夜明けの縁をさ迷う人々 (角川文庫)

著者 : 小川洋子
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2010年6月25日発売)
3.60
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  • Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043410064

夜明けの縁をさ迷う人々 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 小川洋子ワールドの短編9編。どの作品も小川洋子ならではのユーモアに満ち溢れながら、突出した嗜好のためにある種疎外された人々を、ある時は哀しみをもって、またある時はホラーテイストにて、そして、短編ならではのスピード感と意外性をもって、珠玉に紡がれた小説群になっています。
    どの短編も短編ならではの趣向が滲み出ていますが、しかし例えば、曲芸師と野球少年の心の交流を描いた『曲芸と野球』であったり、また、老舗中華料理屋のエレベータを生涯の住処とした『イービーのかなわぬ望み』や、楽器に有効な不思議な涙を持つ女性が人体楽器に寄り添う『涙売り』は、小川洋子の他の長編でもみられるそこはかとない哀しみを描いた作品であり、ちょっと短編で終わらせるには惜しい構想を持った作品だったと思います。
    それから、どの作品も次にどんな展開があるのだろうかとわくわくするような緻密な構成になっていますが、特に『教授宅の留守番』や『銀山の狩猟小屋』は小川洋子のユーモアにカモフラージュされながらも、次第に盛り上がっていくサスペンスな展開が面白かったです。
    『ラ・ヴェール嬢』は最もエロティックな内容であり、『再試合』はフェチシズムに溢れながらも底冷えのする内容ですが、どちらも状況の2重構造をクッションとすることにより巧みに終局に向けてまとめあげた作品で技巧的な構成がなかなか面白かったと思います。
    反対に、不動産を題材に様々におかしな人々を描く『お探しの物件』や、チェス好きのシッターの奇妙な過ごし方とその家に住む「何か」と少女との会話を描いた『パラソルチョコレート』は多面的な作品であり、これらはそれぞれの局面が折り重なるように繰り出される面白さがありました。
    全体としてどの作品も読者を飽きさせない様々な趣向を凝らしつつ、小川洋子ならではの可笑しみの奥底に潜む悲哀や恐ろしさが余韻となっていつまでも残る物語群であり、秀作揃いの短編集だったと思います。表題のごとく、暗さと明るさの織りなす境目に蠢く多様な人間たちの妙が面白い一冊でした。

  • 『珠玉のナイン・ストーリーズ』という売り文句があったんですが、まさにサリンジャーのナイン・ストーリーズみたいな一冊。話によっては不可思議で、読み込むほどに深みにはまる。

    ・曲芸と野球
    曲芸師の正体が謎と言えば謎なんだけど、基本的に少年が成長する話。

    ・教授宅の留守番
    D子さんが結局何者なのかわからないし、大量に届くプレゼントも不気味すぎる。
    ラスト。
    「その時、切断された首が、ごろんと地面を転がる。」
    この締め方は珍しい感じがした。
    ストンという終わり方なんだけど、終わっているのに続いているような気がする。

    ・イービーのかなわぬ望み
    イービーは本当は、エレベーターの中で無事に生まれずに死んでいたのでは…みたいな妄想をしてしまう。
    っていうかそうなのかな。

    ・お探しの物件
    不思議な物件が羅列されているだけの不思議な話。
    小説として斬新すぎてびっくり。

    ・涙売り
    一番好きな話。
    痛みに伴う涙が一番純粋なのね。

    ・パラソルチョコレート
    ペコちゃんのあれが食べたくなった。

    ・ラ・ヴェール嬢
    ラ・ヴェール嬢が話したことは、彼女のしてほしいことだったのだろうか。

    ・銀山の狩猟小屋
    「材料は?」「ギンギー」「ちょっと腹を空かせて来る」

    ・再試合
    永遠に続く決勝戦。
    青春から抜け出せなくなってしまったのでしょうか。

  • 小川洋子の短編集。純文学と構えるほどでもなく、ちゃんとオチらしいオチがある。

    9作のうち、やはり印象に残るのは、ちょっとホラーやファンタジーがかった「教授宅」「イービー」の話。小川洋子は、後ろからゆっくり迫ってくるような恐怖を描かせたらやはりいい。

