カリフォルニアの炎 (角川文庫 ウ 16-3)

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  • Amazon.co.jp ・本 (564ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784042823032

作品紹介・あらすじ

カリフォルニア火災生命の腕利き保険調査員ジャックは、焼死したパメラ・ヴェイルの死に疑問を抱く。不動産会社社長の夫ニックには元KGBという裏の顔が隠されていた――。

感想・レビュー・書評

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  • 「火事があって、死者が出た」と電話。ジャック・ウェイドはカリフォルニア火災生命の火災査定人。現場にはすでにオレンジ郡保安局火災調査官が到着済み。「ウォトカと寝煙草」と得意の<失火>説を唱えるベントリー。元同僚だが、わけあって二人は互いを嫌っている。ジャックは自らの目と手を使って、徹底的に調べ上げる。火元が二ヵ所あり、それを結ぶ燃焼促進剤の撒布パターンもある。まちがいなく放火だ。

    やったのは死んだ女の夫で、不動産王のニッキー・ヴェイルに違いない。仕事が上手くいかず、借金もかさんでいた。別居中の妻との間には離婚話も出ているが、子どもの親権をめぐり係争中だ。自宅を燃やすことで、妻を殺し、親権と保険金を手に入れる、一石三鳥というわけだ。ジャックは査定の結果を火災補償部長のビリーに報告し、ビリーも放火殺人犯に保険金は払わないと息まくが、そうは問屋がおろさない。

    ニッキーが弁護士と一緒に会社を訪れ「契約不履行」訴訟を起こすからだ。やり手の弁護士は、ジャックが手にした証拠を悉く突き崩していく。借金は返され、銀行には預金があり、証人は次々と姿を消し、現場の焼け跡はブルドーザーが整地にかかるという徹底ぶり。死体の肺に煙がなかったと言った医師は脅されて証言を翻す。いったいヴェイルとは何者か。情報を漏らしたのは誰か。会社側は五千万ドルでの示談で手を打つ気だが、ビリーが首を縦に振らない。ジャックは期限までに新たな証拠を見つけ、裁判に勝つことができるのか。

    ジャックには放火の目撃者の命を守るため、被疑者に自白を強要した過去がある。証言台でそれを否定し、偽証罪に問われたが、保護観察処分と免職で起訴を免れた。<失火>ベントリーが裁判で目撃者の名を挙げたことで、男は殺された。職を奪われ、自責の念に駆られ、酒に溺れていたところを、ビリーに拾われ、今の仕事に就いた。裁判におけるジャックの証言は、かつて偽証したことのある男の言葉として陪審員の耳に届く。原告側弁護士はそこを突いてくるはず。

    放火の証拠をわざと残しておき、保険金を支払おうとしない会社相手に「契約不履行」訴訟を起こす手口は『砂漠で溺れるわけにはいかない』で既出。それを大掛かりにし、しかも一捻りしてある。「過去の失敗に学ばない」「取引しない」頑固者が主人公。失業後、自分が一緒だと駄目になるから、と愛している女を追い払い、ストイックな生活を続けるジャック。サーファーが探偵役という設定は、後の『夜明けのパトロール』『紳士の黙契』のブーン・ダニエルズにつながる。

    アメリカという国は、移民が作った国だ。しかし、先陣を切ったアングロ・サクソンと後発のイタリア系やアイルランド系その他の人種との間には厳然とした格差がある。美味しいところは全部アングロ・サクソンが握って放さない。他の国の移民たちがのし上がろうとするなら、同じ人種で集団をつくり、結束を固め、犯罪に手を染めるしか方法がなかった。

    ニッキーの本名はダザャートニク・ワレシン。レニングラード生まれのロシア人だ。父のような貧乏役人で終わらせたくない母は息子を厳しくしつける。その甲斐あって息子は賢く育つ。KGBのカルボツォフ大佐は、美貌で人の気を逸らせないワレシンに目をつけ、リクルートする。アフガンで任務を果たすと、アメリカに渡り、ドルを盗んで国へ送れと命じる。そのためにユダヤ人を偽装して刑務所に入り、ロシア人マフィアの組織入りを果たす。

    渡米した彼は組織内で頭角を現し、トップに上りつめる。「祖父(じい)さんはギャング、孫は弁護士。(略)三代かけての方向転換だ。それがアメリカの歴史。しかし、一代でそれを成し遂げてはいけないのか? いけない理由はない」。彼はそう考え、禁じ手を使い、表の稼業で成り上がる。ロシア人が夢見たアメリカン・ドリームが『カリフォルニアの炎』の裏の顔だ。一方に正義、他方に悪を置いて、長年にわたる両者の対決を描いたのが『犬の力』。悪が凄まじければ凄まじいほど作品世界の魅力が増す。その萌芽がここにある。

    巨悪に対する一匹狼という図柄は見映えはするが、それが通じるのは虚構の中だけであることは誰の目にも明らかだ。それに比べ、見映えは悪いが、本音渦巻く悪の世界は怖いもの見たさもあって興味深い。騎士道小説とピカレスク・ロマン、任侠映画と『仁義なき戦い』は地続きだ。ドン・ウィンズロウは正統的なハードボイルドに軸足を置きながらも、少しずつノワールの世界に力点を移しつつある。

    本作も、前半はリーガル・サスペンス風のミステリ色が濃いが、後半に入ると、一気にノワール感が加速する。主人公が一敗地に塗れてからが俄然面白くなる。カット・バック手法を駆使して、シーンの切り替えを速め、切れ味鋭いアクション・シーンが連続する。あれよあれよという間に、それまで見ていた強固な世界が、がたがたと崩れ落ちてしまう。終わってみれば、身も蓋もない世界が顔をのぞかしているではないか。

