都合よく具現化していく過程でしかないという。これはもう、笑うにも笑えない、ただの害悪でしかないよ。こういった作品を鵜呑みにするスピリチュアリストたちは結局、気の持ちようで健康を取り戻し、その人なりのライフスタイルを築き上げることができないでいる病者たちを、「あたら苦しんでいる気の毒な不信心者たち」としていわば差別し、疎外することにだってなりかねない。

    あと作中、多重人格でも何でもない人間を多重人格者と通称してることなんかも、はっきりいって大問題だと思う。たとえば「ビリー・ミリガン」を読んだことのある人なら、そういった態度がいかに不遜なものか、当事者たちへの配慮と敬意に欠けた仕打ちであるかがわかるだろう。パニック発作も、なにやらコエーリョ式行動療法をもってすればたちどころに治る贅沢病みたいな扱いになってますけど、彼のファンたちはこういうの疑問を覚えないんですかね。

    これほどの悪書もそう多くはない。パウロ・コエーリョとはこれで永遠にサヨウナラだ。

  • 『11分間』同様、読んでいると苦しくなってきた。生きるということについて根源的なところから考えさせられた本。

  • なんか合いませんでした。
    読み進めるのに時間がかかりました。

    あんまり自分と共通する価値観みたいなのを感じないのかもしれません。

    ブラジルの作家さんという事で、ニューエイジな(今となってはニューではないけど、その当時の)感じのする本を知る事ができてよかったです。

    スロベニア。どこにあるか知らなかったけど、きれいなところみたいだから、いつか行ってみたい。

  • 主人公のベロニカと同じ歳(24歳)のときに初めて読んだ本を再読。
    睡眠薬を大量に飲むことで自殺しようとし、失敗。
    自殺未遂の後遺症で残り数日となった人生を、精神病棟で過ごすうち、生きたい、という心のエネルギーを取り戻すお話。


    前に読んだときはもっと自分に差し迫ってくるお話だったけど、大人になったからかな。のめり込んで読む、というほどではなかった。




    p17
    全てが独創性を失い、来る日も来る日も同じような、繰り返しばかりの、悲しい人生に変貌していくのなら、これから30年、40年、50年も同じものを見なくて済むことの方が、もっと嬉しかった



    というのは未だ私の心の中にあるねっとりとした自殺願望と同じ感覚。
    ただ、少しずつそういう負のエネルギーは減っているようには思う。

    大人になるってことは、いろんなものを選択し、実行し、形にする力を得られるようになること。

    その過程で失っていくものはもちろんあるだろうけれど、
    変わらないこと、進化していくことだってたくさんある。

    恋愛でも仕事でも遊びでもいいから、
    生きる喜びを力に変えて前を向いて進んでいきたいと思う。

  • ◆正気と狂気。抑圧と開放。◆
    リオデジャネイロ在住の作詞家であり小説家、パウロ・コエーリョの作品。
    代わり映えしない人生を終わらせるため、睡眠薬を飲んだ24歳のベロニカ。次に目が覚めたのは精神病院。自殺に失敗し命を取り留めたものの、余命1週間を宣告されるー。
    日本の反対側に位置するブラジル。オリンピック開催で身近に感じられるこの機会に、ブラジルの文学に触れてみるというのはいかがでしょうか。

  • 世界的ベストセラーとのことですが、うーん。いまいち読み解けず。
    生きる目的を無くしてしまった主人公が死を意識することで、生きることを選択する、という話。

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著者プロフィール

1947年ブラジル、リオデジャネイロ生まれ。現代において最も影響力のある作家の一人。ブラジル文学アカデミー会員。著作の多くが世界的ベストセラーとなり、81か国語に翻訳され、これまで170以上の国々で2億部以上を売り上げた。フランスのレジオンドヌール勲章を受章。ほかにもさまざまな国際的な賞を受賞している。2007年には国連ピース・メッセンジャーに任命された。

「2018年 『不倫』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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