    さらに、他の本もだけれども、なんてことはない言葉にスポットを当てて、どんどん際立たせて盛り上げていくところが、小川洋子作品の醍醐味であって、この本においても、そういううまく際立って光る言葉がいくつも出てくる。

    小川洋子というと「博士」から入る人が多そうだが、その次あたりにおすすめできるのは、この本や「海」だろうなあ。

  • 短編だと
    もうちょっとストーリーに埋もれていたいのにな
    って思うことがよくあるのだけど、
    そんな物足りなさがなく、濃くて深くて満足できた。

    「涙売り」と「再試合」がとくに好き。

  • 野球少年の練習する河川敷にいる曲芸師。教授の留守番D子さん。エレベーターボーイのE.B.。人ではなく家の要望をかなえる不動産屋。楽器を癒す涙売り。隣り合う世界にいるおじいさん。官能的で雄弁な足をした老女。山の別荘にやってきた小説家と秘書と管理のおじさん。
    一字一句一文一行……読み進めていくたびに、小川洋子さんの幻想的な世界がまた胸へと染み渡っていく。これが果たしてよいことなのか、わるいことなのか。わたしにはわからない。

    というわけで、小川洋子さんの小説(懐事情ゆえにまたもや文庫版)を読み歩いている。しっかし、小川さんの小説は体に悪い気がしてきましたよ。どうにも胸のあたりが圧迫されたような苦しさを覚えてしまいましてね。どこからその苦しみがやってくるのか。気がかりで夜も眠れますよ。

    それはさておき、今回は9つも短編が詰まっている。さすがにざっと書き残すだけでは、自分の記憶へ申し訳が立たない。1つ1つ跡をつけておこうと思う。

    『曲芸と野球』
    てっきり某超次元サッカーのことかと思っていました。全く違います。河川敷で野球の練習をしている少年が、同じく河川敷で曲芸の練習をしている女性曲芸師との記憶を語っています。……河川敷ってあたりや曲芸要素が、若干超次元サッカーに似通っているといえなくもないか? いや、そんなまさか。
    なにはともあれ、女曲芸師がちびっこたちの少年野球のすぐそば3塁側で練習しているものだから、かの少年は1塁側へのバッティングしかできない。他の皆は気にしていないのにね。
    そんな二人は病院でもつながりがある。少年の家が病院なんです。いやあ、お坊ちゃまでしたか(違うか)。曲芸師は危険と隣り合わせの職業ですから、常連さんなのです。
    まあ、そんなわけでそれなりに交流のあった二人ですが、ある日少年の空振りと同時に曲芸師が乗っていた椅子の上から落下してしまう。
    少年の家の病院へ連れて行かれる曲芸師。少年は労わって自宅まで荷物を持って行ってあげるのですが、二人はどことなくぎこちない。そしてそのまま二人は二度と会えなかった。
    だけれども、少年が成長してからも野球を続けていると、どこにでも曲芸師が現れるようになります。その姿は昔よりも立派に見える。二人の時間は野球の空間によって続いていくのですね。

    『教授宅の留守番』
    留守番なんて職業が実際に存在したら、日本の自宅警備員の皆さんが大活躍できるのですけれども、いつも通り想像とは全然ちがいました。
    D子さんが留守番する教授宅へお見舞いに行く私。D子さんが留守番を仰せつかったのには、住んでいたアパートが火事に遭い、タイミングよく懇意にしていた仏文の教授がパリへ長期滞在するというわけがある。
    お見舞いに来ただけの私だったが、D子さんは大学の賄い婦ということもあり、妙にスパゲッティ―を食べさせてくる。そのスパゲッティ―は彼女の豪快なセンスからか食べ終わると残飯を飲みこんだような後味が残る。
    彼女のスパゲッティ―に苦戦する折、教授宅の電話が鳴った。D子さん曰く、「教授の書いた本が賞をもらった」のだそうだ。それから来るは来るはお祝いの品。花は贈答にふさわしいものからすっとんきょうな瓢箪まで。祝電はいちいちD子さんが読み上げる。ウェディングケーキのようなものを食べさせられたり、赤飯、はっさく、シャンパン、鰻の蒲焼き、ベーコン、朝鮮人参……次第に胃の中は食堂の残飯入れのようになった。
    そして庭に一対のブリが届けられた。きっと雌雄。のこぎりで迷いなく解体しはじめるD子さん。ようやく彼女の妙な言動の理由が明らかになる。