    信じられないような裏切りがある一方で、今となっては古くさいと思われがちな、男たちの友情や人間同士の信義を守ることも忘れられていない。世に言う、ウィンズロウ節は健在だ。原題は<CALIFORNIA FIRE AND LIFE(カリフォルニアの火と命)>は「カリフォルニア火災生命」とも訳せる。「訳者あとがき」にもあるが、作中ジャックが受ける授業の中にある「火事の三段階(くすぶり、炎上、爆燃)をストーリー全体の骨格とみごとに対応させた」ところなど、読みどころは多い。

  • カリフォルニア火災生命の火災査定人ジャック。
    富豪の妻が死んだ豪邸の火災現場を放火と看破し調査を進めるが…。

    読書会の課題図書にて久しぶりに再読。
    やっぱり面白い!
    どんな端役にもきちんと人生を与え、そのくせ容赦無く切り捨てていく。
    重いドラマのはずなのに独特なリズムと東江訳の語り口でむしろ軽快さを感じさせてしまう。
    ニール・ケアリーを経て、犬の力へと続く道筋がこの作品にくっきりと現れている。
    ウィンズロウは本当に貧乏くじを握り締めて生きていく男を描くのが上手い。堪能。

  • 何度でも言おう、ウィンズロウ&東江はイイ!

    KGB、移民、マフィア、保険金詐欺、殺人、犯罪集団の掟と結束、残忍な手口とくればもうノワール小説の典型であるにもかかわらず、暗さや冷たさを感じない(そっちも好きだけど)。

    主人公ジャックや恋人レティはもちろん、悪役として登場しているニックやその取り巻きにも、どこかに人間味を感じてしまい、登場人物を憎むことができない。
    作者と訳者の最強タッグのなせる業だ(こんちくしょう!)。

    ジャックは愛するサーフィンの上で揺られながら、愛するカリフォルニアの陸と空と海を眺める(とある理由から、ジャックにはそれしか残っていなかった)。
    陸に一筋の煙が立つと、おんぼろマスタングにサーフボードを載せて現場へ向かう。
    火災に関する知識とロジック、科学的解明手法など授業で聞いたらとっくに居眠りしている話題も、いつのまにか耳を傾けている。

    文字通り「大精算の日」(ネタバレ関連事項)まで、ジャックは身も心もほんとに忙しい。
    忙しいほど、私はさらに楽しんでしまった。

  • いくつか、ドン・ウィンズロウ作品は読んだのだけど。
    ストーリー展開は見事で、思わぬ裏切りとかお約束な出来事とか色々あるんだけど。
    やっぱり、主人公が完全なハッピーで終わらないのがすごく切ないというか辛い。
    ドーン・パトロールの時もそうだったし。
    ま、あれはまだ少し救いがあったかもしれないけど。
    ダ・フォースなんか死んじゃうし。(明記されてないけどそうだろう)
    実際の人生って、確かに何もかもうまくいって全てを手にする、なんてことはないんだけど。
    ちょっとね・・・切なくなってきちゃって。
    立て続けに読むのは心がしんどいかなと感じたので、他の作品はまたしばらく次巻を置いてからにしようと思う。

  • あらすじだと火災保険の査定人が主人公のミステリーで、ドン・ウィンズロウらしくないなと思っていたら本編ではちゃんとギャングが出てきて安心する。
    悪役の最高に憎たらい悪役っぷりが最高、この悪にただの査定人の主人公が抗えるのか。 中盤からは夢中になって読んだ。

  • カリフォルニア火災生命の火災査定人ジャック・ウェイドは炎の言葉を知っている。寸暇を惜しんでは波の上にいる筋金入りのサーファーが、ひとたび焼け跡を歩けば失火元と原因をピタリと当てる。彼は今、太平洋を見下ろす豪邸の火災現場で確信している。これは単なる保険金詐欺ではない。殺人だ、と。ジャックは愛するカリフォルニアの太陽の下に蔓延る犯罪と悪徳の世界へ挑戦状を叩きつける。炎の言葉に導かれてーー。鬼才ウィンズロウ入魂の最新作。
    原題:California fire and life
    (1999年)

  • 火災生命保険を巡るあらまし。
    放火や殺人も疑われ、次第に陰謀や暗部に蠢く悪徳なども浮かび上がってくる。
    その展開はさすがウィンズロウなのだが、ちょっと救いのないのが残念だ。
    終わり方も、もうちょっと希望を持たせて欲しかった。

  •  面白かった。保険業界や火事の詳細がこと細かく描写されており、また、ロシアとの絡みなど、引き込まれる内容でした。エンディングまでたどり着いたときは、ちょっとしんみり、涙がにじみそうになりました。なんとも言えない読後感です。

     本編とはまったく関係ないのですが、登場人物に、ジャック、レティ、パメラといった名前が見え、また、舞台が舞台なので、裁判とかもちらついてきたりするものだから、わたしの脳内では、すっかり三原順さんの絵柄(後期の)で展開されておりました。たぶん、とこかに同意してくださる方がいらっしゃるはずだと信じています。

  • 面白かった。ちょっと切ないね。

  • ウィンズロウ節炸裂!うまいなぁ。サーファーにして火災保険会社の査定人の主人公。
    著者の経験が活かされているようで、面白い設定です。苦いラストにもぐっときます。

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著者プロフィール

ニューヨークをはじめとする全米各地やロンドンで私立探偵として働き、法律事務所や保険会社のコンサルタントとして15年以上の経験を持つ。

「2016年 『ザ・カルテル 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ドン・ウィンズロウの作品

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