日本人とユダヤ人 (角川文庫 白 207-1)

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レビュー : 69
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043207015

作品紹介・あらすじ

砂漠対モンスーン、遊牧対定住、一神教対多神教など、ユダヤ人との対比という独自の視点から、卓抜な日本人論を展開。豊かな学識と深い洞察によって、日本の歴史と現代の世相に新鮮で鋭い問題を提示する名著。

感想・レビュー・書評

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  • 学生時代
    いまはもう忘れられた人なのかなあ。

  •  1970年に出版された本書は300万部を越えるベストセラーになったそうだが、妙に日本通の著者「イザヤ・ベンダサン」の正体に関する好奇心で読んだ人も多かったのではないだろうか。自分も学生だった頃(20年以上前)に本書を手にしているが、絶対にユダヤ人であれば書かないだろうという記述を読んで、正直、胡散臭い本という印象だけが残った。
     今では「イザヤ・ベンダサン」が山本七平氏のペンネームであったことは周知の事実であると思われるが、山本七平氏のことを小室直樹博士が天才と称していたことはあまり知られていないかもしれない。自分も小室博士の評価を知り、山本氏の書として改めて本書に向かい合ってみた。ユダヤ人に関するエピソードの真偽はひとまず置いておいて、注目すべきはやはり日本人論の方である。山本氏は独自の日本人論を展開するための補助線としてユダヤ人を用いたとすれば、本書を正く評価できると思う。山本氏の日本人論の中には「全員一致」のように既に失われた価値観もあるが、「理外の理」のように現代でも脈々と受け継がれているものが多い。「しのびよる日本人への迫害」は執筆された当時以上に、現在の日本に対する警鐘になっている。
     本書が執筆されてから40年以上が経過し、日本の国際化も進んだ…とされている。しかし、本当にそうだろうか。海外で生活する日本人が珍しくない現在だからこそ、山本氏の日本人論をもう一度、見直す価値がありそうだ。

  • ●日本教:
    日本教は人間教であり、神学ではなく人間学=人間とはかくあるべきを基準とする。
    「ユダヤ人の神様は水くさいのね。
    血が通ってないみたい」
    律法よりも人間味。法外の法、言外の言。

    日本的思考はソロバン型。それは意識的思考を極力排除した放心状態であり、考え出した瞬間に動きは止まる。言葉を持つとは喋ることではない。一言も口を利かなくても頭脳の中で、あらゆる言葉を縦横無尽に駆使できるのである。他国民には到底想像もできない。

    日本人にとって人間という概念は物理的に存在する人間ではなく、ソロバンやユダヤ人にとっての神と同じもの。 

    日本人はソロバンのように会話の訓練をしていない。日本語は完璧だから。数式のようなラテン語のような訓練は不要。



    ●ユダヤ教:
    ユダヤ教の神と人間の関係は血縁なき養子縁組。契約に違反すれば子としての権利は失う。よって律法を一点一画まで守り抜く。いつも神がそこにいるので、信じるとか、ズルするとか言う発想はない。

    日本人にとってソロバンはそこに物理的に存在しなくても、確かに実存しており、それを駆使して得た答えは正確な成果として実際の生活に影響を及ぼしている。ユダヤ人にとっての神とその律法はこれと同様に厳然と実存しているのである。

  • 既に古典になったかもしれない一冊だが、指摘する所は普遍の日本人必読の書。 

    古典的な作品、初めてじっくり通読しました。

    日本人として当たり前に思っていた諸々の思考、それが世界的に独自なこと、「日本教」と定義てきるようなこと、今まで本書に向わずすみませんでした。

    日本人論を語るには必読の一冊でしょう。

  • あまり良い気分で読めなかった。
    理由は、ユダヤ人を自称していることへの違和感が大きい。

    内容に関して、
    まず日本人とユダヤ人比較において
    「国土が戦場となることを免れた。生活の場が戦場になるということがどういうことなのか、おそらく日本人は永久に知ることがないだろう」(P64)
    とあるが、沖縄はどうか。ユダヤ人を称して記したとしても「日本人」として本島での戦いを経験した沖縄にふれずに語るのはどうなのか。

