宮沢賢治の青春―“ただ一人の友”保阪嘉内をめぐって (角川文庫)

著者 : 菅原千恵子
  • 角川書店 (1997年11月1日発売)
4.06
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  • レビュー :9
  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043433018

宮沢賢治の青春―“ただ一人の友”保阪嘉内をめぐって (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • コレ、いい。
    だれか、コレを原作にして、小説かマンガをかいて欲しいです。
    そのとき、その作品が、やおいよりになってもいいや…とか、極道なことをちょっと思ったりもしました。
    やおいの表現ていうのは、行為そのものが大事なんでなくて、それぐらい強い思いなんだということをわかりやすく表現するためのものなんだと思います。

    この解釈が正しいかどうかは、僕らみたいな人間にとっては、実は、どうでもいいんです。

    ただ、ここで書かれる宮沢 賢治は、今まで見たどの宮沢 賢治よりも、素敵で魅力的です。
    等身大であり、悩む人でありながら、純粋で神聖なところも、ちっとも失われていない。
    すばらしいです。その迷いが、いつまでも人を引きつけるという解釈も、とても好きです。

    この手の評論の本って、情感にうったえるものよりも、知識が増えたという感じのものが多いのですが、これは、心にグッときました。
    馬場 あきこの「鬼の研究」に匹敵する名著です。

  • 本書は「宮沢賢治をもっとよく知りたい」と思っていた 自分には最適な本で、読んでとても良かったです。 難解な宮沢賢治作品を読み解くには必ず読んでおくべき本ではないでしょうか。 正直、自分は宮沢賢治作品は神聖化されすぎ ているきらいがあるし、 そういった気持ちでその作品を読んでいるので、 いまいち楽しめていませんでしたが、 この本をきっかけにフラットな気持ちで宮沢賢治作品を読み返してみたいと思います。

  • ゴッホが弟テオにおくった手紙を読めばゴッホの精神世界がより理解できる。智恵子抄の高村光太郎の妻、ちえこは実際にどうだったのか・・それも手紙をみればよくわかる。手紙には作者の精神世界が色こく残る。その視点から宮沢賢治が唯一の友保坂嘉内におくった膨大な手紙から彼の作品世界を探る本。

  • カムパネルラ=妹とし説を退け、賢治のかつての親友保坂説を押す力著。
    私の大変に個人的な印象であるが、ジョバンニとカムパネルラの関係性は、同じ高さの目線を持ちながらも、視線の先がずれているがためのもどかしさと理解の相違の悲しみのようなものを感じていたので、妹としの無条件で賢治を肯定するグレードマザー的なイメージにはそぐわないように感じていた、その違和感に対してとても説得力のある回答を与えてくれたのがこちらだった。
    ともすれば同性愛的な受け取り方の向きもあり、また従来の賢治研究にみられる妹としの影響力の大きさもあり、主流として受け入れられている説ではないというのが非常に残念。
    学生時代から、決別後の晩年までを丹念に追っており、決して著者の独善的な思いつきではないと感じられる。
    思うに、人が人をひたむきに求め、与えられずに抱く悲しみというのは、漠然とした世間に受け入れられないことよりも、誰よりも近くにいてほしいと思った相手に受け入れてもらえないときの方が切実で深く、重たいものだと思う。
    読了後は、「銀河鉄道の夜」という未完の傑作は、そういう類の悲しみを核に結晶したものだと思える。

  • とても興味深く素晴らしかった。銀河鉄道の夜は本当に好きな作品で、数えきれないくらい読み返しているけれど、カンパネルラは賢治の妹だ、という説を聞くたびに違和感を感じていた。なぜなら、ジョバンニのカンパネルラの思いは、他の作品で見る妹への思いとは余りに違いすぎる気がしたから。
    だから、この本の説には感覚的に賛成だし、すとんと納得できた感じがします。

    この説が、本書に書かれているようにそんなに重要視されていないなら非常に残念なことだと思う。
    本の中で「今後も研究を続けたい」と書いてあったので、他の作品を読みたくて調べてみたら、見つからず、亡くなったような情報も見つけて、非常に
    ショックを受けました。

  • 『銀河鉄道の夜』が法華経の思想を元にした「愛する人を失う悲しみを乗り越える物語」であるとする「カンパネルラ=妹トシ説」。それももちろん素敵だとは思う。しかし、カムパネルラとジョバンニの関係性は、本書で紹介される現存の書簡からも親友・保阪嘉内と賢治のそれに何らかの繋がりがあると思わざるを得ない。それはきっと極めて個人的な、独白のような切実な他者受容の苦悩なんだろう。僕はそう思う。

    銀漢ヲ行ク彗星ハ
    夜行列車ノ様ニシテ
    遥カ虚空ニ消エニケリ

    1910年、ハレー彗星の接近に際して少年保阪は一枚の彗星のスケッチを書いたそうだ。その中に添えられたメモ書きがこれ。本書では取り上げられていないが、うーむ、保阪説。

  • 「銀河鉄道の夜」を解く鍵は賢治と嘉内の友情にある。 
    保阪嘉内とは、盛岡高等農林学校の1年後輩で、
    同人誌「アザリア」の同人であった人物だ。
    その明朗闊達な彼に強く魅かれ、
    大きな影響を受ける賢治だった。

  • 宮沢賢治の真実と「晩年」の想像以上の孤独を知ることができました。
    これは「銀河鉄道の夜」の謎を永らく放置していた私にとって、心から震えるほどの読書体験でした。