    追記
    ・本当に教授は何らかの賞を受賞したのだろうか?
    ・D子さんの料理センスは彼女の中の狂気に通じている?
    ・私は何故帰れなくなったのか?
    ・D子さんは本当に教授と愛し合っていたのだろうか?
    ・外から中へと物が運び入れられていく=口の外から口の中へと食べ物が運び入れられていく→?
    ・ウェディングケーキと雌雄のブリ

    『イービーのかなわぬ望み』
    E.B.はエレベーターボーイの男性の通称である。決して〇ァービーではない。
    エレベーターで生まれ、エレベーターで99%くらいの人生を過ごしてきたイービーは、そのエレベーターがある中華料理店でウェイトレスとして働く私と、まあ、その、次第にむにゃむにゃな関係になったらしい。仕事の悩みの相談から情人の関係に陥るのはよくある話だ(そうだろうか?)。イービーの夜食を届けに行ったのに、デザートを半分分けてもらえるあたりも、実に女の子の扱いにこなれている。ううむ。できる、イービー(そうだろうか?)。
    イービーはもはやエレベーターのために体が変形している。成長、進化というべきかもしれない。養母が亡くなったショックでエレベーターに閉じこもるようになった9歳の頃から身長は変わらず、脛毛も生えない。いつまでもまさに "boy" というわけで(そんな彼がどうやって主人公の私とむにゃむにゃなのかは謎だが)。そんな彼は実にエレベーターボーイとして最高の仕事をこなしてみせた。
    だが、甘く幻想的な日々は唐突に終わる。古い店舗を取り壊すことになったのだ。もちろん、イービーの世界であるエレベーターは無残に崩壊する。私は健気にもイービーを外へ連れ出す。イービーがかつて語ったエレベーターのテスト塔へと走る。だが、それはかなわぬ望みだった。

    追記
    ・小人症または小人への神性か?
    (例:異形。供物のような夜食)
    ・上下したり開閉したりするものの、ほぼ完結している世界=イービーのエレベーター?
    ・そもそもイービーは本当に存在するのか?
    (例:座敷童のような存在)

    『お探しの物件』
    人ではなく、家の要望をかなえる不動産屋。扱う物件はどれもこれも一癖二癖難癖あり。私の知っている不動産屋のファイルとはかけ離れている。

    瓢箪屋敷
    ……瓢箪と結婚、いや、心中するつもりでなければ、いや、これも語弊がある。瓢箪に一生を捧げる。そんな生活が約束されている物件。

    チェス館
    ……住むのにおすすめはできないが、何かの余興にはぴったりの物件。住宅というより遊園地のアトラクションになった方が幸せかもしれない。

    丸い家
    ……先端恐怖症の方、待望の住宅。横になれば、あたかも自身が世界の一部になったかのような錯覚を得られる。先端恐怖症かつ自分をなによりも大切に愛したい方向け。表札には要注意。

    リリアン館
    ……リリアン(ゾウガメ・メス・カラパゴス諸島出身・推定1835年生まれ・体重160キロ・体長110センチ)に無償の愛を尽くせる方にぴったり。加えてリリアンの最愛の麗人が訪れてきても、嫉妬しない寛大な心が必要。

    マトリョーシカハウス
    ……気が長くて極めて良好な静けさを望むひとにおすすめ。また、気の長い友人がいるとなおよし。

    『涙売り』
    楽器を癒す涙の持ち主が、間接を楽器とする男に心奪われて、口笛女へ嫉妬する話。

    『パラソルチョコレート』
    パラレル世界のお話。赤と黒のような、チェスのような、そんなお話。

    『ラ・ヴェール嬢』
    マッサージ師がお得意先のおばあさんから、足裏マッサージをやりながら、実に官能な不思議なお話を聞くお話。

    『銀山の狩猟小屋』
    ある小説家が秘書(親族のコネを使って秘書となったが極めて有能)と一緒に小説を書くのによさそうな銀山の狩猟小屋へ見学にいく。そこには誰もいないはずだったが、いろいろと山小屋の世話をしてくれているアンバランスなおじさんが先に来ていた。長々と続けられるいやなお金の話を聞かせられた秘書は、思わず契約を結んでしまう。かくして、おじさんは新たな契約者のため、死ぬときに人の産声をあげるサンハカツギという美味しい動物を撃ちにいく。だが、やはり山小屋はどこかおかしい。あの染みは何なのか? サンハカツギとは何なのか?