    また、ユダヤ人を「政治低能」と評した際に引用している「日暮硯」の12ページにも及ぶ原文引用はその長さに驚いた、結局何が言いたかったのか、不勉強な私には読み取れなかった。(日本語を母語としないユダヤ人であればこの長文引用もさもありなんだが)

    さらに、「じゃがたらおはる」の話では「中国人と結婚した」とあるが、結婚したのはオランダ人との混血シモン・シモンセンとされている。ユダヤ人自称とこの嘘で正直愛想がかなり尽きてしまった。

    個人的感想だが、ユダヤ観を日本人の視点から好き勝手に語っているとしか思えず、説得力があるのは日本人の何たるかを語っている部分のみである。(著者は日本人なのだから、日本人観が雄弁に語られていてそれに説得力があったとしてもおかしくない)

    著者についてちゃんと調べてから読むことを徹底すべきと再認識させてくれた本。

  • わたしには難し過ぎた

  • 先月、初めてイスラエルを訪れた。
    そこで私はなによりも、ユダヤ人の知的な表情や明るさ、優しさに惹かれ、なぜこんなにも日本人と雰囲気が違うのか、興味を持った。帰国後ユダヤ人やパレスチナ問題について勉強したいと思い、本書にたどり着いた。
    今まで疑問に思っていたことの答えが見つかることもあれば、外国人からみた日本人の特殊な面を知ることができ、驚きの連続だった。
    覚えておきたいことメモ
    ・「日本人は、安全と水は無料で手に入ると思いこんでいる」日本人は水に恵まれているから水に困ったことはないし、百年戦争のように国の人口が半分になるような戦争もなければ、伝染病も、ジェノサイドも、差別も、迫害もない。地震や台風といった災害はあるがこれらは「無差別・一過性」であり、ユダヤ人が中世以来繰り返しゲットーを略奪され迫害されたことから安全には高いコストをかける、という感覚が日本人にはわからない。だから今回のコロナの件についても、安全より経済をとったから他の国と比べて対応が遅れたし、対策も不十分なのだと思う。
    ・日本では全員一致の議決は、最も強く最も拘束力があると考えられているが、ユダヤ人の考え方は逆で、その決定が正しいなら反対者がいるはずで、全員一致は偏見か興奮の結果、または外部からの圧力以外にはありえないから、その決定は無効と考える。(ミカの弁証法)このことは、人間には真の義すなわち絶対的無謬はありえず、これはただ神にのみあるのであって、人間はたとえ一心不乱に神を讃え、神の戒名を守り、神に従っていても、そうする行為自体の中に誤りを含む。たとえわずかでも異論を唱えるものがあるなら、その異論と対比の上で、比較的、絶対的正義に近いことが証明される。したがって全員一致してしまえば、その正当性を検証する方法がなく、絶対的無謬はないのだから全員謝っているのだろうが、それをわからない、誤りでないことを証明することができないから、無効なのだ。
    日本人には別の弁証法があり、筆者は「人間的弁証法」と言っているが、日本では「決議は100%は人を拘束しない」という日本独特の「法外の法」がある。法外の法とは「人間とはかくあるべき者だ」という日本人の中にある潜在意識のことで、ヤミ米を食べてはいけない、という守れば餓死するような法律などは「そんな人間性を無視した法律を守る必要はない」と全国民が考えたら違憲として棄却して、ないも同様となる。筆者はこれは一種の宗教的規定だとして、「日本教」という概念を唱えている。
    ・ユダヤ人が庶民一人一人に至るまではっきりユダヤ教徒という自覚を持ったのは祖国喪失以降であった。
    日本教徒はユダヤ人のような不幸にあってないから、日本教徒という自覚は全くないし、日本教が存在するとも思っていない。しかし、信徒自身すら自覚しえぬまでに完全に浸透しきっている、世界で最も強固な宗教。

  • 待つという概念の違い、日本教、農耕に対する考え方は新しい視点

  • 再読
    文化比較論に結論はない

  • 図書館の除籍本

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