言葉のレッスン (角川文庫)

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感想 : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043437061

感想・レビュー・書評

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  • 本日登録した『言葉のレッスン』は、角川文庫のものだが、私が読んだのは、朝日新聞社の第一刷で、1998年7月1日刊行のもの。
    初出は、『週刊朝日』の1995年12月8日号~1997年8月15・22日号。

    著者の柳美里さんは1968年生まれなので、この作品は、著者が27~29歳の時に書かれたものと思われる。

    あとがきを見ると、1998年春に書かれており、そこには、次のような一文がある。

    『言葉のレッスン』の連載を終了した1997年は、年明けの芥川賞受賞からはじまって、受賞を記念して四書店で予定していたサイン会が右翼を名乗る男の脅迫によって中止、それに抗議するためにひらいた記者会見に対する各方面からの批判、それらの批判に反論したことによって巻き起こった論争、言説に責任を取ろうと言論誌で「仮面の国」の連載を開始した数カ月後に、神戸須磨区少年殺人事件が起き、犯人の少年の両親は記者会見すべきだとする私の主張に対してふたたび賛否両論が巻き起こり、10月半ばから二カ月にわたる入院生活を余儀なくされ、文字通り倒れるまで走りつづけた一年間であった。

    著者にとっては、1997年はかなりハードな年になったようです。
    ふと、自分の1997年を思い出してみると、自分は当時36歳。
    私は、37歳の時に最初の就職先を退職することになるのですが、仕事に関しては、行き詰まりを感じていた時期だったはずです。
    それなりにハードな時期だったなと、懐かしく思える。

  • 柳美里 「言葉のレッスン」

    それではお体に気を付けてください。
    お会いできる日を楽しみにしています。
    さようなら。

    このような平凡な言葉にも、その言葉の背後には血が滲む個人史や、ひととひととのつながりの不思議さがある。

    こう締めくくられている本書は、柳美里曰く、内なる世界を描いた他作品とは異なり、彼女の外へと向けられた視線で描かれている。

    そのため取り上げられている言葉は、本や映画以外にテレビ番組、新聞、手紙などが多い。
    描かれている内容も、内面の心情というよりは、他者との関係性の中で起こった事、会話が中心だと感じる。

    もちろん他者との関係性はどの作品にも関連する事だが、それとは違いよそよそしさというか、何かフィルターをかけて語られているような感じがする。

    だからこの本に関しては、柳美里自身の言葉というよりは、柳美里と関連のあった他者の言葉に惹きつけられた。
    しかし、この「言葉の選択」をしたのは彼女自身であるから、やはり言葉を選ぶセンスを感じてしまうし、より私好みであるなと実感する。


    p.114 柳美里の高校の同級生Nさんの手紙

    美里が「変わってないね」と言ったとき、時間の針が少し元に戻った様な懐かしさを感じました。でも帰り道に、美里の言葉は、女子大生であることにうかれていた私を見て、何も成長していないという意味なのではないか、と思ったのです

    p.232 柳美里の祖父の友人、孫基禎さんの言葉

    努力しなさい。
    さみしい、つらいと思うと、努力できなくなる。
    さみしいと思うより努力しなさい。
    それは走ることも書くことも同じじゃないかね?

    P.246 岸田秀「母親幻想」の一節

    やさしい母親が、そのやさしさを子供に押しつける。
    子供は母親のやさしさに圧迫されるのですが、それがやさしさであるだけに表立って反抗できない。

  • 本の一小節やチラシ、事典や手紙などからそれにちなんだショートエッセイを書くという面白い表現方法です。
    読後は共通して思わず唸ってしまうような思考をせざるえなくなります。またそれがいい。何か苦手な海外作品も読みたくなってきました。

  • 柳美里「8月の果て」を読んだ勢いで一気に読んでしまう。そのもととなった祖父の生涯を追ったドキュメンタリー番組の取材の話、および、それが縁で、二度、孫基禎と対話したシーンが読みたい箇所だったので収穫。かたくなに日本語で対話してきて、走ることの核心についてはついぞふれさせてくれなかったが、あたたかみは感じた対話。/「じゃマール」という雑誌が、不特定多数に向かって、恋人や友人などの特定の人間関係を求める姿勢に空恐ろしさを感じているところは隔世の感/自分で工房を持つが、工房のメンバーに絵をかかせ自分はサインするだけ、それでも大人気のコスタビという画家の話は興味深く。サイン以外にすることもあり、それはひどい絵のキャンパスを切り裂くこと。「この絵はコスタビらしくない」と。/向学心旺盛でのんべえな加仁湯の運転手青木さんの話も印象的。学びなおしたい、と娘と一緒に通信教育で高校を卒業し、たまたま泊り客として来てた著名な登山家の小西政継さんにヒマラヤに誘われていたのに小西さんの事故死で果たせず、しかしあきらめずに…と/渡辺浩弐「1999年のゲーム・キッズ」「デジタルな神様」は読んでみたくなった。

  • 柳美里(ユウミリ)_土浦市出身、在日韓国人、貧乏、28歳で芥川賞受賞、脅され中止したサイン会論争、プライバシー騒動、そして美人…マスコミが騒いでいたことは何となく知っていたけど果たして一体どんなこと書く人なのか?、どんな人なのか?という興味があったので読んで見ました。この本はエッセイです。

    柳美里さんの唯一の趣味であるという言葉の採集、そうしてひろい集めた言葉から柳美里さんがイメージしたエピソードや思い出にまつわる人々の人生の断片が描かれています。

    とりわけ私が印象に残ったのは、あとがきですが、それまで”私”の内なる世界を小説で描いてきたが、このエッセイでは”私”の外へ、外へと視線が移動したという一文でした。

    柳美里さんは、これは私の空想ですが、コミュニケーションが思うようにとれない孤独をずっと抱えている人なのではないかと感じました。
    想いを完璧に伝えられる言葉なんて無い訳で、例えば”悲しい”と発したときに果たしてどれだけ正確にその悲しみが他人に伝わるかということですが、大抵の人は大体伝われば良しとします。でも柳美里さんはほとんど理解されないか下手すれば誤解が生まれることが多い気がします。感受性の強さか回転の速さかだと思いますが、要するに周りが話しについて来れないんじゃないかと思いました。

    そして最後にエッセイは次のような言葉で締め括られていました。
    平凡な言葉にも、背後には血の滲む個人史やひととひととのつながりの不思議さがある―
    小説は共同体や、あるいはあなたのことでないとしたら、何も書いたことにはならない― 

  • 初めて読んだ柳美里さんの本。雑誌に載ってるコラム集なので読みやすかった。

  • つきささる

  • あたし的にはボチボチ☆

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著者プロフィール

1968年生。高校中退後「東京キッドブラザース」入団。86年演劇ユニット「青春五月党」結成。93年『魚の祭』で岸田戯曲賞、97年『家族シネマ』で芥川賞、2020年『JR上野駅公園口』で全米図書賞受賞。

「2021年 『JR高田馬場駅戸山口』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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