日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)

  • 角川書店 (1971年9月30日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043207015

日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)の感想・レビュー・書評

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  • さすがベストセラーになった本。民族性へのアプローチ興味深かった。

  • 日本人とユダヤ人
    日本教とユダヤ教

    日本教の基本理念は人間=日本人にあるとのこと。
    従って神学は存在せず人間学が存在する。
    人間が中心なので
    法外の法で規定され
    言外の言で語られる
    そのため日本語をはじめとした言語で理解することは不可能に近い。

    日本人は無宗教と言われるが無宗教ではなく日本教信者だと。
    日本人キリスト教徒は日本教キリスト派
    日本人仏教徒は日本教ブッダ派

    日本人が生まれた時にお宮参りをしてキリスト教式で結婚式をして仏教で葬式をするのも何もおかしくないと感じますが世界では変なんですよね。
    僕は何でも取り入れるのが日本人やから普通と思ってましたがその「日本人」というのがいわゆる宗教的なものなんですよね。

    イスラエルでは宗教裁判所が家庭裁判所の役割を果たすそうです。
    それは宗教的な生活様式が統一されてるため法で裁けないから宗教裁判所で裁くとのこと。
    話し合いでまとまらなければ法律の裁判所に移管するそうです。
    詳しくは省きますが日本の家裁と全く同じ仕組みですよね。

    日本人が家裁で判断するのが「日本人として」という部分なんやと思います。
    そこに法外の法があり言外の言がある
    日本が移民を受け入れられないのはそこにも理由があると思います。
    移民が家裁で裁かれたら人権侵害とか言い出すんちゃいます?(笑)
    日本語を勉強しても文化を学んでも仮に帰化しても◯◯系日本人にしかならないんですよね。
    言外の言や法外の法を理解出来て初めて日本人になれるんやと思います。

    この本はユダヤ人を通して日本人をわかりやすく説明していると思います。

  • 安全と自由と水が空気のようであったら
    「お互い人間じゃないか」と言い合える社会であったら
    鍵も城壁も不要な国であったら

    日本では戦争、伝染病、迫害の危険がなかったので都市の無秩序、下水道の不備、公徳心の欠如が生じるのは当然

    無差別な災害ー台風、地震と同様に親父一過を待っている日本人

    実質的に奴隷がいなかったのはイスラエルだけ

    マルコ福音書、ヨハネ福音書(ユダヤ人が書いたユダヤ人向け)

    異種族への動物的・本能的拒否

    パレスチナの争いは民族争いでも土地の争いでもなく、体制の争い。

    日本は数の訓練はしてきたのに、言葉の訓練は皆無と言っていい。

  • 1970年に出版され、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞、これまでの売上げは300万部を超える大ベストセラーである。
    著者のイザヤ・ペンダサンは、日本社会・日本文化・日本人を「空気」という概念で分析・説明し、その独自のアプローチは「山本学」とも呼ばれる、山本書店店主かつ評論家の山本七平(1921~1991年)と言われる。また、一部には、知人である二人のユダヤ人との対話を参考にしているとの説もあるが、本書は単に外国人の立場から見た日本人論というに留まらず、ユダヤ人・ユダヤ教についてのかなり深い考察が含まれており、事実かも知れない。
    本書の第一のテーマが日本人論であることは疑いようがないが、なぜ「日本人と“ユダヤ人”」だったのか、即ち、比較対象がアメリカ人やイギリス人でなかったのか。。。執筆のきっかけが、上記のようにユダヤ人との対話にあったのかもしれないが、歴史・宗教(行動原理)、文化などの観点から見て世界でも特異な日本人とユダヤ人を比較することによって、結果として、近年多数出版されている『なぜ日本人は世界で・・・なのか?』」という類の本に比べ、はるかに奥深く、ある意味難解なものとなっている。
    そうした中で、日本人論的なところに焦点を絞ると、何といっても日本人の行動原理を“日本教”と説明しているところが注目される。即ち、著者によれば日本人は一般に言われているように無信教なのではなく、本人たちも自覚しないほど完全に浸透した、世界で最も強固な“日本教”の信徒のだという。そして、その根本理念は“法外の法”と“言外の言”であり、それらは“人間(性)”を定義するもので、一切の異邦人はそこに近寄ることすら許されないのである。
    具体的には、日本では、戦後(法的に認められていない)ヤミ米を食べずに餓死した人間は殆どいなかった、つまり、大多数の人間が違法であるヤミ米を食べていたのだが、それは法律には違反していても、“法外の法”としての“人間(性)”の観点からは許されるのであり、また、日本では、重要なことは以心伝心で、真理は言外にあるのであり、“言外の言”により“人間(性)”が定義されているのである。
    出版後半世紀を経て、世界における日本の立ち位置は大きく変化し、また、文体に少々読みにくいところもあるものの、独自の日本人論を展開した著者の洞察は今でも得るものが少なくなく、一度手に取る価値のある一冊と思う。
    (2016年12月了)

