ザ・ハリケーン (角川文庫 チ 5-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (479ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784042854012

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  • 共同生活を送り、共同事業を行っている8人のカナダ人はニューヨーク
    を訪れた際にひとりの黒人少年に出会う。ブルックリンのゲットーに
    住むレズラ・マーティンは頭の回転は速いが、十分な教育を受けては
    いなかった。

    貧困から脱出させるには教育を受けさせるしかない。カナダ人たちは
    両親の了解を得、レズラをトロントに連れて行き、自分たちで読み書き
    の基礎から教えることにした。

    ある日、古本のセール会場で入手した本がその後のレズラとカナダ人
    たちの生活を大きく変えることになる。

    日本語に訳せば『第16ラウンド』というタイトルの本は、無実を訴えなが
    らも3件の殺人事件で3回の終身刑を宣告された黒人プロボクサー、
    ルービン・”ハリケーン”・カーターが獄中で半生を綴った作品だった。

    本書はレズラとカナダ人たちが獄中のルービンと交流を持ったことから、
    ルービンが自由を獲得できるよう支援に奔走し、本物の勝利を勝ち取る
    までを描いたノンフィクションだ。

    問題の殺人事件が起きたのは1966年。偶然なのか、日本で袴田事件が
    起きたのと同じ年だ。バーで客二人とバーテンダーが何者かに銃撃され
    たのが事の発端だ。

    物的証拠は何もない。目撃証人の証言は二転三転する。それでも検察
    は一度は釈放したルービンと、その夜たまたま彼と一緒にいた知人を
    容疑者として起訴し、有罪に持ち込んだ。白人ばかりの陪審員を揃えて。

    警察と検察の文書の捏造、ルービンに有利な証人への脅迫、そして
    隠され続けていたのが明らかな新証拠。ルービンの弁護士と、底なし
    のスタミナを持ったカナダ人たちは次々とルービンに有利な証拠を
    積み重ね、検察の欺瞞を暴こうとする。

    カナダ人たちの支援の様子にも感服したのだが、レズラたちと交流する
    ことによって頑なだだったルービンの心に変化が表れるのがページが
    進むごとに顕著になって行く。

    司法との孤独な闘いに援軍を得て、ルービンは第16ラウンドでやっと
    自由と人生を我が手の取り戻した。22年のも歳月をかけて。

    「判事には、あやまって投獄された人を釈放すること以上に大きな仕事
    はない」

    合衆国連邦地方裁判所でルービンに自由を与える決定を下した判事の
    言葉だ。後に政治的な圧力を受けて判事を退任してしまったのは残念
    だが。

    強盗殺人との証言もあった事件が、人種差別に基づく復讐的殺人にすり
    替えられ、ボクサーとしての一番いい時期を獄中で過ごさざるを得なかっ
    たルービン。

    釈放後はトロントに住み、冤罪事件の解決に取り組み、日本の袴田巌氏
    にも支援のメッセージを送ったという。2014年4月20日、前立せんがんに
    より76歳の生涯を閉じた。

    尚、カナダ人たちが育てたレズラ・マーティンはトロント大学卒業後、当初
    の目標通りに弁護士になり、カナダで活動している。

    日本だけじゃないんだな。明らかな冤罪であっても検察は自分たちのメン
    ツの為に誤りを認めないのは。ルービンの釈放が決まってからも検察は
    悪あがきのように彼の拘束の継続を強く主張しているのだから。

  • 1966年6月17日未明、ニュージャージー州パターソンの「ラファイエット・バー&グリル」で白人4名が銃で撃たれ、3名が死亡する、という事件が発生する。

    多くの試合で素早くノックアウト勝利を収めたことから「ハリケーン」と呼ばれた黒人プロボクサーのルービン・カーターは、この事件の容疑者として逮捕されてしまう。
    ルービンには事件とは無関係、という証拠があったものの、検察側の情報の隠蔽と証拠の捏造により三重の終身刑を宣告されてしまう。

    人種偏見と犯人検挙の圧力の「生贄」にされてしまったのだ。

    が、検察は、大きな間違いを犯す。「ハリケーン」の不屈の意志を読み違えていたのだ。
    こうして、ルービン・”ハリケーン”・カーターの長い闘いが始まる。

    ルービンは獄中で「第16ラウンド」を執筆。その著作がボブ・ディランやモハメド・アリなどの大物を動かし、再審理が行われるが、なぜか判決は覆らない。

    そして数年後。

    ルービンの闘いとは全く関係ないところで、カナダ人の8人組は、黒人少年レズラに出会う。
    十分な教育は受けていないものの、レズラの聡明さに気がついたカナダ人8人組は彼を引き取り、教育を始める。
    その教材の中の一つに「第16ラウンド」があった。

    その本を読み、出来事がまだ現在進行形のものであることに驚くレズラとカナダ人8人組。
    レズラの強い希望でハリケーンと面会した事が新たな救済活動の始まりとなる。

    怖ろしいのは「人種差別」による偏見
    人を「個人」ではなく「黒人」「白人」などとグループで捉えた時、ここまで愚かになれるのか、と驚く。
    が、これはアメリカに特有の現象ではなく、どの国でも似たり寄ったりなのだろう。

    「自分は悪くない。悪いのは”奴ら”だ」
    という発想は、便利で陥りやすい発想だけに危険でもある。

    自分は「差別とは無縁」と胸を張って言う事はできないが、少なくとも「差別」を煽る人達の言説には、すぐ気がつくようにしたい。

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