    多少BLのような要素もあり、読む前にはそうした予感で多少ときめいたりもしましたが、そんな自分を殴りたいです。
    賢治の苦悩は果てしがない。
    そして、けれども、それは誰もが一度は体験するようなこと、初恋の苦悩であったのでしょう。ただ、賢治においては、それがあまりに敬虔な愛なので、触れてはいけない純粋なものという感じがしましたし、知ってしまって申し訳ないほど繊細な感情ではなかったかと思うのです。
    著名人は何もかも暴かれるのが本当に切ないことでもありますが、けれども、世の中に浸透してしまった賢治像の誤謬を知る上で、これは必要な手がかりだと思います。

    「妹」とし子の死と併せて「聖人」に仕立てられてしまった賢治像は血が通っていないのです。彼はちゃんと人間で、ちゃんと文学者だった。ちゃんと生きていた。
    それから常に「狭間」にある人だったということがわかります。

    「格差」という言葉もないときから「家」「村」の間の貧富の差の間に閉じ込められ、揺れ動いていた人だったのだとわかります。
    質屋の息子である立場、農村に暮らす人々との狭間。
    現実には不自由ない暮らしをしながら、その人々を助けるために生きることは実際に行ってみると白眼視され、それでも彼をそうさせたものの根底には何があったのでしょう。
    一般には法華経の信仰といわれるのでしょうが、これを読むと、ある種の意地のようなものすら見えてきます。そして、それは彼の信仰心よりも、彼の愛した無二の親友への楔としての約束が垣間見えるのです。

    賢治は親友保阪嘉内と農村を助けよう、いいことをしようというピュアな約束をします。けれども、嘉内の退学により、進路が分かれたとき、そして、嘉内の選んだ道が理想より現実的だったとき、賢治は動揺しまくってしまいます。そして、自分と同じ進路を選ぶよう強要しすぎて、ついにははっきりと訣別せざるを得ないほどに互いを追い詰めてしまいます。

    賢治はそうなってから、嘉内への執着が恋だったと気づきます。
    それは色色の詩にあらわれており、けれども、それが 恋愛だったならもういいと諦めます。そして、自分の進路をゆこうとする。

    けれども、嘉内に否定された道をもう信じてはゆけなくなるのです。
    揺れながら、結局は友達の理想を体現するような道をとろうとして、教師をやめて農業に従事します。それは彼にとって過酷な生活であり、 しかも賢治の立場上周囲には理解されず、農村の厳しい事情もあり、怒りや苛立ちを一身に受けてしまいます。

    それでも理想のために尽力し、尽くして尽くして、けれど嘉内にそれを知らせたり、会って話をする勇気ももてずに病床につくのです。

    私はこのように生々しい賢治の姿を知らずにいました。
    この本は、銀河鉄道の夜という作品にこめられた暗喩をも解き明かしてくれました。賢治の聖人でも道化でもない真実を知ることができました。

    人間としての賢治を知ることができて本当に嬉しい。

    そして、また、ここにおいて恋愛という語句は、実際の恋愛と程遠いものです。「同性愛だったから苦悩した」とか「恋愛だから汚らわしい」とか、そういったことで、禁欲的な賢治が苦しんだのではありません。
    この本によれば、つまり、万人のために良く尽くすべきだと賢治は思っているのです。それなのに、「ただ一人」を愛して、愛着してしまって、その人のために右往左往するような、その動揺する心を彼は「恋」だと呼んで、そのことに苦悩したということらしいのです。

    普通であれば好きな人に優しくして、嫌いな人には冷たくしたい。
    けれども、賢治は、それは法華経の教えであったのかもしれませんが、万人を労わりたいと思っていました。雨にも負けず、風にも負けず、という手記はまさにその心のあらわれです。

    私は学校で彼の手記を知ったとき、既にそのような存在になっている彼がなぜ「そういう人に私はなりたい」とわざわざ言わないとならないのかわかりませんでした。「なりたい」ということは、自分はそのような存在ではないから「なりたい」と思うのでしょう。

    けれども、既にそうした存在であるはずの彼がなぜ「なりたい」と言わざるを得なかったのか。
    何が納得できなかったのか。
    何が気がかりだったのか。
    それは、ただただ、保阪嘉内という存在だったのでしょう。彼を強く意識し、その現実的な生き方に圧倒され、自分の理想主義を引き合いにし、ある意味では意地と劣等感を覚え、それを超える愛情も確固として存在していました。けれどもそれが「個」に向かう愛情である認識から生じる後ろめたさ。
    確かに「個」へ向かう恋、博愛主義に反する「恋」がありました。だからこそ、万人のために尽くすもの「そういうものに私はなりたい」と彼は言わなけらばならなかったのだろうと思います。

    そして、その揺らぎは彼が人間であったことの何よりの証明であったと思います。
    カムパネルラとジョバンニの別れが、ただ生死の別れでなかったことが、この新しい解釈により、切実に伝わってきました。生きていく方法、手段、その道が分かれることで生じる別れは、生き死にの別れよりもはるかに絶望的な別れです。

    読むのは今までよりもっと苦しくなりそうです。けれども、それが本当に読書の幸せでもあります。

    実は「イーハトーヴシナリオ大賞」応募の条件資料だったので読んだのですが、この本との出会いに感謝です。

    シナリオを作成している間、ずっと スピッツの「スピカ」 の、椎名林檎がカバーしたほうをヘビロテしてました。なぜかぴったりなのです…!!

  • 斬新な解釈。そして花巻へ行ったワタシ。

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