  • 日本人は、無宗教ではなく、皆、日本教であると喝破した1冊。
    日本人が、外国から言われるように、無宗教であるならば、どの宗教にもすぐに染まるはずである。ところが、キリスト教が入ってきた時も、日本人は、改宗する人が少ない。
    それでは、日本教の教えは何かと言うと、「人の世を作ったのは、人」ということだ。
    そこでは、決議は100%人を拘束をせず、人間味あふれる名判決のような法外の法が最高の法である。
    また、日本人にとって、真理は言外にあるから、日本人ははっきり物を話さないという。

    この本を読んで、今まで、日本人が、結婚式を教会で行い、葬式を仏教でやれる理由がわかった気がした。つまり、日本人のキリスト教者は、キリスト教ではなく、日本教系キリスト派なのである。すなわち、みんな総論的に日本教であり、その中の各論で、その他の宗教を信仰しているにすぎないのだ。

    その原因は、日本が海に囲まれており、日本人が2000年もの間、民族固定で暮らしてきたことにあり、その間に、外国の侵略を受けることがなかったから、道徳が覆ることがなかった。この道徳こそが、日本人の魂と言うべき、日本教なのである。

    日本人は、皆日本教であるから、宗教上で対立することがない。

    日本って、素晴らしい。

  • 著者イザヤ・ベンダサンは山本七平のペンネームと言われている。「いざや、便出さん」の意味ではないか、とも言われているらしい。正直本書におけるユダヤ人に係る内容についてはどこまで正確なものかわからない。が、おそらく本書は、ユダヤ人について知らしめることはまったく目的にしておらず、日本人というのが如何なるものなのかをあぶり出すための仕掛けとして仮想ユダヤ人の視点を用いているだけと感じた。そう考えて、著者の日本人論、という部分にだけフォーカスして読むべきである。
    無宗教(あるいは葬式仏教)と言われる日本人が、実は「日本教」という独自の宗教に思考・生活すべてを規定されている。この指摘は鋭い。鋭すぎる。鋭すぎて血が出る。

  • 2015/10/22 読了

  •  1970年に出版された本書は300万部を越えるベストセラーになったそうだが、妙に日本通の著者「イザヤ・ベンダサン」の正体に関する好奇心で読んだ人も多かったのではないだろうか。自分も学生だった頃(20年以上前)に本書を手にしているが、絶対にユダヤ人であれば書かないだろうという記述を読んで、正直、胡散臭い本という印象だけが残った。
     今では「イザヤ・ベンダサン」が山本七平氏のペンネームであったことは周知の事実であると思われるが、山本七平氏のことを小室直樹博士が天才と称していたことはあまり知られていないかもしれない。自分も小室博士の評価を知り、山本氏の書として改めて本書に向かい合ってみた。ユダヤ人に関するエピソードの真偽はひとまず置いておいて、注目すべきはやはり日本人論の方である。山本氏は独自の日本人論を展開するための補助線としてユダヤ人を用いたとすれば、本書を正く評価できると思う。山本氏の日本人論の中には「全員一致」のように既に失われた価値観もあるが、「理外の理」のように現代でも脈々と受け継がれているものが多い。「しのびよる日本人への迫害」は執筆された当時以上に、現在の日本に対する警鐘になっている。
     本書が執筆されてから40年以上が経過し、日本の国際化も進んだ…とされている。しかし、本当にそうだろうか。海外で生活する日本人が珍しくない現在だからこそ、山本氏の日本人論をもう一度、見直す価値がありそうだ。

  • 家に置いておきたい一冊です

  • 日本人とユダヤ人の共通/差異点をじっくりと炙り出した。古い本だけど、非常に面白い。
    日本人の圧倒的粘り強さ、精緻さは「キャンペーン型農業」に起因するとの意見は腑に落ちる。春の苗代、梅雨の田植、秋の稲刈という緻密なスケジュールで動く日本人は、皆すべからく(特に初心者は)隣が田植を始めれば自分も始める。稲刈も然り。これを「自主性が無い」と一蹴するのではなく、「自ら模範(隣の百姓)を選定し、ほぼ完全に模倣する」力は世界的に極めて貴重な能力であるとのこと。近年、時代遅れと呼ばれるこの力の恐るべき力を、再確認すべきと感じた。
    ほかにも、神と国民との関係も面白い、ユダヤ教ではあくまで始祖モーセは「養子」である。だからこそ、「養子」は絶対的に「親」である神を頼らざるを得ないし、わざわざ養子に「した」ことが選民思想へと繋がる。一方、アマテラスオオミカミを祖とする徹底的な直系思想の日本では、あくまで親子の関係が念頭にあり、、神(親)を信じてなくても、どこにでも「八百万の神」はいる気がするし、不幸があったら「神様(親)はなんて水臭いんだ」となる。
    それにしても、作者の日本語の巧さは異常。こんな文章を書ける人になりたい。

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