    『再試合』
    永遠に続く甲子園の決勝。それは現実にはルール上ありえない世界。私はただひたすらにレフトの彼を死ぬまで見届けることになる。

  • 細胞のひとつひとつ分解されていくような感覚に陥る短編集。
    読むだけで、彼岸にいってしまうのではないか、私。

  • 流石。
    一見のどかな文体なのに、その内容は背筋がぞくっとして、体温がうばわれていくよう。
    リアルな日常が描かれているのに、いつのまにかホラーな世界に足を踏み入れている。
    その境界線がなくて地続きになっているから、ますます怖い。

  • それぞれの素材そのものは日常の範疇に収まるのだが、それら相互が関係性の中に置かれた時、奇妙な逸脱が始まる。例えば、巻頭の「曲芸と野球」にしても、グラウンドで野球をすることは、きわめて日常的な光景なのだが、その片隅で曲芸師が時には瀕死のケガを覚悟しながら芸の稽古に励むとなると、そこに俄かにある種の歪みが生じて来るのだ。こうした、事物やあるいは登場人物相互の関係性の異和が、小川洋子に特有の物語世界を紡ぎだしてゆく。篇中では「銀山の狩猟小屋」のサンバカツギ、あるいは「涙売り」が怖さでは筆頭か。

  • 小川洋子の短編集。九つのお話のそれぞれが、内容も語り方も多様でとても面白かった。短編だからこそ、相当突飛な設定と物語構成が生きていると思う。小川さんの小説は物語が先にあって登場人物がその流れに乗っているのではなく、人物と要素が先にあって、それらのダイナミックな関係性の中で物語が生まれているように思う。そうした関係性、構造からストーリーを動かしていくのは、村上春樹の作品にも共通している気がして、私がこの二人の作家を好む理由はそこにあると思った。そして両作家とも、その構成要素が持っている特性が根源的な人間の心理を表していることが多く、二人とも河合隼雄との豊かな対談集を出していることに納得する。
    九つのお話の中だと、長い年月を掛けて完成した宝箱か目録をじっくり見ているような「お探しの物件」と、まさにユング心理学でいう影が登場し、子供が大人の物語をそっと見出す「パラソルチョコレート」が特に好きだった。「教授宅の留守番」も構成要素の絡み合いが段々加速していく感じがかなり面白いが、ラストで落ちを直接語りすぎてるのが残念に思った。あと、「イービーのかなわぬ望み」は「猫を抱いて象と泳ぐ」の前身のような物語だし、「涙売り」は小川さん特有の病的な献身さから身体部位が喪われていく物語で、九編とも小川小説のダイジェストの趣もあって楽しめた。

  • 久々の小川洋子。
    彼女らしさ満載の9つの短編。

    やっぱりこの人の作る世界観ってすごい!!と改めて思う。
    逆立ちの練習をする曲芸師の話、
    教授宅で留守を預かる賄い婦の話、
    エレベーターで生まれ育ちエレベーターで働き暮らすE.Bの話、
    涙を売る放浪娘の話・・・ 等等
    どれもめちゃくちゃシュールなんだけど、でもなぜか普通に入ってくるというか受け入れられるし、気づくとその世界にはまっている。

    ほとんどの話にはオチというオチはなく、するするする・・・とゆっくり消えていく。それでもすごい余韻が残る。
    (いくつか世にも奇妙な物語的なうすら怖いオチがあるものもあったけど。若干それは安い展開だったような気がする。とはいえ、それでも小川洋子の筆力で十分楽しめるものになっていた。)

    1つ目の話は野球少年の話で、ラストを飾る話も甲子園球児の話だった。
    野球というスポーツがモチーフになっているだけで、それだけで爽やかになるはずなのに、そうならないのが小川洋子のすごさだと思う。
    河川敷で野球をする少年が主人公なのに、なぜか妖艶な雰囲気になる。
    甲子園球児に恋する少女が主人公なのに、全然甘酸っぱさがない。

    この怪しい世界観はやっぱりクセになる!!

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