人生は廻る輪のように (角川文庫)

制作 : Elisabeth K¨ubler‐Ross  上野 圭一 
  • 角川書店
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レビュー : 34
  • Amazon.co.jp ・本 (526ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784042920014

作品紹介・あらすじ

世界的ロングセラー『死ぬ瞬間』で死の概念を変え、生涯を通じて「生と死」の考察に深いまなざしを注ぐ精神科医キューブラー・ロスによる、最初で最後の自伝。スイスで過ごした少女時代、難民救済活動、ナチス強制収容所で出会った蝶の壁画の謎、医師への道、結婚とアメリカへの移住、終末期医療と死の科学への取り組み、夫との別離、体外離脱体験、詐欺及び殺人未遂被害、ヒーリングセンターの設立、放火によるすべての焼失…。魂の名医が綴った、愛と死と生の秘密。ページをめくるごとに、希望と感動が溢れてくる一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 尊厳死やリビングウィル、ターミナルケア、ホスピスといった概念がない時代、「死」という存在が恐れられ、医療現場においてタブー視されていた時代、「死」に真っ向から対峙したエリザベスキューブーラーロス。

    がん告知なども進み、以前より死が忌避されなくなった現在。
    それでも人々はまだ「死」を持て余している。

    以前、私の友人の父ががんに冒された。
    友人から報告を受けた時、なんと言葉をかけていいのか正直なところ解らなかった。
    愛する人を失うかもしれないということは、想像するだけでもとてもつらいことだと感じたし、頑張ってなどと安易に言葉をかけることは出来なかった。
    泣きながら、私には知っていて欲しいと話してくれた彼女に、結局私は「無理しないでね。お父さんに私たちがしてあげられることを考えよう」という当たり障りのないことしか言ってあげる事は出来ず、それすらも当事者でない自分の口から発せられると、偽善めいて聞こえ、これが正解なのかすごく悩んだ。

    その後、友人の父を見舞う機会ができた。
    彼を囲んで、友人と招待された私達は、「病気」や「死」といったものには全く触れず、友人との思い出や、友人にまつわる会話や日常会話をした。
    「あなたの娘さんは、あなたの愛に包まれて育ち、こんなに素敵な女性に成長しました」ということを伝えられたらいいと思った。
    病床のお父さんは、終始無言で私達の会話を聞き、その表情からは何も読み取る事はできなかった。
    見舞いにきて、何も出来ない自分のふがいなさを痛感した。彼の手を握りたい衝動にかられたが、握ってからかける言葉は何が正解なのか解らず、
    結局沈黙を貫き通した。

    「希望を捨てないでください」と生への執着を促すのが正しいのか
    「お疲れさまでした」と死は怖くないものだと示唆するのが正しいのか

    心に言葉は浮かぶのだが、どちらも正解ではない気がした。

    実際、余命を宣告された後、回復する人、宣告された期間よりずっと長く生きる人もいる。
    だから、希望を失わないことは大事だと感じていた。
    それに対し、死は怖くないものなどと、経験もしたことの無い私がそんな気休めのようなことを言うのは無責任だと感じたし、希望を捨てることにつながると思っていた。

    本書を読んで、友人の父とそこまで面識のない私には、沈黙が正解だったのだと感じた。

    本書の221ページにリンダという少女がでてくる。白血病におかされ死の床にあった彼女は両親の計らいで見ず知らずの人間から励ましのバースデイカードを大量にもらったが、彼女が本当に求めていたものは、たとえ善意であっても見ず知らずのものから押し付けられた好意ではなかった。
    彼女は両親や親戚からの心のこもった見舞いを欲していたのだ。

    このことから、友人の父と交流のない私が、彼にかける言葉など持てるはずがなかったのだと解った。
    実際、私は普段から両親となら死に関することを話し合うことが出来ていたのだ。
    母は人工呼吸器による延命は望んでいないという事を既に明言しているし、父からはお葬式で流して欲しい曲を伝えられている。
    両親が病床にあるさいには、友人の父にはかける言葉を持たなかった自分にも、おのずとかけるべき言葉が浮かんでくるはずだ。

    そして本書を読んで、死を受け入れること=希望を捨てることではないということを知った。
    むしろ、死を受け入れ、精神の安定を手に入れてからこそ、回復する可能性が生まれるのかも知れないと感じた。
    死を頑に否定することこそ、死に囚われているのかも知れない。


    また、エリザベスの宗教観も共感することが多かった。
    宗教そのものに拘泥し、表面上で敬虔な信者の、教えに矛盾した行動に不信感を抱いている自分の考えに近いものを感じた。

    また、本の後半で語られるエリザベスの霊感に関しては、ばりばりの理系の私には理解するのは難しいものがあった。
    しかし、彼女が嘘をついているとは思わない。
    例え、彼女が見たものが、彼女の脳が作りだした幻影であったとしても、確かにエリザベスの心には彼らは存在したのだろう。

    考えさせられたのは、エリザベスの正義についてである。
    彼女はとても強い人間だ。自分を投げうって弱い人間に手を差し伸べられる素晴らしい人だ。

    本書では、エリザベスの死にゆく患者との対話や公開セミナーに対し「患者を食い物にしている」という批判をする医者や、エイズの子供達の養子として育てる施設を作ろうとした際に反対し、彼女に対しひどい仕打ちをした住民たちが悪者として描かれている。

    私は誰かを悪者として糾弾することを躊躇ってしまう。
    一見悪い事をしている人や私にひどい仕打ちをしてくる人に対し、実は原因は私にあるのでは、自分も似たような事をしてないかと自問自答してしまうからだ。聖書の「他人の目のおがくずを指摘する前に、自分の目の中の丸太を取り除きなさい」という言葉を遂行しようと、悪い事をしている人を無理に肯定しようとしている私と、さらりと悪い人として書いてしまうエリザベス、どちらが自然体でどちらが正しいのか。

    悪人と、心が弱い人を隔てる境界線はなんなのか。

    本書の260ページにおいて、治療が上手くいかず死に行く患者に冷たく接する医者が出てくる。彼はほとんどの同僚から嫌われていた。しかし、彼をかばうナースがひとりいた。彼女だけは、彼が、死に行く患者を助けられない自分に意気消沈しているのを知っていた。
    その医者は悪人ではなく単に弱い人間だったのだ。

    また、本書において描かれる、エイズ患者を家で保護しようとするエリザベスにひどい仕打ちをする近隣の住民達。
    かれらは悪人なのだろうか?
    エイズに対する知識が無い彼らは、クリスチャンでありながら、感染をおそれエリザベスを追い出そうと家に火まで放つ。
    過剰すぎる行為ではあるが、彼らは自分と自分の家族を危険から守りたいあまりに、道を見失った弱い人にも見受けられる。
    事実、同じようなことは私たちの周りにも潜んでおり、いつそちら側の人間になってもおかしくない。
    放射能での風評被害など良い例だ。

    本書の122ページにナチスの収容所においてひどい目にあったゴルダという女性が出てくる。
    彼女はこういう。

    「あなたもいざとなれば残虐になれるわ。ナチスドイツで育ったらね。ヒトラーはわたしたち全員のなかにいるの」

    収容所から解放された時、ゴルダはナチスに対する憎しみと怒りに苛まれた。ヒトラーと同じだった。彼女はいう。

    「せっかく救われた命を、憎しみのたねをまき散らすことだけに使ったとしたら、わたしもヒトラーと変わらなくなる。憎しみの輪をひろげようとする哀れな犠牲者のひとりになるだけ。平和の道を探すためには、過去は過去に返すしかないのよ。」

    一方、エリザベスは完璧な人間だったのか?
    そうではないことを示す記述が本書の422ページにある。
    エイズ患者と初めて対峙した時、エリザベスにも感染に対する恐怖が芽生え、そのような感情を抱いてしまった自分を恥じているのだ。

    人間は弱い所はあると思う。エイズ患者を目の前にし、なんの衒いもなく抱きしめてあげることは強い心を持たなくては難しい。

    悪人と弱い人間を隔てるもの。
    それは、善い人間であろうと、弱い自分を叱咤しながら、自問自答を繰り返し、もがいているかどうか。葛藤しているかどうかにあるのだと思う。

    エリザベスは511ページでこう言っている。

    「神が人間にあたえた最高の贈り物は自由選択だ。」

    そう、私たちは常に選択を迫られている。
    悪人になるのは簡単だ。良い行いをするか悪い行いをするか、選択するのは自分なのだ。
    しかしエリザベスのように自分を犠牲にしてまで、正義と思う道を貫くのは難しい。
    弱い人間である私は、善い人間であろうともがいている。

    本書にはこうあった。
    「逆境こそが人を強くする」
    「人生で起こる全てのことには肯定的な理由がある。峡谷を暴風から守るために峡谷をおおってしまえば、自然が刻んだ美をみることはできなくなる。」と。

    もがいて、もがいて。
    そしていつか来るべき時が来た時、目の前に助けを求めている人が現れた時、手を差し伸べられる人間でありたいと思う。

  • 著者の人生が描かれたこの本には通常の人間には耐えがたい苦しみが書かれてある。しかし彼女は「人を救う」という目的の為、苦しみを喜びへと変えていく。医師としての資格もあり、医師として幸せに暮らすことも出来たのだが、彼女は精神科医としての勉強も始める。人の病は心からきていると気付いたからである。最後に彼女はイエス様にも会っている。

    この本には人を救うことへの困難さ、知識の大切さ、意思の力が描かれている。

    【九州ルーテル学院大学】ペンネーム:のんたん

  • 過酷とひとくくりに言えないほど、次々と起こる
    非情な運命・・・それを乗り越える強き主人公。
    医師への道も険しく、それを果たせば、次々と
    難問が目の前に表れる。ふつうの人なら逃げ出したくなる
    ことにも、毅然として立ち向かう。負けない。逃げない。
    「誰だって生きていれば辛苦を経験する。つらい経験を
    すればするほど、人はそこから学び、成長するのだ」
    「逆境だけが人を強くする」
    「教訓を学んだとき、苦痛は消えうせる」
    何事にも偶然はない、必然と考えることの厳しさ、強さ。
    書かれている言葉は、説得力をもって読む者に力を与えてくれる。
    「生きなさい。振り返っていのちを無駄にしたと後悔しないように」
    迷ったとき、心をこめてつぶやきたい言葉だ。

    • よっすーさん
      私は強くなくちゃダメとは思いません。
      でも、「神様は、その人に乗り越えられる試練を与えられる」という言葉は、信じてもいいかな、と思っていま...
      私は強くなくちゃダメとは思いません。
      でも、「神様は、その人に乗り越えられる試練を与えられる」という言葉は、信じてもいいかな、と思っています。
      ダメかも、無理かもしれない・・・でも、
      できるだけやってみよう! と、思う心が
      与えてくれる経験や学びはきっとあるかな、と。
      人生も半ばを過ぎていますが、無理だな・・ダメだな・・・と思ったことも、すべて
      意味があったなぁ、だから、今、ここ、自分だな・・・と思うのです。
      気負わず、一所懸命。
      この本は、その気持ちをさらに
      後押ししてくれる作品でしたよ(^^)
      2012/08/02
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「気負わず、一所懸命」
      そうですよね、、、、良い時もあれば、悪い時もある。それを素直に受け入れるしなやかさが必要なんだろうなぁ。。。
      私も出...
      「気負わず、一所懸命」
      そうですよね、、、、良い時もあれば、悪い時もある。それを素直に受け入れるしなやかさが必要なんだろうなぁ。。。
      私も出来るだけのコトはしたいと思って、日々を過ごします。
      2012/08/03
    • よっすーさん
      がんばりましょう(^-^)
      がんばりましょう(^-^)
      2012/08/03
  • これは私のバイブルになる一冊です。絶対。

  • 大学の先生が個人的に勧めてくれた。「著者は(あらゆる意味を込めて)恵まれた人なんだなあ」と思った。単位は落とした。

  • 後半の件は自分には馴染めない内容だった。
    が、この方の生命力やホスピタリィ精神ゆえの行動力には感じ入りながら読み進めた。

    以下、備忘録

    ~神よ、わたしにお授けください。
    変えられないことを認める静穏を。
    変えられることを変える勇気を。
    そして、そのちがいを知る叡智を。~

    ~いのちは「広大な空にまたたき、はてしない夜のなかに消えていく無数のひかりのひとつ」~

    ~人は学ぶべきことをすべて学んだときに人生を終えるのだ。~

    ~「地球に生まれてきて、あたえられた宿題をぜんぶすませたら、もう、からだをぬぎ捨ててもいいのよ。からだはそこから蝶が飛び立つさなぎみたいに、たましいをつつんでいる殻なの」~


    ~たとえ仕事を失うことになっても、わたしは自分のこころがそうしろと告げるままの選択をした。わたしにはそれでよかった。ほかにも選択の余地はあったのかもしれない。人生は選択肢に満ち満ちている。
    人生は洗濯機のなかでもまれる石のようなものだ。粉砕されてでてくるか磨かれてでてくるか、けっきょくは、それぞれの人が選択している。~

  • 非常に面白かった。感動した。最近、偶然にも同年代の知人の訃報が相次ぎ、死ぬというのはどういうことかと考えていた。
    医者という職業柄、死にたくさん直面し、からだが無くなるということ、魂は生き残るのかということ、死んだらどうなるのかということをライフワークとして研究した著者。死んでいく人本人の気持ちに注目した。
    彼女自身はどういう心持ちで死んでいったのだろう。
    地球に生まれてきて、あたえられた宿題をぜんぶすませたら、
    もうからだをぬぎ捨ててもいいのよ。
    からだはそこから蝶が飛び立つさなぎみたいに、たましいをつつんでいる殻なの。
    ときがきたら、からだを手ばなしてもいいわ。
    そしたら、痛さからも、怖さや心配からも自由になるの。
    神さまのお家に帰っていく。とてもきれいな蝶のように、自由に……。
    多くの人に勧めたい本である。

  • 医療界にタブーだった「死」と真正面から取り組んでいった精神科医エリザベス キューブラー・ロス。知ったのはアルフォンス・デーケン先生の本からで、最期?の著書となるこの自伝で壮絶で志高く生きられた姿に圧倒されました。
    本当の医療としてあるべき姿は愛を持って患者に寄り添う事。どんなに周りから非難されようと、自ら実践し続け患者さん達の心を開き、助けて行く姿、これこそ真の医療者だと思いました。
    後半、まさかのスピリチュアルな世界に導かれ、これまた壮絶な後半生を送られたことも驚き。
    どんな困難な目にあっても全てを受け入れ、ただただ神を信じ、無償の愛を持って生き抜こうとする姿は本当に尊敬します。
    これから医療、福祉関係に進もうとしている人達には特に読んで欲しい一冊です。

  • 著者は、三つ子だったので、何でも3人同じものを与えられてきたが、自分の生き方だけは自分で決めると父親の反対を押し切り、医者の道へ進んだ。戦争の犠牲者の看護から臨床状態の心身ケア等、ボランティアで人生を捧げた人である。

  • ロス博士の人となりをはじめて知る.力強い筆致から,語られる事実から,これほどまでにエネルギーにあふれ多感で強い信念をもった人間であったのだと改めて思い知らされる.その源は,生い立ちから戦争を経験した青年期までの体験が大きく影響しているように感じる.後年の霊的な体験は,にわかには信じがたいことだが,そういう世界があるのかもしれない.博士はいう.死は存在しないと.起こることは必然であり意味がある.人が学び,与え,受け取るもの,そのすべては愛だ.人生はいのちの意味の解明に目的があるのではない.生きることそのものにあるのだ.そして,これは誰のものでもない,私の人生なのだと.

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